23 謎だらけの存在だけど
目が覚めた。まだ、日が昇ってないのに、妙に冴えちまった。理由は分からねぇ、ただ目が覚めた。二度寝する気にもなんなかった。
いつもは騒がしいこの平民寮も、日が昇ってない朝ともなると、無音だった。一人部屋なので同室者のいびきとかもねぇ。
なんとなく目をやった机の上には、昨日の賭けの名残が残ってる。メモに書かれているのは、賭けに勝った奴らがちゃんと取りに来たかのチェックだ。もちろん全員取りに来たので全部にチェックがついている。負けた奴らは悲鳴を上げてたが、賭けっつーもんは負けがあってこそだ。
そんなメモの隣に置いてあるのは、歪んだ定規。
木製で一五センチのなんも変哲も無いものだ。でも、それによってオレは傷つかずに済んだ。
あんなスピードで飛んできた短剣をエルはどうやってか、弾き飛ばした。こんな何処にでもあるようなもので、オレのことを守った。
すっげぇ、驚いたし、助かったって安堵した。今でもそういう気持ちはある。
だけどそれより、良い友達を持ったもんだなと思うのだ。
エルはバイオレンスだし、意地っ張りだし、危なっかしいし。重度のブラコンシスコンだ。時々、暴走ばっかすんなよ馬鹿野郎と心で罵ったりもする。
でも、良いやつだ。家族想いだし、友達にも優しい。一人で頑張りすぎるところもあるけど、それは周りに心配や苦労をかけたくないっていうのが分かる。色々、一人で抱え込んでるけど、必死だったりする結果だと思う。
昨日のあれは、オレ自身は何も出来なかった。エルがオレを守ってくれた。なのに守った当人はオレの心配するし、定規が歪んだことを気にするしで、正直よく分かんなかった。純粋に、スッゲェな、ありがとな助かった、って気持ちで一杯だった。
あの瞬間、エルが女だ男だなんて頭から吹き飛んでた。
エルの性別がどうでもいいって訳じゃねぇよ。
でもな、エルの性別がどうだろうが、オレはエルを絶対に受け入れるって思ったんだ。
男でも女でも今まで、上手くやってきたし、ちょっと刺激的すぎるけど、あいつといると楽しい。エルは、エルだ。それは変わらない、
踏み込んでいくのは怖いことだ。
でも、恐れてちゃダメなんだ。時間はかかるかもしれないけど、絶対に受け止めてやるし、拒絶されたら原因を探して治す。傷つけちまったら、全力で謝る。
それに、エルは良いやつだ。オレのことも大切な友人として見てくれてると思ってる。だから、そう簡単に拒絶もしないし、嫌わないと思う。だって、あいつ優しいから。いつかのズケズケ言っちまった時だって、根に持ったりしなかったし、いつも通りに接してくれた。
すっげぇ、良い友達なんだよ。
だからこそ、オレがうじうじ悩んでんのもどうかと思うんだ。
どうせ、悩んだままじゃ、状況は悪化するだけだ。いつかは多分、直面する問題なんだ。こうやって曖昧な状況でいるより、ちょっとばかりの衝突を覚悟してでも事実を知る方がきっとお互い良い。
嫌われるのが嫌だ、傷つけるのが嫌だ。今だってそれは変わんねぇ。
でも、このまま微妙な距離を保ったままでいるのはもっと嫌だ。あいつは色々抱え込んでるだろうし、隠してるだろうから、こっちが距離を取ったら向こうも距離とって離れちまう気がする。オレはそれが嫌だ。
オレはエルと友達になりたい
今だって、友達だって思ってる。
でも、もっとだ。
たくさん遊んで、たくさん話して、時には喧嘩したり、相手の問題点を注意したりして、関わっていきたい。悩みや辛いことがあったら、一緒に頑張って、泣くのを我慢してたら泣かせる。楽しいことがあったら、それを共有したり、報告したりする。
別に四六時中行動を共にしろってことじゃねぇ、それぞれが一緒にいたい時に一緒にいる。
そんで、笑い合えるような友達にオレはなりたい。
***
階段脇で紅茶色の瞳と目があった。
人前で話す訳にはいかねぇ話だよな。そう考えオレは朝偶然会ったエルに、朝の挨拶もせずにこう口にした。
「エル、今日の放課後話したいことがあるんだけど!」
「カイ、今日の放課後ききたいことがあるんだけど……」
周りがざわめくがやめて欲しい。「ついに」とか言ってる奴いるけど、そういう色めいた話どころか、めっちゃデリケートな話だ。いや別に恋愛がデリケートじゃねぇっつー訳じゃねぇけど。これとは確実に違う。そもそもオレとエルはそう言う関係じゃねぇ。
それと何故か、エルも似たような言葉を口にしたものだからオレは少々驚いた。でも、あれだなオレのと比べてなんか暗い。顔色もそこまでよくねぇし、なんかまた無理してんのか?
