2 戸惑い
「カイの言っていたことよく分かったよ」
翌日の朝、わざわざCクラスの教室に来て彼はそう言った。まだ1日しか経ってないのに随分とまぁ手早い奴がいたものだと、感心と若干の呆れを感じながらも席を立ってエルのもとへ行く。
「何を言われた?」
「『貴様、オレのものにならないか?』って」
「貴族みたいだな、断れたのか?」
「『申し訳ありませんがお断りします』って返したら、『ふん、諦めないからな。今にお前から尻尾振ってくるに違いない』とか言ってたね」
彼はそう溜息を吐くが、オレとしては予想の範疇だったのでさして動揺しなかった。まあ、向こうもそこまで動揺してないみたいだけど。オレなんて情けないことに、初めて男に告白された時はパニック起こして半泣きになったからな。
「まあ、まだマシかな。疑問形で聞いてくるところまだ優しい。命令形の奴は更に面倒だぞ。で、そいつの位は? 4つの内、どの系統の家か?」
「え? 確か……伯爵子息とか言ってたけど、系統は確かウアタイル家の系統だけど。それが何か?」
彼はそう白い首を傾げる。誰かがひゅうと口笛を吹くものだから、急いでエルにはバレないように視線でそいつを射抜く。
「まあ、それで全ての男爵子息、ウアタイル家系の子爵の子息からは狙われずに済むな。上が狙ってるもん、取る下はいねぇだろ」
この国の貴族は序列と系統がしっかり決められている。王家直属の四つの公爵家から貴族は四つの系統に分かれている。その1つがウアタイル家の系統、通称赤の系統。
貴族の中でも、敵わない家、直属上位の家の存在が狙ってるものに手を出すのは自殺行為だ。他にもシュトックハウゼン家の緑の系統、ハイドフェルド家の紫の系統、ディプロマティー家の黄の系統がある。配色バランス悪い気がするが、そんなん平民のオレが気にしちゃいかん。
つーか、貴族の系統、色じゃなくて、トップの公爵家の名前で言ってる。珍しーな。だけど、オレはいちいち長ったらしいの嫌いだから、そっちでは言わない。
「あ、でも赤の系統は文官学校の方にたくさんいるから、肝心の緑の系統にはあんま効果ないかもしんねぇけど」
「はい?」
訳が分からないのだろう。困惑する彼に説明することにした。
「もともと、この学校って軍のために作られている訳だから、入ってくる貴族も軍の系統の緑と紫の系統が多いんだ。で、紫の系統は規律がめちゃくちゃ厳しい上に公爵家の見目麗しいヴァルファ様が潔癖かつ純粋でな、配下の家は汚点を徹底的に排除してる。あ、女の子が好きな奴の方が断然多いのもあるけどな。だけど緑は自由奔放かつ弱肉強食だからな、そりゃやりすぎだったり外道なのは上に叩きのめされるけど、紫みたいにビシバシ躾けられてないからな。はっきり言って危険だ」
ふと、顔色を伺えば顔面蒼白だ。「うわぁ」という声も聞こえた。少し、心配だが基礎知識は大切なので更に続ける。
「でもまぁ、貴族だと黄系と赤系がやっぱ危険だ。2家のトップはここを管理してないから、何があっても学校の責任って言うし、学校の方もそっちの系統の奴らは注意しづらいからな。やり方が下衆いのもあっち側だ。でも、今年黄の公爵家令嬢が看護科に入ったから黄系は最近大人しい。となると問題は赤だが、まあ最初に声かけてきたのが穏便なやつでよかったんじゃねぇの? 残る問題は緑の系統と平民連中だけど。緑はたぶん来年まで耐えれば、来年には紫と緑の公爵家子息が来るから収まるはずだ」
「ね、ねぇ」
焦った声を出すエルにオレは反応する。
「どうした?」
「この学校って看護科に女性がいるんだよね。なのになんで……」
「校舎が別館だし、向こうから来ない限り交流できないからな。その上、貴族の坊ちゃん達は下手に女に手を出して孕ませるなんて醜聞出したくないからな。綺麗な男で発散した方が子供は出来ないしあとぐされないし、若い頃のやんちゃで済むからな」
まあ、それでもオレは男に走るのは、感覚的に理解できないけどな。嫌がってる相手を無理矢理なんて言語道断だし。
「でも1番の問題は平民の寮の連中だ。女日照りが過ぎて男に走りだす奴がいる。お前が寮じゃなくてほんっと良かったと思うぞ。オレでさえ危ないのにお前だったら食われちまう」
「え、なに……みんな男が好きなの?」
若干引きながら彼はそう聞く、
