中途半端な存在4-2
混乱するぼくをよそにカイは更に叫ぶ。
「オレだって意味分かんねぇよ! でもお前さっきから退学とかいない者として扱えとか言いやがるから!」
そんなことを言われたってしょうがない。それが最善だもの。
「だって、そうした方がいいんだもの」
「ほら、意味分っかんねぇ!」
その言葉をそっくりそのままお返ししたいよ。
なんでぼくが退学したら、カイまで退学するのさ。
君は今まで通りに生活してくれればいいんだよ。ぼくだけいなくなって万事解決。それで終わること。
だけども、それは彼のお気に召さないらしい。
「とにかく退学なんて絶対許さねぇからな‼︎ 今日はもう話になんねぇから、今度また話すことにする。じゃあな、エルの大馬鹿者‼︎」
そう最後に言い放つとカイは出て行った。
バンッと扉が凄まじい音を立てて閉まる。
閉まった扉をぼくは呆然と眺めていた。どれくらい経ったのか分からないが、ぼくの足元で黒猫がニャアと鳴く。
「なにそれ……それじゃあ退学できないじゃん」
どうにかして説得しなければ。そう思った瞬間また猫が同意するようにニャアと鳴く。
「キミはご主人様にそっくりだね」
カイに攻撃することといい、ぼくの退学を推すことといい、本当にそっくりだ。
***
どうにかしてカイを説得しないといけないが、彼と微妙な空気になってしまったので、話すのも難しい。朝からAクラスのだだっ広い教室の中でため息を吐いていると、
「どうした?」
このクラスで一番身分が高いであろう、テレル様が声をかけてきた。
今日も今日とて寝癖一つない亜麻色の髪に、真っ直ぐと下から見つめてくる空色の瞳。一応貴族でないぼくにもこう真っ直ぐ接するところはさすが緑系統だ。
侯爵子息、それだけならばデアーグやフェンリール、赤と黄系統のヤバイ奴らと同じ身分だと言うのに、どうしてこんな綺麗で常識人が、まともに残ってるのか割と不思議だ。
まあ、でも兄であるオリス様が守ってきたって言うのもあるんだろうけどね。
「いえ、明後日のテストが心配で……」
そう誤魔化そうとすれば、
「お前がペーパーテストの心配をするとは思えんな」
呆れたような目で見られる。
まあ、そうか、ぼくはこのクラスで一位取っているもんな。手を抜かないのが礼儀だから本気でいつも挑んでいるけど、少しくらい手を抜いた方が良かったかもしれないと少し後悔する。
それに一応潜伏する身だから、目立たない方がいいんだよね。でも、目立つなって言われても無理だし、元から一部には警戒されているだろうから、開き直って、思い切り楽しんでた……まあ、終わるけど。
「あと、エルラフリート、お前昨日の昼に退学届の用紙を取りに行ったそうだな。持ってきたのか?」
この発言、人が多い朝の教室に投下されたものである。
貴族だから騒ぎ立てられはしないけれど、視線がぼくら二人に集まったのが確認しなくても分かる。
勘弁してよと思いテレル様を見つめれば、彼はフッと笑った。あ、これ狙ってやったの。
「下僕が昨日偶然見かけたらしいんだが、どういうつもりだ?」
オリス様が見てたとは、ぼくも失敗したもんだ。あの人は神出鬼没だから、行動パターンが読めなくて本当に困る。何を考えているのか全く分からない。
「どういうつもりも何も……」
「途中編入に途中退学。お前ほどの奴が退学する意味がわからん」
「それは家庭の事情で……」
一応、嘘は吐いてない。デアーグには散々、帰ってこい言われている。
まあ、屁理屈だけど。
が、そんな屁理屈のようなものは、常に弱肉強食の中で揉まれて生きてきた彼に通じる訳がない。
「嘘だな。最近、何かあったんだろう? 大方、キルマーとなんかあったんだろう」
あ、誤魔化しが一切効かない。伊達にあの食えないオリス様の弟、やってる訳じゃないな。
「そうですね……」
「だろうな、二人して朝からしみったれた雰囲気を出していた」
「分かります?」