「いいけど、お前大丈夫か? なんかあったか?」
「……別になんでもないよ、心配してくれてありがとね」
誤魔化すようにエルは笑った。
エルってしょっちゅう笑うけど、こう言うのはあんまよくねぇよな。
そりゃ、美人だから目の保養にはなるかもしれねぇが、大丈夫じゃない時ほど取り繕うやつだから心配になる。でも、心配してるのがバレても向こうは更に気にするし……なんだこりゃ無限ループかよ。
「そっか、ならいいや。お前も話あるなら丁度いいな、じゃあ今日の放課後な」
「うん。あ、今日のお昼はちょっとやることがあるから、一緒には食べられないや」
「分かった。適当に寮の奴らと食うわ」
***
「あ、カイお前、今日はジングフォーゲルと一緒じゃないのな」
「ん、なんかあいつ用事あるってさ。昼一緒に食べていいか?」
そうオレが返せば、寮生の奴らがニヤニヤと笑みを浮かべる。なんだ、こいつら急に変な顔しやがって、気味が悪ぃ。
「いいぞ、別なの珍しいな。お前らいつも、一緒だからなー。まあお熱いことで」
「一年の有名カップルは流石だ」
「おい、お前らその冗談やめてくれねぇか?」
エルの性別が曖昧な今、その手の冗談はどう反応すればいいか分かんねぇし。そもそも事実無根で、オレとエルはそういう意味では付き合ってねぇし。
が、オレの言葉に寮生は割と本気で、驚いていた。おい、どういうことだ。
「冗談って、お前ら付き合ってなかったのか⁉︎」
「ねぇよ‼︎ ってか、お前ら、男同士とかは理解できねぇとか言ってなかったっけ?」
割と本気で信じてた。
いや、もしかしてエルは女かもしんねぇよ? でも、お前らは男認識してる訳だから要するに男同士で付き合ってるって思ってた訳だよな。オレ、お前らが同性同士の恋愛を遠ざけてる奴だから、勘違いしないって思ってたけど、まさか信じててびっくりだわ。
「俺らも最初は男同士とか理解できないって、思ってたんだがなー、カイとジングフォーゲルのは見てて不快感無いからいいかなーって思って」
「あ、それだ。お前らほのぼの会話してるだけだから、見てて癒される」
真面目な顔で何を話してやがるこいつら。
お前らにはそっちの気はねぇんじゃなかったっけ? つーか癒されるってなんだよ。男同士で会話してんの見てて癒されるか普通?
あと、会話の内容は、変態どもへの対策や愚痴と、エルの妹ちゃんと弟くんの自慢と、オレのお金関係の話と、勉強、それに混じってエルの暴力主義にオレが突っ込むと言ったような、癒されるようなものではない。
「色々とおかしいが、オレとエルは友達であって、恋人とかそういうもんじゃねぇ。つーか、なんでそうなるんだよ」
ハノにこの前話した、告白の時の変な言葉もヤバイとは思ってたが、案外普通の奴らから見てもそう見えるのならアウトだ。なんでそう思われるのか、意味が分からねぇし。
「なんでだろーな? お前ら別に本物の奴らみたいにいちゃついている訳じゃないもんなー」
「だろっ」
「多分、二人に振られた奴らが、振られたけどあの二人でくっついてるのなら許せるとか話してんの聞いたから、勘違いしたんだな」
「お前ら人気者だもんなー。人気者同士でくっついてた方がすっきりするんだなきっと」
その意味での人気者はどうも嬉しくねぇ。
つまり、オレら二人が振った奴らが、失恋後のショックを緩和するための苦肉の発想っつーのが原点なのか? なんかあれだ、それ聞くと怒るに怒れねぇ。でも、勝手な想像が広がってしまってるのは頂けねぇ。
「違ぇっつーの。つか、なんでエルとオレの扱いが似た感じなのか分かんねぇし……」
見た目のレベルが圧倒的に違うだろ。エルは美形が多いと言われる貴族の中でさえも、一際どころかかなり目立つ美人っぷりだ。それに比べてオレはよく見ても平民のなかではちょっと平均より上かな? 程度。しかも、つり目で目つきはどちらかと悪い方だし、肌はよく焼けててそばかすもあるし、全くもって男にモテる要素はねぇ。
「確かに扱いは似てるけど。でも、層は違うな。ジングフォーゲルはどちらにもモテるけどやっぱ貴族が多いし、お前は圧倒的に平民にモテるもんなー」
「あれじゃね、カイは見た目じゃないものでモテてんだよ」
「あ、それはありそうだな」
どういうことだよ。顔とか見た目が原因じゃねぇなら。もしかして、直せるかもしれねぇ。
「カイ、金にがめつい代わりに性格は単純で明るいからなー」
「なるほど、カイの単純さは見てて面白いもんな!」
「誰が、単純だボケ共」
