20 ああもう!
オレでも今回、胴元しねぇのは自分でも変なことだと思う。
胴元は厳正に賭け事を行うために重要な役割である為、信用がいる上、苦労が多い。賭け事一つやるにも野郎どもの集まりだから、自分たちだけでやると喧嘩になるし、どうしても中立の立場は必要になる。
その代わり賭けの結果がどうなろうと一定の収入が得られるのだ。
そんな面倒だがうまい立場をオレが引き受けてねぇ筈がないのだが、数日前のエル暴走事件でちょっとは控えておこうかなと思ったんだよ。下手に主催者になってるとこ見られて、思い出させても怖ぇし。そうエル……エルかぁ………。
また、考え込みそうになるので頭を振って忘れようとする。
「カイっ……お前に一体何があったんだ!」
舞台風に寮生の一人が言う。これは答えるべきだろうか? いやでも素直に言っても内容が内容だしな。友人の一人が賭け事でブチギレて怖かったので嫌だって言っても笑われるだけだ。
ましてやそれがエルだなんて言ったら、エルのバイオレンスぶりをあまり知らないこいつらは冗談扱いしてくるだろうし……。
先輩にボディブロー決めたのだって目の前でやってたのに、必死の抵抗が運良く決まったんだなって認識してやがったし。
お前らエルの見た目に騙されすぎだ。
あれなんだよな、エルって筋力そこまで無ぇから拳も弱く見えるんだろうけど、そのかわり狙うところが見事に急所だからえげつねぇ。エルか……エルのやつ男か、女か、本当どっちなんだろうな……だめだ、また考えちまってる。
「ていうか、お前が胴元やってくれないと困るんだけど、お前以外が誰がその役割をやるんだ!」
「知るか、お前がやれば?」
「そんな殺生な! お前が一番信用度高いのに!」
そいつに続いて、次々と「そうだ」と同意する声が上がる。
挙句の果てには大合唱となり、なんだなんだと人がどんどん集まる。ついでに声の数もどんどん増える。
絶対、あれだろ、よく分かんねーけどのっとくかっつーノリだろ後半組!
あんまり騒がしいもんだから、食堂係のおじちゃん達も見に来た。げ、このままだと寮監まで来ちまう! 寮監怒ると怖ぇんだよな。
「しゃあねぇなぁ、やってやるよ! 野郎ども!」
仕方なくそう言ってやれば、大合唱が止む。
「最初からそう言えばいいんだよ」
「どうせやるのは分かってたぞ」
「なにをもったいぶってたんだ?」
「かまってちゃんか?」
「かまってちゃんのカイくんとか可愛いすぎる! あ、やばっ興奮してき――」
「のせられやすいよなぁ」
次々と上がる言葉の内容は、どうもオレを舐めてるようにしか思えねぇ。
そして一部の変態安心しろおめぇには一生構ってやんねぇから! 思っててもそれを口にするとか嫌がらせの域だかんな!
「おい、お前ら前言撤回だ」
「「「「すいませんでした」」」」
おー、綺麗な直角の礼だこと。さすが、軍の学校だけあってみんな綺麗な礼ができるようになってる。一番最初の実技授業は礼、整列、挨拶、行進だったもんな。
「分かったんならいい」
綺麗な礼に免じて許してやろう。が、「女王様のカイくんとか最高すぎる!」とか言ってる変態は許さねぇ。
でも、こういう変態ってどういう対応が正解なんだ? 軽く殴る蹴るの物理攻撃はむしろ喜ばれちまうし、かといってガチの喧嘩はエルみたいなバイオレンス野郎? になっちまうし……ってか、オレまたエルのこと考えてるし! だあっ、もう本当にあいつなんなんだよ!
***
今日も朝から挙動不審だった。
いや、もうこれ仕方なくね?
