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28 オレの友達


 そう言うと、エルはしばらく考え込んだ。その間、まったく微動だにしないのを見て、少し急すぎたかなと反省するが、後の祭りだ。


 思わず感情のまま突っ走ってきいちまったけど、まだ踏み込むのには時間が空いてなかったかもしれねぇ。


 不安で一杯のオレの袖をふいにエルが引っ張る。

「驚かせるし、よく分かんないことばっか言うけど、大丈夫?」


 幼い子供が親に縋るような目で、見上げてくる。まあ、あんだけ訳を言おうとしてなかったんだから、それほど言いづらい内容なのだろう。でもまあ、今更だ。


「大丈夫だと思うぞ。お前には今まで散々驚かされてきたしな。そんな簡単には嫌ったりしねぇから、安心しろ」


 そう返せば、エルはきょろきょろと周りに人がいないか確認したあと、口を開いた。


「サドマさんが言うように、ぼくの体は女のもの。つまりメス」

「おう」


 メスって言いかた、人間にあんま使わねぇと思うんだけど。今は、どうでもいい。そして、やっぱ女なのは変わんねぇのか……家の事情とかか? こいつ結構身の上大変そうだしな。


 エルの瞳は真剣だ。真っ直ぐオレを見つめてくる。


「でも、ぼくは男なんだ」

「おう?」


 ドウイウコトデスカ?


 脳がフリーズしかけるが、必死に考えを続ける。体は女、でも性別は男……どういうことだ? 矛盾してるよな。


「ごめん、分かりにくいよね……えっと、なんて言えばいいのかな……ぼくは体は女なんだけど、自分では男だと自分を認識してるんだよ」

「暗示とか催眠術とかか?」

「それとは違うね。ぼくは物心ついた時から、こうだから。うーんと、心と体の性別が一致しないって言っても分かりづらいよね……」


 そうやって沈んだ顔をする。

 いや、なんかごめん。お前がなんか頑張って説明してくれてんのは分かんだけどさ。そんな沈んだ顔すんなって、オレの理解力がないだけだからさ。


 えーと、エルの体は女、でも男、自分を男として認識してる、心と体の性別が一致しない……ん? 心と体の性別が一致しないどっかで見たことがあるような……あ、雫マークの本!


「お前、トランスなんとかか?」

「トランスジェンダーね……って、え、カイなんでそれ知ってんの⁉︎」


 お、当たったのか? 心の性とか書いてあってよく分かんなかったけど、また読み直すか。


「フェイスちゃんから借りた本に書いてあった。お前の妹ちゃんすげぇよな、雫マークの本なんて」

「う、うん……そう、多分ぼくはそれなんだ」


 よく分かんねぇとか思ってたけど、案外身近にいるんだな。なんて書かれてたんだっけ、思い出せねぇや。


 でも、そっか、それなら筋が通る。見た目は女の子で通るけど、中身が結構苛烈な奴だしな。見た目は女、中身は男っていうんなら、納得いく。中身が男だし、女扱い嫌がってるみたいだから、今まで通りでいいのか?


 なんだろ、予想外すぎて、理屈ではなんとなく分かるけど、感情的には正直よく分かってねぇし、現実感もねぇ。だけど、エルから離れる理由にはなんねぇな。徐々に飲み込んでいけばいい話だ。


「そっか……でも多分って?」

「いや、そう言う大昔の文献にしか載ってなくてさ、そうであるという確証が取れないんだ。それこそ、大昔はお医者さんが診断を出してくれたらしいんだけどね」

「え? なんか病気とかなのか?」

「いや、病気とかじゃないんだけど。診断が病院で出たらしい。まあ、でも文献とか残ってるのは少ないから確かではないんだけどね」


 病気とかじゃなくて良かった。でも、そっか文献とか少ないのか。それにオレはあの本読むまで知らなかったし、多分読んでなかったらもっと混乱してたわ。そりゃ今でも身近にそういう人がいることに混乱してるっちゃあしてるけど、本を貸してくれたフェイスちゃんにマジ感謝だ。


