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31 あの時と同じ

 扉の外の世界が怖くて仕方なかった、

 一人部屋になったのを良いことに、このままずっと一人の世界にいれたら良いのにって思った。


 外の世界も怖かったし、自分が外の世界に及ぼす影響も怖かった。


 たまに優しい奴らが、扉の外から呼んでくれたけれど、それも怖かった。

 弟のハノや商隊のみんなから手紙がきたけど読めなかった。オレが必死に副寮長や寮監に頼み込んだからハノ達は事件についてのことは全く知らないだろうし、手紙には書いてないだろうけど、夏の帰省のこととかは書かれてそうだったから。


 寮長が、ノア先輩が言っていたように、目を瞑って、耳を塞いで、生きていこうと思った。

 先輩は多分オレがそれを継続するとは思ってないだろうけれど。オレはそうした方が良いって思ったんだ。


 オレの無力で、オレの所為で、誰かが笑えなくなるのなら、オレを守る為に誰かが深い傷を負うのなら、オレは一生一人でいい。


 このまま部屋にいれば、このまま人との関わりを最低限にしておくのが、きっとオレも楽だし、みんなも上手くやっていける。その内「あの部屋の奴見たことないよなー」って軽い世間話として扱われるようになる。


 それがいいんだ。


 なのに、なんでこんなに苦しいんだろう。

 なんでオレは柔らかいベッドの上じゃなくて、扉の前の硬い床の上でうずくまっているのだろう。



 ***



「おい、起きろ」


 キラキラと輝く金の髪と青い空が見えた。

 起きろという言葉にさっきまで眠りに落ちていたことに気づく。


 上体を起こして周りを窺えばさっきまでとは風景が違う。

 丸くなって時間が過ぎるのを待っていたからあんま周りを見てなかったけれど、それでもさっきより出入り口側に寄ってる気がする。

 それにオレの近くにいる敵がマイスター様じゃなく、きんきら頭に変わってる。


 眠ってる間に移動した? いや、そもそもなんでオレこんな試合中に寝てたんだ?


 状況が飲み込めず目を白黒させていると、横っ腹に強い衝撃が加わる。蹴られた。耐えられず横っ腹を抑えてまた地面に倒れ込む。


「ああ? また寝る気か、おい」


 抑えている手ごと横っ腹を踏まれる。痛みで身を縮こめれば、気に食わないと言うような舌打ちと、この場面に似つかわしくない可愛らしい鈴の音が聞こえる。


「本当、なんでっ、お前みたいな奴が!」


 踏まれる。手も、足も、腕も、腹も、時には頭も踏まれる。


「なんで、お前、みたいな、弱者を、あいつらは、守んだか!」


 痛ぇ、痛くて仕方がない。

 状況はまだよく呑み込めてねぇけど、でもきっと変わらずこれを耐えればいいだけだから。何もしなくていいから。どうせ何も出来ないんだから、出来ないなりに何もしないでいいから。


 時がなんとかしてくれる、凡人のオレなんかじゃない特別な誰かがその内なんとかしてくれる。だからオレはその時まで待つだけだ。何もしねぇだけだ。



 ……どれくらい時間が経ったろう。オレにとっては長い時間だったけれど、多分実際にはそんな経ってないだろう。


 きんきら頭がオレの髪を掴んで顔を上げさせる。痛い。


「なぁ、弱虫さっさと音をあげろよ。降参その一言で終わるぜ」


 弱ったオレの心の隙を突くように囁かれる言葉に、のってしまいたいという気持ちが全く無いわけでもない。

 でもそれに乗ったらオレは本当にどうしようもないクズになってしまう。それは嫌だ。


 何も言わずに黙っていると、きんきら頭は「ふーん」と低い声を出したと思うと、髪から手を離さずオレにある方向を向かせた。


「多分優しいジングフォーゲルはお前を責めたりしないぜ」


 視線の先でエルがマイスター様に拘束されていた。

 何故か口に指を突っ込まれてるエルは苦しそうだった、いつも白い肌してるけど、今は真っ青だ。


 どうしてエルがあんなことになってるんだとか、なんでオレはいつの間にか寝てて起きたらこんなんになってんだとか、なんで赤の貴族はエルの口に指突っ込んでんだとか、今二人とも拘束されて勝ち目が全然ねぇ状況になってピンチなんだとか、賭けのことだとか、色々考えがぐるぐる頭の中で回ってよく分からねぇ。


