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鍵15‐2 緑のバケモノの独白

 


 シグリ様はキャパオーバーした。



 世間では喉の怪我の方が注目されたけど、オレ様はその前にぶっ倒れたことの方を問題だと思う。

 ぶっ倒れるタイミングはテレルがいたから、まだ最悪なタイミングは避けられたのは不幸中の幸いだ。


 弱者に使い潰されて、

 笑えなくなって、

 眠れなくなって、

 食事もまともにとれなくなって、


 それでも「私にはやらなくてはいけないことがあるの」「私がいないと」「私が逃げたらいけないわ」と青白い顔して言う彼女をテレル以外止められなかった。


 あの灰色の目で見つめられてしまえば、彼女を気遣う言葉も飲み込むしか出来なかった。引き下がるしかなかった。彼女の覚悟や矜持の強さに呑まれてしまったから。



 でもテレルだけは「休むのも義務です!」と食ってかかった。

 バケモノ達が心配そうに彼女を見守る中、ただテレルだけは真正面から彼女の行動を咎めた。



 その後の喉の怪我の方は、声を失ったのは、残念だったけど、でも多分あれがなきゃシグリ様はまともに生きていけなかった。

 怪我することで、声を失うことで、彼女が完全な強者でなくなったから。彼女が苦痛の一部から解放されたから。



 勿論、怪我なんてしない方が良いに決まってる。

 オレ様達もシグリの凛としたでも穏やかな声が大好きだった。


 けど、シグリ様は期待に対して止まれねぇからさ。手段がある限り無理をしてでも応えようとすっからさ。


 それにあの喉の怪我によって、オレ様は完全に弱者共に見切りをつけることが出来た。敵だと認識出来た。




 シグリ様が怪我で不在のパーティーで弱者共は口にした。

「シグリ様が声を失ったら私達はどうすればいいの?」

「緑の令嬢のトップとして失格だわ」

「シグリ様は自己管理が出来ていないかしら」


 シグリのお荷物だった、彼女に負担をかけた連中が、彼女の心配をせずに、自己保身ばかりを考えていた。それどころかあいつを貶した。

 周囲もそれを聞いていたのに、軽く嗜めるだけで、強くその言葉を否定する奴はいなかった。



 許せなかった。



 そういう連中まとめてぶっ飛ばしてやろうと、いつの日のかのように暴れてやろうと思った。

 血だけ繋がった連中みたいに、心も体もへし折ってやろうと思った。


 なのにオリスに止められた。


「シグリ様はそんなこと望んでない」

「強者が弱者を虐めちゃいけない」

「おれら強者は弱者を守る義務がある」


 そんなこと抜かしてた。



 シグリがオレ様が他人に暴力を振るうのを望んでないのなんて分かってる。

 シグリやオリスが弱者や強者をそんなふうに認識して、それに則って行動しているのも知っていたし、今までそれでもいいって思ってたぜ。




 ……けどよ、弱者(そいつら)って守るべきような存在か?


 強者が弱者を虐めちゃいけないって、じゃあ弱者は強者を虐めてもいいのか? 

 使い潰していいっていうのか? 

 被害者面して強者に全部面倒を押しつけていいってのか?

 弱者を守る義務があるって誰が決めた。その義務に対して何か権利があんのか?

 弱者守って、お前らに何か良いことはあったのかよ!


 本当はお前だって分かってんだろ、お前は本気でそんなこと信じてないだろう?

 だからそんな嘘くさい顔してんだろ?


 泣きたいくせに、笑ってんじゃねぇ! 泣き虫がよ!



 でもそんな思いは通じやしない。

 だって、オレ様が二人より弱いから、強者がルールの緑じゃ二人より弱いオレの主張は通らない。ただの異端者で終わる。


 そんなオレ様に出来ることは、調子に乗る弱者を先んじて潰すことくれぇだろ。




 ***




 軍学校で誰にでも優しいというオリスの評判を聞く度に、誰にでも笑顔でふざけた伸ばし口調で話しかけているのを見かける度にムカつくんだ。



 ………………なぁ、オリス、痛々しくて仕方ねぇんだ。



  お前、泣き虫のくせして強がってんじゃねぇよ。


 知ってるかお前、笑うのが増える度に飴玉の消費量が増えてんだ。



 お前、弱者を守るとか言ってけど、そいつらはシグリ様を潰した連中なんだぞ。

 お前まで二の舞になる気か?


