22 菖蒲戦
誰だこんな怖い空気の中に口を挟んだの。
ん? でも、この声には聞き覚えあるし、すぐ近くから聞こえたよな……あれ、オリス様が立っている。
「レトガー様」
「レトガー侯爵子息」
でえええ⁉︎ 視線がこっちに集まった。巻き添えでエルやオレ、レトガー様(弟の方)にまで視線がいく。赤の侯爵子息もわざわざ後ろ向いて下さらなくていいから!
そしてやっぱりオリス様かよ!
怖いもの知らずっつーか、空気読めないっていうか。オレの隣で弟さん頭抱えてますけど⁉︎ エルの方も固まって動かねぇし! オレはどうすればいいんだ⁉︎ く、空気になればいいか。オレは空気オレは空気オレは空気!
そんなオレらのパニックを無視して、オリス様は続ける。
「ほら、クロッツ卿も待ってますよ」
そうですね。正論ですよ。間違ってないですよ。でも、視線がこっちに来て怖いんです。赤の侯爵子息から物騒な雰囲気もするし!
「確かに、そうですわね。お騒がせしてしまいましたわ」
「……そうだねぇ、こんな下らないことをしてる暇じゃなかったぁ」
い、以外と納得して引いてくれたから良かったけどさ! でも、視線が集まるのは嫌だ! 寮生のみんなからは哀れみの視線貰ったし。
てか、下らないことってまだ微妙に喧嘩売ってくスタイルはなんなの?
「い、いいかいデアーグ卿?」
先生がそう赤茶髪の少年にきく。
おい、先生がいるなら止めるのあんただろ。あと、像切ったことも注意しろよ。一応、校則で校内では生徒は平等ってなってんだからさ……いや、本当にそうとは全く思ってねぇよ。
貴族の方が上なのは当然だし。でも、こんなたくさん生徒が現場見てたのにスルーはねぇだろ。
「いいよぉ、あと像も後で弁償しまぁす」
あ、本人から申告? してきた。
いやでも、確かにトリッキーだな……性格がだけど。
そして、相手の紫の侯爵子息は言い争い中微動だにしなかったな。もう少し、突っ込めよ。
「先生、ルールの確認をお願いします」
そして、久々に口を開いたかと思えば、今までの流れが無かったかのように扱ってるし。でもまあ、そっちの方がいいかもな。先生の方も戸惑いながらも説明始めたし。
「菖蒲戦の規定により勝負の受け手であるデアーグから提出されたルールを使用する。クロッツも内容は読んだか?」
「はい」
「攻撃方法は剣の使用のみ、防御方法はなんでも可。場外、この会場を出たら負け。降参しても負け。後遺症が残るような攻撃をした場合も負け。今言ったルールを破っても負け、以上で間違いないな」
分かりやすい単純なルールだ。隣でエルが「よかった」とほっとしてるが、どうしてだ? 普通のルールを読み上げてるだけだろうが。
「「はい」」
「よし、じゃあ配置につけ」
そう言われると二人は会場の真ん中あたりに相対して立つ。間は多分5メートル程だ。
赤の侯爵子息はさっきの像切り落としで鞘から剣を抜いていたが、紫の方はまだだったみたいで、手に携えていた二刀の剣を抜く。
赤は長刀、紫は二刀流って、戦闘スタイル全く違うんだろうな。
オリス様が言うに、赤がトリッキーで紫は型通りって言ってたけど……逆に見えるんだけど。
「開始!」
開始直後、紫が持っている刀の片方を赤に向かって投げる……って、ええ⁉︎ やっぱトリッキーなの紫じゃん。武器の片方を初っ端から手放すというか、相手に向かって投げるだなんて。
「やっぱ、そう来るか」
「相変わらず型通りー」
「普通だね」
な、なんでオレの周りの奴らは当然って反応すんの? か、型通りっておかしくねぇか?
でも、それは赤の侯爵子息も同じだったようで、あっさりと投げられた剣を長刀で弾く。だが既に紫は接近し、もう片方の剣で襲いかかっていた。
奇襲をかけて、隙を作っていたんだ! 最初のあれは回避されることは想定済みか! すっげぇ。
が、そんな紫の奇襲作戦も当然のように避けた。うええ、あれも予測済みかよ。しかもあんな長い剣を持って側転とか嘘だろ⁉︎ 剣弾いた片手の勢いのままで回ってた!
