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中途半端な存在6 

 

 地下の牢獄の柵中から伸ばされた手は冷たかった。


「エルちゃん、ありがとうね」

「ありがとう」

「ごめんな、そしてありがとう」


 そんな事を言わないで。


 みんなぼくの所為で死んじゃったのに、なんで感謝の言葉を優しい笑顔を向けてきたの? 貴方達にはぼくを憎む権利があった筈だ。どれだけ憎んだって足りないくらい憎まれるべきなのに、許すどころか感謝だなんておかしい。謝罪もおかしい。それを言うのはぼくの方なんだ。



 断絶

 


 暗い部屋の隅っこで、ぎゅっと抱きしめられた。


「エルはねぇ、俺と兄上を助けてくれたんだよぉ」


 赤だけど優しい赤の瞳がぼくを見つめていた。暖かな手がぼくの頭を優しく撫でていた。ちいさかったぼくを、そこまで大きくなかった二人が大事にしていた。


 違う。もしあの時来たのが、ぼくじゃなくて他の人だったら、貴方達はそんな狂わなかった。


 ぬいぐるみを抱きしめた臆病な子が、排他的かつ暴力的なヤバイ奴にならなかった。

 傷ついた彼だって、その傷を背負いながらも前を向いて生きていけた筈だ。


 なのに二人ともぼくなんかに依存してしまった。


「エルがいれば俺たちは大丈夫」


 違うよ、ぼくといると貴方はどんどん壊れていくの、世界を閉ざしていくの。


 何をしたって、貴方の心を乱して、壊して、傷つけていく。それどころか、ぼくを守る為に周りを傷つけるようになってしまった。『エルは綺麗だからねぇ』なんて言わないで、貴方はぼくの所為で壊れたんだ。



「エルは良い子だから」


 違うよ、優しい貴方を出来なかったとはいえ二度も殺そうとした。恩を仇で返そうとした。


 信頼なんてしないで、優しくしないで。右目下の傷がその証拠でしょう。もしあの時出会ったのがぼくじゃなかったら、きっと貴方は女性にだって希望を持てた。



 断絶



 月明かりが差し込む広い部屋で優しく頰を撫でられた。


「優しいオクリビトさん、私とあなたは共犯者よ」


 違う、貴女は被害者だ。ぼくは加害者だ。


 サラサラの亜麻色の長髪、真っ白な肌に、細い手足。一見ただの深窓の令嬢だが、その灰色の瞳の強さといい、凛とした佇まいといい、他の令嬢には無い、何かがあった。


「私はこんな『声』なんていらない、貴方も私から『声』を奪う必要がある。利害は一致しているでしょう?」


 利害一致なんてしてない。貴女の声を奪って利を得るのはぼくだけで、貴女は傷つくだけでしょう?


 嫌なことは嫌がれば良い。ぼくを突き出せばいい。貴女がぼくのやろうとしたことに気づいた時点でそう決まった筈でしょう?


 ねぇ、ぼくは貴女を傷つけに来たんだよ。

 なのに、なんでそんな優しく笑いかけるの?

 優しい貴女を傷つけようとするぼくを、なんで許すの?


 本当に奪われるべきはぼくなのに。


 おかしいよ。おかしい。



 断絶



 夕焼けの町で微笑まれた。


「「エル兄さんいつもありがとう」」

「「エル君、いつもありがとうね」」


 違う、ぼくはお礼を言われるような素晴らしい人間じゃないんだ。


 真実を知ればあの兄弟はきっとぼくに笑顔なんて向けなくなる。今は亡きあの夫妻はぼくを恨んでいることだろう。


 たくさん大切なものを与えて貰ったのに、たくさん優しくしてもらったのに、ぼくはあの一家に不幸をもたらした。ぼくがいなければ、ぼくが関わらなければ、きっとあの一家は四人揃って今も幸せに暮らしていた。


