挿話18 平民少女は白馬の王子を必要としない
「フェイスちゃんってエルの事が好きだったりすんか?」
フェイスちゃんの愚痴を聞いた後、オレはふとあることをきっかけに気になっていたことを口にする。
けど鶯屋の常連の一人が口笛を吹いたのを聞いて、聞くにしても場所選び間違えたなとすぐ後悔する。
これだからデリカシー無いんだよ。いや、そもそもこんなとこで聞いたオレが悪いか。
……オレが一番デリカシーがねぇや。
けど、フェイスちゃんには全く不機嫌になる様子が無い。むしろ周りの様子に少しキョトンとした後、「勿論、大好きですよ」といつものブラコン語りと同じ感じで答える。
あまりにもあっさりしているものだから、オレはおそらく質問の意図が伝わっていねぇなと考え、質問し直す。
「いや多分、そういうのじゃなくて恋愛的にってか?」
「えっ……急にどうしたんですか?」
オレの質問の意味を認識したフェイスちゃんは、なんか悪いでも食ったのかというようにこちらを見る。
「いや、一部の寮生の奴らがさ、フェイスちゃんとエルが仲良くしてんの見てさ色々疑って騒いでてよ」
エルの奴、オレとは違って女の子にもモテるからな。寮生の一部奴らがあいつに彼女が出来れば、自分の好きな子があいつを諦めてくれるかもって期待してんだ。
だから噂の一年戦闘科所属の女子、フェイス・エヴァンズとよく話してるって知って大喜びだ。
エルがどうであろうと大して変わらねぇのにな。エルが来る前だって同室のダックスを含む数人だけがよく女の子に声を掛けられて、全く縁の無いやつは無かった。結局はそういうもんだ。
「なるほど。それからどうしてこの質問に繋がるんですか?」
「兄妹みたいなもんらしいぞって言おうとしたんだけどよ。これでフェイスちゃんがエルに恋とかしてたら申し訳ないと思ってよ」
無さそうだとは思ったけどよ。なんだかんだエルは顔が良いし、優しいし、万が一フェイスちゃんが恋していたとしたら迷惑掛けちまう。
最近朗読した恋愛小説でもヒーローが「〇〇は妹だよ」発言、聞いてたヒロインショック、からの実はヒーローも……って話があったし。
「そういうことですか。そういう意味では好きでは無いので即訂正して下さると有り難いです。噂にでもなって女の子達の敵になるのは勘弁ですから」
うん、でもやっぱフェイスちゃんは、エルをそういう意味では好きでは無かった。
まあ、エルに話しかけて来る女の子と違って、なんつーかあっさりしてんだよな。少なくとも一対一で会話している時にギラギラしてねぇで、落ち着いてる。
いや、色々と事情を知ってんのも大きいだろうけどよ。なんつーか、もっと根本的なとこでエルへの接し方が他の奴らやオレがやってんのとは違ぇんだ。
「はあ、やっぱそうなんだ」
「ええ、私がエル兄さんにそういう感情を抱かないから親しく出来ているって言うのもあると思いますよ」
「まああいつ自分にそういう感情向けて来たら老若男女問わずバッサリ振るもんな」
冷たい顔で振った後、オレにふっつーに明るく話しかけて来るものだからギャップでよくびっくりしちまう。
女の子とか泣いてるの見て、いつもみたいに優しい感じでやらねぇのかと聞いたこともあっけど「今、優しくするのは気持ちに答える気がないのなら逆に残酷だし、厄介なことになるから出来ないよ」と返された。
更に続けて「それにぼくなんかを一番にするべきじゃ無いからね。あいつに冷たい振られ方されたって、嫌な奴だって切り捨てるのがいい」と言うものだから、複雑な気分もあったけど、あいつなりに考えて行動してんなら何も言えねぇやってなった。
ただ、オレ伝いでラブレターを渡された時に「良い人を見落として顔だけの奴選ぶ時点でこの子絶望的に見る目ないね。将来とんでもないクズに捕まらないといいけど」とか急に哀れみ混じりに自分自身と告白してきた子を貶すのはやめて欲しい。
……情緒と思考の方向性がどうなれば、友達伝いでラブレター渡されてそんな言葉出てくんだ。
「そうですね。そもそも恋愛というものを他人がするものとして見ているので……」
それはフェイスちゃん自身が? それともエルがか? 主語がなくて分からねぇけど、どっちもありそうだな。
フェイスちゃんは普通の女の子って感じじゃねぇし、エルは体のことやハッピーエンド恋愛小説未読事件があるし、どこか他人に一線を引く傾向があっからな。
でも、フェイスちゃんはオレやエルが知らないだけってこともあるかも知れない。
気が強くて、ズボン履いてて、戦闘科に入ってけど普通の女の子……は少し無理があっけど、有り得ない話でも無い。
「フェイスちゃんは白馬の王子様とかに憧れたりとかしねぇのか?」
「カイさん、何かに毒されてません?」
「え……女の子向けの恋愛小説をひたすら朗読させられたことはあっけど」
冷たい視線を受けて、オレの声が小さくなる。
毒されてる……うん、毒されてるな。なんで白馬の王子なんて幼少期のいかにも女の子女の子した子が好みそうなチョイスをした?
