鍵2 雑種の少年は生きる
商隊の一員、サドマくんの視点です。
人間からは嫌な臭いがする。
でも、もうそれは嗅ぎ慣れてて、当たり前となっていた。生まれてから今日まで嫌な臭いはおいら達、雑種に絡んで離れない。
おっかちゃんは、犬と人間、半分ずつの雑種だった。おとっちゃんは知らない。そういう子は多かった。だって、雑種だから。
おっかちゃんはおいらがメスじゃなくて良かったと言っていた。
多分、そういうことなのだろう。人間とも人間じゃないとも言えない、おいら達雑種なんて良い扱いなんてされない。たまに、気まぐれで手を出されても、そんなの向こうからしてみれば遊びだ。それでも、おっかちゃんはおいらを大事にしてくれた。
普通の人間はおいらの尻尾や耳、肌の所々にある獣の毛を、中途半端で醜いと散々言ってきたが、おいらはそれが好きだった。
おっかちゃんと同じ、灰色のそれが大好きだった。
昼は暑かったけど、夜はとても冷え込んだので雑種仲間で集まって寝たものだ。その時、おいらや母ちゃん尻尾があったかいってみんな喜んでいた。特に、変温動物の雑種は体温が下がっちゃうから喜んでた。
おいら達がいた国は人間が奴隷として使われない。
だけれど、雑種はどうだろうか? 半端な存在、異様な存在のおいら達は果たして、奴らは人間と思ってくれる のだろうか? 答えは否だった。
こき使うのは当たり前、戦争や内乱には最前線でろくに装備を与えられずに戦わされた。
おいらのおっかちゃんなんて酷い死に方で、第一王子が発案した狩ゲームで殺された挙句、どっかのお偉いさんの家で、その尻尾が今でも飾られているらしい。
皇帝が雑種に子供を産ませたなんて聞いたから、ちょっとは良くなるかなと思ってたらそんなことになった。
皇帝の子を産んだ雑種も第一皇子に嬲り殺しにされたらしい。
仲間の雑種はどんどん死んでった。天寿を全うとして死んだ奴なんて一人もいない。
毎日毎日、辛くて怖くて、仲間の死も悲しかったけれど、それより自分の身がいつああなるか怖かった。
所詮、雑種は雑種、人間は人間、別の生き物だった。雑種は雑種を大切にするけど、人間にとって雑種なんてただの道具。
酷いとかもその内、思わなくなった。
だっておいらにとって人間はおいら達をそう扱うものだから。おいら達の価値なんて最初からなくて、紙切れと同然だって知ってた。
それでも、おいら達はどこまでも動物で生存本能に従って生きてた。
自ら命を絶つものは少なかった。だって、先に死んじゃったみんなに「おいらは諦めて死んだの」なんて言えない。みんな生きたかったんだ。だからおいらは自分ができる限り生きなきゃいけないんだ。
敵意や悪意を向けてくる人間からは嫌な臭いがする。仲間の雑種達からは良い匂いがする。個人差もあって、人間の臭いのキツい奴には近づかないようにした。
だけど、やっぱダメだった。お金持ちの人間の女の子が突然「雑種って餓死したら毛皮だけ残ったりするのかしら?」って言って、おいら達をなんにもないところに縛って放置した。
お腹減った。水が欲しい。みんな、死んじゃった。悲しい。でも泣けない。泣いたら水がなくなって死んじゃう。昼は暑くて干からびそうだし、夜は寒くて凍っちゃいそう。お日様が何度か沈んで登った。
おいら、死ぬんだ。
***
目が覚めたら良い匂いがした。
おっかちゃんや仲間がたくさんいた時と同じ良い匂いだ。おいら、死んだ後の世界に来たのかな? だから、良い匂いがしたのかな?
起き上がって、あたりをみれば見慣れない光景。一面砂しか目の前に無かったのに、どっかの荷車の中にいる。しかも木でできてる。やっぱ死んじゃったのかな? 綺麗な布が布団みたいにかけられてたし。
そう、思ったら足音が聞こえた。先に逝ったみんなかなと思ったら違った。
おいらより薄い色の肌に藍色の瞳と茶色がかった黒髪の子供。多分、おいらより年下の人間と目が合う。
ニンゲン、その事に一瞬背筋が凍ったけれど、良い匂いの発生源が彼なので、それより驚きの方がいっぱいだった。
「//#))¥;‼︎」
そう叫ぶと彼はこっちにやってきた。正直言って怖い。でも、少年の顔が嫌な感じじゃない嬉しそうな笑顔をしてたから、身を守る行動は取らなかった。
何を言ってたのか、分かんなかった。でも、悪い感じはしなかった。むしろ、とっても良い匂いがした。
良い匂いがする人間に、おいらは生まれて初めて出会った。
***
数日経って理解したのは、おいらはまだ死んでない事。あの子供やその仲間が死にかけのおいらを助けてくれたこと。あの子供の周りにいる人間は良い匂いがすること。優しいこと、ご飯や水をあたえてくれたこと。死んじゃったみんなを弔ってくれたこと。
お墓を前に、良い匂いがする人たちは頭を下げていた。あの子供ともう一人兄弟らしきさらに幼い子供が泣いていた。
なんで、謝るんだろう? おいら、とっても嬉しいよ。
今まで誰もおいら達を弔ってくれる人なんていなかったから。死んだ後に毛皮や尻尾も取られて飾られないなんて、とってもラッキーなんだよ。あの女の子の思い通りにならなくて、おいらとっても感謝してるんだ。
子供二人はおいらが泣かなかった分、泣いてくれてありがとう。優しいな、おいら達の為に人間が泣いてくれるなんて思わなかった。
ああ、おっかちゃんにみんな、人間でも良い人達、おいら見つけたよ。
おいら、生きてるよ。
***
言語圏が違ったせいでなかなか意思疎通が難しかったけど、言葉を理解する前に分かったことがあった。
商隊のみんなはお人好しだ。
だから、おいらみたいな雑種も助けたんだろうけど、それにしてもお人好しすぎる。
しょっちゅう、怪しい人拾っちゃうもんだから最初はビビった。たまに嫌な臭いがする奴も拾っちゃうから、最初の方は「危ないよ!」って全力で教えてたんだけど、中にはそういう嫌な奴が商隊のみんなに感化されて匂いも変化していったから凄かった。
ほんと、生まれた時からの性質だったら、流石に直らないけれど。ちょっとの歪みだったら商隊のみんなは正しちゃう。
ほんと、凄いや。だから、おいらも少しくらい悪い臭いのやつなら「ようこそ、新しい自分に会えるよ!」とか思いながら迎えるようになった。
おいらなんて特に雑種だから敵意向けられやすいんだけどね。少し経てば慣れてくれるし、いいや。
あ、でもおいらが町や村で石をぶつけられた時、みんなすごく怒ってたな。
おいらはこんくらいならへっちゃらなのに。石だったら打ち所悪くなければ、全然問題ないもん!
***
「違ぇよ! 学校の友達! 男!」
そうやってカイにちんぷんかんぷんな紹介をされたエルくんのにおいはとっても不思議だった。あと、ちょっと怖い臭いもした。良い匂いもするけどね。変なの。すっごく変なの。
でも、大丈夫だきっと。だってエルくんの隣には、おいらが最初に出会った良い人間、カイがいるもんね!




