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挿話20 赤の少年は甘くない

 歯車の音がする時計塔の中は薄暗い。しかし、そんな薄暗い空間の中でも窓の近くは日の光に照らされている。


 その光の中に少年はいた。


 時計塔のある軍学校の制服なんて丸っきり無視したような、黄緑のズボンに、ピンクのタンクトップに、黄色の上着といったカラフルな服装。

 この国の貴族の慣例を無視したような、両耳でジャラジャラと揺れる緑、赤、紫、黄、青のこちらもカラフルなピアス。

 極め付けに少年の所属する緑系統の貴族では珍しい、紅蓮の瞳と、光をそのまま反射するような金髪。


 少年の見た目を構成するほとんどが派手で、目で受け取る感覚を音での感覚で表現し直したら「うるさい」や「騒がしい」に大抵はなるだろう。

 そして普段の彼の在り方も大体その見た目と合致している。


 しかし、今は違った。少年はその光の中に座り込んで黙々と文字を追っていた。ただ静かに、時々動いたと思えばページを捲るだけだった。


 暖かい日の光の中でその行為は続けられたが、その光が橙色を帯びて強くなってきた時に急にそれは中断された。


「ふぅん? 意外だねぇこういうの読むんだねぇ」


 金髪の少年、テウタテスの背後で、取り上げた本の背表紙のあらすじを読んでそう感想を漏らすのは赤系統の貴族の少年だ。


 読書を邪魔されたのが不満だったのか、それとも赤の少年デアーグのからかいの混ざった声の響きが気に入らなかったのか、金髪の少年は振り向きもせず不貞腐れたように頬を手で抑える。


