13 妹分は凄い子らしい
「あ、あのっオレ、王都の店を観光したいなって思ってて、できたらエルさん達についてってもいいでしょうか?」
「そうそう、オレも王都にはいるっちゃあいるけど、あんま店とかに行ったことないからさ案内してくれると嬉しいなー」
このバイオレンスな兄弟を放っておくのはよくないと、必死に二人について行こうとハノと連携プレーで試みる。
エルはもちろんお見通しみたいだが、ロキ君はオレらの言葉を素直に受け取ったようだ。「酒場ですけど? 珍しいところ観光したがるんですね。丁度行きますし、いいですよねエル兄さん」と賛同してくれた。
よっしゃ、ロキ君がこっちにつけば勝ちだ。なんせ、エルはブラコンだからな。というか酒場かよ。
「いいけど。この前みたいに勝手に走って迷子にならないようにね」
そう言ってエルは歩き出す。
「ならねぇよ!」
流石に学習したわ!
「……兄貴」
「……カイさん」
その年で迷子になるなんてと呆れた目で年下二人に見られるが、ハノにそう見られる筋合いはねぇよ。
ハノは昔っから方向音痴じゃねぇけど勝手に飛び出す癖があってよく探しに行く羽目になるからな。今日も一人でオレのとこ来たし。
「賭け事って言ってたけど、そんな危険なことやってんのお前の姉ちゃん」
ハノがそうロキ君に問いかける。
確かに、昼間からやってるし、知り合いとやってるみたいだから、危険性は低いものだと思って聞いてたが、エルが随分と心配してたからもしかして危険かもしんねぇな。
そもそも酒場で女の子が賭け事っつーのも珍しいしな。大体賭け事やる女は、暇を持て余した貴族かそれしか気晴らしができない娼婦かの二択だからな。普通の若い子がやることじゃないのは確かだ。
「大丈夫だとは思います。やっているのはカードゲームですし、姉さんは賭けている方ではなく、闘技場で言うなら選手の側です。姉さんはそのゲームで無敗なんです」
「無敗ってすげぇな、なんのカードゲーム?」
「数取りです」
「うげっ、あれめっちゃ難しいし、疲れるじゃん。すげぇなお前の姉ちゃん」
ハノがそんな反応をするのも仕方ない。それほど、めんどうなゲームなのだ。
『数取り』、0〜9までのカードをそれぞれ10枚準備し、よく混ぜて平らな場所に置く。それぞれのカードの場所と数字を一定時間内に暗記した後に全てを裏返す。
そして、これからが本番だ。ゲームマスターが言った数式を暗算して出た答えを、その裏返したカードから順番を間違えることなく引き当てる。
はっきり言って、鬼畜ゲームだ。裏返したカードの数字と場所を覚えるだけで大変なのに、その上、数式の答えを導いて順番も間違えずに引けだなんて、難しいにも程があんだろ。
しかも、答えに必要なカードがなくなってたら、一枚も引くこともせず「なし」って言わなきゃなんねぇし。
数式の答えが3桁までの奴なら、ギリギリできるがそれ以上はオレは無理だ。4桁いくと、数式できても引く順番間違えたり、カードの場所を間違えたりして、手も足も出ねぇ。
「何桁までいけんの?」
「さあ? 少なくとも数式が解けなかったことは姉さんないですし、場にカードがある限り引きますから。ノータイムで10桁は余裕でいける筈です」
「化けもんじゃねーか」
「身内とはいえ凄いと思います。僕は7桁までしかできないですもの」
「おめーも充分化けもんだな」
後ろを歩く二人の会話が信じられなくて、オレはエルにこっそり質問する。
「ノータイムで7桁とか10桁とかマジ? オレ、計算とかなしでも7桁の数字の順番間違えることなく表にするなんて無理だぞ」
「本当だよ。エヴァンズ兄弟は頭が異常に良いからね。10秒くらい見ればカードの配置なんて覚えちゃうんだよ」
「良いにもほどがあるだろ」
「だから言ったでしょ、首席取れちゃうくらい頭良いって」
国立軍学校の入学試験は数式だけじゃないが、それでも今のを聞くと暗記力が異常に良いみたいだし、確かに首席を狙えなくもないと思う。
しかし、やっぱそれにしても高等学の本が必要で、平民にとって本なんて贅沢品だ。
やっぱ環境って大事だよな。貴族だったらポンと手に入れられるし、そのお陰でいくらでも勉強が出来る。だけど平民じゃしたくとも教材が無くて、頭が良くとも、勉強がしたくともできない。
