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鍵3 歪んだ侯爵子息の歓喜(本編2年前)

頭のおかしい赤系統の侯爵子息視点です。本編2年前です。

 

 初めてその三人組を見た時、自分は正直感動した。


 女嫌いで有名なあの兄弟がその娘をパーティー会場で連れているのは、はっきり言って目立った。確か、赤系統の結構内輪のパーティーだった気がする。


 ***


 その娘は、どこか不機嫌そうな顔をしていて、両サイドの二人は機嫌を直そうと必死だった。


「エル、これも仕様がないことだ。数時間の辛抱だ」

「そうだよぉエル。悪いとは思ってるけど、上からの指示だからさぁ。俺らもどうしようもないの許して?」


 あの二人が女の子に対して、下手に出るなんて白昼夢かと思った。


 真っ白な肌に紅茶色の垂れ瞳、赤茶色の髪の毛はふわふわで思わず触ってみたくなる感じだった。不機嫌そうに歪めてる顔のパーツもそれはもう美しく。着ている装飾と露出が少ない黒のドレスも彼女が着れば映える。絶世の美少女とは彼女のことを言うんだと思った。


「別にお二人が悪くないのは分かっています。上だって、まだ妥協してパーティーだけでこの格好なのも知ってます。でも、やっぱり嫌なんです」

「そうだよねぇ、ごめんねエル」

「デアーグ様は気にしなくていいです。ぼくがこんくらいは耐えるべきなんです。小さいころの方がまだ耐えてますし」

「そうか、無理はするな」

「はい、フェンリール様」


 自分は瞠目した。

 あの兄弟が女に名前を呼ばれて気にしないなんて天変地異の前触れか。


 少女の年は11や12くらいだろう。子供なら大丈夫なのかと一瞬思ったが、デアーグ卿は13、フェンリール卿は15と、一応2人も子供な上、以前5歳くらいの幼女も避けていたのを見た。


 面白い。そう思った。あの二人の女嫌いは筋金入りだ。それがどうも彼女には発動してない。それどころか、常に側にいる。異常で、そしてとても美しかった。


 何がって、フェンリール卿とデアーグ卿の少女への執着が。いや、今はそうと言えるほど強くはない。でも、それは場合によっては面白い関係に変えられそうなものだった。あの関係が歪になるのを見たい。あれが執着になって歪むのを見たい。


 赤は愛が歪みやすい。恋愛にせよ、友愛にせよ、家族愛にせよ、歪みやすい。


 そして自分は歪んだそれを見るのが大好きだった。


 不倫や浮気が大好物で、愛で人が狂うのが最高に面白くって、ボロボロになって捨てられる姿を見るのは娯楽で、依存しあって堕落していくのを嘲笑うのが楽しくって、とにかく歪んだ愛が好きだった。


 歪んだ愛以外にも、人が嫌がる様とか、苦痛を受ける様とか、絶望する様とか、見るのも楽しかったけれど、愛で歪むのが一番面白かった。


 2世代前の赤の公爵家の令嬢が、黄の公爵家の子息を愛で狂った挙句、殺してその肉を食らったと聞いた時は、自分もその時代に生まれて現場に居たかったと羨んだ程だった。


 目の前のは、その事件ほど狂うことはないかもしれない。でも、自分が見た中で一番歪んだら楽しそうなものだなとも思った。ああ、歪めたい!