「なかにはマジもんもいるけど。ほとんどが女が居なすぎて頭がおかしくなってる奴だ。門限は早いし、女は年齢的に買えないし、買ったら即退学。付き合っててもプラトニックじゃなきゃ退学。寮に春画すらも持ち込めないんじゃそりゃ溜まるわ。このルール作った奴はたぶん男に走るだなんて考えなかったんだろうな」
「え……じゃあカイも?」
恐る恐るといったふうに聞いてきた彼に全力で首を横に降る。
「オレは女の子が好きだ。それにオレは自分の身を守るので手一杯なんだよ。なんかしんねぇけど、オレを狙ってくる物好きが結構居てよ。オレは被害者でその手のことはむしろ仇だ!」
堂々と言い切ったオレにエルは優しい眼差しを向ける
「苦労したんだね」
「おう」
なんかもう泣きそうだ。オレってなんのためにこの学校に入ったんだろう。
「………………もしさ、女の子がこっちの戦闘学科に入学したらどうなると思う」
「間違いなく食われるな。まあそんな物好きいねぇだろ。そもそも入学できんのか? って、なんでお前そんな顔、真っ青なんだよ」
「入学規定では男女の指定ないから入れるんだよ。それで、うちの妹が来年入るかも知れなくて……」
「はあああああああああ⁉︎ やめさせろ! 今すぐやめさせろ! 食われちまうぞ! ってか、なんでそんな酔狂な真似をすんだよ!」
ガクガクと襟首をつかんで揺さぶる。
どこの物好きだ。戦闘学科に入りたがる女子なんて聞いたことねぇぞ。看護学科でさえも入りたがると親御さんに反対されるのに。
「いや、ぼくもやめさせたいけど。学費とか仕事とか色々で仕方ないんだ」
「金で困ってんならとっとと嫁に行けばいいだろう」
「13じゃまだ少し早いよ。それに両親亡くなってるから嫁入り先も見つからないし……それに本人は嫁行く気全然ないし、ここに入りたがってるし……」
「おい、それは女か?」
「女の子だよ! 可愛い可愛いぼくの妹!」
「じゃあやめさせろ」
自分で思っているより低い声が出た。
「可愛いんだろ。しかもお前の妹ってことは相当美人さんなんだろ。やめろ食われちまう」
「あ、いや妹って言っても血は繋がってないんだけどね……」
「どーゆことだよ」
「正確には幼馴染かな。でも兄妹みたいに仲良いんだ」
「じゃあ、あれだ。お前がそいつ娶っちまえ、そうすれば解決だ」
13だったら法的にもギリギリ結婚できる年だ。まあ、適齢期は女の子だったら16から20、男だったら18から30だけどな。13で結婚してる奴は実際見たことねぇ。
言った後に、自分の発言が随分とぶっ飛んでることに気づくが、あちらさんは大真面目に考えて答えてくれた。
「ぼくも両親いなくて、娶れるような状況じゃないし、そもそもそういう関係になる気はお互い毛頭ないし。あの子は頑固だから入るなって言ってもきかない」
ぅう……朝から廊下で話す内容にしては重すぎる。ってかそいつもそいつだ。こんなテライケメン幼馴染といてもそんな気起きないとか頭おかしいんじゃねぇの。
「で、どうすればいいの?」
「どうもできねぇよ。大人しく食わせとけ」
「そんな見捨てられないよ」
そうだろうな。オレだって可哀想な目に遭って欲しくねぇ。でもな、無理があるんだよ。
「無理だ。女日照りの奴らだぞ。無理ぜってぇ無理。貴族様だったらなんとかなるかもしれねぇが……」
「ん? じゃあ貴族だけのクラスだったら安全かもしれないの?」
「よっぽど美人でなければな、お前の話聞く限り跳ねっ返りだから好みとはかけ離れてるし、醜聞を向こうは嫌がるしな……でも貴族だけってBクラス以上にでもならなきゃ無理だ」
そうオレが言った瞬間、エルの瞳がこれでもかというくらい輝いた。
「なら大丈夫! あの子ならAクラスどころか、主席も取れるよ!」
「はぁ? なに冗談言ってんだよ。平民最高記録はお前のAクラスだぞ」
「だって、ぼくに勉強教えてくれたのその子だし」
「……そりゃ、凄いな。だとしても無理だ。来年は公爵家の子息2人、ヴァルファ様とアルフレッド様もいるんだぞ敵わねぇよ」
「ふふ、ぼくの妹をなめないでよ」
なめないでも何も、むしろお前に勉強教えたこと信じてあげてるんだから、結構認めていると思うんだが。てか、その笑い方はやめた方がいいと思う。一部興奮する変態どもがいるから。
「ま、来年楽しみにしててよ」
「へいへい」
こいつシスコンか。