エルもオレの態度がおかしいのに気づいているが、何も言わない。なんつーか、エルの方もどこか変だしな、詮索されねぇ為に詮索しねぇって感じだ。
今は放課後で、今日はエルがなんか用事でいねぇ。あいつ結構用事あるんだよな。なんの用事かは知らん。オレも毎日ぱっさぱさのパン食ってんのもどうかと思ったから、空いた時間で稼ごっかな。とはいえ、王都の働き口にそこまで詳しくねぇし、寮の門限早いからなぁ。
この前、フェイスちゃんと話して、刺繍したハンカチを売ることにしたんだが、超絶技巧すぎて露店で売るのが場違いになってしまう。貴族のお嬢様が気にいるレベルの奴なんだよ。安売りはしたくねぇ。
ま、それはとりあえず置いといてエルのことだ。
図書館裏の木の下で寝っ転がってれば、落ち着いて思考できるかなって思って来たんだが、やっぱ無理だ。寮と違って静かなのは良いんだが、内容が内容だけに落ち着けたもんじゃねぇ。
今日なんて授業中にため息をし過ぎて「それは鳴き声か?」って嫌味まで言われた。
いや別に嫌味言われること自体は慣れてるしどうでも良いんだよ。だけど、それだけため息をついてるのは、問題だよなぁ。下手すりゃ授業妨害だし。
「はぁーあ……」
本当は分かってるんだ。エルのことは多分本人にきかないとやっぱ分かんねぇ問題だってこと。
だけど、きくにはどうも勇気がいるんだ。
エルがキレることだけじゃねぇ、真実を知ってエルとの今までの関係がどうにかなっちまうのが怖ぇんだ。
オレはそんなできた人間じゃねぇから、イレギュラーな事態にすぐ慣れねぇし、感情も表に出ちまう。
それで、エルを傷つけたり、接すのが上手くいかなくなって疎遠になったら嫌だ。
性別以外にも多分、エルには秘密があると思う。この前、妙だったのもきっとなにかあるんだ。だけど、分かんねぇ。だって、あいつは隠しちまうから。
いつかの腹痛と同じで、自分の苦しみを全部隠してる。いつも綺麗な笑顔の裏に何か隠してる。それを放っておいたらエルがずっと苦しみ続けるのもなんとなく分かるんだ。暗いものばっかあいつは抱え込むから。
だけどさ、やっぱ怖いんだ。オレがそれを受け止められるか、下手に踏み込んで嫌われたりしねぇか、あいつからそれを引き出して傷つけたりしねぇか、怖いんだよ。
この前は勢いでズケズケ言っちまったけど、やっぱ後で少し後悔した。サドマがああ言ったときにエルがすぐそばにいれば、多分すぐ聞いてたけど、こう考える間があるときけねぇ。
オレは臆病なんだ。だって、意外にも人の縁が切れる時はあっさりとしているから。意外に人は簡単に傷つくから。
人に嫌われるのは好きじゃねぇ。和やかな方が安心するから。
そりゃあ今だって貴族のクラスメイトの一部や、他にもオレを嫌ってくる奴らはいるさ、でもそいつらはオレのことをあんま知らねぇし、オレもそいつらのことをあんまり知らねぇ。だから嫌われても、ちょっと傷ついて近づかないようにすればいいだけだ。
でも、オレのことをよく知ってる奴に嫌われんのはすげぇ怖い。それだけ知られた上で嫌われるって全否定も同然だしな。
人を傷つけんのも嫌だ。
人間生きていく上で人を傷つけちまう時は誰だってある。身を守る為にやむを得ずってこともあるから、しょうがねぇこともある。
でも身を守る時は傷つける覚悟があるからまだマシだ。誰かに怒りがあって傷つけるのも自分の意図があるから、ダメだけどまだいい。
でも傷つける気がないにも関わらず、誰かを傷つけてしまうのは、すっげえ怖ぇんだ。
大切な人が傷ついた顔をするのは嫌だ。笑顔を奪っちまうのは嫌だ。
甘えたことを考えているのは自分でも分かってる。人と関わっていくのに、そんなことばかり気にしてたら、何も言えなくなって薄っぺらい関係になっちまう。
完璧に好かれるのも、全く傷つけないのも不可能だって知ってる。オレだってそんな聖人は目指してねぇ。でも、仲いい奴との関係を壊したくねぇ。
くっそー、うじうじ考えんのはらしくねぇ!
後回しにするのは駄目だけど、やっぱ後回しにするわ。
丁度、胴元やるから賭けのメモでも整理するか。
制服の茶色いブレザーの内ポケットからメモとペンを取り出す。
手の平より少し小さいそのメモに書かれている名前は、ほとんど寮生のものだ。学校で賭けやるぞなんて宣伝したら貴族の奴らになに言われるか分かんねぇしな。自然と平民の中でも寮生ばっかになる。まあ、たまに友達の寮生から聞いた奴が参加してくるけどよ。
うわ、名前適当に書きすぎた。読みづれぇ。後で、定規使って整理しながら書くか。
ざっと見たところ、紫と赤で8:2ってとこか。まあ、予想の範疇だな。
紫は海軍の家だし実技テストでも五位以内に食い込んでる。対して赤は司法関係の家の上、数ヶ月のブランクもあって実技の実力も不明。赤に入れてる奴らはその不明からの大逆転を狙ってるんだと思う。
サッと比率を最後に書き込む。
「8:2?」
聞き覚えのある声が真横からした。