11 可愛げのある弟分
なんでオレの名前を知ってんだ。え? 知り合いだっけ? そう思ってまじまじと子供を見直す。
綺麗な緑色の若干ツリ目の目、焦茶色の短髪。貴族みたいに白くはないが、オレやハノ程には焼けてない肌。服装も若干黄色っぽい白のワイシャツに茶色のズボンとこれと言って変わった所はない。
どこにでもいそうな組み合わせのオンパレードの見た目をしているが、オレはこいつにあったことがねぇ。
「そうだけど、なんでオレのこと知ってんの?」
「エル兄さんが前、話してました!」
お前かエル。世間は狭いっつーか、王都って結構人口多いのにどんな確率でエルの弟くんに会うんだ。
そして股間攻撃のバイオレンス兄ちゃんはお前かっ! 案外近くにいる奴でオレは本当に怖いです。
兄ちゃんの知り合いだと分かって安心したのか、ガキははきはき話し出す。
「あと、一回遠目からエル兄さんと話している姿を見たことがあって、それで思い出しました」
「記憶力いいなお前、ってか名前なんて言うんだ?」
「ロキ・エヴァンズです。エル兄さんから聞いてないんですか?」
不思議そうにされ、反応に困る。
オレが妹ちゃんの技能は金になるとか散々言った所為で、なんか警戒されて名前教えて貰ってないんだよな。あんれぇ、おかしいなぁー、オレはエルラフリート君のお友達なのにー。
「そうだな、いつもあいつお前達のこと弟とか妹とかで話すからな」
「そうですか」
「いつもはなんて呼んでんだ? あいつ」
「ロキとかフェイスとか名前呼びですね。でも、そうですか……僕らのこと外でも弟とか妹扱いしてくれてんですね」
そう無邪気に彼は笑う。
か、可愛い! これはエルが可愛がるのも少し分かる気がする。
実際には血は繋がってなくて幼馴染みたいなものらしいので、顔はエルに全然似てない。正直言って平凡で素朴な奴だ。だが、それだからこそ無邪気な笑顔を見ていると癒される。
「これだ! これっ! ハノ、お前もこれの十分の一でも可愛げがあればっ、って痛っ! 何すんだこの野郎!」
「求めんな、気持ち悪いっ」
頭上から拳を落とされ、抗議すれば吐き捨てるように罵倒される。目の前のロキ君との落差が酷い。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、だいじょーぶ大丈夫。よくあるし」
「よ、よくあるんですか……」
ロキ君の目がオレとハノを行き来する。
まあ、確かに兄弟間の一方的な暴力なんて見たら動揺するわな。あー、オレって可哀想。弟にいじめられてんだぜ。ま、今更だけど。
それにやり返すと、ハノの奴拗ねるから面倒クセェんだよな。多少は目を瞑っておくのが最善だ。
「なに、兄貴の知り合いだったわけ?」
「おう。オレの友達の弟分。顔を合わせたのは初めてだけどな」
「ふーん。あ、オレはハノ・キルマーって言って、こいつの弟。よろしくな」
「はい、よろしくお願いします」
ご丁寧に礼までしてくれた。
ちっこいのに礼儀正しい奴だな。あいにく、こっちは兄弟揃って言葉使い荒いから、こういうタイプの子供は新鮮だ。
股間狙うとか言ってたのは聞かなかったことにしよう。こんな良い奴がそんなこと言う訳がねぇ。きっと幻聴だったんだ。
「おう、よろしくな。で、ロキ君はさっきから何してたんだ?」
「何か探してたのか? だったらオレとこのバカ兄貴が手伝うけど」
おお、人助けを申し出るとはうちの弟もなかなかやんな。が、さりげにオレのこと罵倒してるから台無しだが。
「探して……? あっ、そうだぼくエル兄さんのこと探してたんだ!」
「エルを? 今日は見てねぇけどな。なに、ここら辺にいんの?」
「多分そうなんですけど、人が多くて見当たらなくって。ここら辺とはきいたんですけど……」
そう言って、またキョロキョロし出す。
今、しゃがんでるから分かるけど、この視界だと目の前にいる人しか見えねぇな。それに向こうからじゃ全然見えないに違いない。さっきハノが見つけたのは偶然、ロキ君が目の前でキョロキョロしてたからだしな。
「おい」
「はい?」
「お前、背ちっせぇから目立たねぇだろ。肩車してやるから、上から探せよ」
「え、いや大丈夫ですっ! 初対面の方にそんなことをして貰うのは」
「気にすんなって、こっちの方が効率いいし、友達の弟分だしな」
そう言って、有無を言わせずに担いでしまう。軽いな。
「え、えっとカイさん?」
「ん、何? もしかして高いとこ苦手とかか? なら、やめるけど」
「別に高いところは平気ですが、やっぱ申し訳なくて」
「遠慮すんなって」
「え、いや、その……」
「諦めた方がいいぞ。うちのバカ兄貴はこういう奴だから、開き直ってこき使ってやれ」
「はぁ」
ハノの言葉が案外効いたみたいだ。肩車に反論するのをやめて、大人しくエルを探し始める。
「まったく、兄弟揃って遠慮ばっかすんなよな」
「兄弟揃ってって言うことは、エル兄さんにも肩車したんですか?」
