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21 菖蒲戦前


「うわっ、オ、オリス様いつからそこに⁉︎」


 自分の隣で寝っ転がっているのは亜麻色のボサボサ髪の少年。エルがぶっ倒れた時に助けてくれた、緑の侯爵子息だ。


「きみの隣で寝っ転がり始めたのは数秒前、目前の木の上で様子を伺ってたのは、きみが百面相していたあたりからー」


 そんな前からいたんかいっ! しかもめっちゃ恥ずかしいとこ見られてるし。


「で、それなにー」

 指差されたのはメモだ。


 貴族相手にこの賭けのことを言うのはどうだろうかと、ちらりとオリス様の様子を伺う。


 相変わらず平民のオレより着崩した制服に口には棒付きの飴。っていうか、最近結構寒くなってきたのにワイシャツのみで袖まくりって、感覚がおかしいだろ。


 オリス様の評判はぶっちゃけ変人だ。

 授業中以外は飴を舐めているらしいし、ちっさい割に食べる量もすごいらしい。馬鹿力で侵入者を撃退したかと思えば、いつの間にか平民の会話に混じってたりもする。

 まあ、実の弟に下僕呼びされ、自分もご主人様呼びで返すしな。

 

 緑系以外の貴族からは奇抜なことをすると眉を顰められ、平民からは貴族だけど貴族らしくなくて、そこまで警戒しなくて良いという評判だ。


 まあいっか、この人なら。よっこらせっと心の中で掛け声をかけて起き上がると、隣の方も起き上がる。


「賭けの割合です。明日、紫系と赤系の侯爵家の子息が菖蒲戦をするでしょう?」

「そうだねー、テレルが昨日興奮してた」

「それで寮の平民でどっちが勝つか賭け事してるんです」

「なるほどー、この感じだとみんなクロッツ卿が勝つって思ってるんだねー。彼ねー面白い人だよー」


 流石同じ侯爵家の子息。オレからして見れば学年の首席、しかも侯爵家の子息だなんて雲の上の存在だ。


 いや、オリス様もレトガー様も侯爵家だけどさ、オリス様はご自身の身の振る舞いから、レトガー様は最初は怖かったけど不憫なことを知ってから、「あ、普通の人間なんだ」って変に安心しちゃったんだよな。それでも簡単には関われない存在だけど。


「でも、勝負の前に言うのもなんだけど、これデアーグ卿が勝つよ」

「はい?」

 

 妙に確信めいた発言にオレは混乱する。


 緑系って紫系の味方なんだよな? なのになんで味方が負けるって言ってるんだ?


「紫は赤に弱いんだよねー」

「え、でも赤って軍関連の家は無いですよね?」

「軍関連は確かに無いよー、でも司法関係はあってねー。デアーグ卿の家はマイスター侯爵家で処刑の家なんだよー」


 しょしょしょ処刑⁉︎ んな物騒な担当の侯爵家があるのか……驚いたわ。

 まあ、でもそっか、死刑判決出た奴はどっかで処刑しなきゃなんないもんな。それに赤のオクリビトっていう処刑人の話を聞いたことあったや。


「処刑以外も重犯罪者の収監担当もあそこだね。だからね、結構強いんだよー、あそこの家の人」


 そ、そりゃあ強くなきゃ、重犯罪者なんて処刑はおろか収監もできないよな。うわぁ、貴族事情はやっぱ全然、平民には出回らねぇな。


「しかも、とりあえず相手を殺すか、動きを奪うことを狙いとしてるからね。相手を止めるためや勝つためには手段はなんでも使ってくるの。策士だよー。だけど、紫は全体的に頭固い子が多いからねー、基本型通りに攻撃するから合わないんだよねー」


 つ、つまりトリッキーな動きをする予測不能な奴と、型通りの真面目ちゃんって訳か。確かにそれを聞くと紫が不利な気がする。


「で、でもシュリーマン様は一年で実技でも5位以内には入ってますよ」

「うん。クロッツ卿は別に弱くないし、紫でも頭は柔らかい方ではあるんだよ。でもね、やっぱ根は一緒だから、向いてないと思うんだよ。だからねー、なんで兄上が勝負を申し込まなかったんだってご主人様が怒ってさー」


 興奮してってそういう意味でかよ。

 でも、菖蒲戦だからオリス様が勝負を申し込んでも、向こうがペーパーテストでって言ったらダメだしな。


 そして、二人してクロッツ様が勝つと微塵も思ってないのが伺えて酷い。ちったぁ応援してあげようぜ。


「怒られてもさー、そもそもデアーグ卿が菖蒲戦受けるだなんて思ってなかったもの」

「そ、そうなんですか」


 そもそもこの勝負が成立したことすら驚いてるみたいだ。まあ、菖蒲戦って拒否も出来るもんな。


 ***

 

