14 商隊連中
「よぉし、殴り込みに行こうか」
「待て」
ポキポキと指を鳴らし出したエルを止める。
「なにかな?」
「エルはあれだよな。別に妹に問題が無ければ構わねぇんだよな」
「………………」
「なら、大丈夫だ。オレが相手を保証する」
「はい?」
エルが首を傾げるのも仕方ない。
だけど、本当に大丈夫なんだ。なんせ、賭けをやっている連中が――、
「んんっ⁉︎ カイの匂いがする! おいら行ってくんね!」
は、早い。もう嗅ぎつけてきやがった。
ハッと入り口を見た時にはもう開いていて、衝撃が襲ってくる。踏ん張りが利かず地面に倒れてしまう。うっ、背中が痛ぇ。
「カイ、久しぶりいいいいいいい‼︎」
飛びついてきたのは、オレより背の低い色黒の男。ローブを着ているせいで顔がよく見えないが、こんな行動する奴は何人もいてたまるか。
「お、おうサドマ久しぶり。と、とりあえず上からどいてくんねぇ」
「うん、分かった!」
良い返事だ。大人しくどいてくれたので、フード越しに頭を撫でてやれば、嬉しそうにする。ちなみに向こうは年上だ。毎回思うがおかしいだろ。
立ち上がって服についた汚れを払う。その時にも「カイだ! カイだ!」とぴょんぴょん跳ねている。ハノが「はしゃぎすぎだろ」と突っ込めば、今度は「ハノだ! ハノだ!」と言い出す。相変わらずテンションが馬鹿みたいに高ぇ。
「えっと、カイこれどういうことなの?」
状況を掴めてないエルがオレにそうきく。
「お前の妹ちゃんの賭けに参加してたのが、うちの商隊の奴らってこと。だから問題になるようなことは起きねぇから安心しろ」
「そうだよ! なんか分からないけど安心してね! えっとぉ……カイの彼女さん!」
「違ぇよ! 学校の友達! 男!」
初っ端から飛ばしてきやがった。サドマは悪い奴じゃないんだが、テンションが高い上に豪速球な会話のキャッチボールをしてくるから、心臓に悪い。
「え? 男の子なの? 女の子だと思った。美人さんだね!」
だからやめてくれって! なんでこう見事にアウトな部分に踏み込んでいくんだよ! ワザとかワザとなのか⁉︎
恐る恐る、エルを横目で伺えば意外にも怒ってはなかった。サドマのことをじーっと見つめた後、「尻尾?」と首を傾げる。げっ⁉︎
「サドマ、おまっ尻尾見えてんぞ!」
「あ、やっちゃった」
ブンブンと振られている灰色の尻尾を指摘すれば、サドマがあっけらかんとそう言う。
「やっちゃったじゃねぇだろ!」
「あはは、やらかした!」
「呑気に言ってないでしまえバカ!」
なんで当人じゃないオレの方がこんなに慌ててんだよ!
やっと、サドマが尻尾をローブの下に隠した時には、エルはおろかロキくんまで彼のことを不審そうに凝視していた。
「えっと……尻尾あったよね」
「か、飾りなんです!」
ハノがそうとっさに誤魔化す。
結構上手い誤魔化し方だな。獣の毛皮とかお守りに持ってるやつとか、たまにいるもんな。
「ハノさん。飾りはあんなに動かないと思いますよ」
ロキくんが冷静な指摘をする。うっ、子供なのに騙されてくんねぇ。
「耳もあるよ!」
「やめろ!」
「分かった! やめるよ!」
そう言ってローブのフードを取ろうとするのを止める。
なんでこの状況でフードを取るって選択が出るんだよ! オレとハノが必死に隠そうとしてんの見えねぇの⁉︎ バカだ! 相変わらずのバカだ!
「えっと、とりあえず中入る?」
慌てふためいているオレらを見てエルがそう提案する。
オレとハノは揃って首を縦に振る。通行人にだけでも見られること避けたい。この調子だとエル達にバレることは避けられねぇし。
よく分かってねぇのか、当の本人は満面の笑みでオレにひっついてくる。
これが、寮や学校の男達だったら容赦なく殴って、退けるんだが。こいつには変な意図はねぇし、無邪気に会えて嬉しいというのを示してるだけというのがタチが悪い。が、鬱陶しいし、公共の場でくっつくのもどうかと思うので、「離れろ」と言えば、しゅんと落ち込みながらも離れた。
相変わらずの犬っぷりだ。いや、むしろ酷くなってる気がする。
エルはこっちのやり取りにお構いなく入り口の扉を開ける。
チリンチリンと扉に付けられた鈴が鳴る。さっきはサドマに飛びつかれててそんな音は耳に入らなかったが、店内に入る時の鈴の音って好きなんだよな。なんか落ち着く。
「いらっしゃ……エ、エルくん。な、なんでここに」
「ロキが教えてくれたんだよ。ねぇ、おじさん、フェイスに賭け事やらせないでってぼくは言いましたよね」
「えっと、その……」
「言いましたよね?」
まあ、今日はエルが初っ端から不穏な空気で話しかけてるから、そんなことないんだがな。
てか、店主めっちゃ動揺してんじゃん。あと、ハノもサドマもめっちゃびびってひっついてくる。いや、オレを頼るんじゃねぇよ。オレも怖いのは一緒だから!