 馬鹿じゃねぇの。


 弱者を守る本能なんて、ねぇよ。

 ただ、大多数である弱者につまはじきにされねぇようにしただけだ。


 そんな馬鹿みたいな本能はねぇから。自分を殺すなよ。てめぇの価値を弱者を守ることに全部置くんじゃねぇよ。



 それを認めさせる為にも、俺は勝たねぇと。

 あいつより強者になれば、あいつに口出しできる。馬鹿みてぇなことすんなって怒ってやれる。



 赤のあいつが言ってたぜ「バケモノ」ってのが嫌だって。

 馬鹿じゃねぇのバケモノでもいいじゃねぇか。弱者の言葉なんて気にすんな。


 俺もバケモノだから、幼い頃みたいにバケモノはバケモノ同士楽しくやれてりゃいいだろ。

 弱者でもテレルみてぇな奴はバケモノに自ら関わりに行くんだから。わざわざ自分を否定してくるような連中のご機嫌取るために無理すんじゃねぇ。


 頼むから、シグリと同じようになにかを失ってじゃねぇと助からない状況に陥って欲しくねぇんだ。



 お前の望むことはなんだ?

 お前のしたいことは何だ?

 お前が泣きてぇことは何だ?



 オレ様はそれが知りてぇ。

 てめぇらを弱者からの期待っつぅ檻から解放してぇ。

 だから、オレ様はお前を倒さなきゃならねぇ。



 弱者が嫌いだ。弱いからってすぐに頼って、自分で何も成し遂げられねぇから。

 弱者が嫌いだ。何もしねぇくせに期待という名の重圧で殺しにくるから。

 弱者が嫌いだ。守られることを、救われることを当たり前とするから。

 弱者が嫌いだ。努力を放棄して、不平不満ばかりを口にするから、

 弱者が嫌いだ。強者の苦労や苦痛を知らずに、感謝もしねぇから。

 弱者が嫌いだ。力が弱くて、強者の助けになれず足手纏いになるから。



 弱者が嫌いだ。

 弱い自分が嫌いだ。


 大切な仲間のことを守れねぇから。

 苦しめる一因であり続けるから。




 今のままじゃ、オレ様も檻でしかねぇから。強くなりてぇ。

 そうすりゃ、シグリにもオリスにも馬鹿なことすんなって言ってやれるから、守ってやれるから。強く、強く、強くなりてぇ。



 だからな、あいつを倒すためにデアーグと協力することにしたんだ。


 でもな、あんなに嫌いな弱者であるキルマーをボロボロにした後、何かが心に引っかかってんだ。




 ***




 競技場に入ってきた瞬間、ブーイングの雨が降ってくる。

 が、そんなのに動じるような性質はオレ様もデアーグも持っちゃいねぇ。


 デアーグは無反応だし、オレ様は観客に対して、煽るように舌を出して見せる。


 そうすれば、少しブーイングの音量が小さくなる。その隙にオレ様は息を深く吸ってから、叫ぶ。



「勝負の場にも立てねぇ雑魚共が、群れたくらいでうだうだ抜かしてんじゃねぇぞっ‼︎  オレ様に文句ある奴は闘って従わせろ‼︎」



 紛れもなくオレ様の本心だ。ずっと昔からの本心だ。



 オレ様はな、シグリ様やオリスのように人間に優しいバケモノじゃねぇんだ。

 だから、オレ様は人間共の言うことなんざ、人間共にどう思おうなんざ、どうでもいい。


 けどよ、外野のくせに無責任に空気にのまれて、群れて文句を言ってくる弱者は、やっぱ嫌ぇだ。

 そいつらは優しいバケモノ達にとっては害だからな。




 弱者共が鎮まりかえるなか、「はっ」と鼻で笑うような女の声が聞こえた。


「あら、とんだ悪役ムーブね。なに、劇でもこれから始まるわけ?」


 シグリ様とは正反対の印象を抱かせてくる女の名は、ディスティル・クラー・ディプロマティー、黄の公爵令嬢だ。



 観客席に座って声も張り上げてねぇってのに、どうもその不快な声ははっきりと耳に届く。

 赤毛混じりの金髪が目に障って仕方がねぇ。


 こいつも上級貴族だから、きっとバケモノなんだろうけど、オレ様はどうも昔からこの女が気に食わねぇ。

 猫のバケモノだったら全身の毛が逆立つんじゃねぇってくらいの嫌悪感が何故かある。本能がこいつを嫌え、敵だって叫ぶ。



