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38 オレの価値

 


「よ、よぉ、ゼーグ」


 茶色の地味な瞳は、今日は一段と吊り上がっていた。愛想笑いで緩和しようとそう返すが全く効果はねぇ。


「そんな体中ガタついてるのにどこ行く気だった?」


 おそらく全身の打撲跡やら、擦り傷、包帯等、極め付けにオレが支えを持って立ってんのを確認してゼーグの眉間の皺が深まっていく。出口を塞ぐように寄りかかって腕組んでる姿に圧を感じる。


「えっとぉ……」

 居た堪れなくて、頬を引っ掻きながら言い訳を探そうとするものの出てこねぇ。


 おかしいな、普段この元同室者の海馬鹿から威圧感を感じたりはしねぇのに。



「っち、その様子じゃ唯一許せる便所の選択肢は消えたな」

「あ、それっ! トイレトイレ!」


 大きな舌打ちのビビりながら、オレは大声で答える。


「あ、とか言ってる時点で違うのバレてんだからな」


 しまった。

 じゃあ何て言えやこの場を切り抜けられるか思考を巡らせていると、「とりあえず怪我人はベッドに戻れや。てか、なんでこんなとこにいんだし」と呆れたようにため息をつかれた。


 それでもエルのことが気にかかって「でもっ」と探しに足を踏み出そうとするが、「無理するようなら怪我増やすぞ」と真顔で言われて、縦に頷くしかなかった。



 ゼーグに肩を貸してもらいながら、ベッドに戻ると「お前は本当にバカだな」とまたもや罵倒される。


「バカってなんだよ。オレ頑張ったろ」


 あんなに頑張った元同室に対してゼーグの奴ってばずっと貶してしかこねぇんだけど。これがブープだったら凄かったなーとか言ってくれそうだってのに。

 そんな風に子供みたいな感情が思わず口に出てしまう。


「はいはい確かにお前は頑張ったよ。頑張ったけど、頑張りすぎだバカ。……ダックスのやつずっと青ざめてたぞ」


 試合前にエルのことで盛大に言い合いをした友達の名を出され、子供じみた感情が吹き飛ぶ。


 オレは元寮長の事件で部屋別になったけど、ゼーグ、ダックス、ブープは未だに一緒の部屋だ。

 その影響か、3人はよく一緒にいる。


 ゼーグにダックスとの喧嘩のことがバレてんのか分からねぇけど、今あいつの名を出されんのは気まずい。



 そんなオレに気づかず、緑ががかった黒髪の元同室は椅子を引っ張ってきて、ベッドのすぐ側に座る。


「ごめんなって、守れなかったって、また止められなかったって、試合中も試合後もずっと隣でぶつぶつ言ってんだ。

 いつも余裕そうな顔してヘラヘラしてんのに、ここ最近はあいつ気が立ってんだ」


 ……あんなあとなのにも関わらずダックスがオレのことを心配し続けているのか。罪悪感を抱いてしまっているのか。

 オレは困惑と申し訳なさで胸が一杯になる。


 喧嘩した時も、ダックスがオレのことを嫌ってんじゃねぇって、心配してんだってのは分かってた。


 でも、あんな放って置いてくれなんて冷たいことを言ったにも関わらず、ゼーグがオレに告げ口するくらい今も心配してくれてんだ。


 なんで、なんでだよ。

 お前はオレが傷ついたことになんも関係ねぇだろ。

 むしろ傷付かないように、オレの気に食わねぇ方法だったとしても助言してくれてたろ。

 お前が罪悪感抱く必要はねぇだろ。

 なのにっ、ごめんっておかしいだろ。


 シーツと共に拳を握りしめる。


 そんなオレに対し、ゼーグは更に続ける。


「ボクだってな、お前がいつもみてぇにすぐ逃げてくれると思ったのに、スッゲェボコボコにされてんの見て気分最悪だったぞ。

 お前、いつもは気が弱い癖に、肝心な時には毎回我慢して傷つきやがってバッカじゃねぇの!」


 いつもみたいな皮肉じゃなかった。

 ただ単にゼーグは本気で思っていることを真っすぐに伝えているのが分かった。


 耳が痛い、でも聞かなくちゃいけない。


「あの後、なんとかお前がやり返してよく分からないけど試合終わったけどよ。後遺症残る怪我でも負ってたらどうすんだよ」

「……人前での試合だから流石に死んだりはしねぇかなって」


 我ながら、碌でもねぇ言い訳だったが、ゼーグは予想以上にその言い訳にきつい反応を示す。



「お前、ダックスの前でそれ言うなよ。言ったら即、三枚におろす」


 平坦な口調だが、その裏には煮え立つような怒りが含まれているのが分かって、息をのむ。

 ゼーグは元から口が悪ぃけど、今はいつものように冗談交じりじゃない。



 バツが悪いのと、びびって黙り込んだオレを、目つきの悪い少年はしばらく黙って見つめていた。


