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挿話16 緑の令息達の雑談

 濃い緑の柵と高い植え込みに囲まれた敷地の前でボクは、約束の時間より早く着いてしまったのでどうしようかと考える。


「あー! テレル! 久しぶりだねー!」


 が、急に声をかけられて、そんな思考は一気に吹っ飛んだ。


 上を見上げれば緑がかった灰色の瞳をした年下の少年が、木々や植物の模様を施された門の上で片足で立って手を振っていらした。

 笑ってみせるその顔は自分の兄のものとは違い、嘘くさいものではなかった。


「いや最近会ったかも? どうでもいっか。とりあえず何しに来たの?」

「お久しぶりです。アルフレッド様。シグリ様がお話があると――」

「姉上が?」


 そう仰るや、まるで猫のようにしなやかに、ボクや兄上より若干彩度が高めの髪を持つ次期緑系統のトップは降り立つ。


 その際、癖で左耳を注視してしまうが、彼の左耳のピアスは激しい動きに耐える為に非常にシンプルだった。

 兄上もシンプルなものにすればいいと言ったのに、ボクと揃える為だとかでチェーン付きのピアスにしている。別に揃えなくていいのにも関わらず。「同じ家って分かりやすい方がいいよー」だそうだ。

 かといって、ボクが変えても兄上は変に気をつかうだろうから変えない。まぁ、チェーンは滅多なことで外れないように特注にしたが。


「ええ、シグリ様がお話があるので王都の屋敷に来て欲しいとのことです」

「あー、だから勝手に栗のケーキ食べないでって言ってたのか。テレルと食べるつもりだったんだね。オリスは今日は一緒じゃないの?」


 ボクの隣に兄上がいないのを見て、そう首をかしげられる。


「今日は別です。シグリ様からの招待状もボクにだけですし」

「ふーん、珍しいね。姉上と婚約でもするの?」


 とんでもないことを突拍子もなく口にされるものだ。

 よく兄上のことを奇人や変わり者、行動が読めないなど言う人がいるが、ボクとしては兄上より全然アルフレッド様の方が行動が読めない。兄上の行動にはなんだかんだ法則性があるからな。


「そんな恐れ多いことではないですよ。ただ、お話をしたいとのことです。そもそもレトガー家にシグリ様が嫁ぐことは無いと思いますよ」

「それはそっか、同じ家が連続で公爵家と婚姻結ぶのは難しいもんね」


 そう、うちの家は父上の代で、叔父上がシュトックハウゼン家の婿に入っているからな。

 貴族の結婚は血が濃すぎても薄すぎても良くないし、何よりシュトックハウゼン家が四つの配下の侯爵家の内、レトガー家を優遇しすぎだと問題になってしまう。

 他の家でシグリ様のお相手になれるような令息がいないならまだしも、いるしな。


「はい。それに、万が一レトガー家が選ばれたとしても、兄上と婚姻を結ぶでしょうから、ボクは有り得ない選択です。いっそ伯爵家だろうが、テウタテスの方が選ばれた方がまだ自然で――あれ、どうかしましたか?」


 アルフレッド様がぽかんと口を開けられるものだから、話を途中で切ってそう伺う。


「……他のみんなに姉上の結婚について話すと大体動揺するのに、テレルだけは冷静に分析始めるんだなぁって。カラクリか何かなの?」

「カラクリじゃなくて人間ですよ。シグリ様がいずれどこかの侯爵家に嫁がれるのは昔から決まっているのにどうして動揺するんです?」

「テウとかオリスとかに話すとすっごい動揺するよ」


 あの人たちと比べたら、それはボクがカラクリか何かにお見えになる訳だ。

 兄上は、シグリ様が大好きでいらっしゃるし、テウタテスに至ってはそれに加えて元の性質からして感情や本能に身を任せて生きているような奴だからな。


「不敬かもしれませんが兄上達は大好きな姉を取られそうになる弟のような気分になるのかもしれませんね」

「僕は実の弟だけど、別に話題に出しただけで持っていたもの粉砕したりはしないかな……というか、テレルは同じような気分にならないの? 姉上に興味が無いの?」


 あの二人を基準にものを考えないで頂きたい。

 シグリ様の信望者のうちでも、抜きんでて狂信者どもを普通にしてたまるか。

 ただでさえ侯爵家以上にテウタテスを加えた、令息令嬢を集めると大体シグリ様の信望者ばかりで基準がぶっ壊れ気味だというのに。


 確かにシグリ様は良く出来た方ではいらっしゃるが、カラビト様に対するものに引けを取らぬ勢いで、信望するのは何か違うと昔から思っている。

 あの方は、神である天でも、天の使いであるカラビト様でもない。人であるのだから。


「興味はありますよ。幼少期から大変お世話になっていますから、幸せになって頂きたいです。でも、だからこそ冷静に考えるべきなのでは? 家柄、人柄、相性、系統内外の情勢を見るのに私情に塗れて冷静さを欠いていては目が曇りますから」