「……箱入りのお嬢様に観戦はまだ難しいようですねぇ」


 デアーグ、エル君に嫌いって言われたのちゃんとショック受けてんなぁ。いつもより反応速度が鈍いし、罵倒の語彙と語気にキレがない。

 それでもちゃんと返しをするのは、こいつもこの女のこと嫌いなんだろうなぁ。




 そうこうしている内に観客の誰かが「オリス様が来たぞ!」と、オレ様達の試合相手の登場を口にする。

 湧き上がる歓声、その声量だけであいつにかかっている期待という名の重圧が示される。



 左耳には止血の処置、腕や足にはあざの跡や咬み傷や擦り傷。

 テレルが手加減や油断をしていたとはいえ、テレルがすっげぇ奮闘したお陰で、無傷じゃねぇってのにな。


 そんな姿を見ても、その期待はどこまでも歪まない。衰えない。

 心配するやつなんざ誰もいねぇ。



 期待に応えるように笑って手を振るオリスに、更に湧き上がる歓声が耳障りで仕方ねぇ。


 あとオリスのペアの名前を誰も口にしてねぇのが流石だ。


 ま、オレ様も覚えてねぇけどな。

 試合中ただ呆然とオリスの戦いを眺めてるだけになって奴なんて覚える価値もねぇもん。今だってオリスの数歩後を恐る恐るついて来てるだけだし。


 覚えはしねぇ、でも利用はする。




 開始前、お互い定位置に立った時だった。それまで黙っていたオリスが不意に口を開く。 


「ねー、テウタテス。カイ君をあんなにボロボロにする必要あった?」

「はっ、また弱い者虐めすんなってか?」


 またいつもの期待に応える為の、弱者の為の説教かと嘲笑おうとするが、質問したオリスの声の硬さに違和感を感じる。



「違うよー。カイ君、何も悪いことしてないし、あとおれの友達だからムカついてんのー」


 ムカついてる、友達、今までのオリスが大衆の前で口にしないような言葉だ。



「それに昔から君の考えてることはよく分かんないけどさ……君が本気でやる時は、止まんないものー。今回君は冷静だった。見定めてた」


 弱者を守ることに焦点を当ててばかりだったオリスが、オレ様の行動原理を分析しようとしている。

 その事実を認識して、オレ様のいつもの勢いは削がれる。



 今回、オレ様は冷静だったんか。

 オレ様の隣の奴は冷静って言葉にピンと来てねぇが、付き合いの長いオリスが言うならそうなんだろう。



 自分で振り返っても、確かにオレ様はキルマーに向き合っている時は終始冷静だった。

 だって、まだ言葉をぶつけてたから。オレ様が本当に許せねぇ時はすぐに何も告げずに暴力に、それも手加減してねぇもんに変換する。




 ……そりゃキルマーはデアーグの獲物なんだから、冷静だし、見定めるさ。



 止まんねぇ時は許せねぇ時だ。



 だってキルマーはあれでもバケモノを自分勝手に責めたりしねぇ。

 足手纏いや枷になる可能性はあれど、道を途絶えさせたりはしねぇ。傷つけたりはしねぇ。

 許せねぇ弱者は、自分の力を使おうとせず、他人を頼り、他人を責める奴だ。



 お前やシグリ様みたいな存在を利用しようとする奴だ。



 キルマーにはエル君を利用してやろうなんて底意地の悪い考えはどう探ったって、突いたって出てこなかったからよ。

 弱くてイラッとしたかもしれねぇけど、この世から消してやるなんて苛烈な怒りにはなりはしねぇんだ。



 むしろ、オレ様達に刃向かった時には高揚感を感じた。

 だからあのままデアーグにやらせる訳にはいかなかった。他の有象無象だったら別に死んでも何も思わねぇ。



 ああそっか……、


「見定めてたぜ。だって答えを知りたかったから」

「答え?」

「テレル以外にもオレ達みたいなバケモノを真っ直ぐ見る奴がいるかどうか」



 人間は、窮地に追い込まれた時に本性が出る。

 だから何度も何度も追い込んだ。責めた、煽った、傷つけた。


 オレ様の答えにオリスは虚をつかれたように、固まっていた。



「……そう。どうだった?」