 沈黙が続いているのに、ずっと糾弾するかのように目も逸らされない。

 春だってのに、真冬の海に沈められているかのような、息苦しさと寒さを覚える。




「前閉じ籠ったお前に気を遣ってずっと言わなかったけど、

……ダックスの奴、友達が3人も貴族に殺されてんだ」


「え」


 沈黙の後、目を逸らしたゼーグが床に視線をやって淡々とそう告げるもんで、また言葉を失う。


 「死んだりはしねぇかな」なんてさっき口にした言葉がどれだけ軽率だったか思い知る。

 ……そりゃダックスの前で口にしたら三枚におろされようが当然だ。


「だからっ、ずっとお前を心配してんだ。前の時もお前の前では平気なふりしてたけど、夜中に魘されてたんだぞ。ここ最近も、あいつあんま眠れてないんだ」


 知らねぇ。知らねぇぞ、そんなこと。


 ダックスの奴はなんで、なんで、そんな優しいんだよっ。


 試合前にオレを止める時だって、貴族に友達が三人も殺されているなんて言わなかったぞ。

 貴族の危険性は散々匂わせてオレを守ろうとしてたけど、自分自身が過去にトラウマ負ってんのとか、今も苦しんでんのとかは言わなかったぞ。



 そういえば、色んなことで頭ン中埋め尽くされてたけど、ダックスの奴オレが大会本線決まってから、会う度に『元気か』とか『無理してないか』とか、世間話のついでのように毎回、声かけてくれてたな。

 あれってオレが頼りやすいようにしてくれてたんだな。

 他にも寮内で武闘大会の話が出てる時には、割とダックスが別の話をし始めてくれたりしてた。


 本当にずっとじゃねぇか。



 なんで、なんでそんな優しいんだ。

 そんなんで「俺は善人じゃない」、嘘つくんじゃねぇよっ。


 お前、お前、友達3人も殺されて貴族なんて怖くて仕方ねぇだろうにっ、

 なんで赤の貴族に歯向かったり出来たんだ!


 オレだって先輩の件はずっとトラウマ引きずってんだ。


 友達3人も失ってる過去があんのに。なんで言うことをガン無視してトラウマを刺激し続けたであろう、オレなんかのことを心配し続けてんだ。



 エルのことは、なんかよく分からねぇけど悪く言うけど、

 オレのことは、そんな追い詰められてんのに「お前は悪くない、仕方ない、でも危ないから」っつー態度を貫いた。


 話聞かねぇ馬鹿野郎なんざ知らねぇって見捨てりゃいいのに、なにっ心配して心を痛め続けてんだ。



「ダックスだけじゃねぇよっ」

 狼狽しているオレにゼーグは更に声をかける。



「お前がいたぶられている間、ずっと生きた心地がしなかったんだぞ。

 何かに拘ってたらしいから口に出せなかったけど、審判に止めさせろって叫びたかったぞ。

 貴族の連中は糞だ滅べって何度も思ったぞ。

 あの試合見てたうちの寮の奴らのほとんどが次のあのペアの試合で貴族相手だけどブーイングしたんだぞ。

 勉強苦手な寮長が殴りに乗り込めないなら、直訴の手紙を書いて赤の貴族の家に送るとか言い出したんだぞ。

 あの能天気なブープですら吹っ飛ばされた後、カイ大丈夫なのかって喚いてたんだぞ」


 怒涛の早口で紡がれた内容は、何故か全部聞き取れた。




「なあカイくんよぉ。どうしてだろうな? あ゛?」

「み、みんな優しいから……」


 唸るような問いかけに答えると、立ち上がった彼に胸倉をぐいっと引っ張られる。




「てめぇ! 商人の息子の癖して、自分の価値を見誤るんじゃねぇよっ‼」


 至近距離で怒鳴る彼の、茶色の瞳は瞳孔が完全に開いていた。





 あ、オレまだ気づけてなかった。


『……おれね、大切な人に自分自身のことも大切にして欲しかった』

『大好きだから他人の為に自分を犠牲にするのを見てるのが辛かった。でも昔も今も色々考えてはっきりと言えなかったよ。言えたテレルが凄いと思った』


 気づけていたつもりだったんだ。自覚していたつもりだったんだ。


 でもオリス様の言葉を聞いている時も、自分事としてはそこまで強く捉えてなかったんだ。オレも自分のこと卑下しすぎないようにしなきゃな程度の認識だったんだ。



 でも、




「カイ・キルマー、お前の存在はそんなに安いもんだったのかよっ! ふざけんじゃねぇよっ‼」





 こうやって声を張り上げて、オレが傷ついたことにぶちぎれてくれる人がいるんだ。

 自分をないがしろにすんじゃねぇって怒ってくれる友達がいてくれんだ。




 オレという存在に価値を感じて、大切に思ってくれる人達がいんだ。



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