挿話4 恋愛小説
「『ふふ、この僕に靡かないなんて君は面白い子だね』と目の前の赤茶髪の綺麗な少年は私をまじまじと見た」
「なんだこいつ!」
「ムカつく! めっちゃムカつく!」
「なんでモテるんだこいつ。顔か? やっぱ顔が全てなのか?」
「主人公こいつをぶん殴れ」
「『私みたいな人、全然他にもいますよ!』」
「そうじゃない! おれたちが望んだのはその反応じゃない!」
「ってか主人公普通じゃなくね? めっちゃイケメンに言い寄られとる」
「今回ので3人目だぞ。平凡な少女なのに凄くねぇか?」
「俺正直、この主人公全然平凡要素ないと思う」
「お前らさ……」
騒がしい談話室の中、オレは静かに朗読していた本を閉じて置く。
「人に恋愛小説朗読させておいて、騒がしいんだよ!」
しーんと一気に静まる。談話室にいる沢山の寮生の視線がオレに集まる。
「つーか、なんで怖い話の次は恋愛小説⁉︎ 男子寮で流行るもんじゃねぇだろ!」
流行りのギャップが凄まじくてついていけねぇわ!
女心を学んで上手く関わる為だそうだが、少女向けの恋愛小説なんてお砂糖ばりばり入ってて、国立軍学校にいるような脳筋どもが読んでて楽しいかって内容なんだけど⁉︎
いや意外と読んでたら楽しめちゃうってこともあるだろうけどよ……それにしても。
「っていうか自分で読めよ! 人に朗読させるんじゃねぇよ!」
こちとらキザなセリフとか吐かされて恥ずかしいんだよ!
「自分で読むといつの間にか寝落ちしてるんだよ……」
「あと一人ずつ回していくと全員読み終わるまでに時間がかかるだろ。本って高いからたくさん買うの難しいし。この本だって50人とかで割り勘したんだぞ」
「そうそう誰かに朗読させてそれをみんなで聞いているのが一番早いし、楽だ」
ちくしょう、お金が絡んでくると何も言えねぇ……確かに本って高いもん。
でもやっぱ自分で読めよ。本読んでて寝落ちとかどんなんだよ。絶対、そういう奴は座学でも爆睡してる。
そんで聞いてる奴は楽でも読んでる方は楽じゃない。
「せめてハマってる連中の内輪で朗読すりゃあいいだろ。なんで無関係なオレを巻き込むんだよ!」
「いや俺らだって最初は交代で朗読してたんだよ。だけどスラスラ読める奴がなかなかいないから頭に入ってこなかったんだよ。で、カイならお小遣いあげればやってくれるし……」
オレは便利屋か!
いやまぁ、実際お駄賃もらってやってる時点でなんもそれには言えねぇんだけどよ。
でも、なんかこう、納得いかねぇんだよ。
「ほーう、じゃあちゃんと内容頭に入ってるんだろうな? 主人公の名前は?」
「「「…………………」」」
「マリアだよ! 主人公の名前くらい覚えてやれよ!」
うっそだろ⁉︎ なんで一人も主人公の名前覚えてねぇの? あーそっか、みたいな反応すんじゃねぇよ。
「お前ら本当は恋愛小説なんか興味ないだろ!」
「そんなことはない。主人公以外なら覚えてるぞ。主人公の姉のロザリア」
「近所のローザおばさん」
「配達屋のポールおじさん」
「カフェの店員ダン」
「すれ違った少年、ジョン」
「全員脇役じゃねぇか! メインキャラはどうしたよ⁉︎」
思わず机を思い切り叩く。
ヒーローの名前が誰一人として出てこねぇ。
カフェの店員ダンなんて最初主人公に蘊蓄垂れて引かれて、そのあと現れたヒーローに間違った知識訂正されるとかいう、どうでもいい奴だぞ。ジョンに至っては誰だよ?
