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1 苦手分野はとにかく酷い

 

「平民トップで成績優秀なエルラフリート・ジングフォーゲルくん、どうかオレを助けて下さい」


 ある冬の日のことだった。オレは友人に学校の食堂で頭を下げていた。流石に冬は寒いから外はやめたんだよな。食うもんは相変わらずぱっさぱさのパンだけど。

 これから昼食を食べようと弁当箱を開けた友人に向かって、唐突にすることでは無いのは重々承知しているが、仕方ねぇ。


「いきなりどうしたのカイ? ストーカーとか出てきたの? 襲われそうになったら迷わずみぞおち狙えばいいよ」


 友人も友人で返し方がおかしいから。心配そうにオレを見る顔と、言ってる内容の過激さのミスマッチ感が半端ねぇ。

 なんで、オレが困ってるってなったら、そういうのだとすぐに判断すんだよ。地味に対処法も教えてくれるし。親切心で言ってるのは分かるけど、色々複雑だ。


「ちげぇよ。お前さ……頭良いだろ」

「否定はしないけど、カイも頭良い方でしょ? いただきます」


 確かにオレは平民でCクラスにいるから、頭が良い方とは言える。だけど、目の前でオムレツを食べているハイスペックな友人とは同じようにいかねぇし、欠点もたくさんある。


「オレな、興味ある分野は得意なんだ」

「大体の人はそうだと思うけど? ま、うちのフェイスとロキはペーパーテストは完璧だけどね!」

「で、オレは経済とかが得意で、地理と計算もそこそこ」

「……地理? 迷子によくなってるのに?」


 エルの妹ちゃん弟くん自慢をスルーして話を続けると、エルが不思議そうにオレにそう訊く。


「地域別の特産品とか、流通しているものとかは得意だし、気候は分かる。オレにできないのは、自分の居場所と、地図に描いてある場所を、一致させることだ。慣れた道はわかるし」

「ああ、なるほど……一番必要な部分だけが出来なかったんだね」


 

 可哀想にという言葉を言われてないのに、なんとなく思われてんのが声の感じで分かった。別に今まで迷子になったって、最終的に人に聞くやら、サドマに見つけて貰うやらで何とかなってきたんだし、良いだろ。


「オレの迷子は今はどうでもいいんだ」

「直した方がいいと思うけどね。フェイスとロキなんて一度地図見れば大丈夫なのに……」

「どうでもいいんだ! それより、オレは天学がヤバイ、本当にヤバイ」


 エルがきょとんとする。紅茶色の瞳の純度は高くて、子供のそれと同じだった。うぅ、やっぱその反応だよな。分かってた。分かってたけど、辛い。


「何言ってるの? 天学って平民でもいい点取れる科目って言われてるじゃない?」


 エルの言う事はマジだ。『天学』は国立軍学校にある科目の中で、一番簡単な科目だ。平民、貴族問わずそれは共通の認識だ。内容はこの国の宗教についてだ。


 だが、オレにとっては一番不得意な科目だった。何故って、授業がねぇから。テストだけが存在してる。おかしな話だと思うが、オレ以外の奴はそのテストで酷い点を取らない。小さい頃から伝説を散々聞いてるし、宗教関係のことなんて常識だから。


「オレ、天を信仰してる訳じゃねぇからよ」

 

 下手したら、軽蔑されるかもしれないことを口にする。この国の人は『天』という神や『カラビト』という神の使いへの信仰心が異様にある。だから、その神を信仰してないっていうのは異端者だ。でも、なんとなくエルなら受け入れてくれる気がしたから。


「そっか」

 エルは笑う。


 嘲笑うとかそう言う感じじゃなくて、寒い冬の暖かい日向のように優しく笑った。

 怒ったりはしないと思ってたけど、まさかこんな風に優しく笑いかけられるとは予想してなかった。


「ぼくも信仰してないよ」

 お前もかよ。


 反応が優しい訳だ。つーか、エルみたいな美人だと宗教画のモデルとか頼まれそうなのに。カラビト様は超絶美形らしく、それで宗教画を描くときにはモデルを見目が良い奴にお願いしてるらしいからな。

 で、そんな綺麗な顔の持ち主は目をキラキラと輝かせてる。


「カイはどうして信仰してないの? 前、王都の伝説とか知ってたのに」

「あれは、どっちかと言うと地理の方で知ってたんだよ。信仰してないのは、ほらうちの商隊って色々混ざってるじゃん」

「あ、そっかサドマさんはデシエルト皇国出身だから宗教違うもんね」


 理解が早くて助かる。まあ、うちのサドマが宗教とか信じてんのか知らねぇけど。見た所、カミサマとか崇めてる感じしねぇな。あ、でも皇国って三つの月をカミサマとして信仰してるんだっけ、サドマの奴、月はよく眺めてるな。


