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12 重度

「誰かと言われれば鶯屋(うぐいすや)の親父さんですけど……まあ、でもその場のノリですよね。姉さんもやる気満々でした」

「フェイスが乗るのなんて分かってるよ。だからこそ周りの大人は乗せないで欲しかったんだけどね。ねぇ、どうして」

 

 なんか知らねぇけど、エルの奴怒ってるよ! なのに笑顔キープだし。笑顔なのが逆に怖い!

 うちのハノさん見習って、もうちょいストレートにお願いします。


 道行く人もエルの不穏な空気に無意識のうちに気づいてんのか、横通る時に早足になってる。


「どうしてでしょうね? でも、僕こうやって報告しにきましたけど、別に怒るほどのことではないと思いますよ。お祭りなんだし、はめくらい外したって良いと思うんですが」


 エルの不穏な空気に気づいていないのか、ロキ君はそんなことを言い出す。お前は勇者か!


「はめ外し過ぎてもダメでしょう? でも、ありがとね教えてくれて。ロキは本当に良い子だね。親父さん達にはメッしなきゃね」


 なんでだ、メッって小さな子に使う言葉なのに、とっても恐ろしい言葉に今は聞こえる。おかしいなー、おかしいよ。もう無理だ。ついていけないというか、最初からついていけなかった。


 こっちに気づかずブラコン発動し、多分シスコンが発動したのかいきなり不穏な空気になった。

 

 元から掴めない奴だとは思ってるけど、今なんてキレどころが全く分かんねぇよ。賭け事って聞くと確かに不安かもしれねぇ。けど祭りの日、しかも昼間に知り合いとなら良いじゃねぇかと思うが、言ったが最後、終わる気がすっから言わねぇ。


「エル兄さんにそう言って貰えると嬉しいです」


 ロキ君が破顔する。素直にすげぇよお前、よく今のエルの前でそんな余裕持てるな。


 うちのハノなんてオレの背中に隠れてやがる。ビビリか!と、思っていたら。


「でも、鶯屋の親父さんギックリ腰らしいので刺激は与えないで下さい」

「そういう問題か⁉︎」


 ただの抜けてる子だった⁉︎

 ギックリ腰じゃなかったら刺激与えても良いみたいになってんぞ。


 ショックで思わず口を出してしまい、ハッとする。しまった、ここはしばらく場が収まるまで黙っておくべきなのにっ!


「あれ? カイじゃん」

 きょとんとした顔をされて、ホッとする。


 よ、良かった。あのままの雰囲気で話されたら、オレ全力疾走で逃げてたわ。


 おっかしいなー、目の前にいるのは同い年、しかも友達なのになんでこんなオレビビってるんだろ。でも、しゃーない怖いものは怖い。危機感大事。


「おう、エル。奇遇だな」

「うん、そうだね。カイはどうしてここに?」

「弟と一緒に町の中歩いてたら――」

「困ってた僕を助けてくれたんですよ! お陰でエル兄さんを早く見つけることが出来ました」


 オレの言葉にロキ君が被せる。元気があっていいなぁ。なんつーか、キラキラしてるよ。


「そっか、ありがとねカイ。そっちにいるのは……手紙の弟さん?」

「そうだ。ハノって言うんだ」

「そっか、よろしくねハノくん。ぼくはエルラフリート・ジングフォーゲルっていいます」

「は、はい。よろしくお願いします」


 オレの背中に隠れながら、軽く礼をする。ハノは人見知りとかじゃねぇのにな。初対面でのブラコンからのマジギレの落差は流石にきつかったか。


 そんなオレらを見てエルはニヤニヤし出す、どういうことだっつーの。


「この前、仲良くないみたいな話してたけどやっぱり、ぼくの予想通りお兄さん大好きっ子だったね」

「はあああああああああ⁉︎ オレ、兄貴のことなんて好きじゃねーし!」


 おい、いきなり威勢が良くなったなこんにゃろう。そんなにオレのこと嫌いか。本人の前で堂々と態度で示すな。

 そしてエルはどうしてそんな曲解をするんだよ。好きと嫌いは真逆だぞ。


「そうなの? ぼくにはそう見えないんだけど」

「そうだよ。だって兄貴って金にがめついし、プライドゼロだし、鈍いし、考えなしで行動するし、自由人だし、ほんっと迷惑してるんだ! 兄貴が寮に行ったせいでオレの仕事増えたし!」


 金にがめついのは認めるが、プライドはある。

 オレにプライドがなかったらとっくのとうにビッチにでもなって、そっち方面で小遣い稼いでたわ。あと、道徳に反することもやらねぇ。3回回ってワンと鳴けだったら、お駄賃くれるならいくらでもやってやるけどな。バイトだと思えば、気が楽だぞ。


