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挿話15‐1 鍛冶屋の息子は基本無邪気

「キルマー、シュミットと仲が良いそうだな」

「シュミット?」


 学校の廊下で急にレトガー様に声をかけられた上、あんまピンと来ない名前を口にされオレは首を傾げる。


 シュミットって苗字の人幼少期から何人も会って来たからなぁ。なんならそこの地域に住む人全員そうで、苗字で誰も特定できねぇとかあったりもした。

 割とよく聞く名前だからこそと、逆に個人の特定が出来ない。そんなオレにテレル様が怪訝そうな顔をする。


「確か同じ学年の平民寮の筈だが。鍛冶屋の家のもので武器に詳しいとか……」

「あっ! ブープのことですか」


 追加の情報で明るい茶髪の天真爛漫な元同室者の姿がパッと思い浮かぶ。

 そういえばブープの苗字ってシュミットだったな。あいつのことオレ含めみんなずっと名前で呼んでっし、名前と性格や見た目がしっくりくるもんだから苗字の方の印象が全然残ってなかった。


「ああ、ブープ・シュミットのことだ」

「確かに仲良いと思いますけど、どうかされたんですか?」

「いや武器の生産者側出身の人間に聞きたいことがあってな、それでキルマーから紹介して貰えないかと思ってな」


 テレル様の言葉を聞いて、テレル様がブープに話しかける図を思い浮かべようとするが、どうも上手くいかない。

 美形にビビるブープが奇声をあげながら逃げていく姿しか思い浮かばない。


 あいつのことを知った上で話しかけるつもりだし、はっきり目的もありそうだ。おおよそ武闘大会がそろそろあっからそれ関係か?

 悪い人じゃねぇし、普通だったら紹介してもいいんだが……。


 テレル様はなんだかんだ貴族だから顔の造形は整ってもんなぁ。

 それに加えて、童顔、低身長と一般的に見て愛らしい部類の要素を持っているが、獣を想起させる空色の吊り目や、尊大な態度もあいまって独特の雰囲気を纏っているし。


 どんな良い人だろうが、その前情報があろうが、ブープのあれはほぼ本能だ。どうしようもない。


「そういうことですか……いや、その……」

「どうした?」


 どうテレル様にブープの性質について話せば理解して貰えるか分からず言葉を詰まらせる。

 顔良い奴に出会った時に化け物に出くわしたみたいになるのはオレもあいつくらいしか知らねぇしな。


「いや、そのブープは美形が得意じゃなくて、おそらくテレル様とはまともに会話出来ないと思います」


 でも結局、こういう説明をするしか出来ない。

 テレル様には理解し難いだろうと思って口にしたが、意外にもテレル様は「なるほど」と言うものだから、オレの方が戸惑う。


「なるほどとは?」

「いやクロッツ卿が話しかけたら謝罪を口にしながら逃げられたって仰っていたからな。単純に知らない相手に話しかけられて驚いたのかと思いきやそういう訳だったんだな」


 ブープ……まあ、お前にしては上出来だ。よく頑張ったよ。今度の大会テレル様とペアのクロッツ様も紫の貴族で顔面偏差値高ぇもんなぁ。

 けど、何も知らないクロッツ様からしてみれば、ブープの反応はただの奇行として目に写るのは間違いない。現にテレル様にそのことを話されるくらいには記憶に残ってたみてぇだし。


「ええ、まあ、そういう訳でテレル様はブープと話すことは難しいかと……多分知らない相手に話しかけることにはあいつ躊躇無いと思いますけど。顔が綺麗な方にはビビるので……」