「そうだな。あと、お前は覚えてねぇだろうけど、鶯屋に来てたうちの経理担当は連邦出身だからな。他にも海の向こうから流されてきた奴もいるし」

「……カイの商隊って凄いね。よく、そんな混じってて喧嘩にならないね。ほら、連邦なんて基本は自然にあるものにはみんな精霊が宿ってるとかでは一致してるのに、精霊の序列云々でよく部族でドンパチやってるのに」

「ああ、あれは酷いもんな。そのドンパチで壊滅した部族もあるらしいし。今強いのは、火を第一位にする部族だっけ、それとも植物を第一位にしてる部族だっけ」


 そう話せば、エルが「なんで、そんなこと知ってるのに天学知らないのさ」と溜息を吐いた。


 たしかに、オレ自国の宗教より連邦の宗教の方が詳しいかもしれねぇ。連邦の宗教についてはうちの経理担当が散々話してたからな。布教とかじゃねぇぞ。うちの経理担当がその宗教関係の争いも原因で、所属していた部族が彼女以外全滅したからだ。

 逆にうちには『天』について話す奴がいねぇ。


「うちは他の国が出身も多いからと、あとじいちゃんがまず信仰してないから、その影響で父ちゃんと母ちゃんも信じてない。移動も多いから信仰してないのもあんまバレないしな。小さい頃とかに話を聞いてねぇんだよ」

「へぇ、おじいさんはどうして信仰しないの?」

「『この宗教は、この国の人の為にしか作られてないから』だってさ」


 よく分かんねぇけど、その時のじいちゃんには詮索するのはなんとなく避けた。


「なるほど……まあ、じゃあ、まず手始めにカイはこの国の建国伝説を聞いたことがある?」


 オレの天学の具合がやっと心配になったんだろう。エルがそんなことを聞く。これは地理が少し混ざってるから覚えてる。


「おう、天の使いのカラビト様が若い王に平定しろっつって、出来たら王都と王城と四大公爵家の制度作ってもらった。んで民に、これからお前やその子孫は、四大公爵家のバランスと司祭様と王は大切にしろ、そうすれば国は平和だよって言われた」

「ざ、雑だなぁ」

「もう少し丁寧には出来るけど、大体こんなもんかな。つーか、覚えてる方のだ。観光地になった原因とかだと若干地理も入ってくるからな。テストやばくて教師に呼び出された」


 天学について擬態する為に必要程度のことは教えてもらったり、周りの真似たけど、やっぱ小さい頃から聞かされてる訳じゃねぇからな。お陰で天学で酷い点数取って教師に呼び出されちまった。日常生活には支障をきたさない程度だったけど、テストは流石に無理だった。


「ちなみに何点だったの?」

「二十三。平均は七十だってのによ。そう言うお前は何点?」

「九十八点」


 流石Aクラス。でも逆に落とした二点が気になるかも……が、それよりオレのことをなんとかせねば。


「ということで教えて下さい」

「仕方ないなぁ、じゃあ放課後ね」


 ***


「やっぱ『天学』っておかしいだろ! なんで植物とか動物についてこんなにあるんだよ。もう関係ないとこまで巻き込まれてるよな」


 伝説だけならまだしも、他にも天に関するからという理由で、動物や植物、虫の名前とか生態とかやるって……それは別の教科でやるべきだろ。なんで、こっちに出てくんだよ、帰れ。伝説やってたと思ったら、そういうのも出てくるから頭混乱すんだよ。学問としてのまとめ方が狂ってやがる。


「初種百生物ね。一応関係あるっちゃあるんだよ。ぼく達の遠い祖先が穢れた世から来る前から、この世にいる生物ってことで他の生物より格上ってなっているからね」

「見たことねぇもん百も覚えらんねぇよ」

「伝説に乗るくらいの生物だから。見たことあったら驚くよ」

「いるかも疑わしいな。つーか伝説に出るのってほぼカラビト様だけだろ。特にこの突貫魚とか伝説になる要素なくね? 死ぬ原因の九割が岩にぶつかって自滅って……伝説があるとは思えねぇ」


 天学でやるくらいの魚なんだから、特殊な生態とか神聖な能力でもあるのかと思いきや、ただの馬鹿な魚。いやまぁ、馬鹿らしくて逆に覚えたけどよ。でも、宗教の授業で学ぶもんじゃねぇと思う。


「一応、『鉄槌の湖』には生息してるみたいだよ」

「鉄槌の湖って、言い方されると分かりづらいんだけど。地理と同じ天湖でよくね」


 王都の神殿がある湖で、神聖な場所なんだけど、学問によって名前変わるのは正直嫌がらせじゃねぇか?