 仮面のように張り付いた笑顔と称される自分はその顔のまま彼らに近づく。

 そうするとデアーグ卿の方が先手とばかりに自分に近づいてきた。この行動だけでも、あの少女にかなり肩入れしているのが分かる。


「久しぶりだねぇ、ゲルモ卿」

「お久しぶり、デアーグ卿。今日は珍しく、女性の方と一緒にいるのかい」


 そう言えばデアーグ卿の目つきが鋭くなる。当の少女はフェンリール卿と少し離れたところで会話してる。こちらの様子を見せない気か。


「遠縁の子でねぇ。あんまりこういう場に慣れてない子だから放っておいてあげてねぇ?」

「慣れてないなら、尚更声かけてあげた方がいいと思うけど?」


 暗に近づくなと言ってくるデアーグ卿の意見を跳ね除ける。


 面白い、デアーグ卿の方はもう結構執着してるのか? だとしたら、いい。最高にいい。どんな、種類の執着にしろ最高だ。


「ほら、嫁ぐ為にも交流は大事。ここなら良縁もたくさんあると思うけど」


 赤の瞳が揺れる。いっつも自分と同じくらヘラヘラと面白くない顔してると思ってたけど、そういう顔もできるのか。ずっと、そういう間抜けで愚かな顔をしていればいい。


「あの子美人ですから、すぐ相手が見つかると思うな……なんなら自分があの子を貰い受けましょうか?」

「結構」


 おやおや早い反応だ。それに殺気まで放っちゃって最高だ。いいものを見つけたものだと悦んでいると、


「あらぁ、マイスター侯爵子息は酷いですわ。女嫌いだというから話すのを避けていたんですのに、何故その娘にはそのような対応をされているんですの?」


 赤毛のロールシャッハ侯爵家の長女、クリュセウス・ヴェルメ・ロールシャッハ。これはまた面白い御仁がフェンリール卿の元へ現れた。


 目の前にいたデアーグは舌打ちをすると「失礼」とだけ、言って兄達の元へ助けに行く。相変わらず女性憎悪は健在のようだ。


 フェンリール卿はと言えば、女性相手ということで何も言わない。


 デアーグ卿は女性を憎悪し敵意を向け、

 フェンリール卿は女性を嫌悪し拒絶する。


 それぞれ微妙に違う歪み方をしていて、大変愉快だ。そして、そんな彼らが赤茶髮の少女にだけ、それらの反応をしないのもまた興味深い。


「ご説明して頂けます?」

 そう笑うクリュセウス嬢が怒っているのは明白だった。


 何故なら、マイスター兄弟は女性を遠ざけていることで有名で、令嬢方も仕方なくそれを許し避けていたのに、女性を連れてきたのだから。


 だが、フェンリール卿の女性拒絶が治った訳ではなさそうだ。だから、彼は女性と話せない。

 話さないじゃなくて、話せない。

 彼の幼い頃に起こった事件を考えれば当然だが、第三者の自分からして見れば、面白い。


「フェンリール様は悪くありません。遠縁のぼ……わたしに気を使って下さっているのです」

 ここで少女が口を挟む。


 社交界慣れをしてないというのは本当のようだ。美しい声が緊張で震えている。隣でフェンリール卿が目を見張っている。


「そうなの? だとしてもおかしいわ。だってこの方は女性嫌いなのよ? なのになんで貴方が許されるの?」

「それは……」


 おお、修羅場になるか? いや、ならないな。なんたって、力量差がありすぎる。少女の横にいる彼もそれを分かっているのか、心配そうにしている。


 まあ、それがますます侯爵令嬢を怒らせるのだけど。自分としては万々歳な展開だ。


「そもそも、貴方は何者?」


 それはこちらも気になっていたことだ。エルとさっきは呼ばれていたが、略称だろう。

 今まで見たことがない令嬢だ……いや、噂でもの凄い美少女がたまに一人でいることがあると聞いたことがあるから、彼女がそれか? なんにせよ、気になる。


「エルと申します」

「私は何者と聞いたの? 家名を名乗りなさい。どこの家のものなの」


 きつい物言いだが、侯爵令嬢の言うことは間違ってない。名乗れと言われたなら、フルネームで答える。当然の礼儀だろう。


 が、そこでデアーグが止めにかかる。


「悪いけどぉ、彼女については上からの指示もあるんで、家名は明かせないんだよぉ」


 デアーグ卿の上となると、王族と、父親である侯爵と公爵家の人間のみだ。随分ど偉いところから口止めされてるみたいだが、一体何者なんだ彼女は。


 侯爵令嬢は一旦その言葉に引き下がると思いきや、


「上の意思とはいえど、納得いきませんわ」


 ま、そりゃそうだ。彼女からして見れば少女はどこの馬の骨かも分からない娘だ。


 デアーグ卿もそれを分からない訳でもないが、なにせ相手は女だ。


「あ、そう。上の言うことを聞けないんだ」

 不快をあからさまにする。


 同じ侯爵家の子供といえど、女性と男性じゃ男性の方が格上だ。


「それは……」

「上の言うことを聞けないなんて、いつから君はそんな生意気になったの? 馬鹿だとは思ってたけどそこまでだったとは思わなかったよぉ」


 大勢の前で随分貶すものだ。お陰で侯爵令嬢の立つ瀬がない。酷いことをする。 


 が、自分は見てて愉しいから止める気は無い。どうぞどうぞ、そのままばちばちやって下さい。


「デアーグ様、この方が仰っていることは間違っていません。そのように侮辱するのはどうかと思います」


 意外にも彼女を助けたのは、当の少女だった。


 侯爵令嬢は一瞬、ホッとした表情を浮かべたが、すぐに悔しげな顔をする。それも当然、格下と思っている相手の助けなど屈辱でしかないから。


 いい顔してると思う。貴族令嬢の悔しがってる表情が見られるなんて、今日は本当についてる。