 菖蒲戦当日の昼で賭けるのは終了させ、放課後の今は、会場である本校舎から離れた位置にある闘技場に向かっている。



 他にも多くの人がオレたちと同じ方向に向かっている。平民、貴族どちらもいる。


 貴族同士の試合なんて見て、文句を言われないのかと思ったが、菖蒲戦の規約に中立的な立会人が多ければ多いほど良いと書かれているのでいいそうだ。とは言っても、寮生のほとんどは賭けに参加しているから中立じゃないんだが、バレなきゃいいだろう。


「エッ、エルもこういうの見るんだな」


 声が若干上ずった。エルが不審げな目で見てくる。いや、ほんとごめん。お前のことで沢山悩んでるせいでこっちも一杯一杯なんだよ。


 なんでここにエルがついて来てるかと言えば、休み時間中に定規片手に賭けの名前の整理してたら、聞かれたから、そのまま話の流れで誘った。


 エルの性別うんぬんの問題にほぼ現実逃避の形で、賭けの胴元引き受けたのに、なんだかんだでオレはエルと変な調子ながらも関わろうとするから、自分でも自分が訳が分からねぇや。


「まあ、貴族同士の菖蒲戦なんて珍しいから気になってね」

「そうだよな! エルはどっちが勝つと思う?」

「うーん、分かんないって言っておくよ」

「おい、それどっちか分かってるだろ」


 そうオレが突っ込めば、「勝負はやってみないと分からないでしょう?」と返してきた。


 どうも納得いかない。言ってることは間違ってない。間違ってないのだが、エルの発言だとどちらかが勝ちそうだとは思っている感じがする。まあ、気のせいか。

 

 そんな感じで話してれば、闘技場に着いた。

 いつもは授業の実技などで使っているのだが、他にもイベントなどにも使う為、観客席に千人くらい入るこの競技場の、前の方は既に生徒で埋まっていた。


 なんとなく貴族とそれ以外で分かれているのも把握した。だから、オレらはあんま人がいない日陰側の前から5列目の席に座った。日が差さないと寒いから貴族様はそんな悪条件の席を選ばねぇからな。


 ふと、オレ達から見て正面の席を見れば、看護科の女の子たちがいるのが見えた。珍しーな、侯爵家、しかも学年のトップの試合だからわざわざ出てきたのか。そんな女の子たちの中心を陣取っているのは、遠目で分かりにくいが、おそらく黄系の公爵令嬢だろう。


「うんわぁ……」


 隣でエルがそれを見て顔を真っ青にしているが、どうしてだろう? なんか良くないことでもあったのか?


「あれれー、デアーグ卿って大の女嫌いなのに、来ちゃったんだー、女の子たち」


 なんか最近よくこの人に会うけど、ほんと神出鬼没だな。


「オリス様!」

「やっほー、カイくんにエルくん。君ら二人セットだし、平民の子の視線が集まるから見つかりやすくていいねー」


 いつもの間延びした声でそう褒められるが、全く嬉しくねぇ。

 二人セットなのは友達だからとそうしないと変態が寄りやすくなるからで、視線の意味も考えると落ち込む自信がある。


 そして、今日もこの方は飴を舐めてる。甘いもの食べすぎじゃねぇか?


 流れのままオリス様はエルの右隣に座る。

 平民ばっかの席に貴族が座ると目立つんですが……しかもエルの隣だからため息を吐いた生徒も何人かいたぞ。


 まあ、下心とか全くなさそうなオリス様が座ってくれた方が少しは気が楽だな。オリス様相手じゃ、陰口は叩けても、正面切って文句言える奴は少ねぇし。でも、左隣にいるオレは退けとか言われてもおかしくねぇけど。その時はその時だ。


 が、よっぽどオリス様効果がでかかったのか、文句は愚か人が寄ってきもしなかった。


 いや、違ぇな、途中でオリス様とレトガー様が、なんで平民ばかりの席にいるんだって喧嘩したせいで寄り付けなかったんだ。結果は「あっち、日が当たるから暑い」でレトガー様が折れて、彼もオレの左隣に座った。


 最後おかしいだろ。


 オリス様、エル、オレ、レトガー様の順だと、貴族が平民二人を挟んじゃってるじゃん! せめて、兄弟で並べばいいのに!


 雰囲気でオレの不満が分かったのか、レトガー様はギロリとオレを睨んだ後「兄上と隣は心臓に悪いんだ」と言った。あ、はい……納得。


 いや、でもオレにとって心臓に悪い座り方だからな。オレは平民! そしてエルみたいにクラスメイトとかじゃねぇから! そりゃCクラスだって貴族だらけだよ? でもなぁ、侯爵とかそういうのはもう格が違ぇの!


 この二人には少し慣れた気で居たけど、やっぱ違ぇ!


