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32 オレのなりてぇもの

 

 誰もオレのことなんか期待してねぇと思ってたんだ。


 実技の成績はあんま良くねぇし、いつもへらへらしてるし、流され気質で、大きな力や特別な存在に圧倒されてしまう。そんなオレに誰も期待なんかしなくて当然だと思ってた。


 同じ寮生や平民とかでさオレのこと狡いとか、妬んでいる奴らがいるのは勿論分かってたし仕方ねぇことだと思ってた。当然だと思ってた。

 普通にオレとよく話す奴らやオレに良くしてくれる奴も「どんまい、まあ(何も出来ないだろうけど)がんばれ」とかみんな思ってんだろうなって思ってた。

 あとオレが弱いから心配して気が気でない優しい奴とかもいるとは思ってた。


 勿論そういう奴らもが多いだろうけどよ、オレのこと色々知った上でこうやって何かするだろって、できるだろって期待してくれてるような奴もいたんだなぁ。


 ブープの奴とか散々言ってたくせに、ダックス達との賭けでは一試合目に賭けてた癖に、試合中には「バーンってやればできるって」ってなんだよあいつ。色々滅茶苦茶じゃねぇか。

 直近で会った時はオレに対してプラスな事言ってたけどよ、それはあいつがオレの友達だから、良い奴だから、嘘ついてでもオレのこと慰めようとしてんだって思った。

 けど違ったんだな、あいつ本気でオレみたいな奴でも何かの拍子ですげぇこと出来るって思ってたんだ。



 テレル様のはさ、別の時に聞いたらなんか別の感想持ったかもしれねぇけど、なんか今はさ嬉しかったし、勇気づけられた。


 あの人は、オレにもまだ何か出来ると思って、オリス様が助けようとしているのを止めてくれてる。多分、ちょっと前だったら逆に止めないで欲しいと思った。


 けど、あのエルの顔みたらさ、このままオリス様に助けてもらってもエルが前みたいにオレに笑ってくれることは無いんだろうなって思った。

 ここはオレがどうにかしないとダメなんだって。


 ずっとオレにきついこと言ってきたのも、オレに対して何も出来ない奴だと思っていないからだ。見捨ててないからだ。

 時にはそういうのが凄いプレッシャーになるかもしれねぇけど、ストレスに感じるかもしれねぇけど、今はあのテレル様がオレに何かしら出来るって期待してくれてるって事実が背中を押してくれるんだ。


 本気出して無いとかの情報は、まあまあ絶望感与えてくるけど。

 でも理不尽の塊かと思いきや、目の前のこいつは手加減してくれてるなら、黄のあいつとは違って多少の良心はあるのかなって思える。


 うん、目の前のきんきら頭は理不尽だけど、黄のあいつとは違う。赤のマイスター様もきっと違う。

 だって感情が見える。あの時とは全然違う。状況も、何もかも違う。ここは暗い倉庫じゃねぇ。人目のある競技場だ。なら最悪な事態にはならねぇ。



 イルシオン様はさ、さっきあったばかりなのにオレのこと応援してくれんだって、なんかむず痒い。色々考えてて視野狭くなってたけど、そっかオレ一人じゃなかったんだな。さっき会ったばっかの子でもオレのこと応援してくれてたんだなって。


