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16 それぞれの印象

 

「先程はみっともないところをお見せ致しました。カイさんにお世話になってる友人のエルラフリート・ジングフォーゲルです」

「エルラフリートの妹分のフェイス・エヴァンズです。先程はどうも稼がせて頂きました」

「ロキ・エヴァンズです。よろしくお願いします」


 そう彼らが三人続けて挨拶する。


「フェイスちゃんは初めまして。オレはカイ・キルマー、エルの友達だ。でこっちにいるのがオレの弟と商隊の一員」

「ハノ・キルマーです。不肖の兄が世話になっています」

「おいらはサドマだよ! よろしく!」


 他の奴らはあの後、仕事があるみたいで先に帰っていったので、オレ達も三人続けて挨拶する。


 サドマの奴は強制的に残した。

 あんな騒いだとは言えエルやロキくんがこいつの尻尾のこと忘れるわけねぇしな。


 酒場の親父さんは結構寛容な人なのか、ここで話をするのを許してくれた。

 エルのことも賭博の件が無ければ、普通に仲良いみたいだ。


 あの後、エルと少し話して「まあ、エルくんはフェイスちゃんが大切だもんな」とエルの凶行も実行に及ばなかったこともあって流してくれていた。優しい人で良かったな。


 でもまあ、さっきの件でよっぽど自分の身が助かったのが嬉しかったらしい。オレに無料でクッキーとお茶まで出してくれた。久しぶりのお菓子だ。


 店の奥側の六人用のテーブルにオレ達は壁側にオレ、サドマ、ハノの順番で、エル達は通路側にエル、フェイスちゃん、ロキくんの順に座ってる。

 さっきの事もあってかハノとサドマがエルの目の前にオレを座らせたんだよな。


 二人のエルの第一印象は散々だな。オレだってあんな状況で初対面だったらお近づきになり辛い。


 いや、普段は少し無茶しすぎだけど良い奴なんだぞ。弁当くれるし、愚痴聞いてくれるし、勉強教えてくれるし、良いところもいっぱいあるんだぞ。


 まあ、シスコンブラコンと知っていたオレでさえ、実際の状況とその過保護っぷりとバイオレンスぶりにはドン引いたけど。


 エルももちろんそれが分かっているのか、何も言いださない。自己紹介が終わった後の謎の沈黙を破ったのはサドマだった。


「フェイスちゃんだっけ? カズトリ上手いねー、お陰でおいらも財布がホクホク!」

 流石にエルに話しかけるのはハードルが高いみたいで、妹ちゃんに話しかけたけどな。


 でも、すげぇ、さっきあんなに賭博でオレらが言い争ってたのにそれを話題にするとか、やっぱバカだな。


「お仲間さんからはがっぽり貰いましたけどね。そもそもなんで私に賭けたんですか? 私の相手は貴方の仲間でしょう?」

「だって、フェイスちゃんの方が勝つと思ったんだもん!」

「何故? 私は子供ですし、女ですよ。向こうの方は得意そうでしたし、他の方も向こうが勝つと思ってたでしょう?」


 サドマはフェイスちゃんとうちの商隊の奴に賭ける時、一人だけフェイスちゃんに賭けたらしい。


 確かに、うちの商隊の奴もかなり強いのになんでサドマはフェイスちゃんに一人だけかけたんだろう? 他の奴らはまんまとしてやられて給料すっからかんにしてたけど。あれほど賭け事にあんまでかい金かけんなって言ったのにな。


「だって、ただ者じゃない匂いがしたんだもん!」


 エルが匂いという言葉に立ち上がろうとする。


 落ち着け、そう言う変な意味じゃねぇから。うちのは本当に匂いで判断する奴なんだってば! オレが挽回する前にフェイスちゃんがサドマに質問する。


「貴方、もしかして雑種ですか?」


 こちら側の三人の肩がびくりと跳ねる。ま、まさかサドマの正体がバレてるなんて。


 雑種というのは、人間と他の生物の血が混ざった存在だ。


 遥か昔にはそんな存在はいなかったらしいが、ある時にふと人間と動物の子供が存在し始めた。


 それをキッカケに異形の人間も増えた。サドマもその流れの奴で、犬の血が4分の1混ざってるせいで、並外れた嗅覚と犬の尻尾と耳を持ち、肌のところどころも毛皮みたいになってる。性格も非常に犬っぽい。


