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24 勇気を出せ


「おい、エルお前大丈夫か?」

「あ、うん……」


 暗っ、普通にそのテンションは心配になるわ。

 真っ白で綺麗な肌は青白くなっちまってるし、いつも通りにこやかな表情は保っているが、どこか弱々しい。


 つーか、なんでこういう時にも笑顔保とうとすんだよ。バカじゃねぇの? 表情筋と気持ちは一体化させてろ。


「で、どうする。話するっつっても、どこでする?」

「ぼく一人暮らししてるから、ぼくの家でいいよ」

「おう、分かった」


 やっぱ、エルの野郎は一人暮らしか。妹ちゃん、弟くんと住んでる可能性もあったが、違ったみたいだ。


 二人で校門を出ると、てくてくと坂を下っていく。案外うちの学校、高い場所にあるんだよな。ま、そっか貴族様達の住まいがあるのが上の方だからな。治安も上の方が良いし。


 見晴らしも随分といいもんで、坂から見える街は色とりどりで綺麗だ。


 出店が多い大通りの近くにエルの家はないようで、どんどん裏道に入り込んでいく。


 うげ、これオレ一人で帰れねぇじゃん。


 つーか、こんな日当たり悪そうな場所に住んでるからエルの奴、肌が真っ白なんだ。時々心配になるから、少しは焼けてほしいわ。あ、でも日当たり良い物件は高いからしゃあないか。


「お前、よくいつも迷子にならねぇな」

「……そりゃ自分の家は忘れないよ。それにフェイスやロキほどじゃないけど、記憶力は結構良い方だから、城下町のことは大体入ってるんだよ」

「地図がいらなそうでいいな」

「カイは地図があっても迷子になりそうだけどね」

「うっせぇ」


 図星だから、負け惜しみみたいなことしか言えねぇや。オレだって別に方向音痴になりたくてなってる訳じゃねぇし。自分は道分かるからって調子乗りやがってこん畜生。まあ、さっきよりは元気になったみたいで良かったけどさ。

 

「ここの二階だよ」


 そう示された建物は周りに比べると少しこ綺麗だった。まあ、エルがボロっちぃ所に住んでんのは想像もつかねぇからな。

 だが、二階に続く階段は急だ。あんま高さがある階段って困るし、登る時に怖いんだよな。スペース削減の為だろうけど。


「気をつけてね」

「いや今更だ――っ⁉︎」


 この階段登り終わった後に言うか? と思いきやエルが入り口の扉を開けた瞬間に何かが飛びかかってきた。


 なんか黒い毛玉……じゃなくて、黒い猫。目つきが随分と悪いそいつはオレに飛びかかった後、ゲシゲシと前足で蹴ってくる。爪が出てて地味に怖い。制服が長ズボンで良かったわ。