 オレのこと悪く思ってる奴や、馬鹿にしてる奴だけじゃねぇんだって、何も出来ないオヒメサマ扱いしねぇ奴だっていんだって分かった。


 多分オレ自身が一番そう自分のこと見下して馬鹿にしてたから、見えなくなってた、気づけなくなってたけどよ、


 オレのことを知った上で、出来るってやれるって本気で思ってくれてる人もいたんだよ。本気で思える程の可能性がオレにもきっとあったんだ。


 ずっとさ、オレは何も出来ねぇんだって。特別じゃねぇからって思ってた。

 自分のことを凡人だとか弱者だとか言ってさ、出来る範囲決めつけて、でも心底では納得いってなくてさ、ぐるぐる悩んでた。


 自分を卑下して、これでいいんだって受け入れるフリしてた。


 でもよ、やりたいことがあんだ。

 通したい願いがあんだ。


 何が出来るかじゃなくてよ、何がしたいかだったんだよ。何が出来るかだとオレは可能性を狭めちまう。


 先輩の時に苦しかったのは、何も出来なかったからだ。だから今度も出来ないじゃなくてよ。今度こそ何かしないと、また同じことは繰り返したかねぇ。


 力の差があんのは分かってるし、ここから奇跡の大逆転は無いだろうと思ってる。


 でもせめて何かやってやんよ。

 奴らのルール通りの勝ちは出来なくても、こちらの意思はある程度通させて貰う。


 オレとエルの関係ぶち壊したいのか、オレが気に食わないのか、どっちだろうがよ、理不尽な賭けを始めやがって理不尽だぞこの野郎って思いっきり反抗してやろうじゃねぇか。


「よぉ、凡人さっさと音を上げろよ。どうせ何も出来やしねぇんだから」

 胸倉を掴まれてそんなことを言われた。


 だからオレは――首を一瞬後ろに引いてから、思い切り頭突きをした。



 ゴンっと鈍い音がした。


 正直滅茶苦茶痛かったけど、頭突きした後、きんきら頭が真っ赤な目を何度かぱちぱちしてんの見たらおかしくて笑えてきた。

 歓声が沸いて気持ち良い。


 ははっ、さっきまで目も当てられねぇなって反応してた奴らも盛り上がってやがんの。


「確かにオレの方が弱ぇし、オレは凡人ですよ。でもさお陰様で分かったんですよ、弱いとか、凡人ってのは関係なくて、オレがどうしたいかってことだって」


 突然の反撃についていけないきんきら頭をいいことに、オレは胸倉を掴んでいた手を離させると距離を取る。


 オレは友達が悲しむのも傷つくのも嫌だ。

 オレ自身が辛い目に遭うのも嫌だ。

 立派な志は持ってねぇ。


 でもそれは現状に満足してるってことだ。

 のんびり周りの奴らと過ごす日々が好きってことだ。

 だからそれを通す為にオレはそれを壊そうとする奴らに反抗しないといけねぇ。成すがままにやられてても、また壊されるだけだ。


「オレがどうであろうと、あんたらがどうだろうと、オレはオレの大切なもんを守りたい。オレの願いを通したい、だったらやるしかねぇだろ」


 地面に刺さっていた模擬刀を掴む。

 折角、エルが取ってきてくれたのに使わねぇのは勿体無いだろ。それに武器はあった方が良い。


 足は正直がくがくだ、体も痛みで軋んでる。

 自分と比べて何もかも上回ってる相手への恐怖は消えはしねぇ。

 それでも自分が立てるように、立ち向かえるように、言葉を吐く。


「弱音吐いたり、後悔すんのはやれるだけやってからの方がマシだって分かったから。出来る出来ねぇはやってから言う。出来ると思ってくれる人もいるって気づいたから」


 大会だから、怪我はある程度あっけど、死ぬことは無い。貞操は勿論大丈夫。ならいかないと。


 この大会で初めて、戦意を持って模擬刀を構える。

 今更かと言われっかもしれねぇけど、今からでもやった方が、やらないよりマシな筈だ。


「オレが大切なもん失いすぎて立てなくなっちまう前にやらないと」


 暴力が嫌いだ。痛いことも嫌いだ。辛いことも嫌いだ。


 でもそれ以上に、

 平穏を壊してくる理不尽な存在が大嫌いだ。

 何もできずに終わった後の喪失感、後悔を味わう時間が大嫌いだ。


 自責のし過ぎで見えなくなってたけど、オレこの理不尽な状況に怒りを感じてんだ。


 なんで大会でエルとペア組んだだけで、こんな外野からごちゃごちゃ絡まれねぇといけねぇんだ。

 文句まではまあギリ分からなくもねぇが、オレへの嫌悪からエルに退学に繋がるってどういうこっちゃ。理不尽にも程があんだろ。


 お貴族様なんだから平民の誰が誰とペア組もうがどうでもいいじゃねぇか。圧力かけてくんじゃねぇ。オレやエルを潰したところであんたらになんか得でもあるんかよ。なんでオレらがこんな目に遭わなきゃいけねぇんだよ。


 お陰でオレもエルも最近曇りっぱなしなんだが。ただでさえエルの奴ネガティブになりやすいっつーのに、ストレスかけてくんじゃねぇ。悲しませんじゃねぇ。苦しませんじゃねぇ。割とお気楽な思考してるオレも沈むって相当だかんな。体も滅茶苦茶いてぇし。


 視界の隅でエルが紅茶色の瞳でこちらを伺ってるのが分かった。


 心配? 後悔? どんな感情かは正直分かんねぇや。でも笑ってはなかった、苦しそうだった。



 なあ、エル。

 オレを庇おうと、守ろうと、頑張ってくれてありがとな。


 ずっと、ずっと、お前はなんでか知らねぇがオレのことを守ってくれたな。お前だって色々大変なことがあんだろうに、オレのことをずっと気にかけて心配してくれたな。


 綺麗で強くて優しい、お前のそんな姿にいつも圧倒されてきたし、安心した。甘えてきた。


 でもオレはそんな姿を見てるだけなのはもうやめる。

 だって、オレ、オヒメサマのままはもう嫌だ。お前に頼って貰えるような、対等な友達になりてぇんだ。

 お前はそんな風に振舞う裏できっと苦しんでるから。


 オレもお前の為に何かしてやりてぇ。お前みてぇに強くはねぇかもしれねぇけど、お前が心の底から笑えるように、一緒にまた馬鹿みてぇに穏やかな日々を過ごせるようにしてぇ。


 だからお前はもう充分だって。もう充分頑張ってくれたから、今度はオレが頑張るよ。お前の為じゃなくさ、オレの為にそうしてぇんだ。自分にとって最高な日々を生き続けるような奴にオレがなりてぇが為に、そうしてぇんだ。


 オレが心の底から笑って、お前の隣に立てるようになりてぇんだ。オレが心の底から笑ってなきゃ、多分お前も心の底から笑わねぇだろうしな。オレが自分自身を好きにならなきゃ、お前のこと言えたもんじゃねぇし、丁度いいじゃねぇか。


 エルに向かって悪戯仕掛けるガキみたいに笑ってから、オレはきんきら頭に向かって足を踏み出す。




「あんたらが何考えてんのか知らねぇですけど、思い通りになってたまるかっての!」




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