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33 決着

お久しぶりです。今後の投稿方針については活動報告に記載があります。

 

「あんたらが何考えてんのか知らねぇですけど、思い通りになってたまるかっての!」


 きんきら頭は未だにオレの行動を飲み込めてねぇらしい。頭突きされた額を抑えて、赤い瞳をまん丸にしてる。


 それを良いことに、模擬刀を振る。


 横に振ったそれは向こうに掴まれて止められるが、そんなのは想定内だ。思い切り振ったもんを片手で簡単に掴まれると、そりゃヤベェなって思うけどよ。今はそれを利用する。


 がっちり掴まれて安定感がある模擬刀に身を引き寄せて、奴との距離を縮めて腹に向けて蹴りを繰り出す。


 が、その腹は鋼鉄のように硬い。


 その所為で、蹴ったオレの足の方が痛みを感じる始末だ。けど歯を食いしばって痛みに耐える。一方的にやられる時に比べれば気分的には断然マシだしな。


「はっ、今更なんだよっ……!」

 額を押さえていた手で足を掴んでそう嘲笑うように舌を出すきんきら頭に、オレも嗤う。声が震えてんだよ。動揺が収まってねぇのが丸わかりなんだよ。


 ああ、こいつはやっぱ黄のあいつとは違う。なら大丈夫。あの時とはやっぱ違う。


「今更じゃなくて、今からにすんだよ!」


 目を閉じて終わりにしない。立ち向かって始まりにする。

 今度はオレが奴の胸倉を掴んで、また頭突きする。


「「っ」」


 さっきもそうだったけど、クッソ痛ぇし、頭がわんわんするし、足元もふらつく。


 でもよ、聞こえる歓声が、集まる視線が、きんきら頭の動揺が、それを凌駕する。


 さっきまでオレをただの凡人として、ゴミでも見るような目で見てたのが、手のひら返したように驚愕に染まってくのが分かる。分かるんだ。

 だって、オレもいつもは見てる側、凡人だから。


 大したことないと思ってた奴が、大して気にかけてなかった奴が、むしろ蔑んでた奴が、活躍したらそりゃ興奮するわな。


 弱者だと舐めてかかって、一方的に痛ぶってた存在が、急に反撃して調子に乗り出したらそりゃ驚くわな。


 今だけは、オレもきっと特別だ。


 だから、もっと驚かせてやんよ。


 地面から砂を掴み取るときんきら頭に投げつける。姑息な手だとか言ってらんねぇ。オレはオレの出来ることをやってるだけだ。テレル様だってやってたしな。


 いくら身体能力が高くて頑丈だろうと、目に砂が入ったら痛いのは変わんねぇだろ?


 怯んだ隙に模擬刀を奪い返す。きんきら頭は当然それに警戒するが、オレの狙いはあんたじゃねぇ。


 オレが木製の模擬刀の柄の部分から、刀身の真ん中あたりに持ち直したのを見て、きんきら頭は目を見開く。


「デアーグ!」


 ちっ、脳筋緑と言えど流石に察されたかと、槍のようにその模擬刀を赤の貴族に向けて放ちながらそんな感想を抱く。


 槍使いに慣れてる現寮長のように上手くいく訳がねぇ。だから赤の貴族に当たらなくても、ノーコン過ぎてエルに当たるなんて最悪なことさえなければいい。赤の貴族に向けてオレが攻撃をした事実が出来りゃいい。


 そんな風に放った模擬刀は、赤の貴族に当たりはしなかったものの、その軌道から外れる為に、赤の貴族がエルから離れた。


 模擬刀が地面に刺さった瞬間、一際大きな歓声が上がる。


 上出来じゃねぇか。


 拘束から逃れたエルが赤の貴族との距離を這って更に取ると、咳き込む。そりゃ口ん中に指突っ込まれてりゃそうなるわ。


 急いで二人の間に立ち塞がると、模擬刀から避けた赤の貴族を睨みつける。



「オレの友達を手を出さないで下さい」

「は?」


 真っ赤な瞳が、収縮する。

 生暖かい風が頬を撫でているのに、突き刺すような空気だった。


「恨みがあるのか八つ当たりなのか知りませんが、何にせよオレらに手を出すんなら、オレはあんたらに全力であらがいます」


 武器はもう手元には無ぇ。身体中が痛い。

 貴族相手だ。オレに敵意をこんなにもぶつけてくる奴だ。

 でも、まだオレ自身の足で立てるから。まだ拳を握れるから。まだ目を開いていられるから。

 だから、闘うよ、抗うぞ。


「っカイ、ぼくの為にそんな無理をする必要はないんだよ。全部ぼくのせいな――」


 エルがまたすげぇ苦しそうな顔してんのが、簡単に想像がつく。その震えた、切羽詰まった声から分かんだ。さっきまで咳き込んでたのにそんなすぐ声を出してよ。どっちが無理してんだか……どっちもか。


