中途半端な存在2
綺麗だとか、美人だとか、カラビト様のようだとか、今まで何十回、何百回、何千回と言われてきた。
その度に軽く流したり、礼を言ったり、否定するけれど、何故みんなぼくみたいな奴をそう言うのだろうか?
城下町の噴水のある広場で、妹や弟、友人や友人の弟に、商隊の雑種の従業員が楽しそうに話している。酒場を出た後に一緒に町を巡って、疲れたから休憩してるのだ。さっきフェイスが本を貸す話を切り出してたから、おそらくその続きを話している。
ぼくはと言えば、人数分の屋台料理を買ってきたのだが、なんとなくその空間に入るのが躊躇われて、遠く離れた小道の陰でそれを見つめていた。
綺麗だな。
フェイスやロキはもちろんのこと、学校に編入して出来た友人も、凄く心が綺麗な人だった。
そして、その周りに集まるのもやっぱ綺麗な存在なんだなと、弟だと紹介された年下の子供と雑種と呼ばれる種族の男を見て改めて思った。
素直で真っ直ぐで、自分に嘘をつかなければ、誰かを傷つけたりもしない。むしろ誰かを救おうと手を差し伸ばす彼らは本当に綺麗な存在だった。
どうして世の中の人の目は節穴なんだろう。ぼくなんかよりよっぽど彼らの方が綺麗なのに何故、ぼくの方を欲しがる人間が多いのだろう。みんなきっとぼくの中身を知ったら逃げて行ってしまうのに。
ああ、でもいいか。お陰で悪い輩もぼくの方にかかって向こうの綺麗な方には行けなくなるんだし。悪いものは悪いものは同士で解決するのが一番だ。だから、彼らは何も知らずにいてくれれば良い。
なのにどうして、みんなぼくのことを知ろうとするのかな?
そもそも彼らのように綺麗な存在がぼくと一緒にいてくれるのも訳が分からないし、心配かけられる資格なんてぼくにはとうになくなっているのに。
『友達や知り合いの心配するなんて、こっちの勝手なんだよバカが』
勝手と言われてもぼくは困る。心配って言うことはぼくの行動に心を割くことだ。駄目だよ、君みたいな綺麗な子はこちらに関わっては駄目だ。
そう駄目だと思ってるけど、それでもやっぱ友達としてぼくを扱ってくれる彼の気持ちが嬉しかった。
ぼくはとんでもない甘ったれだ。本来なら心の距離をもう少し取らなければいけないのに、それが出来ない。
汚くて醜い存在なのに綺麗で美しい存在に焦がれてしまう。
陰から出て向こうに行こうとした時、
「「エルラフリート・ジングフォーゲル」」
聞きなれた声がした。思わず、買い物袋を落としてしまう。
せっかく買った物が潰れた音がしたが、そんなの今はどうでもいい。
彼らではない。だって彼らは向こうにいるから。
そしてぼくはこの二つの声を知っていた。
彼らと出会う前から知ってる声、ぼくにこの名前をくれた二人の声だった。
「なんでしょうか?」
振り向きもせずに二人にそう聞く。
「まだ、二人に執着しているの? いい加減諦めればいいのにぃ」
「それどころか、増えてないか?」
呆れた二つの声。
「別に今まで問題は起きてないので、口は出さないで下さい。あと、増えていません。あの三人は無関係です」
「確かに問題は起きてないけど、無駄に労力割いてるなって思うよぉ。監視なんて面倒なことをせずに殺した方が早いのにぃ」
「俺は別に三人とは言ってない。つまり、三人なのか」
しまった。無駄な情報を言ってしまった自分を少し後悔する。
そして、相変わらずこの二人はあの姉弟を消すことを提案してくる。それがぼくの神経を逆撫でてることが分からないのか。
「罪の無い一般人を手にかけるのはぼくらの仕事ではないでしょう? 監視で済むならそれでいいじゃないですか。あとあの三人はただの一般人です」
「確かに俺らはむやみやたらに手をかけたりしないが、正義の味方でもない。罪がなくとも疑わしい、又は危険分子となる要素がある者は消すのが効率がいい。それが分からない程、お前は馬鹿じゃない筈だ」
「自分でやりたくないなら、俺と兄上でまとめて五人やってあげるよぉ」
軽い調子で放たれた言葉に頭が沸騰する。
思わず振り向いて胸倉を掴む、
「やめて下さい! ……仕事はちゃんとこなしていますし、あの子達の監視はちゃんと行ってます。それに残りの三人は何も問題がない。危険性は全くないのに消す必要はないでしょう」
「………………相変わらずだねぇ」
