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18 まさかの



 本をオレは読んでた。虹色が表紙の本だ。


 エルの妹分のフェイスちゃんが家にある本を適当に貸してくれたのだ。結構たくさんの本を持っているらしく、この前別れる時に「あ、じゃあ適当に貸しますよ」と貸してくれたのだ。


 あと、ついでにその刺繍技術で作ったものをオレを通して売ってくれるそうなので、この休みに得たものは大きかった。


 酒場を出た後、みんなで一緒に王都を巡った。買い食いしたり、パレード見たり、射的やったりして随分とはしゃいだ。エルも流石に疲れたのか、夕方になる前に先に帰ってった。オレも家族のところに行った後、寮にも帰らず商隊の荷車で寝たら、翌日の休みは寮で反省文を書かされた。


 今日は連休最終日の真昼間。オレはハノとサドマと一緒に寮の部屋で本を読んでた。なんでこの二人がここにいるのかは分からねぇけど。それでも寮生の大半が出かけてる今は静かだし、読書に最適だ。


 で、このフェイスちゃんが貸してくれたこの本って、狙ってオレに貸したのかなと思わず疑ってしまう。

 

 内容は物語とかそういうものでもないし、かといって経済書でも無かった。不思議な価値観が載った本だった。


 レズビアン、女で女を恋愛的に好きな人。ゲイ、男で男を恋愛的に好きな人。バイセクシャル、男女問わずに恋愛的に好きになる人。トランスジェンダー、体の性別と心の性別が一致しない人。


 他にも恋愛感情がないアセクシャルに、自分の性別を決めかねているクエスチョニング、どちらの性別も持つ両性に、性別を持たない無性など、聞いたことのない言葉がたくさん載ってた。


 最後のページを確認してみれば、思った通り雫のマークがあったものだから、なんつー本を持ってるんだと恐縮したものだ。


 雫のマークがある本ってのは、この国が出来るどころか、人類から消された歴史の時代のものを現代語に訳したものだ。


 普通、こういう本ってのは神殿で保管しておくもんだが、それを平民の女の子が持ってるっておかしいだろ。そもそも、本があんなたくさん持ってる時点でおかしいんだけどな。


 お金がないとかエルが前言ってたけど、嘘だろ。


 つーか、雫マークのものは初めて読んだけど。内容や概念が今の時代とずれてて不思議だ。


 心の性別とか最初見た時思わず首を傾げてしまった。まあ、読んでいくうちに少しは理解できたけど。


 逆に男を好きな男は身に覚えが散々あったので、結構読み込んだ。あと、興味深かったのは男女問わずに恋愛感情を持てる奴。


 で、思ったことだけど、大体オレに告白してくる奴は性欲が有り余って勘違いした奴とガチでオレのことを好きな奴が半々ってことだ。

 今までわりとあっさりと引いていく奴は血迷ったんだなドンマイと思ってたけど、もしかして結構真剣にカミングアウトしたのをオレがあっさりと振るもんだから、呆然としてたんだろう。


 いや、なんかすげぇ申し訳ないことした気がする。オレとしては強要してこない奴のことは嫌いじゃない。強要してくる奴や冗談で言う奴はマジふざけんなだけど。


 一部のトラウマ級の奴の所為で、そういう奴ら全員に結構キツめの態度取ってたから、ほんと申し訳ない。エルに会う前はストレスもたまって荒んでたから特に。

 でも、ごめん。どうしても体が先に動いて、逃げるなり殴るなりしちまうんだ。


「なあ」

「んだよ、くそ兄貴」

「なーに?」

「好きな奴に告白したら、逃げられたり、殴られたりしたらお前、どう思う」

「そんな女、お願い下げだって嫌いになる」

「ショックでご飯食べられなくなる!」


 どうかハノみたいな反応であってくれ!

 嫌われるのはあまり望ましくないが、オレの行動の所為で心に深い傷を負ってしまうのはもっと問題だ。


「なに、兄貴それやったの?」

「あー、おう」

「何人?」

「三十とあと少し」

「ひでぇな」

「こちとらそれは分かってるし、でも拒絶反応でちまうんだよ」


 てか、どんだけオレは男にモテるんだ! なんかやったっけ?