「だって脇役の方が現実にいそうだし、共感しやすいんだよ」
「そうなんだよ、特にダンとか他人事だと思えねぇ」
「分かる。女の子と話す内容分からなくて、それで頑張った結果なんだよ。俺も頑張って筋肉自慢してたら引かれた」
「そのあとイケメンに間違いを訂正されるとことか泣きそうになったよ。所詮俺らはイケメンの引き立て役にしかなれねぇんだって……」
「ダンは頑張ったんだよ。悪気はねぇんだよ。緊張しただけなんだよ。そんな冷たい反応しないでくれ。そしてイケメン許さん」
めっちゃダンに感情移入してんじゃん。そんで理由が悲しい。誰か心優しい女の子、こいつら悪い奴じゃねぇから仲良くしてやって下さい。
オレもあのシーンは「ダンって奴は踏んだり蹴ったりだな」って哀れんだけど、泣きそうにまではならねぇよ。
「脇役に感情移入しすぎだろ。主人公になっていこうぜ」
「僕が主人公だったらダンの話をちゃんと最後まで興味津々で聞く。よって主人公は僕じゃない」
「俺らの中ではダンが主人公なんだよぉっ! 脇役なんかじゃねぇよぉ……」
お前ら、一旦ダンから離れろ。そんでどう考えても序盤の3ページしか出てないから脇役だ。
でもまぁ、この主人公に感情移入しろってのは難しいかもな。だってこいつらみたいな脳筋が、『私はちょっとお転婆だけど普通の女の子』って言う自称平凡な女の子主人公に感情移入出来るかって無理な話だよ。
つーか、なんで数ある恋愛小説の中でこれを買ってきた?
複数のイケメンに言い寄られるものじゃなくて、一途な少年少女同士の話とかなら俺らみたいなのでもまだ読みやすいし、入り込みやすいだろうに。
「じゃあ、主人公を知り合いだと思って。それを見守る気で読んだらどうだ?」
我ながら良い提案だと思う。オレも物語読む時は感情移入型じゃなくて、第三者目線型で読むこと結構あるし。
「知り合いでイケメンに囲まれてる奴……」
「自称平凡な癖に言うほど平凡じゃない奴……」
「イケメンに面白い奴って絡まれる奴……」
「何故か周りにそこまで憎まれず好かれる奴……」
ぶつぶつと呟きながら考え始める奴らを見て、実際の知り合いで主人公と同じ状況の奴探すって訳じゃねぇよと呆れる。いるわけねぇだろ、そんな奴。
「あ!」
みんなが悩む中、一人がそんな声をあげたのでオレはそちらの方を見る。
え、まさかの実在するってか? それはすげぇな、どんな奴なんだろ。
「この主人公、カイだ!」
は?
今……誰だって言った?
オレの名前だった気がす――いや、まさかそんな訳ねぇよな! 気の所為だよな! それか幻聴だ。
この物語の主人公は自称「お転婆だけど普通の女の子」だ。何から何まで違うオレと重ねるだなんて流石に無理がある。
「あ、そう言われるとそうだな。イケメンに囲まれてるし。こいつカイだ」
「マリアはカイだったんだな!」
「なるほどカイだと思えば、そこまで腹が立たねぇかも」
「今日からマリアって呼ぶわ!」
「お前らふざけんなよ」
***
「まず! 根本的に! 性別が! 違うだろうが!」
真昼間の中庭にオレの声が響く。
「うっ、うん……た、確かにそうだねっ。いやっ、でも、寮生の人たち最高っ」
「敵なのか味方なのかはっきりしろよ」
「寮生の人たち最高っ」
「裏切り者め」
芝生の上で笑い転げる友人を見て、オレは吐き捨てる。爆笑する姿でさえもその美しさを損なうことがないのだから、本当見た目が良いな。
「つーか、お前も巻き込まれてるからな。お前はヴィンセントとか言うタラシ男だから、『僕に靡かないなんて、君は面白い子だね』とか素で言っちゃうような奴だから」
「現在進行形でカイは面白いよ。カイ、君は面白い子だね」
「ノるんじゃねぇよ! 今度からヴィンセントって呼ぶぞ!」
そう言えば、エルは更に「ヴィンセントっ……」と笑い転げる。人が困ってるってのに楽しそうにしやがって。あとヴィンセントって名前は結構普通だし。
「ち、ちなみに話聞く限り複数ヒーローがいる作品みたいだけど、他は誰なの」
「しっかり真面目イケメンのジャックがテレル様で、ほのぼのイケメン幼馴染のデビットがオリス様。不敬すぎる」
「ひいっ、お腹痛いよぉっ」
お腹痛いじゃねぇよ。どんだけ笑ってんだ。笑いすぎて息ちゃんと吸えてるか心配になる。まあいつもみたいに上品に笑ってる姿と比べて、素直に感情表に出してる感じでいいのかもしれねぇけどよ。でも笑いの対象がオレだってのは不満だぞ。
「恋愛小説の女主人公を知り合いの男に重ねた上、ヒーローもそいつの周りの男に重ねるとか正気の沙汰じゃねぇ……」
寮生の奴ら疲れてんのかな……。
女の子と上手く話せないからって、恋愛小説割り勘で買って女心学ぼうとするし、それを人に朗読させるし、挙句に朗読してあげてる親切なオレとヒロインを重ねるし……うん、確実に疲れてんな!
