19 ただ今混乱中
「カイ、どうしたの?」
心配そうに覗き込んでくるのは、相変わらず美しい顔した友人で、いつものオレならなんとも思わずにいるのに、今日はどうもドギマギしてならない。
睫毛長ぇ、肌綺麗、唇はツヤツヤだし、髪の毛はふわふわしてるし、背は高い癖して細くて頼りねぇし、声も綺麗。いつもと変わらない。変わらないはずなのだが、女っぽく見えるのは何故だろうか?
サドマが女って言ったせいでエルが本当に女っぽく見えてきた。え、まじどっちだよ。
「カイ?」
「なななな、なんでもねぇよっ!」
「知ってるカイ? そういうのって何かある人の反応だよ」
「うっ」
こんなに動揺しちまって疑われない方がおかしい。物語であるように都合よく言葉を信じ込むなんてエルがする訳ねぇし。いっそ素直に聞いてしまう方がいいかもしれねぇ。
が、ちょっと待て。これでもしエルが本当に男だった場合どうする?
ブチギレからのフルボッココースしかねぇ気がする。
い、いやだ。わざわざそんなリスクをおかすには判断が早い。
だってあれだぞ! エルの奴以前のチンピラをマジで去勢しようとしたからな。
そういう意味での暴行を加えようとしたってことも原因であんだろうけど、『女じゃねぇの』って言ったのが最後の引き金だった気がする。あれからの飛び蹴りの速度おかしかったからな⁉︎
他にも最近慣れてきたのか荒っぽくて、今日とか平民の同学年や先輩のバカ共がエルの逆鱗に触れて、腹パンされてゲロったとか、踵落としで気絶させられたりとか、マウント取られてからの一方的に殴られ保健室送りとか、結構やらかしてる。
血気盛んすぎて、正直怖いです。
一応学生相手なので加減しているらしく、翌日の授業にはさほど影響がないようにしてるらしいが、その時にダメージを食らう点ではなんも変わらねぇ。ってか、こんなにバイオレンスなら男な気がしてきた。
校内での暴力も禁止されていれば、余裕でアウトだったのに、何故か校内では禁止されてねぇ。おかしいだろ! あれ? もしかしてそれを知ったから暴れ気味なのか?
流石に強姦やゆすり行為、重症とか後遺症が残る程酷いものや、数の差が大きいものは禁止されている上、罰則、下手したら退学だ。
が、サシでケンカして、単純骨折くらいまでなら軽く注意されるだけで終わるらしい。
だから、おかしいだろ! 単純骨折も十分ヤベェからな!
一応、理由はあって、国立軍学校が軍の学校なので多少血気盛んなのはむしろ喜ばしいことで、お互いケンカでもいいから高め合って成長して欲しいらしい。気に入らない者同士が拳で語り合って仲良くなることもあるらしいが、脳筋にも程がある。
あと、もう一つ理由があって、そっちもそっちでおかしい。
昔、甘やかされた坊ちゃん貴族が先生の剣の指導に対して「暴力だ!」とか言ったらしい。お前はそれならなんで国立軍学校に入ったんだよ。指導と暴力の見分けもつかんのか!