「カイは良い子だからねー、モテモテー」

「今の流れで良い子ってよく言えるな」


 オレのベッドの上でローブを脱いで、寝っ転がって尻尾と耳を動かしているサドマはマイペースっつーか人の話聞いてんのか聞いてないんだか……あと、ベッドがお前の所為で毛だらけになる。


「だって、流石に最初の数人で男の子好きじゃないのみんな分かるじゃん!」

「え? でも最近何故か増えたぞ……あ、でも最近みんな変なこと最後に言うけどな」

「変なことって何だよ」

「『そうですよね。最愛の相手に一途ですもんね。そう言う真っ直ぐなところが好きだったんです。どうかお幸せに!』って最新のは言われた。いや、誰と幸せになるんだよ!」


 その言葉にハノはオレと同様、首を傾げた後、数秒の後に何か気づいたのか「あ!」と言った。


「なんだよ」

「兄貴ぃ、エルさんといつもどんくらい一緒にいる?」

「お昼ご飯は一緒に食べて、放課後は迎えに行って二人でエルやオレの予定が合えば遊びにいく」


 あの貴族の件以来はずっと迎えに行ってる。いやだってほんとあいつ危なっかしいんだよ。犠牲者は二度とださせねぇよ。


「あー、それだよ。それ」

「は?」

「誰と幸せにって、多分エルさんとだよ」

「へー……はああああああああああ⁉︎ いやいやいや、まてまてまて、それはおかしいだろ⁉︎」

「兄貴、うっせぇ」


 いやいやいや、うるさいも何も。どうすればオレやエルがそう言う意味で幸せになるんだよ! どっちもそういう系拒否してる側の奴じゃねぇか!


「どうすりゃ、そうなんだよ」

「兄貴が甲斐甲斐しくし過ぎなんだよ。迎えに行くってそりゃなんだ」


 いや、確かに冷静に考えてみればおかしいかもしれねぇよ。

 だけど、オレらにとってそれらは自衛手段であって仕方ないんだよ……だから、その残念なものを見る目でみんな。


「そうしないと、オレとエルの貞操が危ねぇんだよ」

「うへぇ、悲しい世界」

「うるせぇよ!」


 哀れんだ目で最後にオレを見て、ハノは部屋から出て行った。


 パタンと閉まるドアの音がなんとも言えない。


 おまっ、今日が最終日だっていうのに、最後に「またな」とか「元気でな」とかじゃなくて、兄の現状を憐れむってどういうことだよ!


 ちなみにうちのハノもここに入れば狙われそうな見た目してんだからな! 男なのに貞操守るのに必死とか自分でもおかしいのは流石に分かってるし!


「なんで、カイはエルくんじゃダメなの?」


 こいつはこいつで多分、ついて行けてない。マイペースにも程があるだろ。


「いや、ダメも何もオレは女の子が恋愛対象だから」

「なら、問題ないね」


 そうサドマはベッドから起き上がって、あぐらをかいて座る。


 その際、一旦腰が浮かすのはのは尻尾を敷いて座ると痛いから、注意しているらしい。フサフサで触ると気持ちいい尻尾だが、冬の暖以外にあまり使えないらしい。


「いや、あるだろ。エルは男だぞ」

「? エルくんは女の子だよ」


 灰色の瞳をまん丸にしてサドマは首を傾げる。


 ふさふさの尻尾も首と一緒に傾いている。黒い肌に灰色っていつ見ても不思議な組み合わせだよな。そして、こいつまだ勘違いしてたのか……。命が惜しいならその発言は慎むべきだぞ。


「いや、確かに見た目は女っぽいけど、それ言うとブチギレられるぞ」

「? 見た目も何も女の子だよ」

「いや、確かにそう見えるけど冗談は大概にしとけって」


 下手にエルの逆鱗に触れたくないしな、サドマだけじゃなくオレまで巻き込まれそうだ。誤解は解いておかなければ。


「エルくんは女の子だよ! いつまでその遊び続けてんの?」

「遊びって、なんだ?」


 ぷくぅとサドマが頰を膨らませるが、オレには全く身に覚えがない。


「え? エルくんを男の子だって偽って遊んでたんじゃないの?」

「違うけど、なんで?」


 どんな遊びだよ。そもそもエルは男だし前提条件が成り立ってねぇっつーの。


「だってエルくん女の子なのに、カイが男だって言うんだもの」

「へー……え? いや、だからエルは男だぞ」


 は、話がさっきから噛み合ってない。不思議そうな顔すんな! オレこそしたいわ!


「ううん。匂いが女の子の奴だったよ。エルくんは男の子じゃないよ。だから最初に言ったじゃん。可愛い彼女さんだねーって」


 そう言えばサドマは匂いで人を判断するな、性別も年齢も職業も性格も。


「いやでも、その後オレが言ったら納得してたじゃん」

「そういう遊びをしてるんだったら、のらないと行けないじゃん! え、なに、カイは気づいてなかったの?」

「気づいてなかったも何もあいつは男だろ。だって、ここって看護科以外は男子しかいねぇんだぞ、流石にそりゃないって。バレるだろ」


 と言ったあと、オレはあることに気づく。


 オレ、エルが男だって確実に断言できる場面に出くわしてなくね?