「貴方は口を出さないで」

「ほぉら、こんなこと言うんだよ? どうかと思わない?」

「当然の反応でしょう。デアーグ様、いくら女の方が苦手でも、差別が過ぎます」

「エルも、随分な言われようだった」


 フェンリール卿まで、侯爵令嬢を敵とするのだから、まあとんでもない。侯爵令嬢対侯爵子息二人、結果は火を見るより明らかだ。


 だが言い分としては、多分侯爵令嬢のものの方が来場者としては共感できるだろうに。なにより、少女の方も令嬢を支持してる。


「身元不明となれば当然ですよ」

「だが、上から止められているのだから仕方ないだろう?」

「別に、家名を明かさなければいいんですよ」

「エル、お前何を考えてる?」

「侯爵令嬢なら、歌えば理解してくれると思います」


 歌えば理解してくれる? 一体どう言う意味だろうか? 気になってしょうがないし、なにより面白そうだ。


「なに、君は歌が得意なのかい?」

「ゲルモ卿、久しいな」


 少女と会話しようとすると、邪魔するようにフェンリール卿が立ちはだかる。


 わお、こっちもこっちで良い執着だ。

 あのフェンリール卿が女の子を守ろうとするなんて、本当に摩訶不思議だし面白い。でも、思い通りにはなってあげない。


「お久しぶり、フェンリール卿。で、君は歌が得意なのかい?」

 早々と流すと、少女に声をかける。紅茶色のタレ目と目が合う。


「初めまして、ザンクツィーオン侯爵家の長男ゲルモ様。歌は得意だとは思います」

 あ、名前知ってるんだと感心しつつも少女の発言に目を見張る。


「随分と自信有り気だね。一曲歌ってみてくれない?」

「いいですよ、丁度いいですし。フェンリール様もデアーグ様も、頼まれたことだしいいでしょう?」

「しかし……」

「フェンリール様、このままだと誰も納得できない上、特どころか損ばかりしますよ」


 渋るフェンリールにぴしゃりと少女は言い放つ。この子、社交界には慣れてないけど、この兄弟の扱いには慣れてる。


「分かった。一曲だけだ」

「はい、ありがとうございます。ゲルモ様、なんの曲がよろしいでしょうか?」


 おやおや、こちらにリクエスト権があるようだ。折角だから弄ってみるか、


「じゃあ『月下の娘』で」


 デアーグ卿が憤怒の表情を浮かべ、侯爵令嬢は満足そうに笑みを浮かべた。


 それはそうだろう。『月下の娘』というのは娼婦が男を誘う時に歌う歌だ。それを頼むことは侮辱に等しい。まあ、別に自分は単に面白そうだから言ったがな。


 フェンリール卿も思い切り眉を顰めたが、当の少女はあっけらかんといいですよと笑い、歌い始めた。


「月の下で私は貴方を待つの」


 歌い出しのワンフレーズで自分は息を呑んだ。それは周囲にいた他の紳士淑女も同じだった。



「ボロい服を着てるけど、


 愛だけはあるわ


 安い口紅を塗ってるけど、


 キスは本物よ


 私には貴方が貴方には私が、


 いたらきっと幸せでしょう?


 寒い夜は一緒に眠りましょう?


 そうすればきっと暖かいわ


 一人が嫌なら呼んでちょうだい


 私は貴方の元へいつでも行くわ」




 歌詞の意味が純粋な献身に取れる『月下の娘』だった。


 今まで聞いたことがあるのは、どこか艶を含んだ下品なものだった。だけど、この少女が歌うとどこまでも美しい献身の歌だ。


 そう言えば、この歌の作曲者は確かに娼婦だけど母親で、この歌も小さな息子への気持ちを込めたものだ。


 それがいつからか男を誘う歌として本来の形を失っていた。


 そっか、これが本来の意味なんだ。


 結構性根が歪んでる自分でさえも、思わず涙が出そうになるような歌だった。


 声の美しさと良い、技術といい、申し分がないどころか今まで聞いた中でダントツで良かった。終わりなんて来なければ良いと心から思った。


 周囲を見れば、みんな泣いている。家族仲が良いと言われる貴族は抱き合って、仲があまり良くないと言われてる貴族も見つめ合って、独身の貴族はどこか寂しげに泣いている。


 みっともなく、声を上げて泣いてるものまでいるが、誰も咎めやしない。それほど、素晴らしい歌だった。


 件の侯爵令嬢の瞳からも、つーっと一筋涙が伝った。


「この歌、ぼくとても好きなんです。優しくて、暖かくて」


 そう少女は自分に向かって笑う。


 自分は流石に泣きはしないが、感動はした。礼を言おうとした時にあることが頭をよぎる。



『赤系統の上位貴族は芸術による心理操作能力を持っている者がいる』



 ああ、なるほど。だから彼女は「侯爵令嬢なら、歌えば理解してくれる」と言ったのか。しかも心理操作について知ってるのは侯爵家以上の人間からだから、ドンピシャだ。


 自分はピアノで、侯爵令嬢は横笛で、その能力が若干あるが、そこまで強くない。でも、この少女のは正直言って異常なくらいに能力が強い。


 だからなのか、あの兄弟が惹かれるのは?


  いや違う、同じ能力を持っているものには効き目が薄い筈だ。

 現に彼らは「相変わらず上手だ」と彼女の頭を撫でる程度だ。彼らも彼らで彼女程じゃないけど強いからな。


 でも、なんにせよ面白い。身元は結局よく分からないが上級貴族に相当するのは間違いないし、何より彼らが執着する少女。これを面白がらずにどうする。


「うん、良かったよ。これからよろしくね」


 そう笑いかければ、兄弟がこちらを睨んできた。


 ああ、面白くなりそうだ。

 


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