 うーん、でもどういう感じなんだろうな? 気になるけど、きくにはちょっと勇気がいるし、当事者のエルなんてもっと勇気がいるだろう。


「ごめんね……やっぱ困るよね」

 オレがあんまりにも黙り込んでるから、エルが気にし始めちまった。


 なんでそんな暗い顔すんだよ、お前別に悪いことしてねぇだろ。むしろ、こうやって若干無理やり言わせたオレを責めるなら分かるんだけどな。


「まあ、確かに混乱するけど、謝ることじゃねぇからな。つーか、話してくれてありがとな」

「え?」


 単純で馬鹿みたいに明るいうちのサドマだって、雑種っていう種類の自分の身を明かすのには躊躇と覚悟をするくらいだ。大昔の文献にしか載ってないような存在で、かつエルみたいに複雑な奴だったら、相当な勇気がいると思う。


 だからこそ、オレの質問に正直に答えてくれたことが嬉しい。


「いや、だから話してくれてありがとな。古い文献にしか載ってないようなものの当事者って、言い出すなんてよっぽど勇気いるだろう?」

「ぼくのこと気持ち悪くないの?」


 紅茶色の瞳を真ん丸にして、エルはそう言うが、は? どういうことだよ?


「はぁ? なんで友達のこと気持ち悪いって思うんだよ。それともなにか、なんか気持ち悪がられるようなことしたのか?」

「別にしたつもりはないけど……ほら、体が女で、中身は男とか、変じゃん」

「確かに変わってるとは思うけど、気持ち悪くなんかねぇけど? うちの商隊の連中なんて、クセのある変わり者ばっかだし」


 雑種で南の隣国、デシエルト皇国出身のサドマ。北の隣国、リディーニーク連邦の今は壊滅したシゾヴァ族の生き残り、経理担当のグラフィラ。隣国どころか海の向こうから流されてきた、この前フェイスちゃんにカードゲームで負かされてたズーハオ。他にも変わってる奴が沢山いる。もう一人、変わった奴が増えたところで誤差だ、誤差。


 つーか、変わってる=気持ち悪いにはならねぇだろ。なんで、そんな風になってんだよ。別物だよそりゃ。


 そりゃとまどいはするぞ。だけど変わってようが、なんだろうが、大切なものは簡単には変わらねぇよ。


「男だ女だっつーのも確かに全く関係ねぇとは言わねぇけど、そういうのの前に、まずオレにとってお前は、友達のエルだしな」


 多少、思ってた奴と違ったくらいで、簡単に見捨てたり、意味なく貶す、薄情な奴じゃねぇんだけど。


 そう言う思いで口にすれば、エルが「カイは綺麗だね」とまた言った。


 だから、美形のお前が何を言うんだと思うが、なんか、いつもみたいな響きじゃねぇな――って、でえええ⁉︎ エル泣いてる⁉︎


「な、なな、ど、どうした⁉︎ なんかあったのか? それともオレがなんか悪いこと言ったか?」

「いや……なんか、嬉しくてっ……」

「お、おう……」


 号泣とかそういうレベルじゃねぇけど、溢れる雫をエルは拭うが、またすぐに目から溢れ、涙が頬を伝う。

 泣かせてしまったことにオレはぎょっとする。が、エルの顔がさっきまでと違って、明るいからいっか。


 てか流石美形、泣く姿を見てこんなこと思うのもなんだが、滅茶苦茶綺麗だ。

 正直言って絵になることこの上ない。女子が見たら見惚れるだろうし、寮の奴らや貴族の坊ちゃん供が見たら、思考停止するレベルの美しさ。性別うんぬん関係なく、圧倒的に美しい。


「……ぼくっ、カイと友達になれて幸せ者だよっ」


 そう言って、心底嬉しそうに笑った姿は、今まで見たこいつの笑顔の中で一番、気に入った。


 だがな、オレ別にそんなすげぇ奴じゃねぇからな?