「天学だとそう呼ばれてるから仕方ないでしょ」

「わざわざ呼び方変える意味はあんのかよ」

「……ねぇ、カイって頭良いんじゃないの?」


 まだ始めてから一時間しか経ってねぇのに、エルは疲れ切った顔でそう言った。


「平民の方じゃ良い方だけど、苦手分野と得意分野は多少あっけど……」

「まさか……天学の他にも酷いのがあったりしないよね?」

「あるけど、天学みたいには酷くな――」

「カイ、各教科の直近のテスト持ってこい。今すぐ、寮まで走って」


 真顔になったエルを見て、『別に他は切羽詰まってねぇから、天学だけで良い』とは流石に言えなかった。そんな暇があったら、一刻も早く走り出すべきだろう。



 ***



「嫌な予感はしてたけど……極端、極端だよ! テストに性格が滲み出てる!」

「悪かったな!」


 テストに性格が滲み出るってどんなだよ! とツッコミたい気持ちがあったが、エルが言うなら理由はありそうだ。でも天学はヤベェけど、他は得意分野以外平均よりちょい上ばっかだぞ。テストから性格が滲み出てるなんて、オレはどんな性格なんだよ。


「もはやこれ才能だよ……」

 エルは持っていた歴史のテストを机上に置く。点数は65点、平均は57だ。


「才能って」

「歴史なんて物流とか税金とか金融政策とか貨幣制度のところは全部合ってるのに勿体ないよ。あ、ここ学年で一人しか正解者出てないところじゃん、正解者がカイって知ったら、テレル様躍起になりそうだね。なのに宗教関連や戦争とかについては全然……いや、戦争でも費用とかについては全部合ってる」


 分析すんなよ。そう言われると確かにそうだけどさ。分野別に大問が構成されているけれど、丸がいっぱいのところもあれば、バツばかりのところもあって、はっきりしてる。


「戦略戦術のテストは撤退方法や籠城戦だけ得意だし……この記述問題なんて圧倒的に有利な状況なのに撤退って……先生がコメント書いてるけど『キルマーの中には戦うって言葉はないのですか』って、優しい先生で良かったね。下手したら呼び出されるよ」


 だって戦闘したら死亡率上がるだろ。とにかく生き物は生き延びるのが大事だと思う。


 そもそも平民で戦術のテストあるのオレとエルくらいだし。普通、平民は戦術みたいな上の役割について学ばなくていいんだ。


「あ、この分散撤退の形って先生がこの前、生徒から出たけど紹介なって授業中に言ってた奴だ。面白いって思ってたけど君だったの……なんか悲しいよ」

「褒めるなよ」

「褒めてないからね。君はもう少し積極的になろうか、先生のコメントの文字震えてるからね。ぼく、この先生に『君はあまり撤退しないんですね』って言われて慎重さが欠けてるのかなって思ってたけど、君が原因か」

「原因って……」


 オレだって別にふざけてやってる訳じゃねぇし、大真面目に検討した結果の撤退だ。


「体術とか剣術のペーパーテストも防御と回避ばっか描いてるし。攻撃しなよ、攻撃」

「軍人なんて大体オレより運動神経いいから勝てる気がしねぇ。逃げるっきゃねぇだろ」


 あの問題は毎回『自分のことだと思って考えなさい』って書いてある。


 自分のことはよく分かってるつもりだ。

 足は少し早い方かもしれねぇけど、純粋な筋力はエルに勝ちはするもの、平均程度。国立軍学校に通ってるような他の連中に比べりゃ無い方だ。またエルみたいに隙をついて攻撃とかも出来ねぇ。

 エルは技術も凄いけど、何より躊躇なく攻撃できるから強いんだと思う。オレはどうしても攻撃に迷いが出るし、相手に攻撃されるのを怖がっちまう。碌な攻撃にならないのは、簡単に予想できる。だから、最初から防御と回避に専念するのは分かってる。


「実戦ならまだしもペーパーテストでそんなことを考えちゃ駄目だよ。あれは戦う前提で書いてあるの。ちなみに実技は?」

「Cだった」

「評価が最低Dマイナスだから……全部防御と回避が得点源だろうね」

「……先生に『防御と回避だけはマシだな』って言われた。攻撃は得意じゃねぇし」


 オレの答えにエルはわざとらしい溜息を吐くと、


「ねぇ、なんでカイは国立軍学校に入ったの?」


 そういえば今まで退学した先輩以外に入学した理由を言ったことが無かったな。別に隠してる訳じゃねぇけど、言うような機会もなかったからな。


「本がたくさんあるのと、貴族の関係探れるから。あ、軍人になるつもりはさらさらねぇよ」

「根本的に間違ってたよ。テレル様に入学した理由知られたらぶっ飛ばされるよ」


 ああ、あの人真面目そうだからな。軍人になる気もないのに、この学校に入ったって聞いたら怒りそうだ。

 

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