 立ち話ならともかく座ってたら逃げ場ねぇじゃん。以前、胸倉掴まれたりした時はいっぱいいっぱいで気にする間すらなかったけど、これでも、まだ耐性がある方なのに。


 前の席に座ってる平民の奴らなんて、さっきから一言も喋らねぇし、動きもしねぇよ……。だから、平民と貴族がなんとなくで分かれてるんだよ。


 オリス様単独だったらまだいいんだけどよ、あの人雰囲気がそこまで威圧感ねぇし、変わってるからな。


 でも、レトガー様はさっきから威圧感がビシバシ来るし、不憫だけど模範的な貴族だから、平民の奴らは挙動を気にしなきゃなんねぇの。


「エ、エル……」

「まあ、試合始まれば集中して大丈夫だよ」


 つまりそれまで耐えろと。エルさんのそのタイミングでの笑顔、オレ嬉しくねぇ。


 せめてもの非難として手ぶらのエルに「定規邪魔だから、持っといて」と邪魔なもん持って気を散らせてやろうとしたけど、「いいけど、何がやりたいの?」と不思議そうに聞かれた。


 オ、オレ自身も嫌がらせにしては地味だし下手だなって、思ったけど、そんな素で不思議そうにされると困る。


 人って、平静じゃねぇと何しでかすか分かんねぇな。余計、居心地が悪くなった。


 はやく、菖蒲戦始まれ!


 ***


「クロッツ・ヴォーゲ・シュリーマン」


 菖蒲戦のルールなのか、大貴族の名前が呼び捨てで呼ばれ、会場が少しざわめく。女の子も混ざってるせいでいつもよりうるさい。


「はい」

 競技場の日向側の入り口から入ってきたのは、黒髪の少年。


 あれが、一年の首席……遠目だからあんま分かんねぇけど、美形っぽいのは分かるし、背が高ぇ。同い年だとは思えねぇな。両手に持っているのは対になっている剣。二刀流使いかと思えば、腰のベルトには他にも小刀がついてた。


 うへぇ、何に使うんだよあんな数。誰だよ、型通りって言った奴。

 型通りの奴があんなもん持ってくる訳ねぇだろ。剣の試合って聞いたから、決闘とかそんなノリだと思ってた。


「デアーグ・エルピス・マイスター」

 またも会場がざわめく。


「はぁい」

 さっきの凛とした返事とは逆に、やる気のなさそうな声。


 日陰側から入ってきたのはその人は後ろ姿しか見えねぇが、エルと同じ赤茶の髪をしていた。黒髪と赤茶髪で見分けやすくていいと思う。持っているのは長い刀だ。


 一般的に見るものと少し違うけど、こっちの方が型通りな気がすんだけど。


「ねぇ、キャーキャーうっさいんだけどぉ」

 日陰側の入り口付近の建国神話のカラビト像がスパッと切れた。


  え?


「黙ってくんない?」


 おそらく、像を切ったであろうその剣で、赤の侯爵子息は南側の女の子達の方を指し示す。会場が静まった。


 南側って黄の公爵令嬢もいんじゃん。格上の人に剣を向けるってアウトだろ。




 案の上、黄の公爵令嬢令嬢は立ち上がると「あら、相変わらず無礼ね」と反応する。会場が静かなせいで大声じゃないのに聞こえる。


「剣を向けたのは失礼しました。でも、試合前にキャーキャーと甲高い声で集中を乱されるのは困りますので」


 慇懃無礼に礼をしてからそんな事を言ってるところから見て、全く反省してないのがうかがえる。あと、あの返事で集中してるとは思えねぇんだけど。


 オリス様が女嫌いって言ってたけど、ほんとみたいだ。男だって叫んでたからな。


 これじゃあエルが真っ青になるのも分かる……つーか、エルはどこでそのことを知ったんだか……あ、Aクラスだからその手の情報をレトガー様から聞いたのか。


「あら、そんなくらいで乱れてしまう集中力なの? それを負けた時に理由にしないでしょうね?」

「まさか、そんな馬鹿な理由で負けませんよ。でも、耳障りなので勘弁して欲しいんです」


 戦う相手が間違ってるんだよ!


 なんで、ただの観客である黄の公爵令嬢と赤の侯爵子息がバチバチなってんだよ。つーか、黄系と赤系って提携組んでんじゃねーのかよ、なんでそんな仲が悪いんだよ!


「彼女達の美しい声援が耳障り? ふざけないで下さいませ、私だったら男どもの野太い声の方が嫌だわ」

「相変わらずの男性を軽視した助言をありがとうございます。いい加減自国の慣習に慣れてはいかがですか?」

「あら、女性蔑視の貴方に言われたくないわね。間違ってるルールを正そうとして何が悪いの?」


 そう言えば、黄の公爵令嬢は女性地位向上家で若干男性蔑視があるんだった……女嫌いと男性蔑視、そりゃ合うわけねぇな。どっちの意見も過激すぎて賛同しかねるがな。


 つーか、こんなんじゃ試合始まんねぇよ。でも会場もギスギスした空気に静まり帰ってるし。こんな中に口を挟むとしたら相当空気読めない奴だ。


「ディプロマティー公爵令嬢、マイスター侯爵子息、それは後にしないと試合を始められないですよー」


 

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