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中途半端な存在15‐1

 

「放せっ」

「それで放すと思うか? オレ様は今回拘束係なんで」


 鈴の音が耳障りな緑の異端者(テウタテス)の片腕の中でぼくはもがく。


 糞がっ、伯爵家出身の癖にこの馬鹿力ってどうかしてる。こっちは必死に逃れようとしているのに、びくともしない。


 でも早くカイの元に戻らなければ、じゃないとデアーグに何されるか分かったもんじゃない。

 まあ緑の異端者はそれを狙ってぼくをカイから引き離したんだろう。


 そう、だから……こいつは敵だ。

 いや要らないことを言ってカイの精神に負荷をかけた時から、カイに悪意や敵意を持った時点でぼくの敵だ。


 腕は強い力で抱えられている所為で上手く動かせないが、幸い手首の動きは制限されていないし、左手に握っている模擬刀も奪われていない。ぼくは手首だけを動かして、模擬刀を放って奴の眼球を狙った。


 当てる気だったが、まあ避けられた。

 でも一番の狙いは成功した。眼球を庇うための奴の腕が緩んだ。その隙に、ぼくは奴から距離を取る。


 しかし避けるとはやっぱ緑の血なだけある。目に切先が刺さって失明でもしれれば1年以上の後遺症が残る怪我をさせるって反則で、ぼくが原因で試合も賭けも終わるのに。


 くそ、場外での試合終了が最初失敗した今、カイがあまり傷つかない内に試合終了させる方法はこれしかないのに。


 これから先に場外をカイと揃って狙おうにも、デアーグのところからカイを回収しないといけないし、緑の異端者のこのスピードではあっさり止められる。

 正攻法でぶつかってこいつとデアーグを倒すなんてまず不可能だ。

 ぼく単独で場外になっても試合は継続するだけで、最悪な状況になるだけだ。


 もっと穏便な方法、本物のナイフなどの持ち込むことでの失格も狙おうかとデアーグから賭けの内容を聞いて思ったが、彼にその考えをに気づかれない訳がなく、普段隠し持ってる武器類を試合前に全部没収されて阻止された。なんで全部隠し場所把握されてんだ。


 だから、ぼくには目の前のこいつに深い傷をどうにか負わせるしかない。


 いいだろう? だってこいつだってさっき反則負けを勧めてたのだから。

 まあ、こいつは恐らく味方に攻撃する方の反則負けについて言及してただろうが、そんなのぼくが選ぶ訳がない。


 顔面、喉、頭、顎あたりが狙い目か。おそらく胴体の類は緑の上級貴族は耐久力が半端ないって噂があった。


 向こうはぼくが失格狙いで今の攻撃をしたのが分かったのだろう「にゃはっ」と短く嗤った。

 流石に反感買うか、怒らせるかしただろうと思ったが、体制を整えて真っ直ぐぼくに向き合った彼は「サイコーだなぁ」と言ってみせた。皮肉かと疑ったが、それとは違う。


「いいなぁ、その自分より強いって分かってる相手にも無謀な様。大切なもんの為にルール破るのも邪魔者を排除するのも躊躇しない在り方。本当サイコーだ、バケモノらしくてよ……けどよ」


 ほんの一瞬、生理的な行動として瞬きしただけだった。にも関わらず眼前に赤の瞳があった。


「それがあの弱者の為ってのは確かに気に入らねぇわ」


 人の出せるスピードじゃない。このスピードだと隙を狙ったとしてもさっき手放した模擬刀を拾いに行けない。そうこうしている内に左手をがしりと掴まれる。


「まあでも、そのお陰であんたはペアに攻撃って一番手っ取り早い失格を最初に出来なかったがな」

「そんな方法選ぶ訳無いだろ」


 まるでカイを傷つけることが正解だったと宣う奴に目の前が真っ赤になりそうだ。が、今は冷静にならなければ。カイと引き離された上、武器なしでこいつに深傷を負わせないといけないのだから。


