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中途半端な存在4-1


 物心ついた時から、激しい違和感を感じていた。


 家でじっとしているのが苦手で、近所の女の子達みたいに人形遊びとかはつまらないと思った。外で、畑や山を駆け回っている男の子達に混じりたがった。


 『わたし』という一人称がどうしても嫌で、『ぼく』と自称していた。話し方はおとーさんが柔らかな口調をしていたからそれがうつったが、自称は近所のお兄さん達や同い年の男の子達と同じだった。


 おとーさんはその度に「エルは女の子なんだから」と眉を顰めて、ぼくに忠告した。それにとても違和感を感じた。


 おとーさんはぼくに望んだ。家でおとなしく女の子達と遊ぶことを、自分のことを『わたし』ということを、スカートを履いて可愛らしく微笑んでることを。


 ぼくはどれも嫌だった。


 女の子達と遊んでいるといつもどうしようもなく、これじゃないって思った。人形遊びが退屈で、女の子達と一緒ににこにこ話しているのが、酷く疲れた。そんなんだから、よく外に出て男の子達に混ざって遊んでたら、ぼくと一緒にその子達も怒られた。


「エルは◯◯ちゃんや、◯◯ちゃんが嫌いなの?」

 おとーさんにそうきかれたけど、ぼくは首を横に振った。


 だって、二人のことを嫌いなわけでもなかったし、二人とも優しいし可愛いし良い子だった。でも、自分が彼女達と同じ生き物だとは思えなかった。


 遊び相手も内容も、男の子達と一緒が良かった。ぼくは彼らと同じだから。


 思い切ってぼくがその旨を伝えると、

「男の子になりたいとかそういう時期なのかな? だとしたら大丈夫だよ。きっとエルも女の子で良かったって思えるようになるよ」


 違う。違うのだ。


 ぼくは別に男の子になりたいんじゃない。男の子なのだ。

 でも、それを伝えてもおとーさんには理解されなかった。勘違いだよって言った。


 だって、ぼくの体は女の子だったから。


 ある時、本当に嫌になって、長い髪をハサミで切った。すぅっとスッキリした気持ちになったぼくとは反対に、おとーさんは激怒した。


 床に散った赤茶の髪を見て、真っ青になったかと思えば、ぼくのことを見て、目を見張った。そうして、殴った。「なんて馬鹿なことをしたんだ、お前は女の子だろう」って。


 だから、やっぱりおとーさんの言う通りで自分の勘違いなのかなって、言う通りに女の子らしくしてみた。でも、違和感と嫌悪感しかなかった。


 体は女の子なのに、どうしても気持ちが追いつかなかった。

 いや、違う。ぼくとしては男の子なのに体が違った、周りに求められることが違った。


 でも、こんな変な思いをしてる人はぼくくらいしかいなくて。ぼくはきっと生まれ方を間違えたんだなって思った。

 そして、そんな自分はなんておぞましい生き物なんだろうって、自分のことが嫌で仕方なかった。


 おとーさんに怒られる度に、女の子になれなくてごめんなさい。男の子の体で生まれなくてごめんなさいって、ずっと心の中で謝ってた。


 どんなに頑張ろうが、ぼくは男の子なのに、体だけが女の子だった。


 誰にも理解出来ないのも当然だ。

 だって、こんな変な存在はぼく以外いないから。きっと、ぼくは前世ですっごく悪いことをしたんだろう。だから、こんな風に生まれたのだろうと思っていた。


 そして、おとーさんはだんだんぼくのことを見なくなっていった。


 ぼくを通して、他の人を見るようになった。女の子のふりをしてる時はまだマシだったけど、それでもぼくを見てくれなくなった。


 おかーさんはと言えば、ぼくの気持ちに「そうなのね」っていつも微笑んでくれた。肯定も否定もはっきりされた訳じゃなかったけど、おとーさんみたいに怒られたり、嫌がられたりされなくて良かったってホッとした。