「なるほど……私は白馬の王子には興味ないですね。王子なんて絶対色々めんどくさい事情が絡んでるので関わりたくないです」
「現実的すぎるけど、そりゃそうだな」
確かに、白馬の王子って理想像みたいに描かれがちだけど、実際の相手として考えると面倒なことが色々ありそうだ。
その上、フェイスちゃんは貴族のこと苦手みてぇだし、王族なんてもう無理に決まっているだろう。
少し前に、朗読した恋愛小説のヒロインも王子と恋人になった結果、色々と苦労し――って、ほんと、毒されてんなぁ!
寮生の奴らに朗読した影響で思考が恋愛小説に毒されたって苦情入れてやろうかな? いや、ダメだ。あいつら絶対バカにする。
「あと馬には自分で乗りたいです。軍学校では乗馬も習うそうなんで楽しみです」
弾んだ声でそう言うものだから、オレは「そっか、よかったじゃん」と返す。
オレは今でも、フェイスちゃんが、女の子なのに戦闘科とか、平民なのにSクラスとかで、色々イレギュラーな存在だから大丈夫かなって心配になる。
貴族との折り合いもよくねぇとも耳にしてるから、無理しない方がいいんじゃねぇかと思っちまう。
けど、こうやってフェイスちゃんもやりたいこと、楽しみにしてる事があんだなと知ると、やっぱオレが余計に口出しすべきじゃねぇなって思えてきた。
「カイさんは昨年どうでしたか?」
「オレはまあ、無難に授業終わったな。軍で使うのとは別種だけど、商隊出身だから馬には馴染みがあるし」
重い荷物を運ぶでっかくてがっしりした馬には馴染みがある。だから今まで馬と馴染みない奴よりマシだ。
けど、軍隊用の馬は馴染みがないから上手い訳でもねぇ。
オレにとって馬は荷車とか馬車をつけて重い物や人を運ぶ存在で、そのまま乗って速く移動したり戦ったりっていう存在じゃねぇ。そういうのは貴族の方が幼い頃から慣れている。
まあ軍でも兵站で補給とかの場合は適正がある。もうこの時点でオレは軍の中では裏方向きで前線適性が無い。
だから可もなく不可もなくの成績だった。
「そうなんですか、私は逆に全然馴染みがないですね。大丈夫かな……」
フェイスちゃんが顎に手を当てて考えこみ始める。
平民でも農作業で馴染みがあるっていうのが多かったけど、王都出身の連中や、馬と馴染みがない職柄の家の連中は、授業で初めて扱う奴も結構いる。フェイスちゃんもこの様子だとその一人だな。
「一応、先生もレベルに合わせて教えてくれるから大丈夫だと思うぞ」
「それはよかった……けど、私動物に怯えられるんですよね」
「怯えられる?」
フェイスちゃん自身が動物が怖いとかは、犬が苦手な奴とかたまにいるから分かるんだが、フェイスちゃん「が」動物に怯えられるのか?
フェイスちゃん良い子だし、野生の勘が鋭いサドマも普通に仲良くしてっからそんなことねぇと思うんだけど。
「猫とか鳥にはこちら見て硬直されるし、勢いよく吠えてた犬も私を見た瞬間吠えるのやめるんです」
「へぇ、逃げられたりはしねぇの?」
淡々としたフェイスちゃんの説明に、オレは目を見張りながらそうきく。
「逃げられはしませんね。撫でたりも望めばさせてくれるんですが、なんか緊張感があるっていうか……」
動物撫でんのに緊張とかあんましたことねぇし、聞いたこともねぇわ。
檻の中の猛獣に触れるとかならありえっけど。
いや、その場合緊張してんのは人間の方か。フェイスちゃんの口ぶりだと動物の方がガチガチになってんだろうな。
「緊張感かぁ……オレ、めっちゃ犬には吠えられるし飛び付かれるし舐められるなぁ」
「いいな、私もそんくらいがいいです。なんで怯えられるんだろ……」
フェイスちゃんのいつも強気な瞳に珍しく、弱々しい色が映る。うんまぁ、動物と仲良くしたいのに怯えられたら悲しいわな。
いや、でも……何事も程々がいいぞ。
オレ、番犬に懐かれちまって飼い主の爺さんに叱られたことあるし、もっと小さい頃は野犬に攫われたこともあるらしい。
別に犬は嫌いじゃねぇし、むしろ好きだ。
けどサドマが「カイは守ってあげなきゃとか、遊びがいのある生き物とかみんなに思われてるんだよねー」って言ってたから、主導権があるのはいつも犬側だと思う。
サドマがいる時は、あいつがどうにかしてくれるんだけどな……あ、そうだ。
「サドマに今度手紙で聞いてみっか。あいつ、犬となら結構意思疎通できっし」
「雑種の方は、自分に要素がある動物と仲良しですもんね」
説明する前にフェイスちゃんがそう返すものだから、よく知ってるなと驚かされたが、すぐにあることを思い出す。
「ああそっか、フェイスちゃん、雑種の知り合いいるって言ってたもんな」
「はい、その子は蛇をいつも連れていましたね。たまに触らせてもらいました」
友達の話をした所為か、表情が明るくなったフェイスちゃんに対してほっとしながら、オレは「はぇー、フェイスちゃん蛇平気なんだー」と適当に返した。
***
『フェイスちゃんが動物にビビられるのはね、只者じゃない奴の匂いがするからだよ!