「エ、エル、とりあえず入ってくれねぇか? オレら入れねぇから」
そう言って、扉の前から進んでもらう。店内がエルの雰囲気に気圧されて、さっきまで賑やかだったのに静かになっちまったじゃねぇか。
常連さんらしき人がエルの視界に映らないようにしているのは、なんとも言えねぇ。
「カイ、久しいのぉ。元気にやっとったか? 妾は元気じゃよ」
「お、久しぶりだな! なあ、カイ金貸してくんない?」
「カイ、わし今、お前にお小遣いやれないんじゃ」
「久しぶり元気だけど、金は貸さねぇからな。じいちゃんは気にしなくていいよ」
うちの商隊のマイペース連中がそんな空気を読める訳がねぇんだよな。ま、今はそれが不穏な空気を破ってくれるから良いんだけどな。
でも、金は貸さねぇ。つーか、いい大人が子供にたかるんじゃねぇよ。
若干、空気が和らいだのをいいことにオレはエルに話しかける。
「ほら、オレんちの商隊の奴らだから問題ねぇよ。だから、そんなにキレんなって、妹ちゃん大丈夫だろ? 注意くらいに」
「確かにそうだけどね。でも、それは偶然であって、危ない可能性だって十分にあったんだよ」
「過保護にも程があるだろ……」
お、穏便に行きそうに無いんだけど。エルからしてみれば、相手が誰だろうと妹ちゃんが賭けに参加した時点でダメだったらしい。
てか、肝心の妹ちゃんがどこにいんのか分からねぇんだけど。探そうにもスカートを着ているのは妾が一人称のうちの経理担当だけだ。
「過保護上等だよ。さて、フェイスどこにいるのかな? 出ておいで、フェイスには怒ってないから」
エルの言葉に店主や常連らしき男達がびくりと震える。
やめてやれって、大の大人を怯えさせるってお前、前にもなんかやったんだろ。股間狙えとか容赦なく言う奴だから怖いわ。
「エル兄さん、私はここだけど。最終的にやると決めたのは私だから私に全責任あるよ」
カウンター席に座っていた少年が声を上げる。
でも、今の流れだと妹ちゃんってことか。女の子でズボンって珍しいから、分かんなかった。
彼女は椅子から降りると、真っ直ぐエルの目の前に立つ。
エルと血は繋がってないと言うのは本当みたいだ。全く似てない。
人の妹に対して失礼かもしれないけど、エルみたいに美人でもねぇな。まあ、ブサイクでもないし、ふっつーの顔立ちをしてる。
でも、真っ直ぐエルを見る緑の瞳や髪の色と言いロキくんとはそっくりだ。
女の子なのにスカートじゃなくてズボンだし、長い髪も縛って帽子の中にしまい込んでる。足も思い切り組んで座ってたし、喋り方もはっきりしているし、内容も端的だ。男勝りな娘ってこの国じゃ珍しいのに。
「周りも止めなかったんだから、責任あるに決まってるじゃん」
そうまたポキポキ音を鳴らす。
店主や常連客に鉄拳制裁する気満々じゃねぇか。バイオレンスにも程があるっつーか、流石に行き過ぎだろ。
妹ちゃんも勿論、兄の不穏な空気を察しているのか説得しようと試みる。
「エル兄さんは過保護なの。おじさん達だって危険な奴らは見極めて追い払ってくれるし。しかも昼間だよ昼間。大丈夫だってば」
「そう言って一年くらい前に他で賭けの手伝いしてて、薬物中毒者に首絞められたのはどこの誰だっけ?」
「そ、それは……」
ばつが悪そうに妹ちゃんが目を逸らす。
成る程、ただの過保護にしちゃ行き過ぎだとは思ってたけど、過去にそういうことがあったのか。
確かに何かあったらと心配するのもしゃーないな。まあ、それで乗せた奴らに暴力的指導をしようとすんのはダメだけど。
妹ちゃんはそれでもまだ説得を諦めてないのか、キリッとエルのことを真正面から見つめ直す。
「でももう大丈夫だよ!」
「何を根拠に?」
「みんなもいるし」
「答えになってないね。フェイス、ぼくはダメだって君にもみんなにも言ったよね?」
話にならないと言うようにエルが言う。
それと共に妹ちゃんへ向ける慈愛も賭け事をさせた人々への怒りもオレには伝わった。いつも、ニコニコ呑気に笑ってるから分かりづれぇけど、結構苛烈な奴だよな。
それほど、妹ちゃんが大切なんだろう。
そう考えると、暴力行為は流石に止めるけど、妹ちゃんの賭け事はやめさせるのはしゃーないか。そう思った時だった。妹ちゃんが最後にヤケクソで叫ぶ。
「でも、これが一番効率よくお金稼げるの!」
「そりゃ、しゃあないな!」
反射的に言葉が出てしまった自分の口を咄嗟に抑えるが、時既に遅し。
オレの声は酒場に響き渡った上に、みんなの視線が部外者のオレに集まる。もちろん、エルの視線もだ。
ちくしょう、お金関係のことは反射的に反応しちまうんだよ!