「う、うん。そうだけど」


 サドマが恐る恐る返答する。ビビってるのも仕方ねぇ。雑種は特殊な存在のため、サドマも散々な目に遭ってきたしな。さっき耳もあるとか言い出したりもしたけど、勢いで言ってるからな。


 人間というには異形で、動物というには人に近すぎる。

 どっちつかずで気味が悪いと遠ざけたり攻撃したりする人間もいれば、その逆で珍しい存在として飼う連中もいる。勘付いた上で何もしてこなかったわけだからヤバイことにはならねぇだろ。


「そんなに怖がらなくて大丈夫ですよ。私、雑種の方に会うの初めてじゃないですし」

「そうなの? おいらの他にもこの国に雑種いんの?」


 フェイスちゃんの態度に安心したのか、サドマが目を輝かせる。


 雑種がいるのは南のデシエルト皇国だもんな。他では滅多に見ない。サドマも元はあっちにいたし。


「いえ、もうここにはいません。今は皇国の方にいます」

「そっかぁ、残念。こっちにいたら色々助けになってあげられたのに。おいら、皇国に行きたくないから迎えにも行けない」

「皇国は雑種の扱いあんまよくありませんものね」

「そうなの、一番いるのはあっちなのに! おいらみたいなのはラッキーなの! 多分カイ達に拾われなかったら、どの国にいてもひどい目にはあってたから」


 サドマの声は明るくてハキハキしてるけど、その内容は重い。


 オレは雑種じゃねぇから、分かんねぇけど、どこに居ようがサドマの姿は人々の目に奇異に映る。商売上で町を転々としている時にサドマが姿を見た奴から罵倒されたり、石を投げられたりする場面に出くわした事もある。自分には理解できないもの、受け付けられないものの存在を知った時に取る行動として、拒絶は存在してる。


 だから、体を隠すためにローブを着せてる。姿さえ見せなければ酷いことはされないだろうと、オレらの商隊が考えた結果だ。結構上手く行ってるし、本人も納得してる。でも、やっぱそのままの自分を受け入れてくれる人がいると嬉しいらしい、ローブの下で尻尾が思い切り振られている。


「いい人に出会えて良かったですね。貴方は犬の雑種ですか?」

「うん! なんで分かったの?」

「匂いと言ってたのと、雰囲気ですかね?」

「おいら、そんなに犬っぽいかな?」

「はい」


 おお、なんか上手く行ってる。つーかフェイスちゃんに雑種の偏見がないとはは流石、エルが溺愛するだけあって、良い子だ。


 そのエルはと言えば二人のやり取りに和んでる。分かるぞその気持ち。サドマは性質が完全に犬だからな、無邪気で純粋で単純だ。危険性なんて微塵も感じねぇし。


「もふもふで気持ち良さそうでした」

「あ? サドマの尻尾のことか?」

「はい」

「気持ちいいぞ。冬はあったけぇし」


 オレが貰ったクッキーを齧りながら、ハノはロキくんと話す。いつも年上に囲まれてるから年下と話すのは新鮮なんだろうな。機嫌が良さそうで何よりだ。


 お陰でオレは理不尽な目に遭わねぇ。


「カイの周りの人は綺麗な子ばかりだね」

「はあ? 美人なお前が何を言ってんだ?」

「なんで君はそっちの意味で取るのかな……それにぼくは自分の顔好きじゃないし」


 何を言ってやがるこいつ。思わずクッキーを摘んでいた手が止まる。


 真っ白できめ細かい肌。長い睫毛に縁取られた紅茶色の瞳に左目下の泣き黒子。赤茶の髪もふわふわしてて、柔らかい雰囲気を出している。パーツも中性的だがバランスが良い。貴族のお嬢様が持つ人形かってくらい恐らく整った顔。


