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挿話2 物理的に倒せる前提かよ

 

 最近、寮で怖い話が流行っている。


 談話室に行けば、ろうそく一本だけ灯して集まって怖い話をしているし、廊下で会話してんなーって思えば内容が超常現象だったり。夕食の最中にも関わらず内臓食い荒らされた死体が翌朝見つかりましたって話された時には、半ギレになった。


 おまけにオレは別にその手の話が好きでもなんでもねぇのに、何故か話の輪に強制的に加えられ、聞かされるっつー……嫌がらせか?


 んで、たまにお前も話せよって言われて話せば、「お前の話、全然怖くない」とか言うし、何様だってんだ。


「だから、あいつらに舐められねぇ為にもお前の知っている怖い話教えてくれよ」


  中庭の日向で色々愚痴を零した後に、そう最後に言えばエルが生温い目でオレを見る。


「ようするにカイは怖い話が苦手なのに、された仕返しに怖がらせたいってこと」

「別に得意じゃねぇだけで、苦手ではねぇぞ」

「ふーん」

「なんだよ」


 紅茶色の瞳に見透かされているようで、目を逸らせば、エルは芝生の上に寝っ転がる。


「いや、べっつにー。で、怖い話だよね」

「そうだ」


  言葉の発し方がどうも適当で少しムカつくが、やってくれそうだ。


「今は亡き紫の公爵夫人が自分の娘なんていないってたまに言ってたって言う噂聞いたことある?」

「ん? あるけど。確か精神病んでたんだっけか」


 紫連中に噂の中では割とヤバそうな話だから覚えてる。

 あそこ他はほとんど、公爵家次男のヴァルファ様は素晴らしい! 長女のヴァイオレット様は素晴らしい! 長男のフォルカー様は素晴らしい! 現当主様は素晴らしい! 三男のウルド様は素晴らしい! とかそんなんばっかだから不穏な噂は目立つんだよな。あそこ本当頭おかしいってくらい総締めである紫の公爵家、ハイドフェルド家の方々大好きだからな。


 あの噂は正確には娘のことを息子と言ったりしていたっつー話だから、微妙にちげぇけど、娘の存在は否定されていることには変わりねぇからいいや。


「……表向きではそうなってるんだよね」

「え?」


  エルの意味深な言葉にドキリとする、


「実は本当に娘はいないんだよ」

「え、でも……」


 エルの静かな声にオレは不安になる。


 ヴァイオレット様って散々、公爵令嬢の名前は噂で聞いてんだ。内容からしても死んでるとかじゃない。なのに、エルは何を言ってんだ。


「公爵夫人が三つ子を出産した時、末の女の子は死産だったらしいんだよ」

「いや、でも、紫の公爵令嬢は」

「うん、いるね。産まれる前に亡くなってしまったのにいるね」


 すっげぇ、死んでること強調されんだけどなんで? 是が非でも死んでる設定を押し付けてくる。なんなの紫の公爵令嬢に何か恨みでも?

 でも、なんだろうエルの声が迫真過ぎて本当にそうなのかもって思えてくる。だけど、その場合色々おかしいから、んな訳ねぇよな……。


「し、死んでたらいねぇだろ」

「普通はそうだね。でも、いるんだよ。ある時期まではまったく話題に上らなかったのに、急に話に上がってきたんだよ。これって……おかしくない?」

「はは」


 エルの静かな声にオレの本能が警鐘を鳴らしている。これ以上はあんま聞きたくない。

 

「だから、たまに話にあがるんだよ。みんなして公爵令嬢の幻を見ているか、公爵令嬢が死にきれずに戻って来たんだと………」

「………………へ、へぇ」


 みんなして幻覚みてんのも、死んだ赤子が生き返るのも、ありえねぇけど。嫌だな。ありえねぇけど。


「なーんてね。実際にはカイの言う通り公爵夫人は病んでたみたいだし、公爵令嬢について話が上がりにくかったのは病弱で特に幼少期は公な場に出なかったからってだけだよ」

「な、なんだ、そうだったのか……つーか、ネタバラシしていいのか」

「だって、そうしないとカイが泣いちゃうもの」

「な、泣かねぇよ!」


 そう言い返せば、疑わしいとばかりに視線が向けられる。紅茶色の瞳に吸い込まれてしまいそうだ。


 別に泣くまでは怖くねぇし。そう思いながら目を逸らす。


「そう。じゃあつぎの話ね」

「え?」

  まさかの一話だけじゃねぇっていう。思わずエルの顔を二度見した。


「ぼくがまだ十歳くらいの時、視線を感じたんだよね」

「視線?」


 エルなんてそこら辺歩いていれば年がら年中見られたとしても別におかしなことじゃねぇだろうが。だって顔面兵器だから。顔の良さで人を呆然とさせるから。


「そう視線。ぼくって自分で言うのも何だけど、注目浴びる容姿はしてるからさ。別にそこまで気にしてなかったんだ」

「だろうな」


 自覚しているようで何よりだ。これで「なんでみんなぼくを見るんだろう?」とか言い出したら、すぐさま鏡のあるとこまで引きずってくとこだったわ。


「でもね、その視線がいつまでたっても外されないとなると流石に気になるんだよ」

「え?」

「道歩いてても、買い物してても、家に帰っても、眠ろうとしても、同じ誰かに見られている感じがするんだ。家に帰る途中に振り返ってみるけど、後ろには誰もいないし」

「ひえっ」


 後ろ見てもいねぇってことは人の目に見えねぇもんとか、すぐ移動できるバケモンってことか?