 ブープはいつも険しい顔していて怖いと有名な剣だけで成り上がった先生にも躊躇なく「武器なに使ってるのー? です!」とか突っ込んで行けるのにな。

 その上、言葉遣いを叱られたりもしながらも、最終的には「愛用の剣について教えてもらったー!」と満面の笑みで帰ってくる強心臓の持ち主だ。


 なのに顔が良い、それだけは駄目なのだから不思議なもんだ。まあ人によって苦手なもんは違ぇしな。


「つまりボクの見た目が駄目なんだな」

「まあ、そうなりますね……」


 同意しにくいような言葉だが、同意するしかない。顔が良くて悪い印象抱かれるなんて珍しい現象もあったもんだ。


「分かった。情報提供助かったぞ、キルマー」



 ***



「あのなあのな今日なすっげー恥ずかしがり屋な奴に会った? ううん、しゃべったんだ!」


 夕食後、談話室で元同室者が琥珀色の瞳を輝かせて、興奮しているのか椅子の上でぴょんぴょん跳ねながら、オレらにそう言う。


「そうか、どんな恥ずかしがり屋だったんだ?」


 灰色髪のダックスはそんなブープを落ち着かせるように、水の入ったコップを渡しながらそう返す。

 ブープは単純な奴だから渡されたコップの水を素直に飲み干す。


 そしてブープの真横に座っていた海藻みたいな髪色の奴が「ほらよ」と別のコップを渡せば、ブープはそれにも口をつけた。


「に、にがっ! ゼーグ、おれ苦いのムリだって! うわー、口の中がにがーいー! みーずー!」


 あ、ゼーグの奴、やったな。

 ダックスが落ち着かせてから話を聞かせようとしたってのに、悪戯仕掛けて興奮させてどうすんだっての。ま、多分魔がさしたんだろうけど。


 ゼーグに渡されたコーヒーを見ずに飲んだブープが、顔を顰めながら喚く姿が哀れなので、オレは自分用に持ってきていた水を渡す。


 ブープはそれをまた見ずに飲み干す。


 さっき悪戯されたってのに、また確認せずに飲み干すなんて学習能力無ぇのか、人を疑うことをしないのか……まあ、流石にオレもここで水以外を渡すなんて、真向かいで笑ってるゼーグみてぇな鬼畜な真似しねぇけどよ。


「ぷはっ、カイありがとう! そんでゼーグひっでーのな!」

「いやまさか引っかかるとは流石のアホだ」

「おれ、アホじゃねーもん! くっそ、今度ゼーグのコーヒーに角砂糖たくさん入れてやる!」

「ボクの週一の贅沢にそんな水差しやがったらしばくぞ」


 悪戯仕掛けたのの仕返しにその対応は理不尽だぞ、ゼーグ。

 そんで、そんな週一の贅沢をさっきみたいな悪戯に使うのはいいのかよ。


 んでブープも「毎日一個ずつって決めてんだー!」って言ってる角砂糖を仕返しに使うのかよ。勿体ねぇぞ。


「入れてやる。ぜーったい入れてやる。2日前からガマンして来週入れてやるんだ」


 ブープ、そういうのは口にしねぇ方が良いし、ゼーグが今日のことを忘れた頃にやる方が成功率上がるぞ。あと意外と入れる角砂糖の数が少ない。2日前から我慢したんじゃ当日の分入れても三つにしかならねぇ。仕返しにやるならもっと入れて甘すぎてキッツイくらいにしてやれ。

 そもそも仕返しなのにお前自身も損してどうする。


 とにかくこのまま放置したところで、悪化していくだけなのは目に見えているので、隣に座っている灰色髪の少年にどうにかしろよという意味で視線をやれば、「二人とも元気だよなー」と微笑ましいとばかりの反応をする。

 お前は孫を見守るじいちゃんか。同い年の筈なんだがなぁ……まあ大人びてる奴だがな。


 割とダックスは仲間内でぎゃーすかやってる時は放置する主義なんだよな。


 オレが入学したての頃、同じクラスの奴に絡まれている時にそれとなく庇ってくれたり、ブープが出かけてたちの悪い奴に当たり屋された時に助けてくれたりはしたんだけどな。


 ゼーグの奴は余計なことよく口にする癖に危機回避能力が高ぇから、そもそもその手の面倒ごとにはあんま巻き込まれねぇ。

 あいつが言うに「お前らが巻き込まれすぎなんだ。ボクは普通に生活してるだけだ。分かりやすいトラブルに馬鹿みたいに首突っ込んだりしない」だそうだが、オレは普通に生活してるっつーの。ブープの奴は知らね。


 とにかく、ここはオレが止めねぇと多分おわらねぇ。


「ブープ、すっげぇ恥ずかしがり屋の奴に会ったんだって話はどうしたんだ」

「おー、そうだった! あのな放課後角っこの前で呼び止められたんだ」


 無理やりかもしれねぇが、最初にブープがしてた話の続きを振れば、ブープは争っていたのもすぐに忘れたように笑う。その隣のゼーグもブープの様子を確認してから口をつぐむ。