胸倉を掴まれた一個年上の少年は、同じ赤茶のくせっ毛を短く切っている。吊り上がった赤い目は酷薄な光を宿しているのもいつも通りだった。左耳にはピンク色のピアスをしている。
「デアーグ。まあ約束は約束だ。本人にやめる意思がないならそのままにしておけ。エルラフリートも手を離してやれ……そう、いい子だ。あとデアーグ、残りの三人は本当に一般人だ。リストに載っていない。無駄に血を流す必要はないだろう?」
もう一人の少年、いや青年が少年を制するのを見て胸を撫で下ろす。
左耳についているのは赤のピアス。髪の毛は赤茶だがぼくやデアーグよりはクセが少ない。
「一般人に擬態する為には、一般人といる必要があるからな。設定で友達がいないと不自然になるだろう。そうだろう?」
無表情で放たれたその言葉で心臓が凍る。一応疑問符のつくイントネーションで聞かれたが、これはただの事実確認だ。
「は……い」
ああ……そっか、そうだよね。
ぼくはきっと無意識のうちに自分を擬態する為にカイに近ずいたんだ。あ、あーあ、カイも可哀想にぼくみたいな奴に利用されて。
「なるほどぉ、兄上は流石ですね。エルラフリートもよく考えたじゃん」
褒めるように撫でられる。ぼくはされるがままだった。
自分の醜さにまた直面して喜べる訳ないし、かといって払いのけるほど、ぼくには抵抗心がなかった。
「お前は俺達側の人間だからな」
彼は自身の右目すぐ下の傷に触る。ぼくがあの火事の日につけた傷だ。
ズシンと心に重荷が落とされたようだった。でもこれは前から分かってる事実だ。今更、ショックを受けてるなんて、最近甘ったれてた証拠だ。
「丁度、用事があるから寄ったがいつも通りで良かった。これからも職務を全うとしろ。……出来なくなったら、俺のところに来て本来の名前を名乗れ」
「そ、それは嫌です!」
「職務を全うとしていればそのままでいいと言ってるんだ。これでも妥協してやっている」
「……すいません。フェンリール様がかなり譲歩して下さっているのは存じてます」
本来の名前というのを拒絶するあまり反応してしまったのだ。
この二人はあの向こう側の人間だが、まだぼくに優しい方だ。結構、ぼくのために取り計らってくれているのも知っている。でもやっぱり向こう側の人間だ。認めた者以外の存在の軽さが半端ない。そしてそれはぼくにも言えたことだ。
「あと、デアーグもそちらにそろそろ復活する」
「バカのせいで俺までとばっちり食らってたんだよねぇ。なんか騒いでんのは聞こえたけどそういうプレイだと思ったから放っておいたのに、止めなかったとか言われて制裁食らってさ。あー、だから女って嫌い! そもそもそっちの配下がやらかしたんだから、管理不足なのが悪いんだよ」
思わず体がびくりと震える。
「どうしたの? 俺はエルラフリートには怒ってないよぉ。だって女じゃないでしょぉ?」
「いえ、学校で性的暴行を受けた男子生徒が二個上に居たと聞いたもので」
「あー、そういうことね。どんなふうに聞いた?」
「黄系の貴族に平民の二個上の先輩が暴行され、黄色の公爵令嬢が制裁を食らわしたと。暴行した生徒は制裁を食らって退学、暴行された生徒は心理的傷を負って退学ですね」
カイから聞いた話を簡潔に話す。カイの場合その都度感情論が入っていたけれど、そんなものを目の前の人物は欲していない。
「ふーん。そういうことになってるんだぁ。黄色の公爵令嬢が偉いみたいきこえるね。そんなに人気稼ぎしたいのかな、あーヤダヤダ。ほんと女ってヤダ。ちなみに俺の名前は出てた?」
「いいえ、出てませんでしたよ」
「ならまあ、マシかな。もし悪い噂流れてたら発生源ぶっ潰してたよ。ったく、あの女、公爵令嬢じゃなかったらぶっ殺すのに」
相変わらずの女嫌いだ。フェンリールの方は何も言わないが、多分変わってない。
ぼくは別に女嫌いじゃない。世の中には善人も悪人もいるけれど、それは性別で判断できるほど単純じゃないから……まあ言わないけど。
「エルラフリートは大丈夫か?」
「あ、それねぇ。俺でさえ変な話持ちかけられるのに、そっちは平民ってことだし大丈夫?」
「別に問題はありません」
何かあると言えば、この二人は黙ってない。
強姦なんて目論む奴は制裁を食うべきだとは思うが、未遂だったのに死人は流石に出したくない。
去勢だったらしてもいいけど。クズに子供を産む資格も、男でいる資格もない。まあ、それもぼくが相手の上、ぼくは無傷だしいいか。
