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15 根本


「カイ、今なんつった?」


 うええ、エルさんの言葉遣いが柔らかくねぇよ。心なしか瞳が赤く見える。


 ハノがやらかしたなっていう目で見てくるけど、なら助けてくれよ!

 うちの商隊の奴らはサドマはビクビク震えて縮こまってるし、他三人は何が起こっているのか分からずにいる。

 ロキくんフェイスさんはオレが口を出したことにびっくりしてるし。頼りになる奴がいねぇ!

 常連客と店主? んなもんエルが来た時点で逃げ腰だろうが!


 完全に味方がいねぇし、エルさんは怖いし。エルさんは怖いし。でも、オレ自分の主張は完全に間違ってるとは思わねぇし。

 

 つーか、オレ悪くなくね? エルの過保護が度を過ぎてるだけで、オレなんも悪くなくね? いや、金絡んで急に声上げたのは問題だったかもしれねぇけど。


 もうどうとでもなれ。こうなったらエルから怒りを向けられることは避けられねぇし。だったら、こっちも言いたいこと真正面からビシッと言ってやろうじゃねぇの! さっきしょうがないと思った部分もやっぱおかしいし!


「お金稼げるんだったらしょうがない!」

 あ、てんぱった。


「はあ? カイふざけてんの?」


 怖っ‼︎


 美しい笑顔を保ちながらどこのチンピラかと思うほどドスの効いた声で言うもんだから、違和感が半端ねぇし、滅茶苦茶怖ぇ。声帯どうなってんだよ。

 

 逃げたい……全力で逃げたいけどもう手遅れだ。やり始めたら最後までと深呼吸をした後、エルの瞳を真っ直ぐに見据える。


「ふざけてねぇよ。大体、確かに昔そういうことあったなら心配かもしれねぇが、その話ここにいる奴ら知ってるんだろ? だったら注意しねぇ訳がねぇし、そんなに心配ならお前も一緒にやりゃあいいじゃん」


「……それでも万が一ってことがあるでしょ」


 一瞬、考え込んだがエルはそう返す。でも、その少しの思考によってエルの意志は更に頑なになった気がした。


「んなもん言ったら、家の中に閉じ篭もってようが万が一はあるし、それこそ道を歩いだけで通り魔にやられることだってあるっつーの。絶対に安全な場所なんて世の中どこにもねぇよ」


 連続殺人犯だって最近は出てる。命なんて無くなる時はどうしようが無くなる。人が死ぬのは嫌だ。だけど、安全、安全言ってたら何も出来なくなっちまう。


「それでも、可能性を一つでも消す必要はある」


 笑顔すらも見せなくなった彼の顔からはどうも切羽詰まった印象を受ける。何かに怯えている子供のようだ。

 でも、消すというその言葉になんとも言えない恐怖を感じて、このままにしちゃダメなんだとも思った。


「やり過ぎだって言ってんの! そんなん言ってたら自由が無くなるぞ! つーか、お前は他人に色々言える立場じゃねぇからな。お前だってすぐに無茶するし、危なっかしいからな。妹ちゃんの事を心配するのはいいが、まずは自分をどうにかしろよ!」


 自分の事を言われたのが予想外だったのだろう。ほおを紅潮させて声を荒げた。


「ぼくの話は今は関係ないでしょ! 赤の他人のの癖して黙っててよ! ……あ」


 赤の他人、勢いでエルはそう言ったのだろう。けれど、拒絶の意味が強いその言葉を言った後に彼が動揺したのが分かった。


 んな顔されてもこっちは困るんだけど。まあ、いいや。ちょっと心にきたけど、言った本人がそんな顔する位なら平気だわ。

 ついでにオレの存在が全く響いてない訳でもねぇことが分かったし、だからこっちは続けさせて貰う。揺すぶれる時に揺すぶってやるよ。


「赤の他人で悪かったな! でもオレは言わせて貰う。お前はあれかモンスターピュアレントか? なんにせよ、過保護はあんまよくねぇからな! 兄弟思いなのは良い事だぞ、でも大切にし過ぎて行動制限したり、周囲の人間に厳しく当たったりすんのは迷惑だ!」


「別にぼくは当たったりなんかしてない! 適度に教え込んでるだけだ」


「嘘つけ、だったらなんでこんなビビってる連中がいるんだよ。絶対やり過ぎだぞ。つーか、お前怒ると滅茶苦茶怖ぇからそれだけで公害だ! 別にキレてもいいけど、加減とか回数とかなんとかしろよな! 妹ちゃん弟くん関係のリミッターがばがば過ぎてヤベェから! はい、これ結果!」