他にもこの学校には脳筋ルールと言っちゃあなんだが、菖蒲戦というものがある。
ざっくりといえば決闘に勝った方が、相手の生命の安全に関わるもの以外は、何でも一つ命令できるというものだ。
絶対、この校則作ったの緑系だろ。弱肉強食すぎてヤベェよ。
救いは勝負内容は何でもよくて、勝負を申し込まれた方に決定権があることと拒否権も一応存在すること。
そんな脳筋色が若干強めの校則で、バイオレンスなエルさんが大人しくしてるわけねぇだろ。
お陰で自分の身の安全の保証はされねぇ。
よって、下手にエルの女疑惑を口にするのは自滅行為だ。わざわざ痛い目に遭う趣味はねぇ。
が、エルに今から誤魔化しが効くとは思えねぇ。ふわふわした雰囲気には騙されてはダメだ。無駄に隠そうとしても口を割られる可能性が高い。
よってオレはエルの紅茶色の瞳を真っ直ぐに見て。
「あるけど、お前には言えねぇ!」
正直に言えないことを告げる。
だってそれしかねぇもん。オレ、誤魔化せる気がしねぇし、だからといって言えもしねぇから
「はい?」
「エルには言えねぇ。悪いとは思うけど言えねぇ」
「ふーん」
「だ、誰にだって言いたくねぇことはあるだろ。お前だって色々とあんだろ!」
「ぼくは別に不満には思ってないよ。そうだね、ぼくにも言いたくないことはある。分かった言及しないよ」
あっさり受け入れられて拍子抜けする。挙句、頭をポンポンと触られたあと、更に撫でられる。
おい、お前オレよりすこーし背高いからってそれはねぇだろ。睨みつけてやれば、エルはニコッと笑う。
おうおう随分と舐めてくれやがってこんにゃろう、こっちはおめぇのせいで頭混乱してるのに、楽しそうにしやがって。
ふと、頭を撫でる手が止まる。
「……ほんと、カイは綺麗だよね」
「だから美人なお前に言われても……」
そこで口を一旦閉じる。
なんか、この前聞いた感じとどっか違う。
いや、同じなんだけど、前よりなんつーか悲しく聞こえる。声も顔も明るいのにどこかおかしい。
「お前、どうした?」
「! どうしたって何が?」
取り繕うのはオレとは比べ物にならない程上手だったが、一瞬驚きで目が見張られたのをオレは見逃さなかった。
「誤魔化しても無駄だぞ。お前、 なんか変」
「……確かにそうかもしれないね。でも、誰にでも言いたくないことってあるよね?」
オレがさっき言った言葉と同じだ。オレとは違って落ち着いた声。
「お、おう」
「だから、カイも言及しないよね」
やられた。これでオレはエルが隠してることを聞けなくなった。いや、こっちも話せば行けなくもないかもしれねぇが、ブチギレたあと、そのまま流れで誤魔化される可能性もある。
「分かった。でも、オレはいつでも待ってるからな」
「それはありがとう。ぼくの方も話せる時が来たら聞かせてくれると嬉しいな」
そう微笑むエルはやっぱいつもと違ってなんか変で、よそよそしかった。
こんなに近くにいるのに、エルが遠く感じる。やだな、オレら友達なのに。
***
どうしよう、八方塞がりだ。
寮の自室のベッドに仰向けになって、自分の状況をそう頭の中で表現する。
エルの性別について、もう出来ることがねぇ気がする。
本人に聞くのはリスクが高すぎる。他人にきこうにも誰に聞けばいいかわからねぇし、デリケートな話になりそうだし安易に人に相談もできねぇ。
でも、何もせずに居られる程、オレの心は平静じゃねぇ。ずっと胸が騒いでて、授業もろくに集中できねぇ。お陰でクラスメイトの子爵子息に嫌味を言われちまった。
見た目だけなら女っぽい。まあ、ギリギリ男でもいける気もするが。あれだ、髪伸ばしてスカート履いてたら完全に女の子だと思う。でも、そういうのは結局服装の問題な気もしなくはねぇ。
中身は結構男らしいっつーか、あんな女の子いたら怖ぇよ。そりゃ、オレ多少のお転婆は耐性あるけど、エルのはお転婆じゃねぇ! 喧嘩っ早いし、重度のシスコンブラコンだ。
あと、前、文房具屋の定員の娘を笑顔だけで骨抜きにしてたし。基本、あいつ女性には紳士なんだよな、男女問わずにモテてやがる。
でも、自分が女って言われるのは大っ嫌いだ。可愛いとか言われるより、格好いいとか、強いと言われる方が喜ぶ。剣も勉学も平均を大きく上回る。
んー、こうするとあれだよな。見た目以外は男だな。見た目もギリ男とも言えなくもねぇし、何より身長はオレより高いからな。
でもサドマは匂いで女って言ってたし、どっちだよ! 駄目だ。ずっと同じような考えしてる。
くっそ、恨むのはお門違いだけど、サドマの野郎なんつーことを最終日に言い残してきやがった。お陰でこっちは絶賛混乱中だ。
ごろんと横向きになって、枕に顔を埋める。
つーか、もしサドマの言うことがほんとだった場合、どうすりゃいいんだよ。
男ばっかの空間に女の子一人は以前も言ったように危ねぇし、第一に女ということが露見したら騒動になる。学校を辞めさせるべきなのか? いやでもエルだってそりゃ分かった上での行動だろう。だとしたらそれでも、男装していく複雑で深刻な理由があるはずで……。
え、いやオレどうすりゃいいの、さっきからどうしようとしか思ってねぇけど。ほんと、どうすんの⁉︎
どうか、サドマの嗅覚違いで男であってくれ!