「隣の奴にはぶち殺されそうだけど。良いやつだと思うぞ」



 良い奴だったから、あいつが窮地に立たされた時の反応に高揚したけど、すっきりしなかった。



『オレがどうであろうと、あんたらがどうだろうと、オレはオレの大切なもんを守りたい。オレの願いを通したい、だったらやるしかねぇだろ』



 弱者、強者、バケモノ、人間、それらのカテゴリーをぶっ飛ばした真っ直ぐな答えが返ってきたから。


 オレ様がどんだけそれに縛られて考えて行動しているか突きつけられたから。



『弱者』と括った中にキルマーみたいな奴もいんのに、見えやしねぇ。

 バケモノと人間、弱者と強者の括りで見えてしまう。



 オレ様はもうそこまで真っ直ぐに、人を、もう物事を捉えられねぇんだ。

 そうなるには歪みすぎた。


 歪みすぎて、テレルのようにシグリ様が限界の時に声をかけることが出来なかった。

 オリスが我慢している姿を見ても、あいつより強くならないと言葉は届かねぇと思い込んだ。

 何か問題を解決する際に全部力で押し通そうとする。不満に感じた際には暴力に全て変換する。



 オレ様の弱い部分は単純な力だけじゃない。



 世の中歪んだ部分もあるから歪んだ方法でしか届かないこともある。

 だけど一度歪んだ方法を学んじまえば、真っ直ぐな方法を忘れちまうんだ。



「で、それがどうしたよ? それよりさっさとやり合おうぜ!」


 でももう、オレ様は真っ直ぐにはなれねぇんだ。

 あんな強くはいられなかったんだ。


 諦めて力づくで何とかするしかオレ様は方法を知らねぇ!



 それにっ、今更自分が傷つけた存在が悪いもんじゃなかったって気づいたってどうしろっつーんだ?


 ごめんなさい、そう謝ればいいのか?



 ちげぇな、だってオレ様は肉親を許せなかった! 

 今更仲間面してくんじゃねぇ、誇るんじゃねぇってムカついた。


 今までお前らがオレ様にしたことチャラにしようとすんじゃねぇ、良い部分だけ取るんじゃねぇって、利用すんじゃねぇって、溜まったもんが爆発したんだ!


 だからオレ様は一生、凶暴凶悪で身勝手なバケモノでいい。



「……君がそうなった責任はおれにもあるねー。うん、やろっか。デアーグ卿についてはよく分からないけど、とりあえず全部潰すねー」



 ***



 負けた。完膚なきまでに負けた。


 デアーグがオレ様が頼んだ通り、オリスのペアを人質にとってくれた。


 そうすればオリスは真っ先にそいつを助ける為に、オレ様に隙を見せると考えていたから。その隙をついてさ、倒してよ。


 ほら、弱者のことなんざ助けようとするからだって、これが実戦だったらお前はどうなる? お前はいつか弱者のせいで死ぬと、忠告するつもりだった。


 でも、オリスは、いつもみたいに真っ先に助けには向かわなかった。

 ただ冷静に目の前のオレを倒してから、デアーグの方を仕留めに行った。


 予想外のオリスの行動に理解出来ずに試合後もしばらくただ空を仰ぐ。


 足音が聞こえた。



「昔から勘違いしてるようだけど、おれは強欲だよ。おれは望んだことしかしてないよ。おれはただね。全部守りたいの。全員で笑い合いたいの」


 そんな優しくて綺麗な強欲があってたまるか。


 そう突っ込みたい気持ちも少しはあったが、燦々と輝く太陽の下で笑うオリスに翳りはないのを見て、飲み込む。


「でも心配かけちゃってたね。大丈夫、もうおれはおれのこともちゃんと愛すから、大切にするから、守るからさ、安心してよ」


 ああ、それなら良いんだ。

 お前が心底笑って、自分自身のことを愛して守れてんなら、それで良いんだ。




 オレ様は一生、凶暴凶悪で身勝手なバケモノでいい。

 嫌われんのも攻撃されんのも相応だろう。



 けどお前やシグリみたいな優しいバケモノは、

 皆に愛され大切にされるべきだろう。





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