 仕事が増えた云々は申し訳ないが、耐えてくれ。


「そっか、そうだね。照れてるんだね」

「ちっげーよ!」

「たまには素直にならないと、お兄さん可哀想だよ」

「だから、ちげぇって言ってんだろうが!」

「ハノ、エルは年上だぞ、一応言葉使い気にしろ」

「だから、違うって言ってます!」


 お前ら温度差がひでぇよ。かたやエルは和み、かたやハノはキレてる。

 エルって本当に頭お花畑だよな、こんなにハノはオレを嫌がってんのに、ハノがオレのこと好きだなんて言ってるんだぞ。


 そして、こんなオレらのやり取りを見て、ロキ君は生暖かい目をオレに向けてきた。


「カイさんって、どこか抜けてるって言われません?」

「あんま言われねぇと思うけど? オレなんかよりエルの方が抜けてんだろ」


 自分のことに無頓着だから、すぐ無理するし、学校のヤベェ奴らの呼び出しにもついてっちゃうし、色々抜けてる。撃退能力が高いから、これといった問題は起こってないけど、やっぱ心配だ。


「つーか、ロキ君はさっき姉さん云々言ってたけど、それは大丈夫か?」

「「あ」」


 やっぱエルの方が抜けてるし、なんならロキ君もだ。いや、話ずれたのはオレらがいた所為もあるけどさ。


「そうだったぁ。早く行ってぶちの――お説教しなきゃね」


 だからといって変わり身が早いんだよ!


 さっきまでふわふわした感じだったのに、今じゃもう目が据わってる。いや、口元は笑ってるけどな。怖いって。


 ***


 このまま行かせたら、絶対面倒なことになるのは確実だし、誰かが知り合いの女の子と賭け事してただけでぶちのめされるのは可哀想だ。


「エル、ちなみに言うと国立軍学校の生徒は、正当防衛以外の外部での暴力行為をすると退学だからな」


 この前、暇つぶしに生徒手帳読んでたらそんなこと書いてあって、驚いた。いつかのならず者たちに絡まれた時はギリギリ正当防衛だけど今回はアウトな予感しかしなねぇ。


 この校則は理不尽な暴力行為はもちろん、正義や信条にのっとって誰かに喧嘩を売る場合にも子供じゃその判断は間違える可能性が高いから、正当防衛しか認めていないのだ。まあ、でもオレはこの校則はどうかと思うがな、外部はそうだけど、国立軍学校内部はどうなのかが明記されてない。


 まあでも、何にもないよりマシだ。お陰でエルへの抑止効果がある。


「カイ、暴力じゃないよ、ちょっと躾をするだけ」

「し、躾?」

「うん。あとね、もし校則に引っかかるようなことがあっても、学校側に知られなければ大丈夫だよ」

「なんも大丈夫じゃねぇよ⁉︎」

 

 綺麗な顔してるし、いつも穏やかな表情をしてるから騙されがちだけど、結構こいつはバイオレンスだ。


 校則なんてエルには意味がなかった。お前の理屈だとあれだぞ、軍の治安警備隊にバレなければ、殺人していいみたいになるからな。


「連続殺人また出たんですって、今度は学者が胴体を真っ二つにされたみたいよ」

「前やその前の被害者は首を切断って聞いたよ」

「おいおい、でもその更に前は胴体真っ二つだからやっぱりそういう美学みたいな持った、やばい奴だなきっと」


 そんな会話をする男女三人組が横を通りすぎる。なんなのこの見計らったかのようなタイミング。つーか、王都の連続殺人犯ヤベェな。


 じゃなくて、エルの暴走を止めるんだった。今にも走り出しそうなエルの肩を掴んで引き止める。


「エル、一人で絶対に行くなよ。今のお前は正直言って危ない奴だ」

「危ないなんて失礼だなぁ。ぼくは至って冷静だし、それにロキも一緒に行くしね」

「はい、ぼくもついて行きますよ。でも、僕はエル兄さんを止める自信はありません」


 ロキ君は結構ばっさりと言う子だな。ハノが「そうだよな、兄貴の暴走は止めるの難しいよな」とか言ってるのは無視だ。オレがいつ暴走したっつーんだこの野郎。暴走してるのはお前の方で逆にオレはストッパーだろうが。


「ほら、ロキ君もこう言ってるぞ」

「カイもハノくんに言われてるけど?」

「うるせぇよ。今はお前の話をしてるんだ」

「そう言われもなー……ロキ、もしフェイスが誰かに怪我させられたら、どうする」

「すぐさま相手の股間を潰しますけど、それがなにか?」

「やっぱそうだよね」


 当然のことのように答えたロキ君にオレとハノは目を合わせた。


 ヤバイ、安全圏だと思ってたロキ君も重度のシスコンだ。




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