「「カイ」」
「ざけんな。複雑だわ、めっちゃ複雑だわ」
こいつらの言う単純は、バカにされてる気がしてならねぇ。見てて面白いとか喧嘩売ってんのかこんにゃろう。
「ぶふぉ、カイが複雑とかないわー」
「お前が複雑だったら俺の頭ん中は大迷宮だわ」
やっぱ、馬鹿にしてたこいつら。
そしてお前の頭ん中が大迷宮はない。大迷宮とか言えるのは多分、エルに頭ん中とかだ。あと、レトガー様達の関係……あれは迷宮ってか迷走だな。主な原因はオリス様の気がすっけど。
「つーか、お前らオレのこと単純だとか言うけど、オレなんかより緑系の貴族の方が単純だと思うけど?」
緑系は脳筋だからな。レトガー様達も緑系の思考回路を考えてみれば納得いくし。
「確かに緑は単純だな。でも、筋が通った方が多いから俺は好きだなー」
「分かる! 貴族の中だと緑系が一番良い。オリス様なんて不審者入ってきた時『おれがなんとかするから、みんなは下がっててねー』って平民も守る気満々だったよな」
やっぱオリス様は純粋な意味での人気が高いな。
ま、実際、無茶苦茶で変だけど良い人だし。『弱いものを守るのは当然とか』『みーんな、庇護対象』とか言ってたからな。昨日の短剣が飛んできた後にも『ごめんねー、守れなくて』って謝ってきた。いや、貴方の所為では全くないです。
「凄いよなー。威嚇として地面を殴ったら陥没って、それは不審者も逃げるのも当然だよな」
伊達に守る守る言ってる訳じゃない。今でもその陥没後は残ってるけど、人間業じゃねぇよな。オレもその場所見に行ったけど、陥没だけじゃなくて、周囲の地面にヒビが入ってた。可哀想な地面。
「カイが言ってるように緑系って身体能力がすっげぇよな! 二年も実技トップは緑みたいだし。この前の赤の貴族は二位だってさ」
「三年も実技トップは緑で次席が紫だったよな」
実技トップはどの学年も緑がとってる。ペーパーテストは紫、赤、紫と一応ばらけてんだけどな。オレの印象としては実技トップは緑、ペーパーは紫がトップって感じだ。
赤が2年トップを取っているのは正直異様だ。それに菖蒲戦に負けた侯爵子息は別に実力がねぇ訳じゃねぇしな。
「昨日負けたシュリーマン様も調査能力はヤベェみたいだからな。うちのクラスの貴族の噂話によると、匂いだけで埋まった死体を見つけたとかあるみてぇだし」
最初聞いた時は、犬かって思った。うちのサドマも鼻良いから、色々気づくしな。
「紫は調査能力とか状況確認が早い印象あるなー。なんかあれだよな、色ごとの特技があって面白いよな」
「そうそう。だから、最近俺らのクラスで貴族って色ごとになんか能力でもあるんじゃないかって話してる。あ、でもそう言う特徴あんのってやっぱ大貴族だけの気もする」
ほーん、平民だけのクラスの噂にそんなもんがあんのか。確かに緑は身体能力が、紫は調査能力と状況把握能力が、それぞれの大貴族は秀でてるな。子爵とか男爵とかはその手の話は滅多にきかねぇけど。となると、赤や黄もなんかあんのか?
あ、でもそう言えば赤は芸術方面に秀でてる奴らが多いとか聞くな……残りの黄は何が得意なんだろう?
「緑は身体能力、紫は調査能力と状況把握、赤は芸術方面が得意だとして、黄はなんかあんのか?」
一応目の前の二人に聞いてみるが、二人とも首を横に振る。
「それがな、いいのが思いつかなくてよ。赤はカイの言った通り芸術って言えたんだけど、黄色ってそこまで特別目立つことないだろ」
「そうか、オレが気になんのも当主の決算書だけだ」
あの素晴らしいバランスの決算書。あれはもう芸術の域だが、他の黄はダメだしな。なんだろうって思ってると「いや、決算書は関係ないだろ」って突っ込まれた。解せぬ。
「だから黄色だけ見つからないんだ。そんで、他の家も、力入れてる分野を得意になっただけだろってなった」
確かにそうだな。
緑は根っからの脳筋思考だから小さい頃から鍛えてそうだし、紫はその逆で結構理詰めだから調査能力とか高いのも頷ける。赤の理由は知らん、山とかが多い領地で篭るから室内での娯楽が栄えたのか?
んーでも、なんかその平民のクラスの噂も捨て難いな。それぞれの系統に特殊能力があるとか、正直面白ぇと思う。
緑の身体能力とかはただの脳筋にしては行き過ぎだし、嗅覚の良さとかそういうのは努力とかでは手に入れられねぇレベルのものとかあるしな。生まれつきの才能な気もすんな。
つくづく思うけど、貴族って謎だらけだよな。平民のオレらには全然分かんねぇや。