た、確かにトリッキーだ。剣を振り下ろした紫の背中をそのまま赤は剣の柄で横から殴りつける。
だっ、なんでわざわざもので殴るんだよ! いや、でもさっきの像みたいに斬られるよりは全然良いか。あれやったら死人が出て勝負どころじゃなくなるしな。
紫の方は背中を殴られ、体制を崩すが、その際にも赤に向かって剣を振ることを忘れない。赤は無論それを避ける。そのおかげもあって、一旦赤と紫の間にスペースが出来る。
「ほんと、紫系の貴族って単純だよねぇ。君らが船同士で戦うことが主だから、近接戦以外が得意なことなんてみんな知ってるのに、初っ端からそれってねぇ」
赤が挑発するように言う。
いいえ、みんなではないです。オレ、知らなかったし……でも確かに船同士の戦いだと、弓矢とかそういう距離飛ばすもの使う気がする。あと、槍もだけど今回は条件に剣ってあったしな。さっきの剣もその方法の一種か? 飛ばして敵の奴に当てるとか、マストを狙うとかすんのかな? でも、授業で敵船に乗り込むとか……あれは下っ端だったか? やっべぇ、海上戦についてもう少し真面目に授業を聞いとくべきだった。
「避けられることは想定内です」
「そう、分かった上で来るなんて痛いのが好きなんだねぇ」
赤は挑発大好きか! なんでさっきからこう喧嘩売ってくスタイルなんだよ! しかも結構無差別だ。さっきの『紫系って単純だよねぇ』で紫系の奴らがほとんどムッとしてたぞ。
「別に痛かろうがこっちが勝てばいい話ですから。この勝負はっきり言えば、先に音をあげなければいいんです。頑固さなら負けませんよ」
そうやって紫はクールに言い放つが、ごめん言っている意味が全く分からん。
「なるほど、確かにそうだな」
隣でレトガー様が納得しているけど、オレには分かんねぇ。どういうわけと反対隣のエルをつつく。
「どういうことだよ?」
「この広さで場外になることはまずないし、後遺症になるようなやばい攻撃はない。となると、先に降参した方が負けになるんだよ。で、クロッツ様は頑固さに自信があるって言ってるんだよ」
つまり、絶対にオレからは降参しないぞ、ということか。確かに紫の方の意思は強固そうだ。
「そういえば、戦闘不能は敗北条件にしてなかったね」
「なるべく避けたいですが、敗北にはならないです。つまり降参しなければいいんです。または戦闘不能になったわたしを場外に運ぶかです」
「そんな面倒なことはしないよぉ」
しろよ! じゃないと勝負が決まらねぇだろ!
いや、確かにこの会場広いから面倒だけどさ、終わらねぇから。そもそも戦闘不能の場合も敗北にならないってどんなルールだよ⁉︎
「デアーグ卿はそういう人です。だから、このルールを見た時には勝てると思いました」
「まあ確かに頑固な君有利なルールになっちゃったねぇ。でもねぇ……だからといって俺は負ける気はないよぉ」
瞬間、距離を詰めてくる赤に紫は待ってましたとばかりに、腰のベルトに刺していた短剣を空いてる左手で投げつける。
複数投げたと思うが、詳しい数は分かんねぇ。でも、何本かは弾かれ、何本かは外れて地面に刺さった。でも、一本は赤の右肩に刺さった。
うげぇっ⁉︎
が、お構いなく赤は更に距離を詰める。痛覚ねぇのか馬鹿野郎。んで、紫の右手で持ってる剣も下から弾き飛ばすと、またもや剣の柄で腹部に打撃を与える。
もちろん、紫も負けてねぇ。武器は無くなって腹部にもろに食らったが、なんとか堪えて右足でこちらも腹を蹴る。赤は吹っ飛ばされた。
嘘だろ⁉︎ 人が吹っ飛ばされるだなんて力えげつねぇだろ。うんわぁ、これは紫優勢か⁉︎
「やめ! デアーグの勝ち!」
審判の先生がそう声をあげる。
え? なんで?
だって、降参もしてねぇし、場外もしてねぇよ。やられたのもどっちかと言うと赤だし、なんで赤が勝ってるんだ⁉︎ もしかして八百長とかか?