 でも、結局はぼくが起点だった。おとーさんはぼくに耐えきれず、暴走した。


 そのせいで、たくさんの人が死んだ。たくさんの人が傷ついた。


 ***


「エルって、女なのか?」

 ぼくの友人はそう言った。


 ああ、やっぱりバレてしまったんだ。諦めと悲しみでどんどん胸中が満たされていく。


 そうだろうなとは思っていたけど、カイの調子が今日戻っていたから、もしかして違うことかもと少し期待してた。でも、やっぱり駄目だった。


 それでもまだ諦めたくなくて、他の奴らと同じようには胸倉を掴んで「それって、冗談?」と聞いてみた。ここで冗談だよと言われれば、この野郎と殴って終われる。でも、カイの藍色の瞳に映ったぼくは動揺しているのが丸わかりだった。


「いや、本気」


 そうだろうね。最初に口にした時点で、カイは本気だった。

 だって、彼は悪ふざけでそんなことは言わない人だから。


 力が抜ける。


 ああ、ぼくの体のことをカイに知られてしまった。もうダメだ。離れなきゃ。


 自分のことを説明するって手もなくもない。


 だけど、無理だ。


 だって、カイに拒絶されたくない。

 それなら、男装した女子が潜り込んでいたと思われる方がマシだ。


 おとーさんみたいに、拒絶されたり、見てもらえなくなったり、おかしくなったりはして欲しくないもの。


 ぼくは異様な存在で、それを理解して貰えるのは珍しい。


 大嫌いな叔父も許してはいるけど、理解はしてない。

 デアーグとフェンリールは女嫌いだから、ぼくを女として見てないだけ。

 理解を示していたエヴァンズ夫妻はぼくのせいで死んだ。


 フェイスが多分、生きてる中で一番理解してくれてる存在だが、彼女もぼくと関わった所為で危ない。カイだってこの前狙われた。


 本当、碌な事が起きてない。


 バレないように頑張ったつもりだった。


 トイレは貴族側のものは個室が多く、それに加えてぼくとカイは貞操が危なかったので、個室を使ってた。実技前の着替えも下に絶対シャツを着た上、スピードも速くした。体の線が出ないように、さらしも巻いてたし、大きめのサイズのものを着てた。見た目で女っぽいって言ってくる奴も、物理的になんとか片付けた。だから、なんとかなると思ったんだ。


 でも匂い。それだけは盲点だった。

 匂いだけで性別を判断できる存在なんているとは思わなかった。紫系は鼻が良いものがいるとは知ってたけど、それとは結びつかなかった。それにカイにバレたのだって、ぼくの警戒不足だ。


「……サドマさん?」


 あの人は犬の雑種だ。カイが扉を隔てた先にいたのにも関わらず匂いだけで気づいたので、相当な嗅覚をしているのだろう。

 『彼女』という言葉に揶揄いも戸惑いもなくて、断定気味だったのは気になったけど、すぐにぼくは尻尾に気をとられてしまった。


 フェイスのことと、雑種の人と実際に会ったことはなかったから驚いて碌な思考が出来なかったんだ。ぼくの落ち度だ。


「ああ、サドマがエルの匂いは女の子だって言ってた」

「やっぱり……それで最近変な感じだったんでしょ」

「ああ」

「そっか、混乱させてごめんね」


 そう謝る。カイの反応は当然だし、それどころかよく言いふらしたり、人の多いところで話題にしなかったものだと思う。きっと、彼なりの配慮で、事実ぼくはその配慮に救われてる。


「なんで、謝るんだよ」

「カイは優しいなぁ……怒ったっていいんだよ。騙されたって」

「はあ?」


 なんでだという風に彼は声を上げるが、彼にはその権利がある。


 ぼくはずっと自分のことを隠してきたし、これ以外にも隠し事が沢山ある。今回の件だって、バレなければずっと続ける気だった。ぼくは本当に狡い人間だ。


 そしてカイは本当に綺麗な人だ。だからこそ、彼をこれ以上、ぼくの身勝手に巻き込む訳には行かなかった。


「ぼく、退学するから。カイは気にしないでよ」

 これ以上の混乱を招かない内に、さよならしよう。


「は? 何言ってんだよ」


 藍色の瞳が鋭くなる。たぶん、怒ってるんだろうな。でも、いいんだ。ぼくはカイにこれ以上の迷惑をかけたくない。怒られるだけ、怒られて、罵られるだけ、罵られて、ぼくのことなんて忘れてもらおう。