「そっかぁ……そんなテレルから見ると誰が一番有力候補なの?」


 そう問われ、ボクは少し黙り込む。

 おそらく年齢や立場のことを考えると、ヴァルダー家のあいつだ。長男で実力もあって家を継ぐのは確実だし、年もシグリ様と大して離れてないかつ年上と、いい具合の条件を持っている。


 まあ、彼の場合、兄上やテウタテスが反対しそうだがな。

 でもそれさえもあの二人がシグリ様の結婚話で動揺するのも彼が最有力候補だと理解しているからだろう。


「そうですね。おそらくシャムロック卿あたりじゃないでしょうか?」

「シャムと姉上かぁ……」


 そう二つ年上の人物の名前を出せば、未来のシュトックハウゼン公爵家の当主は微妙な顔をされる。これは予想外だ。


「どうかされましたか?」

「いや、シャムはさ、良い奴だけど。僕らのことをいつも子供扱いしてくるんだよ」

「アルフレッド様はまだ子供だと思います」


  一三なんてまだ子供の範疇だ。子供扱いされたってなんてことない。抵抗する方がむしろ子供らしさを強調する。まあ、シャムロック卿も十六だから子供とも言えるが。


「確かにそうだけどさ。なんか違うんだよ。なんて言うか、流石にそんなに守られなくても平気だよっていうか……」

「ようは過保護ですか」


 そう口にしながらも、アルフレッド様はなんだかんだ油断して危なっかしいことをされる傾向があるので、どの程度で不満を口にされているのかと心の中で疑る。


「そうそう過保護! 未だに僕が小さい頃に肉を喉に詰まらせたのをしつこく気にしててさ、毎度注意してくるどころか『大丈夫なサイズに切りましょうか?』って。流石にもう詰まらせないし……なんかめんどくさい」


 けれど、想定したレベルを余裕で越していたので、シャムロック卿に呆れる。


「それは面倒ですね。正直に言いました?」


 しかも「切りましょうか」とは侯爵家の長男が自らやる必要はないだろうに。まあ、あの人のことだシュトックハウゼン家の使用人すらも信用していない可能性は十分ある。


「無理だよ。姉上が喋れなくなってから異様に敏感になってるから」

「……あの事故は衝撃的でしたからね」


 自分もシグリ様がナイフで喉を切り裂いて失声なんて事故を聞いて、当時はすぐに信じられなかったものだ。

 幼少期で男女差があまりなかったとはいえ、暴れたテウタテスを鎮圧されたことのある方が、たかがナイフ一本でそんな傷を負われるとは予想外だったから。


 けど、冷静に考えてみれば、

 駆け寄ってきて下さったと思ったらドレスの裾を踏んづけてこけたり、

 ボクの声をかけるタイミングが悪かったせいか持っていた花瓶を落とされたり、

 会話しながら刺繍されていたと思ったら手元が血まみれだったり、

 割と昔から少し抜けてらっしゃるところはあったから、のちのち納得したがな。


 兄上はシグリ様はしっかりされていると思っているようだが、案外あの方は抜けてらっしゃる。緑系統の連中はシグリ様のことを変に美化しすぎている。


「でも、テレルはあんま変わんないじゃん」

「そうでしょうか」

「あ、だから姉上はテレルと話したいのかな。他はみんなあの時から変わっちゃったから」

「揃って面倒臭くなりましたからね」


 兄上や他数名のことを思い浮かべたものだから、思わず言葉に疲労がにじみ出た。


「でしょ! シャムなんて更に冷たくなったし」

「冷たい? 過保護だったのでは?」

「あ、冷たいってのはうちの家以外の人にね。シャムは昔から僕らにしか優しくないんだよ」

「それ気づいてたんですか」


 恐らくシャムロック卿はシュトックハウゼン家の方々だけには気付かれたくなかっただろうに。

 他にはどう思われようがケロッとしてそうだが。


 シグリ様にはバレてるとは思っていたが、割と鈍いアルフレッド様にバレるとは、相当だ。末のジェシカ様には流石に気付かれていないとは思うが、それにしても酷い。


「流石に気づくよ。僕らの前じゃ猫被ってるけど、テレルのこととかよく無視してるから気になって隠れて観察すると大体やばいの。最近はすっごく冷たくてさヴァルが『ここまで寒暖差をつけられるものなんだな』ってして感心」


