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27 突き放されてたまるか


「エル!」

 ガランとした教室の中で目当ての人物は机の上に座って、外を眺めていた。


 オレの声で振り向いたその顔は、なんつーか暗い顔をしてた。なんか最近、こういう顔とかしか見てねぇな。いや、させてんのはオレか。


「カイ、ごめんね」

 おう、また出だしから意味不明なこと言いだしたぞこいつ。まあでも、いっか。


「ごめんねって、何がだ?」

「ぼく、カイの気持ち全然無視してた。朝、テレル様に言われて気づいたけど、ずっと自分のことで頭いっぱいで、勝手に一人であきらめて、嫌われたりするのが怖くて、ずっと逃げてた」


 レトガー様が何を言ったのかは知らんが、エルは昨日の態度のことを反省してるみたいだ。

 

 まあ、確かにエルの態度はどうかと思ったけど、こっちも完全に落ち度がない訳でもないし、エルだって悩んだんだろうしな。責める気にはなれねぇ。


 それに今、エルもオレに嫌われるのが嫌だったとか聞いて、ほっとした。


 なんだ、オリス様の言うように大丈夫じゃん。


「ふはっ」


 なんつーか、二人揃ってあの兄弟に背中押されてるや。それが面白くて、思わず笑ってしまう。いや、今笑う場面じゃねぇのは分かるけど、やっぱおかしいわ。


「カイ?」

「あ、いや悪ぃ。二人揃ってあの兄弟になんか言われてんのかって思ったらおかしくってさ」

「あの兄弟って……もしかして、カイもオリス様になんか言われたの?」

「ああ、『大丈夫だよー』って言われた。背中押されたって感じかな?」

「ぼくは『逃げるな』とか『顔が気に入らない』とか言われたよ。うん……正にその通りですよ……」


 お、おう。流石テレル様、背中を押すと言うかぶっ叩いたみたいだ。でもまぁ、確かに今のエルの顔は気に入らねぇな。


 Aクラスの教室に入るのは気がひけるけど、放課後で他に人はいねぇから、ズカズカ入り込んでエルのところまで行く。そうして、目の前までやってくると、ぎゅむっと柔らかいほっぺを掴むと笑いかける。


「?」

「確かに気にくわねぇ顔してるわ」


 ほっぺを引っ張るのをやめて、手を離してもエルは呆然としている。そんなエルの紅茶色の目をじーっと見つめる。まつ毛くそなげぇな、お人形さんかお前は。


 オレはエルのことが分からねぇ、だって他人の感情を読むことは出来ないから。言葉にしなきゃ分かんない。だから、ずっと分かんねぇって思ってたけど、そんなんエルも同じだろう。エルもオレの考えてることは分かんねぇ。


 だからさ、こっちから言葉にして、伝える。


「オレさ、お前のことめんどくさいとか、バイオレンスだとか、危なっかしいとか思うけどさ。一緒にいると楽しいし、心地いいから一緒にいるんだよ。だから、迷惑かけるのが嫌だからって避けられるのはやっぱり納得いかねぇ……別にかければ良いだろ。オレも多分かけるし。オレは嫌いな奴と一緒にいる趣味はねぇしな」

「でも、カイがぼくのせいで悩んだりするのは……」


 めんどくせぇ奴だなほんと。なんで、そんなごちゃごちゃ悩んでんのか知らねぇけど。


 ま、でも、こいつのこういうところは多分根が深いからな。今はとりあえず、冷静に話すことが大事だ。色々、終わったらお前のそういうところ、めんどくせぇってこともはっきり言ってやる。


「いいんじゃね別に? オレの勝手だしそんなん。それにオレから言わせて貰うと、お前、もうちょいオレを頼れよ。確かにオレはお前みたいに優秀な訳でも、オリス様みたいにバカ強い訳でも、テレル様みたいにすごい方じゃねぇけどよ。友達なんだから、頼れよ」

「……ともだち」

「おい、泣くぞ」


 まさかの友達だと思われてなかったパターンは流石にオレも傷つくぞ⁉︎


 そんなオレの動揺に流石に気づいたのか、慌ててエルは口を開く。


「いや別にそう言う訳じゃなくて! カイみたいないい人の友達になんて、ぼくがなってていいのかなぁって」


 いや、それもそれで問題だぞお前。

 オレ、そんな良い奴じゃねぇし、金にがめついだけの一般人だし。


 エルもエルでなんでそんな自己評価が低いのか意味分かんねぇし。


「なってていいのかって、そんな深く考えるもんじゃねぇし。それにお前、ネガティブとかそう言うレベルじゃねぇぞ。オレ、凡人だし」

「凡人言うけど、カイみたいな綺麗な凡人だからこそ、ぼくには勿体無いんだよ」


 凡人なのはさらっと肯定したな。そして、綺麗な凡人ってどういうことだよ。相変わらず意味分かんねぇなこいつ。


「勿体無いってオレはものかよ。それに世間的に見れば、オレの方がエルに似つかわしくないって目の敵にされてるからな」

「おかしいよ、それ。目が腐ってるんじゃない?」

「腐ってんのはお前の頭だ」


 澄みきった目で何を言ってやがる。

 こいつ自己評価どころか、オレへの評価も狂ってやがる。スペックの違いを考えろ。


 オレとて、エルが来るまでは一年平民でトップ張ってたりしてたけど、あくまCクラスに入る程度だ。運動神経はこの学校の平民の中だと平均より僅かに下だし、男に狙われるけど、顔はよく見て中の上。おまけに粗野な性格で金にがめつい。総合的に見て、まあまあってとこだろう。