「別に何読もうがいいじゃねぇか。それに適当に部屋に積んどいた本から持ってきただけで別に意識的に恋愛系のを持ってきたわけじゃねぇよ」

「積んである時点で充分意外だよ。なんなら本読むのすら意外ぃ」


 夕日の光の中に座り込んでいる派手な少年を、暗がりの中から見下ろしてデアーグはそう語る。


「オレ様はなんせ一番下のクラスだもんな、本読むおつむないって思うのもまあ分かるわな」


 自身を馬鹿にする言葉を吐く割に、しっかりテウタテスの手は本を返すように、背後の赤の少年に向かって伸ばされていた。


「文字読むの苦痛じゃないなら、勉強もすればいいのにねぇ」


 その矛盾した姿にデアーグはそんなことを口にすれば、ここにきて初めてテウタテスが自身の赤い瞳を、相手の赤い瞳に向ける。


「オレ様は暴れるタイプの化け物だから知性はいらねぇよ。下手に知性を持って人間扱いなんざされたくねぇ」

「別に化け物だって知識はあるに越したことないけどねぇ」


 強い感情が篭ったその瞳と言葉を向けられても、デアーグは怯むことなくいつも通りの口調で受け流していく。


「嫌だね。オレ様が真面目にお勉強したら色々な奴らの思い通りじゃねぇか」

「別に表でそれを晒す必要はないよぉ」


 Sクラスの白い制服を見て不満そうな声を出すテウタテスの前に赤の少年はしゃがみ込むと、微笑む。


 その際、目を閉じることはない。そんな隙は作らない。

 通常、瞳を見せない方が感情は隠せるが、彼の無くしたい隙は別に感情ではないから。感情はむしろ剥き出しにしていた。


「キミはある程度かしこい子だから、裏で知識を身につけておく方がいいってこと。知識も情報も力だよぉ」

「力……」


 ペット相手に言い聞かせるようにデアーグは優しくそう語る。


 しかしその口調とは裏腹に逆光の中に見えるデアーグの赤い瞳は爛々としていた。

 その瞳に釣られてテウタテスは言葉の一部を繰り返す。


「愚かであることは、

 弱いことは、

 力が無いことは、

 碌なことを招かないからねぇ。


 守りたいものがあるのなら、

 大切な人がいるのなら、

 力は不可欠なんだよぉ」


 自身と同じ赤い、けど狂気にも似た感情を宿す瞳にテウタテスは呑まれる。


 そんな様子に満足したデアーグは、金色の頭に本を載せて返すと立ち上がる。


「……まあでも読書も知識の吸収の一種であるけどねぇ。とはいえ、キミは化け物が出てくる話かハッピーエンドばかり読むけれど」

「バッドエンドはあんま好きじゃねぇんだよ。化け物とか怪物が出てんなら構わねぇけど。なんつーか人間関係とかで胸糞悪いのは読んで乱されて損した気分になる」


 自分に返された本の背表紙を眺めながら、テウタテスはそう素直に返答する。


「そぉ? 俺は現実的で興味深いと思うよぉ。むしろご都合主義とか綺麗事ばっかの方が嫌だねぇ」

「オレ様もそういうのはあんま好きじゃねぇよ」

「その割にはこんな本読んでるじゃなぁい。貴族の令嬢が好きな人と結ばれて幸せんじゃ終わるなんて現実的じゃないねぇ」


 自身の趣味が勘違いされている気がしたのか、金髪の少年が早口でそう言えば、赤の少年は馬鹿にしたように嘲笑う。


「……そんなのは長期的に見れば本人にも、周りにも不幸をもたらすのにね。貴族の仕組みに逆らいながらハッピーエンドなんてあり得ないんだよ」

「妙に実感の篭った言い方するな」


 真剣な口調で語り出したデアーグに、テウタテスは怪訝そうな顔をする。


「だって俺は実際それで不幸になったのを見たからねぇ。

 当事者達だけが傷つくのは自業自得で済むけれど、周囲を巻き込むのは罪深いよ。

 恋愛なんて言葉で無茶なことを美化しないで欲しいよぉ。

 勘違いして暴走する馬鹿が出てきたら始末に負えない」


 嫌悪混じりの感想に、テウタテスはどんな言葉を発すればいいのか迷う。

 だが、彼の性格上思ったことを最終的に口にした。


「……それでもオレ様は大切な人の想いは叶って欲しいけどな」


 座り込んで本を撫でる姿は、普段彼が周りに見せる姿とはかけ離れた幼い純粋なものだ。


「あはぁ、意外とキミそういうとこはロマンチックだね。でもキミの大切な人は馬鹿にはなれないだろうね」


 それでも赤の少年は残酷な事実を突きつける。テウタテスの本を撫でる手も止まる。


「……知ってる」

「でもいいんじゃない。彼女の婚約者の有力候補も別に悪い奴じゃないものぉ。お互い嫌悪感を抱いている訳でもないし、気遣いも出来る同士ではある。貴族の婚約事情にして上出来だよぉ。あれは」


 だが別に、残酷なことだけを突きつける訳でもなかった。慰めになるかもしれない事実もちゃんと口にする。

 それでも金髪の少年は納得がいかないようで床を見つめて険しい顔をしている。


「でもあの方の気持ちはどうなるんだよ……」

「さぁ、それは彼女自身が折り合いをつけるよぉ。よく知らないけれど迷惑かけるのが苦手みたいだし、暴走することは無いだろうねぇ」

「暴走って、そんな言い方……」


 テウタテスは自身の中で思い浮かんでいる大切な人と、デアーグの言う『彼女』が一致していて、デアーグがその評判の良さも分かっているのに、そんな言い方をすることを不満に思い口に出す。


「貴族の婚約は当人以外にも大きな影響や利益をもたらすものだからぁ」

「お前結構そういうところはドライだよな」


 それでもなお改めない赤の少年に、金髪の少年はそう毒づいて諦めるしか無かった。


「貴族の恋愛事情を貫いたもので碌なもの見たこと無いからねぇ。恋愛なんてもの優先して生きることを望むのは、家の都合で婚約が決められるこの世界では悪だよ」

「そこまで言い切るか?」

「言い切るよ心の中で押し込めていられるのならともかく不満を表に出したのなら罪だよ子供まで巻き込んだなら重罪だ」


 早口になったデアーグにテウタテスは触れるとまずいとこに触れたと察知した。それを誤魔化そうとテウタテスが何か口にする前に、デアーグは息を吸って叫ぶ。


「『私はあんなのと結婚したく無かったのに‼︎ こんな穢れた家に嫁ぎたくなかったのに‼︎』」


 窓際に止まっていた鳥が大きな羽音を立てて飛び立つ。ヒステリーなその叫び声は生き物の危機感と不快感を掻き立てる。テウタテスも例外ではなく、立ち上がってデアーグから距離をとった。