格上だぞって感じのね、手出ししたら食い殺すぞって感じのね、そういう匂いがするからみんな従属してるんだよ!
カイの真逆だね!』
相変わらずサドマの手紙は、字がでっけぇし、インク量の調節が下手な所為で文字が滲んだり霞んだりしまくっている。
まあでも文字が大きいから何とか読める。
それに机の上に置いてこうやって、軍学校終わりのオレとフェイスちゃんとエル、遊び帰りのロキ君の4人で見られるからいっか。
「なるほど、そういうことね」
サドマからの手紙を見て、エルが何度も頷く。そんなに頷くかってくらい頷く。
「エル兄さんはなんで納得してるんですか? 私、別に動物に対しては殺すとか思ってないんですけど……」
反対にフェイスちゃんは手紙とエルの反応に、不服そうにしている。
まあ動物好きなのに、結局ビビられてんのは確定しちまったから、それは落ち込むだろう。
「うん、フェイスは何も悪いことしてないよ。だけどねぇ……仕方ないね。そうだカイと一緒に並んでれば中和されるんじゃない?」
「絶対にカイさんの方に動物が群がって差に愕然とすることになります……」
「それならいっそ、従属させまくってみる?」
「うーん」
なんか変な慰め方をし出したエルと、それを真剣な顔をして聞いているフェイスちゃんの反応を置いといて、オレはまた文章を見直す。
「そっか、フェイスちゃんは白馬の王子様待つどころか、捕食者か……」
なんとなく納得がいってしまう。
フェイスちゃんすっげぇ強気で、気に入らない相手ならなんだろうが噛みついていくし、草食動物っぽいか肉食動物っぽいかって聞かれたら、確実に肉食動物っぽいしもんな。もしオレとフェイスちゃんが口喧嘩したら、オレが負けるだろうし
年下の女の子にその評価は自分でもどうよと思うが、実際にそうだし。
で、フェイスちゃんの真逆っていうことは、オレは動物だったら食われる側だし、格下だってことだよなぁ……何が原因なんだろ?
オレも舐められ過ぎてんのはどうにかしてぇんだよな。それこそエルが言うように中和出来ればフェイスちゃんにとっても、オレにとっても良いのにな。
そんなことを考えていると服の袖を引かれた。
「カイさん、捕食者はさすがに姉さんでも失礼です」
「あ、おう、ごめんロキくん。姉ちゃんのことそんな風に言って」
振り向いて斜め下の子供の「姉さんでも」という言葉に、多少戸惑いながらもオレはそう謝罪を口にする。
ロキ君は実の兄弟だけあってフェイスちゃんと同じ緑色、同じ釣り目をしている。
それでも険しい顔しようがフェイスちゃんより雰囲気は柔らかく感じんなぁ。
気迫が多分ちげぇんだよな。
まあロキ君はどちらかと言えば愛嬌があって世渡り上手そうなタイプだろうしな。
「でもたしかに姉さんは、白馬の王子様を待つタイプじゃないですね!」
「だよなぁ……」
ロキ君も自分の姉ちゃんの性格を知っている所為か、すぐにニコニコしながらそう言ってくる。
なんつーか、フェイスちゃんはそういう世界観には浸らないんだよなぁ。
ていうか、浸るタイプだったら身近にいるエルをとっくにそういう意味で好きになって、盲目になってるさ。
……例えそれが恋愛的なものなものじゃなくても、何かしらの方向性でエルを特別視してるだろう。
エルは、見た目と物腰だけでも特別で、恋愛小説に出てくるヒーローだったり、伝説や神話に出てくる人外並みに、特別でキラキラーって感じするから、大抵はその先が見えにくくなる。
勿論、別の部分でも特別感はある。それはなんつーかキラキラじゃなくて、ギラギラって感じなんだけどな。エルって言う奴は、中身を知れば知るほど、見た目や物腰から抱いた最初の印象から遠ざかっていくからな。
――それでも凡人には、特別に見えるのは違いなくて、
強烈で、すっげぇ強烈で、オレは未だに圧倒されてしまう。
だからこそ、エルはフェイスちゃんを気に入ってるんだろうな。
……フェイスちゃんは、理想の姿越しじゃない、エル自身を見てくれると信頼できるから。
ブラコン過ぎて判断基準おかしいだろって思うこともあっけど、フェイスちゃんはエルの弱さや人間臭さも知った上でそうだろうから。
特別視をせず、特別に縋らず、自分自身の力で生きて、逆に力になろうとするから。
なんつーか、たまにそういう部分からもフェイスちゃんに対して、強ぇし、敵わねぇなって思うわ。
「姉さんは、白馬の王子様を馬上から引きずり落としてケンカ売るタイプです!」
「ロキ君の方が言ってることがひどくね?」