 片やエルは、編入生でなかったらSクラスに入っていたとテレル様から言われる秀才。筋力はないが、喧嘩は強ぇし、剣の腕も立つらしい。老若男女問わず惹きつける、圧倒的な美貌。キレると暴走しがちなところは欠点だが、怒らせなければ物腰柔らかで落ち着いた性格。総合的に見て、最高レベルのスペックだ。


 エルが編入してから貴族の坊ちゃんどもからつけられた、オレの通り名は『ハエ』だ。いつもエルに纏わり付いて、喋ってるから、五月蝿いし目障りらしい。だけど、そもそもオレらが二人で行動してんのは、お前ら貴族の一部が暴走しないように対策してるんだよ。


「ううん。やっぱカイは綺麗だよ。だからこそ、不幸にしたくないんだよ。ぼくは不幸を呼び寄せるから」

「なんでそんな綺麗綺麗言うのかよく分からんが、オレは凡人。あと、不幸を呼び寄せるとか、別にエルと一緒にいたから特別不幸になったことなんてねぇぞ?」

「カイが気づいてないだけだし、あとこれからぼくと関われば多分たくさんある。だからこそ傷つけたくない」


 紅茶色の瞳が優しく細められる。


「ぼくは、カイが大切だから」


 貴族の坊ちゃん共を悩殺出来そうな言葉だが、そういう色恋じみたものは感じない。


 ただただ、大切だっていう切実な思いを告げられたような感じだ。口元に浮かんだ僅かな微笑みと美声も相まって、舞台のワンシーンかのような、完璧さに思わず息を呑む。美人と美声の本気ってヤベェな。


 いやさ、大切って言われて正直嬉しいよ。

 でもさ、諦めたように笑ってんのは頂けねぇ。


 暗い顔されんのも嫌だけど、自分のやりたいこと我慢して無理に笑ってんのは心底気に食わねぇ。


 今の流れだと昨日みたいな流れになりそうだから、思い切りぶった切ってやんよ。


「そっか、オレもエルのこと大切だぞ」

  悪戯っ子のように笑って見せるが、エルの返事はない。


 その顔は心底不思議そうだ。


 んー、やっぱしこいつ自分を見下し過ぎだよな。そんな驚くことか?


「だから、お前だって色々考えてるんだろうけどな、オレとしては納得いかねぇことばっかだからな。オレはさ、今だってお前が退学なんて嫌だし、お前と一緒にこの学校で過ごせたら楽しいって思うんだ」

「でも、ぼくは君を騙して……」


 随分弱気かと思ったら原因それか。まあ、確かにエルが女っていう事には驚いたな。でも、だからといって本人にも理由があるんだと思うし、責めはしねぇよ。


「まあ、驚きはしたけど……お前にだって訳があるんだろ? それにオレ、エルが男だろうが女だろうが大切だし、友達だと思ってんぞ」


 まだそんな長くはねぇけど、それでも最近はしょっちゅう一緒に行動してたし、エルの暴走に巻き込まれたり、一緒に愚痴ったり、勉強教えて貰ったり、買い物とか遊んだりして、楽しんでた。


 性別どうだか以前に、それは事実だ。たとえ、エルが女だろうがその事に変わりはねぇ。


 オレはエルと一緒にいて、友達でいて、楽しかった。


 なぁ、だからそんなすぐに諦めんなよ。


「オレはこれからもお前と友達でいたい。お前はどうなんだよ?」


 色々事情があるんだろう。エルだって考えたり、悩んだりしたんだろう。


 でも、肝心のエルの気持ちはどうなんだよ?


 お前は隠すし、我慢するから、自分のやりたい事出来てんのか心配だ。自分の望む事にチャレンジしたって良いと思うぞ。


「ぼくは……」


 紅茶色の瞳が揺れる。その両手もしっかり握られ、震えてる。


「ぼくは、カイと友達でいたい」

 震えたか細い声で告げられた。


 普段の大人びたエルじゃなくて、年相応、いやもっと幼い雰囲気のエルがそこにいた。笑みなんて無理に浮かべないで、不安に満ちた顔をしたエルが見られて、なんだかほっとした。


 ちゃんと、言えんじゃねぇかよ。


「じゃあ、それでいいじゃねぇか。これからもよろしくな」


 勝手に大人ぶって我慢すんなよ。オレもお前も子供で、もうちょい欲や感情に生きてたっていいと思うんだ。


 そりゃ、悩む時だってあるだろ。辛い事もあるだろ。でも、過度に隠すな、耐えるな。お前はもう少し、素直にならなきゃ駄目だ。


「カイは、ずるいなぁ」

「は、んだよ? オレは小狡い真似なんてしてねぇぞ」

「うん、知ってる。だからこそずるいなぁ……なんで、そんな真っ直ぐなの?」

「いや、オレは普通だぞ。逆にお前が捻くれてて面倒くさい奴なんだよ」

「放っておけばいいのにこんな捻くれ者」

「バーカ、言われて放っておくかっつーの」


 エルの言われた通りにしたら、とんでもないことになっちまう。こいつ、放っておいたらその内一人で死にそうだから、ほんと心配だ。

 

「………………分かったよ。ぼくの負け、退学はしないよ」

「よっしゃ、オレの勝ち。言質はとったかんな」


 うっし、あの頑固なエルをなんとか思い留めたぞ。オレ、すごくね? とりあえずこれでエルの退学はなくなった。となると、残りの問題は……。


「で、お前の事情も聞かせてくれると助かるんだが、話してくんねぇか? オレさ、やっぱ納得いってねぇんだ。だって、お前、本気で女扱いされた時、嫌がってただろ? いや、無理なら話さなくてもいいんだけどよ」



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