 なるほどボクへの態度からバレたのか。

 ボク相手の時は多少はボロが出てたとはいえ、他相手ではシュトックハウゼン家の方々の前では結構しっかり猫を被れていたのに残念なことだ。


 しかし気になったからといって隠れて観察を紫の公爵令息のヴァルファ様とされているとはな。

 恐らくアルフレッド様は、ヴァルファ様と大変仲がよろしいのと、単独行動でつけるとバレやすいので慎重派の彼に協力して頂いたのだろう。


 そしてあれを見て感心するとは、紫の次期当主はズレていらっしゃる。まあ、今回はそのズレのお陰でアルフレッド様の中のシャムロックの暴落が緩和されたがな。


 あと彼の為にもボクの為にも一つ訂正しておくことがある。


「いや、ボクの場合は単にシャムロック卿に嫌われているからだと思います。他には彼は無関心なだけですよ」


 正確に言えば彼は弱いものに関心がない。

 昔、兄上に『弱者がどうしようと、こちらはそれを一瞬で潰せる。だから気にかけるべきは強者の動向だ』と彼が言っていたのを見た。そしてシャムロック卿の基準だと、幼い頃に公爵家に集められたような連中以外は全員弱者だ。


「テレルはシャムに嫌われてるの?」

「まあ、そうでしょうね。相性の問題ですので気になさらず。元からボクは人に好かれやすい性格でもないですし」


 ついでに言うと、シャムロック卿から言わせてみれば雑魚だそうだ。

 正直最初は腹が立ったが、嫌悪とはいえ彼の眼中に入れてる時点で上出来な方ではあるのだろう。


 だからある程度満足はしているのだが、心配なのか目の前の方は眉をハの字にされている。


「僕は、僕はねテレルのこと好きだよ。ヴァルもだけどすっごい真っ直ぐだから。テウだってみんなの言うことは聞かなくても、テレルのは聞くよ」


 励ますように慌ててそう言葉に口にされる公爵令息に思わず笑みがこぼれる。


「ありがとうございます。それに大丈夫ですよ。誰からも好かれようだなんて思っていませんし、好きでいてくれる方が好きでいてくれるだけで十分です 」

「そっか、仲良い方がいいけど、テレルがいいならそれでいいや。シャムに言ったらまた猫被りそうだし」


 目の前の御仁はまっさらな灰色の目をパチパチさせた後、そうあっけらかんと口にされる。

 潔い。おそらくボクの言葉はよく理解できないが、当人が幸せそうなら良いかといったところだ。


「それはそうですね。それに、シャムロック卿はアルフレッド様には優しいでしょう」

「うん、優しいよ。姉上にも妹のジェシカにも父上にも母上にも優しいよ。でもさ、さっき言ったように僕らがいない時のシャムロックを見るとさ怖いよ」

「怖いですか、ボクは彼のことを怖いとは思ったことはありませんね」


 彼を見て怖いと思ったことはないな。

 兄上や目の前の彼、そしてシグリ様の方がよっぽど怖いと思ったことがある。それも畏怖からではなく、その不安定さからだが。

 シャムロック卿は精神的な面でも軸がはっきりあるから、それを把握していれば恐る必要はない。


「テレルはメンタル鋼だからね。でも、僕はああいう冷たいシャムロックを見ると、僕が公爵家の人間だから猫被っていて、本当は裏で罵ってんじゃないかって疑っちゃうんだ」

「彼はお世辞を言うタイプではありませんよ。本気で嫌って、本気で無関心で、本気でシュトックハウゼン家の人間を愛してます」


 彼の母方の家、トルンプフ伯爵家の人間はシュトックハウゼン家の人間を守ることに人生を捧げるものが多いらしい。

 父上が仰るに遥か昔にカラビト様が無茶ばかりするシュトックハウゼン家の人間を守る為にカラビト様が監視を頼んだ人物が当主になったのが影響だそうだ。


 シャムロック卿の中では第一にシュトックハウゼン家の人間だ。

 兄上やテウタテスを含む強者を気にするのも、根本にはシュトックハウゼン家と深く関り影響を与えるだろうから注視しているというものだろう。

