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挿話15‐3 鍛冶屋の息子は基本無邪気


「その後よ。ブープがその角砂糖っつーか色んな形の塊砂糖の一個目を食後に食うって楽しみにしてたんだよ」

「へぇ、あの店の砂糖で立方体以外の形のをあっさり平民相手にプレゼントするなんて、流石一番勢いのある侯爵家なだけあるね。財力に余裕がある」


 オレの話を聞いて、エルがそんな感想を零す。


 流石、Aクラスでテレル様のクラスメイトなだけあってよく分かってるわ。そんで砂糖の店も把握してんだな。

 まあエルとかだったらお茶とかに入れて使ったことありそうだと思ったけど。薔薇の形の砂糖とかを紅茶に入れて優雅にしてんのがすっげぇと絵になるタイプだもんなぁ。


「やっぱエルもそう思うよなぁ。侯爵家レベルともなると平民へのプレゼントだって金遣いが太っ腹だわ」

「まあ当人がああ見えて平民を雑に扱わないのもあるだろうけど。子息にも優秀な人財に正当な報酬を与えるって言うのが染み付いているから、レトガー家は栄えているのかもね。下の存在を蔑ろにし過ぎれば、上の立場であろうと上にも下にも同格にも見限られるからね。まあ見限らない馬鹿や屑もいるけど」


 紅茶色の瞳をエルはそう言って細める。


 その様子は様になっているものの、妙に冷たさを感じる。

 別に他の奴が言ってたら、そこまで気に留めねぇ内容なんだが、上級貴族ばっかのクラスにいるだけあって「見限られるからね」の部分に実感篭ってそうなんだよなぁ。


 貴族の暗いとことか、ドス黒いとこを、エルは確実にオレより知ってる。

 多分聞けば話せるとこはどんどん話してくれっけど、話がずれてくからな、深堀はやめておく。

 

「でよ話は戻るけど、記念すべき1個目どの形のにするか悩み始めてよ。ゼーグは魚の形の進めて、オレは無難に目を瞑って適当に取ったやつにすりゃいいとか言ってんのに、食後にうんうんずっと悩み続けてよ」

「そんなに色んな形のがあったんだ?」

「おうよ一つの瓶に色んな色の色んな形の入っててブープ大喜びよ。魚とか、犬とか、猫とか、薔薇とか、とにかく色んなの」

「テレル様は流石だね。多分店側に言って、特別に色々混ぜたの作って貰ったよ。普通種類別にしか売ってないから」


 ひえっ、そこまでしてたのか。オレ、店のこと漠然と知ってたけど、実際の商品売ってるとこは敷居が高過ぎて見たこと無いから知らなかったわ。

 なんかもう深く考えると怖くなって来たから、スルーしよ。


「そうしてる内にダックスが勝手に瓶から一個適当に取って食べたもんだから、喧嘩が勃発したんだよな」

「うわぁ……ブープくんそれは怒るよ」


 エルの何やってんのという反応は当然だ。


 つーかさっきの瓶の中身が特別製だって話聞いた後だと、なんでオレはあん時そこまで反応しなかったんだと後悔する。

 けどあん時、一番キレてたのも別にブープじゃなかったんだよな。


「あ、いやゼーグの方がキレてた。ブープは自分より怒ってる奴見て気が削がれてたな。まあ後で『勝手に取らなくても分けてって言ってくれれば分けっこするし、それでも一番目はおれにしてよ。おれがもらったものだよ』って文句言ってたけどな」

「それで済ませるの優しくない?」

「ダックスには逆にその優しさが効いたみたいで、地にめり込むくらい土下座してたな」


 ブープは馬鹿だけど、その分滅茶苦茶気の良い奴だからな。

 馬鹿と指摘されてムキーってなってる時もあっけど、すぐに機嫌が直ってニコニコ接してくる。


 そのブープが時間が経ってもやられたこと覚えてて、笑わずに悲しそうに文句を言ってるからな。しかも内容はぐうの音も出ない正論。

 あれで罪悪感湧かないようだったら、どうよと思う。



「そんなんになるくらいなら、最初からしなければ良いのに」

「いや普段ダックスは意地悪するタイプじゃねぇし優しい奴だから。なんならやりそうなタイプのゼーグも流石にあんなに楽しみにしてたら何もしねぇしな」


 ゼーグは意地悪なところはあっけど、なんだかんだ悪戯の境界線はちゃんと引くタイプだからな。なんならガチでやらかしたダックスに今回食ってかかってるし。


「そうなんだ」 

「食ったダックスが『多分大丈夫だな……』とか頷くから、ゼーグが爆速で『何も大丈夫じゃねぇよ! ブープが一個目に魚の形の食う筈だったのに何してくれてんだ!』って殴りかかってたなぁ。マジでダックスの奴どうしたんだ?」


 いやマジで、ダックスがするとは思えない暴挙だったかんな。オレあん時普通に目を疑ったし。あいつたまに何考えてんのか分かんねぇんだよな。


「……もしかして、それ毒見してたんじゃない?」

「は?」


 黙り込んでいたエルが急に変なことを言うもんだから、理解が追いつかねぇし、声も裏返る。


「だってよく知らない相手からの贈り物だよ。毒物仕込まれてる可能性だって考えられるじゃない?」


 落ち着いた様子でもっともらしくオレの友人はそんなことを続けるが、開いた口が塞がらなかった。

 考えられねぇよ! 平民が普通に生きてて毒物仕込まれるかもなんて発想出来ねぇよ!