 これのどこに文句があんだよ。顔の良さから来る被害状況を言うならまだしも、エルの様子だと顔自体を気に入ってないみたいだ。


「お前、世のブサイクどもに恨まれるぞ。正直オレも腹たつ」

「そんな顔しないでよ」

「悪いなこんなブサイクが口出して」

「そう言う意味じゃないってば。カイはブサイクじゃないし」


 いや、お前のその顔で言われてもな。嫌味かと言いたいが、エルは真剣な顔だし、本気で言ってる。でも、これならいっそ嫌味の方が反応しやすいんだよな。


「はいはいどうも。つーか、お前そんな綺麗な顔して何が嫌なんだよ」

「だって、男らしくないもの」

「あー、そう言うことか」


 一気に納得する。

 エルは女みたいって言われんの嫌いだからな。言った相手への反射速度はほんとえげつねぇし。喧嘩慣れしたならず者にだって飛び蹴りをかますし、どんだけ嫌なんだ。


「弱いとか守ってあげなくちゃとかなめられるし。せめてカイくらい見た目が男っぽくあればいいのに」

「せめてって何だよ」

「えっとぉ……」


 オレはそこまで男らしくねぇって言いたいのか? じっとエルを見つめてみれば、エルに目を逸らされた。おう、ふざけんな。


「エールーくぅん」

「ごめんって! いや、それでもぼくよりはマシだからいいじゃない? カッコいいって言われるより、女みたいな顔とか、かわいいって直接言われる方が多いぼくの気持ち分かる?」

「分からねぇし。一生、そんな目には遭いたくねぇな」

「遭ってるぼくの前で堂々と言うこと?」


 はあ、と溜息を吐いてから、エルがミルクティーを煽る。


 うんわぁ、もったね。水とか、酒は……年齢足りてないからダメだけど、そうゆうもんの飲み方しやがった。さっきまでお貴族様レベルに綺麗な所作で飲んでたのに。

 つーか、ミルクティーみたいなもん、その飲み方してもすっきりはしねぇだろ。


「そんな言うなよ、オレお前の顔嫌いじゃねぇし、何よりそれはお前の両親から貰ったもんだから大事にしとけ」

「ぼく、顔は母親似になりたかった。似たくない場所ばっかり似るんだもん」

「知るかそんなこと。つーか逆じゃねぇの?」

「ううん。父親の方が女顔」


 そりゃ親子揃って災難なことで。いやでも顔が良いのは変わんねぇし、誇っときゃあ良いもんを嘆きやがって。


「お前はグダグダ気にし過ぎなんだよ。ブサイクすぎて目が当てらんねぇよりはマシだろうが」

「カイみたいな全部流せるような雑な精神、ぼくは持ってないんだよ」

「おい」


 貶しやがったこいつ。なのにエルはその綺麗な顔で堂々と微笑んでくるから、まあ腹たつもんだ。顔が良いのが余計になっ。余裕を取り戻したらすぐふてぶてしくなりやがって。


「エル兄さんと仲良いですね」

「仲良し! 仲良し!」


 話し込んでた二人が加わってくる。つーかサドマ、思い切り頭撫でられてるし。犬っころだからしゃあないか。


「あ、フェイスちゃん。お前のにいちゃんひでぇんだけど」

「エル兄さんは素晴らしい人ですよ?」

「あ、はい」


 妹ちゃんも重度のブラコンだった。詰んでんじゃねぇか! なにこの兄妹⁉︎


 ハノとロキくんはまだ二人で落ち着いた様子で話をしている。いいなぁ、オレもどっちかと言えばあっちに加わりたい。あ、でも向こうに入ろうにもハノの機嫌が急降下して、当たられる気がするからいいや。どっちにしろ、オレが理不尽に貶されたりすんのは変わんねぇや。


「オレ、ちょっとお手洗い行ってくるわ……」

 これ以上、ブラコンシスコンっぷりに振り回されるのは面倒なので、丁度尿意もきたところだし、一旦席を離れる。


 ***


 流石、王都にある店のトイレ!


 トイレの綺麗さと匂いの無さに感動した後、丁度出たタイミングで店主のおじさんと出くわした。なんとなく目があってしまったので、何も言わないのもなと思って口を開く。


「えっと、ギックリ腰大丈夫ですか?」

「あ、うん。ありがとね。君のお陰で助かったよ」

「それなら良かったです。でも、エルの奴ほんと困った奴ですね」


 苦笑いしながら言えば、おじさんは少し悲しげな顔をする。


「多少は仕方ないよ。エルくんはフェイスちゃんやロキくんを守ろうと必死だからね」


 寛容にも程があんだろ。あれだ、周りも甘いからエルも暴走しちまうんだ。必死だからといって理不尽な暴力はダメだろ。


「それって、過保護ってことですか?」

「うん、まあそうなんだけどね。エルくんだって昔はあそこまでじゃなかったよ。酷くなったのはある時期だからね」


 あ、マシだった時期もあったんだ……そうだよな、流石に生まれた時からブラコン、シスコンな訳ねぇもんな。あと、気になったことがある。


「ある時期って、何かあったんですか?」


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