「またまた嘘ついちゃってぇ、上が配下の子息を退学させたの俺が知らない訳ないよね」
まずった。連絡がいってるなんて当たり前のことなのに。下手に嘘を吐くんじゃなかった。
「未遂の上、傷一つなかったので大したことないかと……」
「ふーん。歌ったの?」
「はい」
「最低でも骨折るくらいしとけばよかったのにぃ。優しいねぇ」
「ぼくは平民ですよ。下手に騒ぎは起こせません」
「面倒だねぇ。ね、兄上。エルは甘いから俺たちで制裁加えますぅ?」
そうやって、黙り込んでるフェンリールに声をかける。声をかけられた当人は、眉間に思い切り皺が寄っている。
「お前、他にも被害あってるんじゃないだろうな」
「それはご心配なく。緑の侯爵家のクラスメイトがその手の行為を酷く嫌ってる上、ぼくは彼に気に入られているので」
「脳筋緑の子息を味方にしたんだぁ、それは効き目ありそうだね」
「確かにそうだが……お前、何度かあっちの姿見られてるんじゃないか? お前の年の緑の侯爵家、しかもAクラスなんて、レトガー家の次男だろう?」
「流石に、あれだけ違えば気づかれないでしょう? それにバレたとしても、同格の方は潰せないでしょう?」
緑はその脳筋さゆえに貴族の癖して綺麗な子が多い。
テレル・ドロッセル・レトガーはその中でも群を抜いて心が綺麗だ。多少の偏見やプライドが高いところはあるけど、理不尽な真似はしない。こちらのリストに載るようなヤバイ真似もしてないし、消えてはいけない人物だと思う。
それが、ぼくの所為でこの二人に狙われるなんてことにはなって欲しくない。貴族の中でも緑の中で被害を出すのはなるべくなら避けたい。ましてやレトガー家はある優しい方とも繋がりがある。
「そうだな。レトガー家は十六ある侯爵家の中でも一番手が出しにくい。多分、侯爵家の中で一番権勢を誇っているのがあそこだろうな……でもなエルラフリート、俺は来年から上に養子入りする。だからくれぐれもバレないように気をつけろ。被害は少ない方がいいだろう?」
驚きで心臓が止まりそうになる。赤いその瞳には嘘なんてついてる様子が一切ない。真実だということを実感させられるばかりだ。
そっか、だから赤のピアスをつけてたんだ。前はピンクだったのに。
「俺としては今更だけどねぇ。公爵家に子供がいないし、公爵の弟は全員死亡済み。妹二人も無能。だったら甥で優秀な兄上が次期当主になるなんて分かりきってたのに、上も何を渋ってたのかなぁ」
「滅多なことを言うな。上には上なりの考えがある。でもまあ、これでエルラフリートのことも多少口利きが出来る」
口利き、その言葉に体が震えそうになるのを必死に耐える。この二人の機嫌を損ねていいことなんてない。
冷たい二つの白い手が頰を触れる。見つめてくる四つの瞳は全て赤。
「「だから帰っておいで」」
嫌だ。
嫌だ。ぼくは平民だ。あの子達の兄だ。まだまだ、それどころか一生そのままがいいよ。ぼくは、ぼくはっ。
頭の中でけたたましく不快感が騒ぎ立てる。
「そんな顔をするな。じゃあ、二十才の誕生日までは自由をやる。あと、多少の我儘は聞いてやるぞ」
分かってる。
向こうもかなり譲歩してくれてるんだって、むしろ結構いい待遇を提案してくれてるのも分かってる。
だけどさ、やっぱ心が悲鳴を上げてるんだ。胸が苦しい、頭が痛い、足がすくむ。
「また今度な、気をつけるんだぞ」
「学校でまたねぇ。あと、手出ししてきた奴に中途半端な仕返ししか出来ないなら、俺が代わりに全部ぶっ殺してあげるねぇ」
去っていこうとする二人の外套を掴む。
力は大して入らなかったが、それでも二人は気づいてくれた。
どうしたと顔を覗き込んできた二人に、ぼくは問いかける。
「ぼくは一体、なんになるんですか?」
その問いに二人はどうしてそんな分かりきったことを聞くんだと、不思議そうに瞬きをした後、答えた。
答えが良いものじゃない事なんて分かってた。でも、その答えはぼくを思ったより傷つけた。
去っていく二人の後ろでぼくはへたり込む。全身から力が抜ける。
ああ、結局ぼくはなりたいものになれないんだ。
二十歳までの六年間、ぼくはどれだけ、何をできるだろうか。
なんにせよもう決まってしまった。
平民の少年、エルラフリート・ジングフォーゲルは二十歳の誕生日にこの世から消える。