「今日は視線を感じないなーって思った日には目が覚めたら家の床に『おはよう』って赤いもので書かれてた」

「それってヤバイんじゃ……」


 うわぁぁ、なんかに憑かれてるぅ。そうだよな、お化けだって取り憑くなら美形とか選り好みがあるかもしれねぇしな。


「流石にぼくもこれはヤバイってことで、視線の正体を探ろうと思ったんだよね」

「探る前に誰かに相談しろ!」


 怖い話あるある仲間を呼ばない謎に勇気ある奴。まぁ呼んだら呼んだでそいつも巻き込まれて大変なことになっちまうってのもあっけどよ。


「確かにそうかもしれないけどね……まぁ、ぼくは視線の正体を見つけようとしたんだよ。で、怪しい男を見つけた」

「お、おう……」

「身長は160いくかいかないかで、左腕は力が全く入ってないのか不自然なほどぶらぶら揺れてた。全身真っ黒で痩せ気味で、深い帽子を被ってたせいで目元はよく見えなかったし、口元もタートルネックの所為で隠れてた。肌が見える部分は手くらいだったかな。まぁ、その手さえも真っ赤に染まってて肌の色はしてなかったけど」

「そ、それって……」


 ダメなやつじゃん。

 ぜってぇ普通の人間じゃねぇじゃん。出会ったら死んだり、殺されたりする奴じゃん。真っ赤って血液じゃん。いやまあ家の文字の赤の時点で薄々察してたけどさ。


「ぼくも『これはかなりやばいのでは』って思って、あとをつけたんだよ」

「なんでだよ……エルの馬鹿野郎」


 怖い話あるある主人公謎に得体の知れねぇやばい奴を知るために危険なことをしでかす。オレだったら全速力でその場から逃げてるわ


 いやでもその場合は逃げた先にもいてって奴か? ちくしょう、最近怖い話聞きすぎて助かるエンドが思いつきやしねぇ。


「男はね裏通りにある小さな階段を下っていって鉄の扉を開けて中に入っていったんだよ」

「鉄の扉……」


  もはや怪しさと不穏さしかねぇ。


「扉の取っ手は赤いもので汚れてた、でも、ぼくは好奇心に負けて入っていったんだよその中に。そしたら――」


  入るな、そんでそこで話を溜めるな。嫌がらせか? 話すんならさっさと結果話せよ。溜めることで緊張感とかも伝わってきて無駄に臨場感が出るんだよ馬鹿野郎。


「顔があったんだよ」

「か、顔?」


 生首とか? それとも三日前に聞いた顔の面剥がされるとかそういうのか?


「うん、正確に言えば肖像画かな、しかも全部同じ顔で、ぼくも知っている顔だった」

「お、おう」

「ぼくはね、それを見て、なんで彼の手が赤かったのか分かったんだよ。でも、やっぱり戸惑って呆然としているとね。扉の陰から男が現れて言ったんだ」


 寝っ転がってたエルが上半身を起こして、オレの藍色の目と紅茶色の瞳を合わせる。光の加減で少し赤く見える。


「見てしまったねって」


「あわわわ、やば」


 定番中の定番、見つかったらあかん奴に見つかるパターン。ダメじゃん、詰みじゃん。エル死んだじゃん。じゃあここにいんのエルの亡霊とか?


「だからね、ぼくは『滅べ、ペド野郎』って言って奴の股間を蹴り飛ばしたとさ」

「ん?」


 なんか話がおかしい方向に進んだぞ?


「ぼくのストーカーみたいなもんでね。ぼくをずっと観察して、ぼくの絵を描いてたんだよ。そいつ」

「変態の話かよ! てっきりオレは殺人鬼かなんかかと……いや、変態でもヤベェな」


 なんだ良かったと気が抜けて今度はオレが芝生の上に寝っ転がるってから、変態でも別によくねぇことに気づく。エルが無事で良かったけどよ。


「あ、絵って言えば、カイは『ラグ』っていう画家知ってる?」


 ここで次に話をすぐに始められるエル君の心境がオレにはよく分かりません。


 けど、変態な話掘り下げても変態が変態なことや、捕まったことしか判明しねぇからいいや。


「あー、なんか聞いたことあんな。確か、連邦の方で結構有名な画家だよな」

「……へぇ、驚いた。意外と知ってるもんだね」

「バカにしてんのか」

「ううん、まさか。普通に彼のことは知らない人が多いからさ」


 へぇ、ラグってこっちで有名じゃねぇのか。

 連邦とか行くとめっちゃ聞く名前なのにな。連邦の裁きの間にある絵とか名が売れてるっつーのに、一般公開されてねぇとか不思議な状況だからよく覚えてんぞ。知名度あるんだから一般公開して見物料取れば稼げそうなのにって思った覚えがある。あと彼って言うことは男だったんだ初めて知った。