会場は当然ざわめく。紫の侯爵子息は無論、審判に食ってかかったが、一言何か言われた後、納得したように引き下がっていた。どういうことだよ⁉︎
赤の子息はと言えば、しばらく倒れてたが、ピクリと動き出すと、何もなかったように立ち上がってから剣を肩から抜く。それから、紫の子息を見つめる。向こうも見つめ返す。会場も空気を読んで静かになる。
「これって、俺の勝ちだよねぇ」
「そうです。わたしはルール違反をしたから負けです」
る、ルール違反? 何かしたっけ?
「ああ、なるほどね」
隣でエルが納得しているが、オレはお前みたいに察しよくねぇから分かんねぇよ。
「反射的に蹴り技を使ってしまいました」
「まあ、本物の戦闘なら正しいんだけどね。今回は駄目だよぉ」
「卿はわざとこのルールにしたのですか?」
「うん。だって軍人気質で単純な君ならとっさに反応するでしょぉ」
「攻撃時は剣の使用のみ……そのルールにもう少し注視しておくべきでした」
つ、つまり剣以外で攻撃したから駄目と。『武器は剣のみ』って感じで認識してたけど、正確には『攻撃は剣の使用のみ』だから、素手や足技で攻撃してもダメなんだ。確かにデアーグ様は柄とは言えど剣の一部で攻撃してたもんなぁ。うわぁ、策士。
「最後のもわざと食らいました?」
「うん、まあ避けても良かったんだけど。当たった方が審判も判断しやすいでしょぉ。あ、もちろん受け身は取ったよぉ」
「だから、あんなに吹っ飛んだのか……おかしいとは思ったんです。わたしの負けです」
潔く紫は負けを認めるが、見ていた立場からすればどうも不完全燃焼って感じだ。いや、確かに理由は分かったけど、勝負の終わりがそれかぁ……。
「あと、これ返すよ」
そうやって赤の子息の手から短剣が放たれる。
いや、投げて返すなよ⁉︎ 紫の子息には当たってないから良か――こっちに飛んできてねぇか⁉︎
「あ、手が滑っちゃった」
滑っちゃったじゃねええええっ‼︎
一直線に飛んでくるそれに、反射的に手で顔を庇うが、椅子に座ってる体勢からいきなり避けられはしない。痛みを覚悟して目を瞑る。
カァン
よく分からん音がした代わりに痛みは無かった。な、何が起こったのか分からねぇけど、助かったのか?
おそるおそる周りを見てみれば、エルが上から落ちてきた短剣の柄を掴んだとこだった。え、どういうことだ?
「カイ、大丈夫?」
「お、おう。エ、エルお前それどうしたんだ?」
「飛んできたからこれで弾いて、落ちてきたの取ったの」
そう示されたのは、どこにでもあるような定規。そう言えば、メモの表きっちり書くために定規使ったやつ、エルに持ってて貰ったな。エルのお陰で助かったのか!
「ごめんね。ちょっと、歪んじゃったよ……」
「いやいやいや、むしろありがとな! ガチで助かったや! すげぇなエル!」
何故か、落ち込むエルにオレは必死に首を横に振る。
あの勢いで刺さったら深手負ってたからな。いや、ほんとマジでエルに感謝だわ。定規が歪んだことなんて、ちょっと勿体無いけどどうでもいい。
「反応と判断が早かったねー、多分そのメモとかで防いでも貫通してそのままささってったから、弾くのは正解だったねー。エルくんナイスー」
オリス様がさらりと怖いことを仰る。
つまりあれか、エルが定規を使わなければ、オレは怪我してたと……いや、ほんとエルさんありがとう。すげぇし、どこぞのヒーローかよ。
「あー、そっちの人ごめんねぇ。肩が上手くいかなかったや」
確かに負傷するといつも通りに体動かせねぇよな……いや、騙されるな! まずものを、しかも凶器を投げて返すことがおかしいんだぞ! まじ怖かったんだからな⁉︎
が、悲しいかなオレは平民。文句を言うことは出来ずに大人しく引き下がったのであった。
「不運だったな」
レトガー様でさえ、こう言ってくれたんだ。よっぽどオレはついてなかったに違いない。
その夜、寮で賭けに大勝ちした奴らが金を取りに来たが、誰もが「無事で良かったな」と言って去っていった。うん、いや自分でもそう思う。エルさんにほんと感謝だわ。
あと、気のせいだと思うんだけど、短刀が飛んでくる前に、一瞬あの人と目が合った。