「ぶはっ、流石にエルを肩車はしねぇよ。あいつの方が背高いしな。あいつはそうだな、体調不良にも関わらず一人で無理する所とかだな」
「エル兄さんが体調不良って……僕知らないんですけど」
ロキ君の声のトーンが一気に下がる。お、おうブラコンの弟もブラコンだったか……。まあ、あれだなこの際、弟君に全部報告して怒って貰おう。じゃないと、あいつ同じようなことまたやらかす。
「少し前だったかな、あいつ休み明け一日欠席した後、復活したと思ったら足元ふらふらで顔色真っ青、手も何故か怪我して包帯巻いてるし、お腹も痛いと来たもんだ」
「結構、重症ですね」
「だろ、にも関わらず剣の試験には出るって言い張って、オレがやめろって説得してたらぶっ倒れて、親切な方と一緒になんとか保健室に運んで休ませたんだ」
「ありがとうございます」
「が、あいつはオレが授業出てるのをいい事に、勝手に抜け出して剣の試験を受けやがった」
話しているうちにその時の感情までもが蘇ってくる。
あの野郎、ほんと人の忠告効かねぇし、頼らねぇし、無理ばっかしやがる。体調不良の件以外でも、拉致未遂事件も危険な目に遭いそうだったのに、「大丈夫」って逆にオレのこと気遣うし、少しくらいは弱味見せろよなこん畜生。
あと、剣の試験、あんな体調でも評価がAなのは納得いかない。運動はそこまで得意とは言えないけど体調万全だったオレはCだったのに。ちなみに学年平均はB -、学年最高はA+だ。
「……なんか、うちのエル兄さんがごめんなさい」
「別にロキ君のせいじゃないだろ。あいつがただ単にバカなだけだ」
「バカですか……エル兄さんをバカって言う人は初めて見ました」
「そうなのか? あいつ、学力的な意味では頭滅茶苦茶いいけど、他ではバカだぞ。すぐ無茶するし、警戒心足りてねぇし、どっか抜けてるし、強いのは分かってるんだけど、危なかしくって放っておいてらんねぇの。弟君妹ちゃん大好きバカだし」
「最後のバカは僕としては嬉しいですね。僕も兄さん姉さんバカですし……エル兄さんへの貶し言葉もカイさんの口から聞くのは不快じゃなくて嬉しいですね。エル兄さんの友達がいい人で良かったです」
なんか、エルへの文句言ってたら好印象抱かれたんだけどなんで? 訳が分からずハノにヘルプを求めるが、呆れたようにため息を吐かれた。解せぬ。
「よく分かんねぇけど、オレもエルと友達になれて嬉しいぞ。あと、今日弟君に会えたのもな」
「そうですか……カイさんはなんというかあれですね」
「そうそう、こういう奴なんだよ。バカだろ。ほんとうちの兄貴バカだろ」
「そうですね。とってもおバカさんですね」
頭上からそんな弾んだ声が聞こえて反応に困る。
ハノとロキ君にオレが馬鹿認定されたのは分かったんだけど、なんでそんな楽しそうに人を馬鹿馬鹿言ってるんだか……ま、不思議と悪い気はしねぇからいっか。
***
「エル兄さんっ……!」
「ロキっ……!」
エルを見つけたロキ君が速攻オレに下ろしてもらって駆け出したと思えば、向こうも向こうで流れるように人混みを避けて来て、挙句、感動の再会とばかりにひしっと抱き合った。
そんな、わざわざ駆け寄って抱き合わなくてもいいだろうが。なんだよこれ、数年ぶりの再会とかそういう勢いだぞ。ブラコン、シスコンが酷いのは分かっていたが、ここまでとは流石に思わなかった。きょ、兄弟ってなんだっけ?
隣でハノがドン引いた顔をしてるのも仕方ない。
つーか、この姿がハノから見たエルの第一印象になるのか、うわぁヤベェ奴認定されるじゃん。
「ロキ、どうしたの? フェイスは?」
ドン引かれた当人はオレたちのことは眼中にない。弟くんのことを満面の笑みで抱き上げながら、そう尋ねる。
うわぁ、こりゃまた今日は相当な破壊力をしていらっしゃる。ドン引いてたハノでさえ、思わず見とれてしまうような、花は愚か月でさえも恥じらうその笑顔。どうだ、これで美人が正しいのが分かんだろ! 美人は性別なんて関係ねぇ。
白シャツに大きめの黒いセーターに長ズボンって、そこまで珍しい格好でもねぇのに、目立ってるしな。
ちなみにエルがオーバサイズのものを着てんのは、成長して着られるようにだそうだ。今でもオレよりでかいから、むしろ縮め。それより肉つけろ、肉。細いのがオーバーサイズだとますます際立つしな。
つーか弟くんはよく平静でいられんな。まぁ、慣れか。オレも最近は慣れてきたからな。
が、エルの笑顔以外に何か問題があったのか、ロキ君はすこし逡巡した後にその問いに答えた。
「あの、ですね……」
「うん、なぁに」
「姉さんがですね」
「フェイスが?」
「祭りなんで、また賭け事やってるんです」
エルが笑顔のままピシリと固まる。
同時に自分の背筋が一瞬で凍りついたかのようにピンと伸ばされる。自分の本能が警鐘を鳴らしている。
怖い怖い怖い怖い怖い! いつかの去勢未遂事件の時と同じかそれ以上に怖ぇよ!
「へぇ、誰が首謀者?」