「連邦でよく聞くけどこっちではあんま有名じゃないのかもな」

「ああ確かに連邦に絵がたくさん残ってるらしいね。でも、彼の出身はこの国だよ」

「そうだったのか⁉︎ てっきり向こうの画家だと思ってたわ。なんで向こうで有名になったんだ?」


 まさかのこの国出身。連邦って割と外部の人間には厳しいってのにすっげぇな。ま、根気よく付き合って行けば上手く行くし、子供相手にはめっちゃ優しいけど。


「……さぁ、単純に向こうに居た間で相当な数描いて、向こうで死んだからじゃない?」

「向こうで死んだのか……んで、その画家がなんだよ?」

「ラグが描いた絵には呪いがあるって話があるんだよ」

「呪い?」


 そういえば怖い話してた最中だったわ。


「そう呪い。彼の絵を見た悪人は近いうちに死ぬって呪い」

「うひゃ」


 予想していたより随分と危険な呪いでびっくりしたわ。


「黄の第一王妃も毒殺される少し前に彼の描いた絵を見てたらしいね」

「お、おう……」


 黄の王妃って病死じゃなかったっけ?

 いやでも毒殺っつー噂もあるから、怖い話向けに噂の方採用したんかな。なんにせよ黄の王妃は死後にも亡霊の身で人を呪ったとか噂もあるし、本当物騒だったり不穏なことがつきねぇな。


「だから、悪人は決してその絵を見てはいけないんだよ。自殺したいとか思ってないなら」

「お、おう……でもその悪人限定ってのは赤のオクリビトとちょっと似てるな」

「……へぇ、カイったら赤のオクリビト、知ってんだ?」


 エルの紅茶色の瞳がスッと細められる。


「聞かされた。なんつーか赤のオクリビトっつー奴が罪人に罰を与えにくんだろ? 小さな罪は苦しみを与えることで、大きな罪はおくり人が歌で死に送ってから、体は首を切り落として魂が帰れないようにしちまって、その魂でその罪を清算させるっつー怖い話」


 うろ覚えの内容を話せば、エルは何か考え込む。どうしたんだ?


「………………カイの話が怖くないって言われる理由分かったよ。話し方だよ、子供が親にこんなことあったんだよーって話す感じじゃそりゃ怖くないよ」

「バカにしてんのか?」


 割と長考したかと思えば、次にはオレへのダメ出しかよ。


「馬鹿にしてんじゃなくて事実だよ。怖い話する時って雰囲気作りが大事なの。ぼくもあんま上手じゃないけどさ」

「なるほど雰囲気作りな」


 確かに全く意識してなかった。


「それを気にしてぼくに話してみなよ」

「おう、分かった」


 ***


「ずっと怖い話ばっかしてたら頭から離れなくなっちまった……夜寝る時どうすりゃいいんだ」


 寮生の奴らに聞かされた話を思い出しながら、話していたからそん時の恐怖がじわじわと蘇ってきた。


「あーごめん。聴いてる側のぼくが大丈夫だから平気だと思ってたんだけど……」


 だろうな。ずっと無言と真顔で聞いてやがった。ちったぁビビってくれればいいのによ。申し訳なさそうなその顔が腹立つ。


「オレはお前と違ってそういう面は繊細なんだよ。めっちゃオレが怖かった話をオレが思い出して話してるってのに。お前ずっと平気そうにしてっから」

「いや元の話は怖いんだろうけど、君の言葉選びが『血がドバーッと出てな』『首ねぇんだって! めっちゃ怖くね?』とかなんだもん。雰囲気作りって言ったじゃん。怖いか怖くないかは聞いてる人が判断するんだし」

「難しいんだよ! つーか、エルは怖い話聞いたり話すたりして夜とか一人ん時とかこわくなったりしねぇの」


 ぶっちゃけオレは最近、夜鳥の鳴き声がしただけでも跳ね起きる。


「しないよ」

「なんでだよ」

「だってそんな風に怯えるのって自分が同じ目に遭うかもって思うからでしょう?」

「そうだけど?」


 他にどんな怯え方をしろと?


「だったら別にどうってことないよ」


 余裕ありげなその態度がオレは不思議でならない。


 どうってことないって……まさかこいつ、バケモンだろうが亡霊だろうが返り討ちにする気か?

 


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