「だから、ぼくは退学する」

「だから、何言ってんだよ!」


 胸倉を掴んでくる彼の表情は必死で、こんなぼくの為によくもまあこんなに怒ってくれるものだと思う。


 元気で明るくて、情があって真っ直ぐ。ちょっと金にがめつくて、方向音痴なところもあるけど、良い人だ。

 だから、彼の周りには人や楽しいものが集まるし、モテる。本人は不思議そうにしてるけど、彼の側は心地よいから当然だ。ぼくはそういう目では見たことないけど、見る人がいるのも分かる。


 そんな、彼の近くにぼくは居ては駄目だ。そもそも最初から、ぼくは彼に近づいていい存在じゃなかった。


「だって、ぼくはいない方がいいでしょう? 迷惑になるでしょう?」


 今までだって随分迷惑をかけてきた。

 馬鹿に連れ去られて心配されるし、生理痛に加えてショックで食事を食べずに居て倒れたり、暴走に思い切り巻き込んだり、ぼく関係でデアーグが怒って怪我しかけたり、ぼくに会ってからカイは碌な目に遭ってない。


 今まででこれなのだ。これからはもっとかかるに違いない。だって、ぼくは不幸ばかりを周りに呼び寄せるから。


「誰がそんなん言ったかよ、馬鹿野郎!」

「うん。カイはそんなこと言わないよ。優しいからね。でも、大丈夫だから」


 どこまでも優しくて甘い彼のことだ。迷惑だなんて突き放したりしないのは分かってた。

 寮生といい、商隊の人といい、いつも彼の周りに人がいるのは彼が面倒見がいいからだ。だからこそ、ぼくなんかよりも他に人といた方がきっと良い。


「何が大丈夫なのか知らねぇが、オレはお前に退学してほしいとか一切思ってねぇぞ!」

「そっか、やっぱりカイは綺麗だね。でも、迷惑になるからいいよ。退学するから、ぼくのことは忘れて」


 きっとそれが最善だ。今日の昼にはこうなることも予想していたので、退学届を貰っといた。


「意味分かんねぇよ! なんで迷惑とか退学とか、いきなりそう言う話になるんだよ! オレは別にそう言うつもりで話したんじゃねぇよ!」

「分かってるよ。カイは綺麗で優しい人だからね。でも、ぼくはカイを困らせたくないんだよ」

「エルはオレのこと嫌いなのかよ……」


 向こうもパニックになってるみたいだ。仕方ないけど、ぼくがカイを嫌っていると思われるのは心外だな。君みたいな良い人、嫌える訳がない。


「そんな訳ないよ。だって君はとっても良い人だもの」

「じゃあなんで退学とか言い出すんだよ」

「カイに迷惑がかかるから」

「迷惑なら掛ければいいだろ」

「ほら、君はそんなに優しいからますます駄目だよ。安心して、気にしなくていいから」


 迷惑なら掛ければいい、そう言う彼は何処までも綺麗で、正直言って憧れる。

 だからこそ、僕みたいな奴は近くにいるべきでないし、このままだと依存してしまう。依存傾向が強い赤をぼくは見事に受け継いでしまっているから。


 それに、ぼくといれば、デアーグ達に狙われる危険性も高くなる。大好きな友人を酷い目には遭わせたくない。


「退学なんて許さねぇぞ」

「だから気にしなくたっていいよ。ぼくは最初からいなかった者として扱ってよ」


 ぼくのことなんて忘れて、前と同じように面倒ごとに巻き込まれずに明るい道を歩んで欲しい。ぼくの方はきっと、君みたいな綺麗な人は忘れられないけど、君にはたくさん仲間がいるからすぐに忘れられる。


 そもそも、ぼくみたいな奴が自由でいようとしたのが間違いだ。


  バチン


 カイに平手打ちされた。結構痛いけど、あの兄弟から受けた訓練時の攻撃に比べたら蚊に刺されたもんだった。

 でも、その先に言われた言葉が問題だった。


「誰がそんなことできっかよバァカ! 退学なんてぜってぇ許さねぇからな! お前が退学したらオレも退学してやる!」

「え、ちょ、なんでカイまで」


 な、なんでぼくが退学したらカイまで退学するのさ⁉︎




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