 叫びと羽音の後は、歯車の音だけが響いた。規則正しく立てられる音は、静寂の中では目立ち出す。


「そんなことを叫ばれても、俺たちは知らないし不快だ」


 一転して低い落ち着いた声を出すものの、デアーグの心中が荒れ狂ったままなのはテウタテスにも簡単に分かる。


 けれどテウタテスはデアーグの感情の波に飲まれる訳でも、怖気付く訳でも無かった。


「……まあ、よくねぇけど。そんなに嫌な相手と無理に結婚させた奴らも良くなかったんじゃねぇの?」


 むしろデアーグの心情を更に逆立てるかもしれないことを口に出す。


 寄り添う言葉の方が都合が良いとはテウタテスも分かってはいたが、目の前の少年が『女への嫌悪』で縛られていることの方が目についたから。


「そんな女の我儘ばかり聞いてたらつけあがるだけだねぇ。自制できないのが悪いし、結婚した当時に関係ないのに八つ当たりしてくるのは本当理不尽だよぉ」

「まあ、そうだけどよ。お前、ほんとに女に厳しいな」

「だって大っ嫌いだもの」


 ばっさりとデアーグは相変わらず『女』という存在を切り捨てる。

 赤い瞳が抱える感情の強さを示しているが、テウタテスはそれをあえてスルーする。


「にしてもなんつーか……可哀想とか思わねーの?」


 デアーグもそれが分かったのか、溜息を吐いた後、露出させる感情を抑える。


「生まれた時から貴族なんだったら覚悟を決めていないのがおかしんだよぉ。もしくはきちんと分からせなかった教育者に問題がある」


 分からせるという言い方はともかく、教育者に関する言及もし出したのでテウタテスは口を出さずにおく。


「そもそも男側も損してるんだよぉ。むしろ男側の方が酷い損をしているよぉ。自分を嫌悪してくる人間に色々費やすなんてねぇ」

「まあ、お前のよく知っているケースは女側がひっでぇのかもしれねぇけど。世の中には逆もあっからな」

「ふぅん、どうだかねぇ……」


 デアーグはテウタテスの反論に、そう呟いて流そうとしたが、あることに気づいて動きを止める。


「……まあ、俺もまったく女側に可哀想と思ったことが無いとは言えないけどねぇ」

「へぇ? 意外だなお前もそんなことあるだなんて」


 テウタテスは驚いたのか真っ赤なその目を見張る。


「流石にね、俺が心底嫌って軽蔑してる奴の婚約者は、可哀想だと思うよぉ」

「あ、なるほどな……」


 敵の敵は味方みたいなものかとテウタテスは納得する。


 だが、あの女嫌いのデアーグが女に同情する程、嫌いな奴がいるのかと今度はそれが気になりだし「その嫌いな奴ってのはどんな奴なんだ?」と聞く。


「金銭関係で婚姻が不可欠な家の子に好き勝手にしてる。家の人間としてしっかり生きようとしている者への侮辱だ。いつだってあの糞野郎は他人の感情を荒らして惨状を作る」

「……」


 低い声で語られる内容に金髪の少年は閉口する。


 家云々の話は、テウタテスはむしろ家のルールを破る側なのだから、そこに嫌悪感は抱かない。

 でも、あのデアーグが「他人の感情を荒らして惨状を作る」とまで言う相手となると嫌悪感を抱いたのか、眉を顰める。


「俺だってねぇ、そんな奴の実験まがいの対象にされようが、傷がつこうが、髪の色が変わろうが、自身の背負うものの為に全て飲み込んでいるってのには、女だろうが同情しちゃうよぉ。

 酷く自己犠牲的だけど義務を果たそうとしていて偉いと思うよぉ」

「同情するまでの基準が恐ろしくたっけぇ。つか……それヤバくね? よく噂にならねぇな」


 色々とサボっている上、興味が無いせいで貴族の情報に疎いテウタテスも、流石にそのくらい酷い話を聞けば覚えていると思い、デアーグにそう聞く。


「男側は擬態が得意だし、女側はもう周りに何か訴えるのも、助けを求めるっていうのも出来ないくらい心が死んでるからねぇ。守られてる癖に鈍くて気づかない周りはクソだけどね」

「……お前は助けてやらねぇの?」


 デアーグの性格をある程度知っていても、テウタテスはそう思わず聞いてしまった。

 それに、デアーグは心底不思議そうに首を傾げた。


「こちらの利益なしでなんでエルや兄上以外に手を貸さなきゃいけないの? 助けるなんて一方的な行為、絶対に俺はやんないよ」


 冷酷なその反応に、テウタテスは足を退きそうになるが、なんとか踏みとどまる。


「だけどお前が見てもヤベェって思う状況なんだろ……」


 自身にある程度の人情を期待するテウタテスの視線に、赤髪の少年は小さな溜息を吐く。


「……でもその子の婚約者への復讐の手伝いをする見返りに、現状を抜け出せるような協力するのは構わないって、声かけたことくらいはあるよぉ」

「復讐手伝いの見返りってお前なぁ」


 言葉こそ呆れてるような内容だが、その声の調子が明るくなっているのが分かったので、デアーグは「キミは化け物だけど根は随分良い子ちゃんだねぇ」と零す。


「いい子とかぞわぞわすること言うんじゃねぇよ。で、その子は今どうしてんだ?」


 自身を良い子ではないと言う割には他人を心配する金髪の少年を、デアーグは舌打ちした後「はいはい、キミは良い子じゃないねぇ、悪い子だもんねぇ」と流す。


 そしてその態度に引っかかったテウタテスがまた口を開く前に、さっききかれた内容に返答を始める。


「とにかく俺がするのはそこまでぇ。提案するまでやっただけ俺にしては珍しい方だしぃ。選択肢は与えてもいいけど、選ぶのはあくまで当事者がやるべきだねぇ」

「でもその気力が無いんだろ」


 助けるように促すその声の主を、デアーグは咎めるように睨みつける。


「それで誰かが手を貸しても、気力が無いまま生きるだけだ。自分を守ることが出来ないままだ。

 このまま人柱になるのを選んだって、それはそれで彼女の生き様だしね」


 口調から、テウタテスはデアーグが真剣にそう考えているのだと察した。

 それでもなお反論しようとテウタテスは口を開きかけるが、デアーグの次の言葉に封殺された。


「自力で生きることの大切さは、テウタテス、キミが一番分かってるでしょぉ?」


 投げかけられたこの質問の答えを、テウタテスは自身の在り方を否定することになる為、変えることが出来なかった。


 でも、この状況でその答えを口には出すのは嫌なのか、黙秘を貫いた。



 だからデアーグはテウタテスに聞こえないように

「なんだかんだ、緑はみんな甘ちゃんなんだなぁ……」とつまらなそうに暗闇の中で呟いた。


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