「ち、ちなみに最終的にどのヒーローとくっついたの?」
笑いがおさまったかと思えば、気になるのそこかよ。
「実はこれ一冊で終わるのじゃなくて、今も続いてる作品らしい。一巻読み終えて発覚した。だから一巻では誰ともくっついてねぇよ」
「ええ? まさかの長編」
オレにとっては唯一の救いでもあった。続きが十何冊ってあって、寮生も奴らが今、2巻買うか迷ってるし、主人公とヒーローの絡みも一巻ではそこまでない。主人公があいつらの中でオレになってるからには、そういうシーンは無い方が良い。
「全巻集めるのはキツイだろうから他のすすめて。オレが重ねられないようにしたいんだけど何か良さげなの知らねぇか?」
エルなら良さげなのを知ってそうだ。根拠は特にねぇけどよ。少なくとも一般的な平民よりは本を読んでるだろうし。
エルはオレの問いに美術館の彫刻かってくらい白くて綺麗な手を口元に当てて真剣に考え込む。
「恋愛小説ねぇ……『転落少女』とか」
「……タイトルから不穏なんだけど、どういう話だ?」
普通、恋愛小説で転落という言葉がタイトルに入らねぇと思うんだけど。経済系の自伝だと転落したけどやり直しましたってのは多いけどよ。
念のため、念のため確認しておこうと思う。エルって結構一般的な感覚とずれてることあっからな。
「いや、ネタバレは良くないよ」
「確かにそうだけど、オレが楽しむ訳じゃないから」
「一人の少女が激しい恋をするんだけど、あまりにも好きすぎて、付き合ってる妄想と現実をごっちゃにしたり、邪魔者殺したり、ついには好きな人を食べちゃうまで堕ちちゃう話」
「健全な青少年にトラウマ植え付ける気か!」
誰が怖い話を紹介しろと言った! その時代は終わったんだよ!
一般的な感覚からズレてるどころじゃねぇわ。なんで恋愛小説の紹介で、頭おかしくなったり、人が殺されたり、人が食われたりすんだよ!
人が人に食われるとか、バトルものや、ホラーやサスペンスでもなかなか珍しい方だろうに、それを恋愛ものでやるな! ぜってぇ、特殊な作品に決まってる。つーか、書いた作者はどうしてそういう展開にした?
「噂じゃ実話が元らしい」
「ますます駄目じゃねぇか! ……他のはねぇの」
「『花と雑草』貴族のお嬢様と従者の話だよ」
「おお良さそうじゃねぇか。そこで最終的にくっつくのか!」
身分違いの恋。最初はそれで周りに認められず大変だけど、二人で協力して頑張ってゴールインって訳だな。現実的ではねぇけど明るくていいんじゃねぇの。寮生の奴らもそういう話しならとっつきやすいんじゃねぇのかな。
「うん、まぁくっつくね……お嬢様の嫁ぎ先の屋敷で、旦那様に不貞を咎められて二人揃って処刑されて、全てを知っている婆やが『お嬢様とあの子は二人で星になる道を選んだのですね』って言う……」
「見事なバッドエンドじゃねぇか」
現実的すぎて泣きそうだわ。寮生の奴らが聞いたら号泣間違いなしだ。あいつら行動はがさつでも心は意外と繊細なんだからな。
「令嬢教育でこれを読ませて自由恋愛にトラウマ植え付けて政略結婚に従順にしとくんだよね……実際、政略結婚に逆らうと悲惨なのは事実だし」
物語の背景まで暗いんだけど。
無差別にトラウマ植え付けられるお嬢様方が普通に可哀想。
政略結婚が貴族の間じゃ大事ってのはクラスの連中の様子から、平民にしてはよく理解している方だ。だからこそ思う、そういうマイナスな方法じゃなくて、婚約者同士が仲良く出来るように環境を作るとかいうプラスの方向で頑張ろうぜ。
「ハッピーエンドのはねぇの? 残酷すぎる……」