そう祈ると、オレはフェイスちゃんから借りた本を読み始める。だが、もちろんまだ頭はエルのことで一杯で、内容が全く頭に入ってこねぇ。
気晴らしに寮の談話室でそういう意味で好意を寄せてこない奴見つけて話でもするかと、本を置いて部屋を出て行く。
***
大きな机が六つ程ある談話室には、いつもより人がいた。中央の方で何やら騒いでるが、どうしたんだ?
「なんかあったのか?」
「お、カイじゃん。いや、すげぇんだぞ! 明後日、貴族様同士の喧嘩が見られんぞ!」
「え? 貴族同士で喧嘩すんのか? 誰と誰だ?」
珍しいこともあったもんだ。突発的な嫌味とか、陰での蹴落としあいなんてもんは散々見てきたけれど、正面きっての喧嘩はなかなかねぇよ。
「聞いて驚け! 一年の首席のクロッツ・ヴォーゲ・シュリーマン侯爵子息と二年の首席で家庭の事情で今日から復活したデアーグ・エルピス・マイスター侯爵子息とのだよ。紫と赤の侯爵家の中でも、俺らが名前知ってるような奴が菖蒲戦すんだってさ!」
うわっ、すっげぇな。つーか、二年の首席って休んでたんだ知らなかった。道理で二年が静かだと思った。
軍関連じゃねぇのに赤がトップ取ってるから一時期までピリピリしてたのに、急に静まったからなんだと思ってたけど、そっか休んでたなら納得がいく。
「どっちが仕掛けたんだ……って紫に決まってるか」
「さすが分かってるねー、平民の二番目に期待の星くん。もちろん、紫系のシュリーマン様から申し込んでましたよ。先輩らの雪辱を晴らすのと、来年入る公爵家の子息方に面目が立つようにってさ」
おお、紫はプライドが高いっつーか、真面目というか。そうだよな、さすがに赤がトップはまずいもんな。
あと、紫系の連中は公爵子息のヴァルファ様信者だから、余計に現状をそのままにしておくのはまずいのだろう。
「赤はよく受けたな。内容は何だ?」
「剣だってさ。相手が降参するまで。ただし使う剣は持参、剣以外での攻撃は禁止」
「へー、剣も得意なのかな二年首席」
首席はAクラスの更に上のSクラスのトップなんだが、そのクラス決めって、入学試験や進級試験でのペーパーテストで決まるんだよな。さすがに運動能力が皆無は入れねぇみたいだけど。
そんなんだから、一年は実技で一番のオリス様はBクラスだ。
なんで、実技でクラス決めしねぇんだって思うけど、昔の紫系のトップが上がバカじゃ下を死なせると言ったらしい。
確かに間違ってねぇんだが、その心意気をあの変な校則にも反映して欲しかった。
「さあ、知らなーい」
「まあ、そうだよな。逆になんでそこまでは知ってたんだよ」
「盗み聞きした」
どうりで平民なのに情報が早くて細かいと思った。多分、この中じゃ一番貴族の事情に詳しいのはクラスの関係もあってオレなのにそれより早かったし。
「めっちゃ、ギスギスしてた」
「そりゃ、随分と恐ろしいことで」
「木の上で昼寝なんてするんじゃなかったって後悔した」
目が覚めたら大貴族様がばちばちやってたのか、そりゃ勘弁だわ。心臓に悪い。
「でさぁ、カイくぅん」
「猫なで声出すな気持ち悪ぃ。なんだよ」
「いつもの、あれやんない?」
「あ? 賭けの胴元のことか今回はやんねぇよ」
「「「うそおおおおおおっ‼︎」」」
談話室が壊れるんじゃねぇかって程、周りが叫ぶ。
「うっせぇよ! なんだよ、そんなにおかしいかよ! オレをなんだと思ってやがる!」
「がめつい奴」
「金の亡者だろ」
「お金至上主義者」
「金に執着しないカイなんてこの世に存在しない」
「だよな」
そうやって笑えば、皆が崩れ落ちる。
「そこは否定するんだよ」って声も聞こえるけど、事実は事実。