 でも良くねぇ状況なんだって、悪い状況なんだってのは分かる。


「お前の為に、場外だろうが、オレ様の首を絞めようが、なんだってしたからなぁ。大切にされてんなぁ、オヒメサマよぉ」


 そんで、きんきら頭が言うように、エルはたとえオレが降参したって責めねぇことも分かる。

 むしろ今は紅茶色の瞳が降参していいよと訴えているように見える。


 そりゃそうだよな、あいつ優しいもん。

 オレがこんなぼろぼろになってんのを見れば、されるがままにやられてんの見れば、お前は傷つくよ。


 ああ、悪ぃ。エル(お前)にそんな顔させたかった訳じゃねぇんだ。

 むしろ、笑って欲しくてよ。

 一緒に馬鹿やって遊んでんのが楽しくてよ。

 綺麗な面ばかり目立つお前のガキみたいな部分を見るのが好きでよ。

 自分自身を悪く思わないで欲しくてよ。

 ……そんな顔させてぇ訳じゃねぇんだ。


 泣かせたくなかった。

 いやあいつ別に涙なんて流してねぇけどよ。顔みりゃ分かる。辛いって、悲しいって、苦しいって、そういう感情で一杯になってんのは分かるんだ。


 お前を悲しませたい訳じゃねぇんだ。


 でも、オレは凡人だから、時間が経過するのを待つしか、耐えるしか出来なくて。先輩の時と同じように何も出来なくてよ。ごめん、ごめんな。


 ああ、これじゃあ先輩の時と二の舞になっちまう。心なしか足の感覚もあの時と同じようになくなってる。恐怖とかそう言う感情でまた動けなくなっちまってる。


 オレは凡人だから、弱者だから、何も出来ねぇから、結局こんなんになっちまう。ほんと、ごめん。


 でも仕方ねぇよな。だってオレはそう言う役割なんだからよ。観客の奴らも最初は囃し立てるような感じだったのに、今じゃ結構同情的になってるし、まあ凡人担当の分はやれたんじゃねぇの?



 ………………嫌だなぁ。


 嫌だと思おうが事実は変わらねぇけど、やっぱ嫌だなぁ。


 オレ、結局エルの足手纏いでしかなかった。

 あいつの為に今回何もしてやれなかった。


 大した目標も持ってねぇ、流され気質の凡人だからせいぜいここまでかもしれねぇけど、やっぱ自分が特別な存在だったらとか思っちまう。


 だってこのまま時間経過でどうにかなって終わっても、エルの顔はきっと曇ったまんまだ。

 心の底から笑うなんてこときっと出来なくなっちまう。


 オレもまた先輩の事件の後のようになっちまう。


 なんも成長してねぇ。折角、外に出れたのに、また下手したら閉じ籠っちまう。


 先輩の事件の時はよ、事件当日も勿論きつかったけれど、一人で部屋にいた時も苦しかった。

 何も出来なかった、しなかった自分を責めてた。

 その方が楽だと思ったけどよ、苦しかったんだよ。


 だからその内外に出た。

 最初はきつかったけれど、何とかなった。怖いこともあったけど段々なんとかなった。


 エルに出会ったあたりからは、結構閉じ籠ってた時のこと忘れてられた。

 普通に何も考えずに楽しく過ごしてた。こんなことが起こるまでは、すっげぇ楽しくやれてたんだ。


 独りでいた方が良いとか思ってた時もあったけれど、

 やっぱオレは人と関わるのが好きだったから。

 独りでいるのが寂しくて仕方なかったから。

 仲良い奴らと過ごす日々が大好きだったから。


 ……ああ、オレに大した目標が無いはずだ。

 だって、そう言う楽しい日々でオレは満足してんだ。周りの仲良い奴らと楽しくやっていければオレはそれでいいんだ。


『お前は何も出来ない』


 でも凡人で弱い、何も出来ないオレじゃそれも維持できない。

 強い力を持つ特別な奴らの意思のなすがままになっちまう。


 また壊されちまう。


 どうしてオレは何も出来ないんだろう。嫌で嫌で嫌で嫌で仕方ねぇのに。


 どうしてあの時の黄の貴族が言うようにオレは何も出来ねぇんだ。立てねぇし、動けねぇんだ。


 そんなことを考えていた時だった。


 パシッ


「え?」


 急にあたりの音が消えた。いや正確には大多数の音が消えた。

 歓声や罵声、笑い声、怒りの混じった声、同情する声、憐れむ声、先生の声、生徒の声、風の音、打撃音、地面を踏む音、色々消えた。一気に聞こえなくなった。


 でも何故か、一部は残っていた。



「カーイー! 肘鉄入れてやれ!」

「せめて一発入れてやろーよ! 意外とやれるかもって! カイはちょこまかした動きは得意じゃん! バーンってやればできるって!」


 寮生の奴らの声だ。

 ブープの奴エルから逃げた後、ちゃんと客席に戻って来たんだな。便所サンダル元に戻したか。


「あのですね兄上! 止まれ! 動くな! キルマーの限界はキルマーが決めるんです! やれるだけやらないと後悔が残るのはキルマーなんです! テウタテス卿も手加減してますよ。本気でやってたらあんなもんじゃない」


 なんかテレル様がオリス様に向かって言ってる。

 相変わらずだなあの兄弟は。


「みどりのひとはおおざっぱなので、そこが狙い目ですよキルマー」


 あ、多分さっき迷子になってた黄の子、イルシオン様だ。

 オレのこと応援してくれてる。


 そんな声が急に、ほんと急にさ、静寂になった中、オレの耳にはっきりと入ってきたんだ。


 なんで急に大多数の声が消えたのか分からない。

 なんで唐突に彼らの声が鮮明になったのかわからない。


 けど、それらの声は、言葉は、オレの真っ暗だった心に差し込む光のようだった。




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