 今や椅子や机の下、カウンターの後ろに隠れてる奴らを指し示す。

 大の大人が怯えてる姿は情けないが、エルが喧嘩に強い事を知ってるオレにはしょうがないことのように思えた。つーか店主は腰痛めてんのにその体勢はヤバイだろ。


 エルはそれを一瞥すると「確かにやり過ぎかもしれないけど、貴族とかの制裁はもっと酷いし」とか言い出した。


 確かに貴族の制裁は色々酷い。

 貴族の子弟に平手打ちしたスラム街のガキが鞭打ちなんて序の口で拷問の末、殺されたって事例もあるし。今回の件に似た例だと、柵越しに貴族のガキに町の話をしていただけで、息子に変な事を教えるなって集団暴行されたなんて事例がある。確かにそれに比べればマシかもしれない。だけどな、そんなんでオレは騙されねぇぞ。


 だって、お前さっきからオレと目を合わせなくなったし、こうなりゃこっちのもんだ。

 気まずいとか後ろめたい事あったら人間、目を合わせなくなるんだよ。目は人の感情をよく表すからな。


「どこの駄々っ子だよ。そういうのは五十歩百歩っていうんだよ」


 ぐにーっと頬っぺたを思い切り引っ張ってやる。その際、目も強制的に合わせる。殴り蹴るをやろうとしたら、避けられたりやり返されたりしそうだし、方法が子供っぽいけどいいや。


 つーか、滅茶苦茶肌綺麗だなツルツルだぞ。化粧品売るときに向いてるぞ。


 向こうは自分の状況が分かってないのか、ポカンとした顔で大きな瞳をパチクリさせた後に真っ赤になった。あ、状況理解したみたいだ。


「駄々っ子じゃない! 子供扱いしないでよ!」


 手を振り払いながらエルがそう主張するが、オレたちまだ子供だし。あんま子供扱いされた事ないんだろうな。めっちゃ、嫌がってるし恥ずかしがってる。いつも飄々とした態度で躱してるし、こういう顔してるのを見るのは少し気分が良い。


「はっ、お子ちゃまが。つーか、お前どこのチンピラだよ。暴力にすぐ走ろうとすんな」

「チンピラじゃないよ。世の中話し合いで解決できる事ばかりじゃないし、相手を潰した方が早いんだよ。あと、下手に言い聞かせるより、一発で覚えさせる方がいい」


 誰だ、こいつに教育した奴。


 聞いてる奴ら真っ青になってるんだけど。まあロキくんとフェイスちゃん、うちの経理担当はウンウンと頷いて、じいちゃんだけは「おやまぁ」とか呑気にしてるけど。


 いや、本当に教育した奴、頭おかしいんじゃねぇの?


「普通は話し合いで極力対処するもんなんだ。正当防衛以外はなるべく暴力は避けるべきなんだ」

「ぼくの正当防衛の範囲はフェイスとロキも含まれるもの」

「さっきお前がやろうとしたことはその正当防衛範囲にもかすってもねぇよな」


  何か間違った事を言っているかと首を傾げて見せれば、エルは苦い顔をする。流石に自分のやろうとした事の無茶苦茶さを理解したんだろ。まあ、これで分かってくれなきゃ困るけどな。


「……そうだね」

「ん、じゃあどうすんだ?」

「………………」


 黙り込むエルにオレは溜息を吐く。ったく、ガキかお前。いつも余裕ぶってる分をまとめて消費してんのか?


「……エル」

「ぼくが間違ってました。ごめんなさいお騒がせしました」


 そう店主達に対して綺麗に礼をする。向こうは事態を飲み込めてないのか「え、あ、いいよ。こっちもごめんね」と返事をする。


 良かった。これでも分かんなかったらいちいち説明してやるところだった。流石にこいつの大好きな妹ちゃんや弟くんにあんま情けない姿見せないであげてぇしな。


「それとな」

「それと?」


 エルがいつもの感じほどでないが柔らかい調子で聞き返す。


 うんうん、やっぱエルはこっちが良いや。それとここから先は一番重要なことなので冷静に聞いてもらいてぇから丁度いい。


「お金は大切だぞ金がねぇと食えねぇし買えねぇしものが手に入らねぇしある分には困らねぇが無いと困るだから稼ぐことはとっても大切なんだでも労働環境とか効率が悪けりゃ損だぞいかに効率的に大金を稼ぐことができるかが勝負だ賭博はあんま良い方法とは言えねぇけど賭けや勝負に強いなら話は別だ賭博師なんて世の中にはいるしなそれが知り合いの場で出来るなんて最高だぞむしろかなり安全な稼ぎ場だそれでも心配ならお前の妹ちゃんの刺繍技術スゲェからうちで買い取って売れば良い儲けになると思うんだがどうだ」


 エルがまたもや硬直する。それどころか、他の周囲の人間も硬直した。


「くそ兄貴、色々台無しだっつーの」

 ハノがそう溜息を吐く。


 解せぬ。お金も、稼ぐことも、人材も大切だぞこんにゃろう。



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