 エルって、あんま脱ぎたがらねぇよな。男しかいないとすぐにみんな上半身裸になったりするけど、エルはそういうことしねぇな。季節もあるだろうけど、基本長袖でオーバーサイズだし。服装以外に、体は筋トレしてる割に筋肉ねぇよな。襲われそうになった時も衣服は乱れてなかったし。あと、顔は美人だし、体は小さくはねぇが色々細ぇし、声は中性的だし、あんれぇ……おかしいぞ。


「あれ? あいつって……女?」

「だから、さっきからそう言ってるじゃん! 匂いの種類的に女の子だよ」

「嘘だろおおおおおおおお⁉︎」


 どどど、どういうこと⁉︎


 え、だってあいつ自分で男って散々言ってたし、女扱いされるとブチギレてたし。え、なに? 男装女子なのか⁉︎


 いやいやいや、でもそれだったら女みたいって言われて嫌そうにしないよな、ギクリとするとかなら分かるけど……でも、サドマの嗅覚は犬だから匂いの嗅ぎ分けで失敗するなんてことなさそうだし。


「どういうことだよ⁉︎」


 頭の中がぐちゃぐちゃだ。いや流石に男だろって思う自分と、でもサドマが言うし男である確証もないから女って疑う自分がいる。


 オレとは逆にサドマは自信を持っているようだ。


「カイ知らなかったの? 鈍ちんだね! あ、でも雰囲気は男の子だね」


 そう無邪気にサドマが笑うが、今はそれどころじゃねぇ!


 オレが鈍い云々はどうでもいいんだ。

 問題は男だと思っていた友人が女かもしれないことだ。普通、友達の性別を疑うなんてことねぇし!


 お、落ち着けオレ! 落ち着いて考えるんだ!


 名前はエルラフリートだから男性名だし、喧嘩は力技じゃねぇけどバカ強い。剣の試験もA。結構暴力的な思考回路をしていて、重度のシスコンブラコン。勉強も良く出来て、平民じゃ圧倒的に頭が良い。可愛いとか、女扱いされるのが大嫌いでそこら辺のリミッターも緩い。これだけあげてみれば、別に男だ。


 つーか、このハイスペックさで女だったら、エルより下位の全員の男のプライドというプライドがぶっ壊される気がする。流石、男尊女子社会。かくいうオレにもエルに勝てるもんがあるか分からねぇ、え、常識とかか?


 だが、顔や体つきは筋トレしていてもどこか線が細いし、声質も息を呑むほどの綺麗さ。

 季節のせいもあるが服装は常に長袖に長ズボン。微笑むその姿は聖母のようと一部の男子が称していた。ふわふわで危なっかしい感じで男臭さはあまりなく、下ネタなどにはあまり加わらない。動きにガサツさはあまりなく、優美と印象を受けることもある。こうすると、女と言われてもしっくり来る。


 つーか前者と後者の落差がでけぇ、別人かよ。


 第一、サドマは嘘を吐くような奴じゃねぇしな。


 嗅覚も相当なもんだし、勘違いの可能性は低いんだが……今だに信じられねぇのは先入観と常識それに加えてエルを女だと主張するのがサドマしかいねぇ点だ。女だったらもう少しボロが出てもおかしくねぇとも思うんだよ。


 つーか、エルって結構謎だらけの癖して探ろうとする奴が少ねぇんだよな。途中編入の理由とか聞く奴を見たことがねぇ。普通聞くだろ。

 でもあいつの前に立つとそういう疑問も全部吹き飛んじゃうんだろうな。ただ、エルがそこにいるならもう満足してしまったように硬直して、碌に話さず去っていく。


 オレ以外によく話してる相手はレトガー侯爵家のご兄弟だと思う。他はどうもエル相手だと緊張してしまうらしい。慣れるとめんどくさい奴ではあるけど、緊張するような相手じゃねぇって分かるけどな。ただの過激なブラコンシスコンだぞ。


 そういえば、エルのクラスメイトのレトガー様はオレにエルのことを聞いてきたことがあるな。ああ、でもそりゃ今回の件とは関係ねぇ話だったな。


 え、まじオレどうしよう?


 真偽は問わず普通に気になってしょうがねぇ。

 放っておくには気になる要素が多いし、かといって女か聞いたらボコられる気がする。せめて、誰かと相談したいものだが、目の前のサドマは相談相手に向いてねぇし、さっき出て行ったハノに相談したって向こうも困惑するだけだし。


 え? マジでどうすりゃいいんだ。


 明日は学校、エルと思い切り会うというのに、エルラフリート・ジングフォーゲル女疑惑が出てるんだけど。


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