「二人して会った瞬間、目を逸らしているのを見ればな……平民の馬鹿どもは恋だなんだ騒いでいたが、ボクにはそんなものじゃないことくらい分かる」
生活リズムの所為で、朝階段で出くわしちゃったんだよね。それでどうするか困った結果なんだけど、その瞬間を見られてたとは。
「ぐだぐだ何をやっているのかは知らないが、碌に考えずに退学とはどうかと思うぞ?」
「いえ、これでも一応考えてはいるんです。その結果です」
真剣にそう告げれば、テレル様は思い切り眉を顰めたあと、
「却下」
そう言った。
単語で示された意思表明にぼくは首を傾げる。
この人、無神経に人の考えを否定したりはしない人だから、きっと何か理由があるんだろうけど分からない。
「な、なんでですか?」
「顔」
「はい?」
「顔が良くない」
自分で言うのもなんだけど、顔は結構褒められることが多いんだけど。お陰で狙われたりして大変だけど、今の流れでなんで顔が出てくるのだろう。
「二人してみっともない顔して、気に食わない。そんなんで退学? 寝言は寝てから言え」
みっともない顔ってどう言うことだろう。ぼく、結構真剣な顔して言ったんだけど、どうしてそんな呆れた目で見てくるのかな?
「で、でも……」
「低脳とはいえど、キルマーの奴は退学なんて認めていないだろう?」
「そ、そうですね。なんで分かったんですか?」
「だから顔に出てるんだ。どっちも納得いってない顔をしてる。そんなんで退学なんて許さないぞ」
この人、カイのこと低脳と言う割には多分結構評価してるんだろうなとは思う。
平民のぼくやカイをこんなにも気にかけてくれる貴族なんて、やっぱ綺麗だ。
でも、どんなに言われたってぼくは退学をする。それが最善だ。顔なんてどうでもいい。
テレル様は更に続ける。はっきりとした声で堂々と、
「別にボクも、ただの退学なら構わん。覚悟を決めて行ったことなら、本人の自由だ。最後の最後に、優秀な癖して何故残らないと文句は言うが、許してやる」
さすが緑系統というか、なんと言うべきか、筋の通ったことを言う。そして高飛車な態度も様になる。
「だがなエルラフリート、そんな諦めたような面で退学どうこう言われても、ボクどころかキルマーも納得いかないのなんて当然だ。……というか、今したら地の果てまで追いかけてぶちのめす」
低身長に童顔、その容姿からは想像がつかないようなドスの効いた声で脅される。
常識人といえど、緑は緑。最終的な解決方法は物理的にだ。
でも、だからこそ真正面にぶつかっていくその姿勢は美しい。それに従う気はないけれど。
「キルマーはともかく、お前はあまり自分から話そうとするタイプじゃないしな。うじうじしてる暇があったら、拳でも言葉でもいいから、語れ」
どこまでも透き通った空色は全く逸らされない。
強い眼光に揺るがない真っ直ぐさ、正に上に立つものが持つべきものだ。オリス様がこの人を当主にしたがるのも、こうなると当然だ。
でも、ぼくはいいんだ。ぼくは退学するのが正解だ。
そう思っている筈なのに、どうして目の前の空色の瞳から目を逸らせないんだろう。誤魔化せないんだろう。
「男だったら、真正面からぶつかり合えアホ共。逃げたままなんて許さないぞ」
『逃げたまま』その言葉にハッとする。
ぼく、碌にカイの言い分を考えてないかもしれない……頭ごなしに退学するから大丈夫だって言って、カイの気持ちを無視した。
あんなに怒ってくれたのに、あんなに必死になってくれたのに、あんなに色々言ってくれたのに、ぼくは彼のことを真っ向から受け止めてなかった。
拒絶されたら怖い。
大事な人が自分の所為で傷ついたら怖い。
誰かを失うのが怖い。
全部、ぼくの臆病な気持ちからだ。別にそれが悪いとは今でも思わない。
でも、だからと言ってカイの気持ちをぼくは全部無視してた。見てもらえないのは辛いことだって知ってたのに。
ぼく、逃げてた。