 ぼくがあの一家の幸せを奪った。あの一家に破滅をもたらした。

 ぼくが壊した。ぼくが奪った。ほんの一時の感情で、軽率な行動で破滅をもたらした。


 なのにずっとあの姉弟の前で「良いお兄さん」なんて演じてるんだ。残された二人を守るのにぼくの生存と素性の秘匿が必要なことだとしても、面の顔が厚いにも程がある。


 本来ならぼくはあの姉弟から恨まれるべきなのに、ぼくは狡い。



 断絶



 暗い道の中で、ぼくは彼の元へ走る。


 駄目だって分かっている筈なのに、未だにぼくは求め続ける。とんだクズだ。

 自分の醜さや罪を自覚し、罰されるべきだと知りながら、まだぼくは求め続ける。


 ぼくの醜さを知らない彼は振り向くと、

「おせぇぞ、エル!」

 そう眩しい笑顔でぼくに向かって手を伸ばす。


 甘ったれなぼくはその手を取ろうとするが――、


 ザシュ


 鈍い音と共に、彼の心臓を柄に緋色の玉が二つついた長い刀が貫いていた。


「え……? あ、え」


 何があったのか分からない彼は、その藍色の目から光を失っていく。


 ぼくが何もせずに突っ立っていると、刀が勝手に抜け、消える。残ったのは動かなくなった彼と、彼の赤い体液に塗れた愚かなぼく。


 ぼくの所為で、また違う誰かが被害者になった。


「うああああああああああ‼︎」



 ***



 自分の叫び声で目を冷ます。飛び起きて辺りを見回せば、いつもの殺風景な寝床。友人の亡骸も体液もそこにはない。


「ゆ、夢っ……」

 少し安堵はしたものの、どうにも気分が悪い。


 当然だ。あんなもの夢でも見たくない。寝汗が酷いし、体は未だに震えてる。


 最後の以外は実際にあった事だ。それから、目を逸らすのはぼくの弱さだ。ぼくの甘えだ。己の罪から逃げることは許されない事だろう。


 だけど、最後のあれは一体なんだ? すごく嫌な予感がする。それに、その勘を無視してはいけない。きっとおかーさんの血が何かを教えようとしている。


 夢に出てきた刀には、赤い玉が二つ。ぼくが持っている刀には玉は三つ。フェンリールの刀は一つだった筈。つまり、あれはデアーグの刀。


 デアーグがカイを殺す?

 いや、それはフェンリールが禁止した筈だ。

 デアーグは暴走しがちだけど、流石に『殺さない』とうんざりする程、誓約文書かされたらしいし、破った時の罰則が、ぼくとフェンリールに接触半年禁止だから破らない筈。


 いや、でもちょっと待てよ……殺さない事は約束したけれど、他の害を与えないとは約束してない。まずった、あのデアーグのことだ、そこをついてくるに違いない。交渉し直さなければ。


 今から、デアーグの元へ行く?

 でも、ぼくは彼との交渉が下手くそだ。失敗例として情緒不安定にさせ、暴走させた例も少なくない。しかも、最近、ある事で滅茶苦茶不機嫌だったしたな。


 じゃあ、フェンリールに頼る?

 だけど、彼はそろそろ忙しい時期に入るか。すぐには対処できないだろうし、そんな状況でも手を貸そうと無理をしてしまうことだろう。


 とりあえず、しばらくの間はぼくが彼を守るしかない。


 デアーグはどうやって危害を与えようとするか……校内は多分ない。

 何故って、校内には今のところ学園最強のオリス様がいらっしゃる。デアーグがボロボロになっていた理由を後で聞こうと思ってたら、あの方が「赤の人って一般人も狙うの?」と言ってきたから、多分彼の仕業だ。どこまで、ぼくらの事を知っているのか分からないが、少なくともカイを守ってくれたのは分かった。


 神出鬼没で何考えてんのか分からない方だけど、弱い者を守るポリシーは決して揺るがない。デアーグだって馬鹿じゃない、一度ボコボコにされれば同じようなヘマはしない筈だ。


 となると。危険なのは学外にいる時。それでも大体ぼくがそばにいる。じゃあ、寮? いや侯爵子息なんて平民寮の近くにいれば目立つ。


 どう危害を与えようとするのか分からない。かといって、ただの杞憂で済ませるには、ぼくは母の血から来る勘を疑えなかった。


 探れるところは念の為に探ろう。寮生に赤の子飼いがいる可能性もなきにしもあらずだし。一度、カイの寮事情も確認したかったし。


「と、とりあえず学校に行く準備……」


 今はどうしようもないので、自分を促すようにするが、彼のことから思考をずらした途端に感じる、痛み。


「最悪……」


 前に来たのよりはマシだが、ぼくが大嫌いな赤だ。


 苛立ち紛れに枕を扉に投げつけると、偶然仕掛けが作動し、床が開いて枕も下に落ちていった。畜生、あとで取りに行かないと。



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