でも、エルがAクラスにいる訳だし、もしかして環境が整っているのかもしれねぇ。
「是非とも取ってもらいてぇな……てか、そんなに強ぇんなら心配しなくとも大丈夫じゃねぇのか? 全部勝てんだろ」
「負けてる方やそれに賭けてる奴がイカサマだとかキレたりするんだよ」
賭場が荒れるのは必然だ。酒場なんてアルコール入るから更にヤバイ。喧嘩が多いのもその手の場所だもんな。
「あー、なるほどな。でも、女の子に手を出したりはしないだろ」
だが、それで女、しかも子供に暴力を振るうような馬鹿はいないだろう。いくらなんでも、そんなことしたら不名誉にもほどがあるし、周りから見放される。
「女の子が結果だすと、家で大人しくしてればいいのにって言う奴らいるでしょ」
そうエルが馬鹿にしたように言う。
確かに結構いるな。ってかこの国の傾向だ。
「確かにいるよな。ちょっとお転婆でもオレは許容するべきだとは思うけどな。この国の基準でいくと、女の子がペット同然になっちまう。まあ、隣国の連邦は女傑すぎて行き過ぎだけど」
連邦だと男はこき使われてるらしいからな。嫁に逆らったら家から追い出されるとかマジ怖ぇよ。あそこ、めっちゃ寒いのに。凍死するぞ、マジで。
「カイって、結構珍しいね。清楚な女の子とか好きそうなのに」
「オレはどっちかというと弱々しい子は見てて不安になるから無理。つーか、家の商隊の連中が連邦人に皇国人とか色々混ざってるからな。多分、この国の一般的な女性観からずれちまってるんだな。ま、過激すぎても怖いけど」
この国じゃ女性の地位は低いからな。
男は貴族は10歳くらい、平民は16歳くらいから左耳に耳飾りをつけるのがこの国の文化だが、女性だとそれがチョーカーになってつけるのも二年ほど早い。そのチョーカーなんだがどうもオレには首輪に見えてならねぇ。
実際に女の子は両親の言うことは絶対だし、男兄弟より立場が弱い。こう言っちまうとなんだが、女性はは家の所有物同然だな。それが当然だ。
ま、オレは国際色豊かな環境で生まれ育ったのもあって、多少お転婆でも楽しくやっていければいいと思うけどな。とは言えど連邦出身のうちの経理担当には「まだまだじゃの」と言われっけど。
そう言えば、その国の傾向を打破しようとしているのが、黄系の公爵家の令嬢だが、あの方もあれで連邦を参考にし過ぎて、男性蔑視が入ってるからな。連邦の男性地位の低さはこの国の女性達と同じかそれ以上だ。
「いいと思うよ。ぼくも妹には危険なく自由に生きて欲しいからね。まあ、ちょっとと言うか、かなりお転婆だけどね」
「確かに、国立軍学校入ろうとする女はちょっとお転婆レベルじゃねぇな」
「そうなんだよ。だから、危なっかしくて心配なんだよ」
お前が言うかそれ。お前も充分、危なっかしいからな。
「何故か、変な連中も引き寄せちゃうし」
だからお前か。
エルだって学校でヤベェ奴に襲われかけたり、最近じゃ信者までいるだろ。血は繋がってないとはいえ、似るもんなんだな兄弟ってのは。まあ、似ちゃいけねぇところが似てるけどさ。
「ただでさえここら辺じゃ有名なのにさ、これ以上有名になったら本当に危ないよ」
「危ないってお前。過保護にも程があるぞ」
「過保護上等。弟と妹を守れるならぼくの本望だよ」
「わー、重度のシスコン、ブラコンだぁ」
もったいない。ほんともったいねぇよこいつ。
さっきから道行く女の子達がエルを見て頰を染めてんのに、当人は妹廃かつ弟廃って……。
そしてそれに巻き込まれて、躾とやらをされそうになる酒場のおじさんが可哀想すぎる。話聞いてる限り、特に悪いことしてねぇだろ。とりあえず、暴走止めんの頑張んなきゃな。
***
大通りから少し離れた小道沿いの、小洒落た店構えの酒場。
ところどころはげてる緑の看板に『鶯屋』と書かれている。客の入りは上々で、賭けが盛り上がっているのか、大変賑やかだ。
そう賑やかなんだ。賑やかなんだが……。
「やったああああ! おいらの勝ちぃぃぃ!」
「妾の予想が外れよった。この駄犬に負けるなんて屈辱じゃ! 主も子供に負けおって!」
「くっそおおおおお、相手がバカ強えんだよ! しょうがないだろ! というかサドマ、お前何一人だけ向こうに賭けてるんだよ!」
「わしの金がああああ」
おもっくそ、知ってる声なんだよな。ハノも眉間にしわを寄せてるしこりゃ確定だ。