「エル、これはオレが進む為にやってんだ。誰のせいとか、悪い方向にばっか考えんな」


 でも、だからこそ、オレは笑おう。


「おい、デアーグ。これは合格でいいんじゃね。これ以上は――」

「っ、デアーグ!」


 エルが急に赤の貴族の名前を叫ぶ。

 その事実をまともに受け取る前に、オレはエルに手を引かれ、地面に倒れ込む。


 訳が分からなかったが、そんなことを考えている場合じゃないと上体を起こせば、喉元に模擬刀を突きつけられる。


「『オレら』ね……やっぱり俺、カイ・キルマー、お前の存在が大嫌い」


 オレの首に模擬刀を突きつけている赤の貴族は、泣いているのか笑っているのか、よく分からない顔をしていた。


 逆光で出来る影と、真っ青な空と、真っ赤な瞳の組み合わせに、目が離せない。


「何も知らない凡人の癖に、運が良くて、環境に恵まれただけで、少し足掻いただけで俺の望むものを掻っ攫っていくんだもの」


 ……恐怖で目を逸らせねぇってわけじゃなかった。


 いや、嫌われてて嫌だな怖ぇなって思いが全くねぇって訳じゃねぇけど、目を逸らせない理由はそれじゃねぇんだ。


 ただ――目の前にいるのが、オレと大して変わりのない人間だって気づいたから、目が離せなかった。


「どぉしてお前なの? どぉしていつも俺じゃないのさぁっ⁉︎」


 すっげぇ、こいつは感情が剥き出しなんだ。癇癪を起こしたガキそのまんまなんだ。

 強くて貴族でオレより全然優位な立場に居るはずなのに、何故かオレの行動によってこんなにも掻き乱されてんだ。


 見れば見る程、こいつもあの黄の貴族とは違う。あの貴族がもっと無感情にオレを見ていられる程、オレを見下していた。ぶつける言葉もただオレを傷つける為だけのものだった。試したり逃げたりする暇を与えずに、ただ甚振ってきた。


 こいつには、そんな余裕はねぇ。余裕が無くて、怒りや不満をぶつけてくるような、感情豊かな人間なんだ。


 エルがオレに対して、逃げるように、降参する様に、警告してる。でも、オレはそれを無視して、向けられた切先を掴んで、赤の貴族の目を真っ直ぐ見つめる。


 そうすれば向こうの瞳が揺らぐ。

 こちらにそれを悟られるのが嫌だったのか、目を瞑ってブンブンと首を横に振ってから、見つめ直してくる。

 まるで幼い子供のような仕草だった。


 それで確信する。さっきの言葉といい、こいつは今、オレに何かしら劣等感を抱いている。

 多分、このあとオレに何をしようが、その劣等感は消せない。その恐れはオレが折れない限り拭えない。


「あんたが何を考えているのか知りませんが、他人に理不尽に当たり散らしていい理由にはなんねぇです。あんた自身も損するだけでしょう?」


 だったら、この人はもう、オレにとって理解出来ねぇバケモノじゃねぇ。

 もう、一方的にオレをいたぶることは出来ねぇ。


 いや、物理的にとか、社会的には、出来るかもしれねぇよ。


 ……でも違ぇんだ。もっと根本の部分じゃ、オレを攻撃すればする程、オレに嫌悪や怒りを向ければ向けるほど、こいつ自身の劣等感が抉られる。こいつ自身が苦しむ。


 そうなるだろうってのが、その顔を見て想像がついた。

 掴んだ切先から伝わる震えから分かった。


「落ち着け、デアーグ」

「ねぇテウタテス、不平等でどうしようもないって、大抵はもう諦めてるよ。でも俺、これはやっぱり我慢出来ないや。よくないって我慢しようとしてもやっぱり無理だよ」


 不思議だよな。試合的に見れば、オレもエルもボロボロで勝てる見込みなんてねぇのに、賭けには勝てる自信しかない。


 今だって、目の前のこいつが思い切り模擬刀を振れば、オレなんか一瞬でのされる。


 けど、精神的に追い詰められてんのは、もうオレじゃねぇ。追い詰めていた筈の赤の貴族だ。


 いや、最初からこいつも追い詰められていたのかもしれねぇ。


 でないと、貴族という圧倒的な立場の癖に平民のオレにわざわざ賭けだなんて持ち出さない。賭けなんて機会を設けて、オレを叩きのめさないといけないと気が済まない精神状態だった。


 そんで、予想外にもオレが折れずに反撃したことから、取り繕うことが出来なくなったってとこだろう。


 なんだ、オレと同じ臆病な人間だ。

 オレの臆病さとは種類の違うものだけどよ。その攻撃性は臆病故のものだ。


 オレに対して何か恐れているから、攻撃するんだ。


「……おい、キルマーさっさと降参しろ。じゃねぇとお前が不味い」

「絶対に嫌です」


 だからといって同情する気もねぇ。こっちは散々引っ掻き回されてんだ。


 それに、ここで引いたら、意味がない。ここで引いたら、赤の貴族の思い通りの結果になって、またオレらが不利な状況に置かれるだけだ。

 ここだけは絶対に引いちゃいけねぇ。試合に負けても、勝負には勝たねぇと。


 そう、きんきら頭の申し出を拒否したが、そういえば敵は赤の貴族だけじゃなかったと気付かされる。


 はっとして、きんきら頭の顔を警戒するように伺えば、奴は笑っていた。


「にゃは、良い目すんじゃん。今のお前は嫌いじゃねぇ、むしろ好きだわ」


 これまで見ていたような意地悪なものでは無かった。一瞬試合中だってことが頭から抜けちまうようなくらい、優しい顔をしていた。


 しかし、それもすぐに終わり奴は赤の貴族の様子を伺った後に、オレに向かってニヤッと猫のように笑う。


「けどよ、死人を出すのは誰も望んじゃいねぇから、終わらせんぞ」

「は? ――っ!」


 状況を掴む前に、鋭い痛みと共に体が宙に浮く。


「オリス! 頼むわー!」

 きんきら頭の妙に明るい声を認識したのを最後に、オレの意識はブラックアウトした。



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