「は、発想がとんでも無く物騒なんだが……つーか、それじゃあ御用達の店のもの疑ってんのか? そんなん店の傷になるからしねぇだろ」


 商品に毒が入っていたなんて悪評が流れたら、店に大打撃だ。

 噂っていうのは、良い噂はそこまで広まりやしねぇってのに、悪い噂はすぐに広まっからな。


「あの店、レトガー家と関係が深いからね。あそこから頼まれればやるよ。まあやるような方達じゃないけどさ」


 毒仕込むなんてしないのが、世の大半だろうよ。

 お前の言い方だと毒仕込むのが割と普通みたいになってんだけど。


 まあ、そんな物騒な発想のエルも、流石にテレル様がそんなことをするとは思ってねぇみたいなのが、せめてもの救いだが。


「毒物とか平民の奴らに縁のねぇ話なんだが」

「まあ、それはそうだろうね。じゃないと水やコーヒーに色々勝手に入れて悪戯なんて平和に出来ないよ。多分貴族でやったら軍の調査隊が入ってくるよ」

「調査隊⁉︎ なんで悪戯がそんな大事になるんだよ」


 あんなバカ騒ぎで調査隊なんて真面目な集団が貴族じゃ駆り出されちまうの⁉︎


 オレの驚きとは反対に、エルは相変わらず落ち着いた様子でまるで教科書の内容を読み上げるみたいに続ける。


「色々渦巻く世界だからね。黄の王妃関係の噂の一つにも、死因は愛飲していた飲み物に毒物を入れられたなんてものがあるし」


 なるほど、実例でヤバいのがあんのか。そりゃ大騒ぎしとくに越したことはねぇ。


 にしてもどの噂聞いても黄の王妃の話は碌なもんじゃねぇな。まあ亡くなった後も亡霊となって気に入らないやつを呪い殺したとか言われてる人だからなぁ。

 呪い殺すって思われる程、苛烈で、人嫌いだったんかなぁ。


「現赤の公爵の叔母も毒殺されたなんて噂もあるしね。まあその人はそういう噂が立てられるほどやらかしていたみたいだけど。人間って勧善懲悪を好むからさ、悪い奴には悪い結末が来るべきって感じで、そういう噂が流れるんだろうなぁ。現実は大体の悪人は懲らしめられずにいるし、例え懲らしめられても、それまでに多くの人が悪人によって悪い結末をもたらされた後だから勧善懲悪だなんて言葉で終わらせられない」


 淡々と放たれるエルの言葉の内容は、全体的に暗いし怖い。

 なんで、こいつは放っておくと思考回路がじめじめとした方向に染まってくんだ。


 勧善懲悪が世で好まれるって言うだけならともかく、その後のオレなりにマイルドに翻訳して『世の中理不尽だよね』的なところはいるか?


 そもそもオレは、友達が変な行動したんだよなって世間話してた筈なのに、どうして毒なんて言葉出てきて、挙句世の理不尽さにお前は思いを馳せてんだ。


「……なあ、エル。お前はどうしてそんな物騒で怖い話ばっかすんだよ。オレがこれからゼーグに悪戯される度に毒とか頭のよぎったらどうしてくれんだ……」


 あいつらが毒とか仕込むとか思う訳じゃなくてさ、オレらのこの悪戯が貴族では欲望やドロドロでガチでやばい感じになってて、時には人も死ぬって思い返しそうでやなんだよな。


 今まで「あいつやりやがったな、くっそー!」って感じでふざけられたのによ、これからはそう言う時に「でも貴族じゃこれ危険行為なんだよな」って絶対頭によぎる。


「ダックスくんはカイ達が大好きなんだね……でも甘いなぁ、遅効性とか、一部の砂糖だけ仕込まれてる可能性は考慮出来てないんだよなぁ。それに即効性で当たった場合も、目の前で悶え苦しんだらみんなのトラウマになるんだよなぁ……贈り主脳筋緑のテレル様で良かったね」


 物騒な話を続けるな! 遅効性とか即効性とか解像度を高くしてどうする⁉︎


「やめろ! なんで毒見前提でダックスの行動分析すんの⁉︎ しかもそんな感じだと自己犠牲も覚悟であの行動取ったってなるし、それなら意味分かんねぇ行動だって思っときたいわ! 生きることへの執着大事! 命はみんな自分の優先しとけ!」

「っ、あはは! カイはそういうタイプだもんね最高! そういうところ良いよね!」


 オレの必死な様子に、エルは紅茶色の目をまん丸くしたかと思えば、腹を抱えて急に笑い出す。


 今のどこに面白いとこがあった? みんな自分の命を最優先にして生きるっつーのは、生物的にも正しい筈だろ。駄目だ、エルの笑いのツボが分からん。


「良いも何も普通のことだろ」

「うん、そうだね。それが普通であるべきだね……大丈夫、今のダックスくんの話はぼくの想像に過ぎないから」


 エルの言葉にオレはホッとして胸を撫で下ろす。


「そうだよな、そもそも平民相手に毒なんて回りくどい方法貴族は選ばねぇだろうから、ダックスのあれはそんなんじゃない筈……」

「さぁ? 平民相手に毒もやる奴はやるんじゃない? 世の中に絶対はないし、どうしようもない屑もいるんだよ」

「綺麗な笑顔で恐ろしいこと口にすんじゃねぇ……だいたい怖い話の時代はとっくに終わったんだよ‼︎」


 上げて落とすな。お前、オレを揶揄って遊んでんだろ……そうであってくれ!





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