37 あの馬鹿無理するから心配だ
オリス様から貰った飴を舐め終わったオレはぼーっと天井を眺め続けていた。いや眺めることしか出来なかった。
眠れなかったのだ。
オリス様の言葉がとっても嬉しくて、感極まって興奮して、眠れなかった。
オリス様が抱える複雑な悩みに安易に平民のオレが口をを出して本当に良かったのかという不安もあるけど、あの方は笑ってたから。
子供のように無邪気にさ、オレのことを友達だって、英雄だってさ。
寮の連中とかに言っても信じてもらねぇかもしれねぇけど、
兄弟のハノとかに自慢したら嘘だと断言されるだろうけど、
そう言って貰えたんだ。
その事実が嬉しくて、眠れなかった。
でもそんな明るい感情だけが眠れない理由ではなかった。
試合中に頭が血登って赤の貴族ブチギレさせちまったけどオレの人生大丈夫かなって言う恐怖、
そして何より――エルのことだ。
一応、オリス様は大丈夫だって言ってたけどやっぱ心配だ。
あいつ優しいから今回の件で絶対に傷ついてんだ。
それに割と暴力主義で滅茶苦茶な奴だから、試合終わった後にあの赤の貴族やきんきら頭に食ってかかってねぇか心配になる。
だってあいつのことだ。試合終わって何も無かったら、オレのとこに来る筈だ。
フェイスちゃんのことも気にしてそうだが、今日はアルフレッド様と一緒だからこまで心配してなさそうだし。
それなのに来ねぇってことは、あいつの身に何かあったんじゃねぇかって心配になる。
あいつ強ぇけど、無敵な訳じゃねぇし、流石に権力持ってる奴には勝てねぇよ。
そこら辺を気にかけてくれそうな、レトガー兄弟も今日は大会の方に色々と手がかかるだろうし。
てか、こんな日に平民のオレに気にかけてくれてる時点で割と大サービスだからな。
とにかく、色々あんのかもしれねぇが、あいつの安否をこの目で確認出来てない今、なんかまた赤の貴族に絡まれてねぇか心配だ。
……それともなんか勝手に気負いして、合わせる顔がねぇとか思って距離を置こうとしてやがんのか、それはそれで最悪だ。
いやでも、試合前も試合中もその傾向あったかんな。
あいつネガティブ加速すると全部自分の所為にして、抱え込んで一人で苦しむから。その上苦しんでるのに、隠す。
あいつがオレと友達でいて、一緒にいることで、
罪悪感を抱いて欲しいんじゃねぇ、
悲しんで欲しいじゃねぇ、
謝って欲しいんじゃねぇ。
ただ一緒に笑い合いてぇだけだ。
今回の件だって、やばいやつに絡まれたけど、オレら頑張って乗り切ったよなって笑い飛ばそうぜ。
あいつ普段は大人びて見えるけど、余裕そうに見えるけど、多分違ぇんだ。
雰囲気に呑まれて忘れちまうけど、あいつオレと同い年のガキなんだぜ。
しかもいっつもなんか我慢してるからよ、あいつ全然その面を表に出しやしねぇんだ。
あいつの子供の部分は、泣き言は、余裕のない部分は、ずっと蓄積されてんだ。
たまにあいつは余裕を無くすけど、それはいつもオレの身に何かあった時だ。他人の為だ。
あいつは自分に理不尽が向かっても何も抵抗しねぇ。
あいつ今回の試合中に痛い目にあったのに、ずっとずーっとオレのことを気にかけてんだ。
オレが言えたこっちゃねぇけど、自分のことも大切にしろバカが。いや言えるな。だってあいつのそれはすっげぇ深刻で、オレの比じゃねぇから。
オレにはある程度、自己憐憫や自己防衛本能があっからな。
友達になれて嬉しいと感極まって泣くくらいのに、オレがいびり受けてんの見て、一緒にいると不幸にしてしまうと微笑んで距離を置くことを推奨するんだ。
本質的にあいつは寂しがり屋なのに独りになろうとすんだ。
エルにはどうしてか自分自身を大切にする能力が欠けているように感じる。
ずっと溜め込んであいつの中の小さなガキが笑顔の裏で泣いているようなきがすんだ。
凡人なオレから見ても、あいつがずっと笑顔の裏で、余裕ぶる裏で、『助けて』と叫んでる気がすんだ。