「……こいつ、お前の飼い猫?」

「ううん、知り合いの飼い猫がよく遊びに来てるだけだよ」

「めっちゃ、敵意向けてくるんだけど」


 猫って気まぐれで愛らしい印象があんのに、こいつは野生にかえっているのか凶悪な顔つきで攻撃してくる。まあ、そんでも小さいから可愛いけどさ。


「たぶん、飼い主に似たんだろうね……ほら、おいで」

 エルが手を伸ばせば、急にしおらしくなって彼に擦り寄る。


 表情も一転、可愛らしいのに変わった。いやまあ、慣れてる相手だっつーのはあるんだろうけど、いやほんと猫って気まぐれだわ。


 しかも、痩せ細ってないし、毛並みは綺麗だし随分と良い待遇を受けてるみたいだな。首輪についてる赤い鈴もピカピカで、曇りがない。


 うへぇ、オレより良い生活してんじゃねぇのこの猫。エルに抱っこされて機嫌良さそうだし。


 そんなこんなで入っていけば、ランプにシンプルな机に椅子、勉強用なのか少しの本と、棚。あと、寝具。それだけだった。

 カーテンもあるけど今は開いてる。つーかあれ締め切ったら滅茶苦茶暗いだろ。

 趣味のものとかそういうものが一切ない。


「殺風景だな」

 予想はまあしてたけど。大体二択だ。


 妹ちゃん弟くん関連のもので埋まってるか、何もないかの二択。前者じゃなくてまだ良かったけど。ここまで生活感がないのもなんか、つまらない。


「まあ、寝る為だけにあるような場所だからね」

「勿体ねぇの、なんかこう有効活用しろよ。家賃が勿体ねぇだろ」

「あ、これ賃貸じゃないよ」


 なんだと? 裏通りで日当たりが良くない二階とはいえ、王都の建造物をたかが学生が寝る為だけに使ってる。しかも、賃貸じゃないとなると所有物。


「お前、なんつー贅沢な真似を……」

「そんな深刻な顔しないでよ、普通に反応に困るんだけど」

「『は、貧乏人め』って嘲笑ってればいいだろ。毎日パサパサのパンを食べてるオレのことを」

「しないよ。ご飯のことは明日、愛妹弁当少し分けてあげるから……っていうか、カイは通常運転だね。悩み事かなんかは解決したの?」


 あ、そういえばそう言う話でここにきたんだった。完全に頭から吹っ飛んでたわ。悩み事っていうと悩んでる時期はもう過ぎたっちゃあ過ぎたけど、問題は解決はしてねぇな。


「してねぇな。だから、今日エルと話そうと思ったんだ」

「あ、そうなの。じゃあ、飲み物用意するからそこの椅子に座ってて」


 そこのと言われても椅子は一つしかないんだがな。お前は飲み物出し終わったらどこに座る気だ。


 猫を腕から下ろすと、エルは棚からコップを一つ取り出すと、またもや取り出した瓶から飲み物を注ぐ。だから、さっきから思うがなんで一つしかないんだよ。お前はどうすんだよ。


「おい、お前自分の用意しねぇ訳じゃないよな」

「え、そうだけど? だって一つしかないんだもの」

「オレだけ一人お前の前で、椅子に座って、飲み物飲んで、くつろいでろってか?」

「うん」

 真顔で何、頷いてやがる。


 そして解放された猫がまた攻撃してくる。なんでこの猫オレのこと嫌うかな。オレなんもしてねぇよ。


「お前、それはどうかと思うぞ。オレだけ飲んでんのも虚しいし」

「じゃあ、思ったより残りが少なかったから。カイはコップでぼくは瓶から直接飲めば、解決だね」

「随分、豪快だなおい」


 エルってほんとに見た目の割に大雑把だし、バイオレンスだし。人間びっくり箱かてめぇ。


「まあ、細かいことは気にしないでよ」

 そう言って目の前の机に果汁飲料らしきものが入ったコップを置くと、オレの足元の猫を回収する。


「これから、話するんでしょ。だったら細かいことはいいじゃない」

 猫を抱えて、真っ直ぐ見つめてくる瞳は赤く見える。


 何故か、そこには怯えがあるもんだから、オレは不思議に思うが、エルから感じる謎の雰囲気でそれに突っ込むのも難しい。声も強張ってるし、笑顔もやっぱりどこかおかしい。


 なんつーか、さっきまで楽しいノリで話してたのに、急に深刻な感じにされたんだけど。


 ギャップが大き過ぎて、オレの頭はまだ正直追いついてない。ましてや、目の前に出された飲み物も飲む気分にはなれねぇ。


「お前も話あるんだろ? どっちから話す」

「カイからお願いできるかな」


 うへぇ、即答かよ。

 なるべくなら後に回りたかったが、順番を相手に委ねてしまった自分の選択ミスだ。


 ここからはオレも真面目にいくべきだろうな。内容も内容だし。なんて切り出したらいいんだ? こういうのって序盤で失敗したら駄目だろうし。かといって、オレにはいい案がないし……まあ、ここまで来たんだ腹を決めろ!


「エルって、女なのか?」


 そう言った瞬間、胸倉を掴まれた。


 猫が放り出されて不満そうに鳴く。体が立っているエルの方に引っ張られ、椅子と机が大きな音を立てる、コップも倒れるが、そんなのはどうでもよかった。


「それって、冗談?」


 そうエルは質問した。


 いつもみたいに女扱いされて怒ったのかと思った。


 だが、至近距離にある瞳には相変わらず動揺と怯えがあった。


 これが怒りだったら、エルに「そうだ」って言ってバイオレンスな目に遭わされて終わりにしたけど、できねぇな。


「いや、本気」



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