「へぇ、そんで?」

「それで、相手の奴すっげー恥ずかしがり屋でさ、顔見せられねぇって言うからさ、角ごしに話したんだー!」

「おおう……」


 それは妙なことがあったもんだ。


「顔見せるの無理みたいで、『ボクの顔見たらお前は逃げ出す』とか言っててささー、おれと似たような感じなんかなぁってなって、すっごいしんきんかんってやつわいたー!」

「へー……ん?」


 ブープの説明を聞いて、オレは何か引っ掛かりを覚える。


「おいバカ、お前そんな怪しい奴と話してよくそんなヘラヘラしてるな」

「バカじゃねーし! ゼーグのバーカバーカ。それに良い奴だったぞー! めっちゃ武器について話してくれたし、聞いてくれたんだー!」

「………………お前、本当にバカだな。警戒心どこに置いてきた? 何かあってからじゃ手遅れなんだぞ」


 ブープの話にゼーグは呆れてるし、危険が及ばねぇか心配してるみてぇだけど、多分大丈夫だと思う。

 今気づいたけど、ブープの話相手緑のレトガー兄弟の片割れ、おそらくテレル様だ。


 あの人、話聞いてから行動が早いなぁ。

 んで、ブープは顔見せられないから建物の角越しに話そうって言う提案を不審に思わねぇのは流石だなぁ。いや不審どころかなんか親近感抱いて喜んでっし。つーか不審に思わなくても気になって仕方なくならねぇか?


「だからバカじゃねーし! けーかいしんもあるし! 学校の中なんだからあぶねぇ奴なんてもういねーもん」

「不審者とまで行かなくても、校内に普段からいる奴でも関わらねぇ方がいい奴がいんだよ」

「関わってだいじょうぶだったんだから良いだろー! ゼーグはなんつーか人のことめっちゃ疑いすぎだって! あれだ! ニンゲンフシンって奴だろ!」

「お前が考えなしなだけだ」

「ダックス〜!」


 そうブープはダックスに泣きつく。小さな子供がやる親や先生への告げ口みてぇだなという感想を抱く。


「まあ、ブープ。以前校内に不審者が入って緑の貴族が倒したり、やばい貴族がいたりする事もあったから、ゼーグは心配しているんだ」

「ゼーグ! お前人の心配なんて出来たんだ!」


 びっくりした猫かっていうくらい目をまん丸にしてブープは、口をへの字にしている黒髪の少年の方を向く。


「……心配なんかしてない。お前が馬鹿すぎて呆れてるだけだ」

「ダックスぅ……」


 そんな風にブープは消沈したが、その隣のゼーグは消沈通り越して不機嫌になった。


 ブープとダックスのやり取りってブープがよくダメージ食らってるように見えて、実はゼーグの方がグサって来てること多そうなんだよなぁ。

 ゼーグはわざわざ棘のある言葉を使うなよ素直にもの言えばいいのにって感じだけど、ブープは悪気はねぇけど素で傷つけるようなこと言っちゃうからなぁ。


 ブープ、ゼーグはそうは言ってるけど心配してんだよ。


 でも、まあ今回はブープの喋り相手がテレル様だから本当に問題がないし、心配の必要もない。

 けど、相手がテレル様だと明かしてしまうと、運悪くブープがテレル様の名前と顔を知っていた場合、二人がまともに会話が出来なくなっちまう。それじゃあテレル様が顔を見せずにいたのに意味もなくなっちまう。


 けど、ゼーグとあとおそらくダックスもブープのこと心配してっからなぁ……二人ともオレの件もあったからこうやって心配してんだろうな。


「まあ、大丈夫じゃね?」

「だろ! やっぱカイは分かってんのなー!l

「カイが大丈夫……ますます駄目な気がしてくる」

「なんでだよ⁉︎」


 少しでも二人があんま心配しなくても大丈夫だと伝えたくて言ったってのに、更にゼーグに険しい顔をされてそう叫ぶ。


 こいつ今、皮肉とかオレを揶揄う為でもなく素で言ってやがるな。


 思わず残りのダックスの方に視線を向ければ、奴はパチリと紫色の瞳を開閉したあと、微笑んだ。


「ん? ああ……まあ仕方ないさ。大丈夫、二人の分、俺が気にするから」


 暗にオレはアテにならねぇって言ってやがる。

 ひっでぇの。こん中で今一番状況を分かってんのはオレだってのに。



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