エルのことだ。今は口が裂けても『助けて』なんて口にしないだろう。
自己肯定感低いかんな、自分なんてどうなったっていいって言う節がたまに見え隠れしてる。
だから、オレは絶対にあいつを独りにさせねぇ。意地でもあいつの人生に食い込んでやる。
いつか、あいつが『助けて』って言えるようにしてやる。
そう意気込んだとて、今のオレの体はボロボロであいつの元へいけやしねぇ。
ここまでボロボロになっても、エルのことを考えているオレは自分を大切に出来ているだろうか。分かりゃしねぇ。
でも、今の自分は嫌いじゃねぇんだ。
凡人じゃ天才達に何もしてやれねぇ、何も変えられねぇと嘆いて疼く待っていた時より苦しくねぇんだ。
オレを守るために傷ついた人がいる。その事実は消えねぇ。
でも、その人達はそれほど俺のことを大切に思ってくれていたから。守りたいと思わせる何かがオレにはある筈だから。
オレを守って傷ついた人を見て、オレが傷ついたのは、オレもその人達に何かを感じたからだ。
その何かは、大切な人達と仲良く過ごしたいって、笑い合っていたいという思いだから。オレの根幹だから。
オレだけが無事だったところで、周りに苦しんでいる奴がいんなら、オレはきっと幸せにならねぇ。
オレ、あいつと初めて喧嘩して仲直りした時にさ、オレと友達で良かったとエルが笑うのを見て、すっげぇ嬉しかったんだ。すっげぇ幸せだったんだ。
さっきもさ、オリス様がオレのこと友達だって、英雄みたいだって言ってくれて嬉しかったんだ。
オレの行動で言葉で、誰かが喜んでくれるのが、心の底から笑ってくれんのが、元気になってくれんのが、嬉しくてたまんねぇんだ。
つまりエルを助けたいって言う気持ちは結局はオレのエゴだ。
エルに絶対に言ってやるんだ。
「悪いことばっか起こった訳じゃねぇよ」ってな。
エルはずっとオレを巻き込んで大会に出場させたと気に病んでいたし、オレも逆にオレみてぇな足手纏いがエルみたいな天才と出たことを気にしてた。
けど今なら言える。今回の大会が何もかもマイナスだった訳じゃない。少なくともオレにとって悪かった訳じゃねぇってよ。
だってこの試合に出なきゃオレは、自分が何が嫌だったかも気づけ無かったし、自分自身に枷をつけ続けただろう。
自分自身のことをこき下ろし続けて、逃げて、でもそんな自分が大嫌いで溜まらずもがき続けることになってただろう。
オレはオレの望みに気づけた。
オレはオレの怒りに気づけた。
オレは他人からの期待に気づいた。
オレは自分自身と他人からの評価を少し変えることが出来た。
オレは弱い自分の中の可能性にも、一見完璧に見える人の中の弱さも見つけられるようになった。
それはきっとこの大会にエルと出たから得られた成長だ。
弱気で蹲るしか出来なかったオレが、自分自身を貶め続けるしか出来なかったオレが、ほんの少し自分を認めて前に進めるようになったんだ。
なあ、凄いだろ、お前に会わなきゃこんな経験絶対ぇ無かったんだ。そこまで自覚ねぇだろうけど、お前はオレを新たな世界に連れ出したんだよ。
お前が勝手に自分のせいでオレが不幸になってると嘆くなら、
オレは勝手にお前のお陰でオレは成長したんだって笑ってやる。
そうさ、早く伝えたいのに。どっか消えていってしまいそうなあいつの腕を引っ掴んで大丈夫だって笑ってやりてぇのに、あいつがどこにいんのかも分かんねぇ。
……分かんねぇなら探しにいかねぇと。
飴玉舐めてたらちょっと気が逸れて痛みがマシになった気がすっしな。
特に痛む脇腹あたりを抑えて、さっきオリス様がぶっ壊した扉の破片を杖がわりにして立ち上がる。途中よろけたがそんなの関係ねぇ。
出口あたりは木片が散乱してて正直、裸足のままで行ったら怪我するけど靴を探す方が面倒だ。
もうこんな体でかすり傷くらい増やしたって、誤差みてぇなもんだろって足を踏み出そうとしたその時、
「よぉ、アホ。てめぇ怪我人って自覚あんのか?」
元同室の口の悪い海バカ少年に睨みつけられた。