「マシなのを選んだつもりなんだよね。一緒のタイミングで殺してくれただけで温情があるよ。酷いのだと、片方だけ残って生き地獄で、生まれた子供に虐待するっていう――」
「マシとかじゃなくて、オレはハッピーエンドって言ってんだろ、少なくとも人が死んだりしねぇの!」
処刑されてる時点で温情もクソもねぇわ! あと何も悪くない子供が虐待されるとか、オレすっごく苦手。世の中不平等で、悲惨な目に遭ってしまう人間はいるって分かってるけど苦手。優しい人や何も悪いことしてねぇ奴が辛い目に遭うのはやっぱ嫌だ。
寮生の奴らのトラウマになったり、朗読しているオレにダメージがあるのは駄目だ。
「あー、それだとぼくが今まで読んだの全部駄目だね」
「なにそれ……お前バッドエンドが好きなの?」
オレは別にバッドエンドも読むけど、バッドエンドとハッピーエンドどっちが好きだって聞かれたら、圧倒的にハッピーエンドが好きだ。
「いや別に。暇だったらから適当に読んでただけで」
「もっと明るいの読めよぉっ」
暇だからっていう時に暗い話ばかり読むなよ! 精神抉れるぞ。
「いや、あるのが恋愛ものは悲劇か悲恋しかなかったんだよね……ハッピーエンドは本棚の持ち主が多分燃やしてたし」
「も、燃やしたぁ⁉」
どんな状況だよ⁉
大のハッピーエンド嫌いが居たとかか?
ご都合主義が好きじゃねぇって奴は知り合いでいたけど、ハッピーエンドが嫌いって奴もいるんだな。
けど、燃やすのはない。本はなぁ、高価なんだぞ‼ いらないにしても寄付するとかそういうのあんだろ……勿体ねぇ。
「あ、冒険譚は普通にハッピーエンドのがたくさんあったよ」
ええ……じゃあ、恋愛小説のみバッドエンドや悲劇や悲恋が好みの変人か? それとも酷い失恋の傷を抱えて、幸せな恋愛を見るのが辛いとかか? いやそれだとバッドエンドの奴読んでも傷が抉れねぇか?
なんにせよ、エルにこれ以上聞いても寮生に聞かせられそうなのはねぇな。
それより、エルの恋愛観が心配だ。
本人は普段の行動や言動から恋愛ごとにあんま関わる気がなさそうだけどよ、それにしても印象が悪い方へ偏るのは良くねぇと思うんだ。
やたらとフェイスちゃんの話になると厳しいのもその所為かもしれねぇな。そんなバッドエンドの恋愛小説しか読んでなかったら、そりゃ妹分の結婚話に神経質になるわ。
「これ読むか? 一巻しかねぇけどよ、たまには明るいやつも読んでこいよ」
そう言って鞄に入っていた、あの本を取り出して渡す。
寮生の奴らに読んでる時は、なんで数ある恋愛小説の中でこんなの選んだとか思ったけどよ、エルの話聞いた後だと全然良かったんだなって思う。だって一人も死んでねぇもん。
主人公自称平凡のすげぇモテる女だし、ヒーローたちはみんな割とキザで甘々な話だけど、全然いい。実は朗読しててそれなりに面白れぇとは思ってたし……。
エルみたいにくっらい救いようがねぇ話ばっか読んできた奴が読んだらきっとびっくりするし、あんま気に入らねぇかもしれねぇけど、だからこそ読んだ方がいいと思う。現実ばかり見てたら辛いから、暗い部分だけ見てたら辛いから。
つーか、このままじゃエルの恋愛観が真っ黒になってしまう。そうなりゃ、フェイスちゃんやロキ君にまで影響出るに決まってる。つかもう出始めてる。だって目の前の綺麗な友人は重度のシスコンでブラコンだから。
エルは渡された本をまじまじと見つめた後、ゆっくり口を開く。
「ああこれが、カイが主人公のギャグ小説?」
「オレは出てきたつもりはねぇし、恋愛小説だ」