  オレより良い奴なんて沢山いるし、それこそレトガー兄弟や、フェイスちゃんやロキくん、酒場のおじさんだって、滅茶苦茶良い人だし、お前のこと大切にしてるから、そんな風にいつも笑ってろよ。


「オレも、エルと友達で幸せ者だぞ」


 まあ、でも人に言われて気づくのもなんだから、自分で気づけよ。


 お前は不幸なんて運んでねぇし、気持ち悪くもねぇ。みんなお前を大切にしてるし、お前と一緒に楽しんだりしてる。だから、自分を貶めるな、後ろ向きになるな。大丈夫だから、前向いて心の底から笑ってろよバーカ。


 ***


 翌日は色々、解決したこともあって、オレもエルも晴れやかな気持ちで過ごしてた。そりゃ、多少はエルの状態も気になるけど、なんか前みたいに一緒に笑い合ってると、そんなの忘れちまう。


  レトガー様はオレとエルを見て「マシな顔になったな」とふんとしかめっ面で言った。


  オリス様は「よかったねー」と笑って言っていたが、オレ、貴方が昨日の放課後、赤の侯爵子息と大乱闘してたって噂聞いたんですけど、どういうことですか? オレと話した後に大乱闘してたとか、左腕に傷とか、なにがどうなればそんなことに……いやでも、話を聞いてくれてありがとうございました。


 貴族の坊ちゃん供、なんで仲直りしたらオレ睨まれなきゃいけないんですか?


  以前より、鋭さが増したその視線にオレの心臓は震えています。そんな目の敵にされてもオレは困るし、平民のオレはあんたらに本気出されたら割とガチで危ないので落ち着いて下さい。


 そして平民の野郎供、これは一体どういうことだ。


「ジングフォーゲルと上手くいって良かったな」

「おれ、お前らなら応援できる」

「カイとジングフォーゲルがついに……おめでとう」

「ぅぅ……いや、でもその二人ならどっちもいける!」

「カイとジングフォーゲル付き合ったんだってな」


 寮に帰ると取り囲まれてそんなことを言われ、オレが唖然としたのは仕方ない。

「はぁ?」


 前半はまだいい。後半がとにかくおかしい。いや、前半も後半の流れを思えば嫌な予感がする。


「……どういうことだ。お前ら」


 思い切ってきいてみれば、奴らは呑気な顔で言い放った。


「え? カイが告白してギクシャクしてたけど、ジングフォーゲルがOK出したから今日二人とも機嫌良かったんじゃないのか?」


 は? はああああ⁉︎ 一体全体どうすりゃそんなことになるんだよ⁉︎ え、なに? オレらがあんなに真剣に悩んでたっていうのに、周りの奴らに痴話喧嘩みたいにに見られてたのか? いや、別に恋愛が真剣じゃねぇって訳じゃねぇけどよ。ねぇんだけどよ。


「違ぇよ! オレとエルは友達であって、そういう関係じゃねぇよ‼︎」


 誤解すんじゃねえええええええええええええええええ‼︎


 ***


 次の日、同じことを貴族のクラスメイトに言われ、エルが水筒のお茶でむせたと、レトガー様から聞いた、オリス様が教えてくれた。だから坊ちゃん供に睨まれたのか。


 それから、二人でなんとかそれを否定して、信じさせれば。


「カイ、これジングフォーゲルに渡してくれ」

「ふ、平民のお前! エルラフリートとの仲を取り持て!」


「ジ、ジングフォーゲル……平民のカイ・キルマーってど、どんな奴だ?」

「ジングフォーゲル……俺、カイのこと好きなんだけど、どうすればいいと思う?」


 お互いへの恋愛相談が持ちかけられるようになった。てか、オレの方に平民どころか貴族の奴まで出てきたんだけど、どうして⁉︎


 つーか、エルからのオレへの迷惑なんかより、こいつらの方がよっぽど厄介だし、問題だわ!


 そりゃ、好きになっちまうのは仕方ねぇけど、オレは異性愛者だし、エルは断るのは確実だし、お互い仲を取り持てとか言われても、出来ねぇよ! そして無理矢理襲おうとする奴はふざけんな!


 なんにせよ、

「卒業まで無事かな……」

「無事かなじゃなくて、意地でも無事でいるんだよ、こん畜生!」


 お互い貞操を守りあう生活が更にランクアップした。


 おかしい、どうしてこうなった。



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