 ボクが嫌われているのは相性の問題もあるが、本来そこまで影響を与えない存在(『弱者』)の筈なのにシュトックハウゼン家の人間と関わっているのもあるだろう。


「うーん、そうなのかなぁ? だとしたら、みんなともう少し仲良くしてくれないかなぁ。僕はそれを望んでいるよ」

「たまにどうかと思ったりはしますが人それぞれで、相性もありますから、あまりアルフレッド様は干渉しない方がいいかと」

 

 アルフレッド様のそのお言葉を聞いて、シャムロック卿は更に猫かぶりもとい寒暖差が凄まじくするだろうし、それを見て更にアルフレッド様は疑心暗鬼になられそうだ。

 シャムロック卿はシュトックハウゼン家の方々が何か仰れば、そのことは滅茶苦茶気にするが、かといって他への心構えを変えるとは思わないからな。


 それくらいなら「猫かぶりしてるけどシャムロックはそういう奴だから」とアルフレッド様が割り切り黙って頂くのが良い。


「あと話は戻りますがボクは個人的にシグリ様の婚約者として彼は良いと思います」

「どうして?」

「シグリ様は周りを気にしてご自身のことを疎かにしがちですから、逆にシュトックハウゼン家のことしか頭にない彼と一緒なら、二人で過ごしていくうちに丁度よくなるのではと」


 シグリ様は自分では止まれないお方だ。

 どんな状況だろうと限界が来ようと、自分より弱者のことを目にかけて、気づかずに進んでいってしまわれる。だから彼女の伴侶はストッパーでなければならない。

 個人的にボクはシャムロック卿が適任だと昔から思っている。


「足して二で割れば丁度よくなるかもってか!」

「そういうことです……あとアルフレッド様」


 成る程と言うように顔を輝かせた方に対して同意した後、お名前を呼ばせて頂く。



「ん? なにテレル?」

「門を超えてまで何処にいかれるつもりです?」


 そう問いかければ、アルフレッド様の顔が一瞬にして苦虫を嚙み潰したようなものに変わられる。


 普通、貴族が出掛ける時には屋敷の門は開くし、誰かしら使用人がついて行くはずだ。

 まあ、緑系統の貴族は自己防衛能力が高いから、人に関しては割と元からいい加減だ。

 現にボクもほんの少し前の道までは馬車で送って貰ったものの、色々と面倒なので帰りの時間だけ告げて御者には戻るように命じて単独行動の真っ最中だった。


 が、それでも門を乗り越えてなんて出掛け方は無いし、動向は誰かしらに伝える必要がある。


 にも関わらず、門を乗り越えて何処かに出掛けようとされたということは、無許可の脱走だ。


 昔からアルフレッド様には脱走癖がある。

 よく誰にも言わずに王都の別邸や、緑の都レベンディヒの本邸から抜け出してどこかに行ってしまわれるのだ。

 その上、脱走してしばらく帰って来られないこともある。

 幼い時には紫のヴァルファ様を連れて脱走されたと思ったら、日が経って山から倒した盗賊や獣を持って帰ってたりしていらした。


 一度、緑系統紫系統の御当主二人が本気で対策されたこともあるが、見事に惨敗した。地上最強かつ金属製の拘束器具を破壊する相手には手の打ちようもないのだ。


 アルフレッド様は脱走癖について「自由にどっかで暴れないと、壊したくないものも壊してしまうから」と仰っている。

 緑系統の血がそうさせるのか、それとも元からの性質なのか分からないが、アルフレッド様が人として生きるのには必要な行為なのだろう。


 が、だからといって今こうやって目の前で脱走されるのは看過出来ない。これ以上先には行かせないように手首を掴ませて頂く。


「ちぇ、雑談した後ならいけると思ったのに誤魔化せなかったか」


 そうやって残念そうにされるものの、ボクごときの拘束に大人しく従ってくれているので、まあそこまでは問い詰めないでおこう。


 本当、緑系統(うち)は色々と癖が強い人が多いな。

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