 緑の異端者は元から武器を使うたちではないから奪うことも出来ない。

 くそ何か武器になるものは……あ、そうだ。武器じゃないけれど、人に危害を与えうるものをまだぼくは身につけてるじゃないか。幸いそちらはまだ使える状態だ。


 右手に巻かれた包帯の端をぼくは噛むと――そのまま解いて緑の異端者の首に巻きつける。

 ぼくの突然の行動を理解出来ないのか目を見張った彼から、腕を捻って左手を解放すると、そのまま後ろに回って右手と左手で包帯を引っ張って奴の首を絞める。


 細長い形状のものは絞殺に使える。

 流石に今回は殺しはしないが、緑の上級貴族といえども首を絞められるのは堪える筈………………緑……首。


 シグリ・レトガー・シュトックハウゼン


「……っ」


 昔の罪を思い出し、一瞬力を弱めてしまった所為で緑の異端児の首と包帯の間に指を突っ込む間を与えてしまった。

 ハッとしてこれで緩められては敵わないと、隙間を与えないように強く強く引っ張る。


 が、奴はそれで包帯を緩めるのでなく、包帯を引き裂いた。


 ……嘘でしょ? その力の向きで普通は引き裂けないのに。


 驚く間もなく、立っていた筈なのに背中に乗られる。お腹が地面に着く。腕が後ろ手にされ拘束される。足も足で押さえつけられる。

 あまり痛みは無かった、けれど動きは完全に封じられた。びくともしない。動かせる所が頭と足首くらいしかない。押さえ方の技術としては全然なってないのに力技で成り立ってる。


「ジングフォーゲル君よぉ、治ってねぇとこの包帯取っちゃ駄目だろ。オレ様も不器用だから巻けねぇし」


 先程までその包帯で首を絞められたってのに、なんてことないような物言いに実力差を痛感する。なんも効いてない。


 緑だから人間離れの身体能力を持っているとは思っていたし、ぼくの方がこの場で弱いのは知っていた。

 でも真っ向から勝つことは無理だとは思っていたけれど、深傷を負わせることも出来ないなんて。それもこんなあっさり。

 ぼくは反則覚悟でやったのに、向こうはこちらに怪我も大した痛みも与えずに行動を封じた。


 悔しさからか、自分の喉の奥からなんとも言えない音が鳴る。声にすらならない。


「まあ、オレ様を狙うとは思ったぜ。だって、お前あいつのこと大事だし、信用してっけど信頼はしてねぇもんなぁ」


 笑い声混じりのその声が酷く不快だった。


「うん、ま当然か。お前の方が強いし、優秀だ。強くて優秀な奴でバケモノだって自分を認めたくねぇ奴は、弱者は守るもんだと思ってやがるから」


 お前にぼくの何が分かる。お前にカイの何が分かる。緑の異端者、弱者嫌いのテウタテス、お前にぼくの気持ちなんて分かりやしない。

 ぼくとカイの関係性なんて分かりやしない。カイを妬む奴らも分かってない。カイに野次を飛ばす奴も分かってない。

 分かっていたのは、オリス様やダックスくんくらいだった。


 弱者だからぼくはカイを守ろうとしてんじゃない。

 ぼくの所為でカイに被害がいっているから、守らなきゃいけないんだ。

 当然のことだろう、ぼくが関わらなきゃ彼は幸せな普通の日々を過ごすことが出来たのだから。


 だから、彼に関わると決めたのなら自分の所為で降り掛かる火の粉を払うのなんて義務に近い。

 ――その義務すらぼくは達成出来てないんだ。


「でもよジングフォーゲル君よぉ、それじゃあ搾取されてるだけなんだぜ。見ろよあいつ何もしてない」


 髪を掴まれ、ある方向を向かせられる。


 目にうつるのは、デアーグにされるがままに(なぶ)られるカイの姿だった。

 身を守るように丸くなる彼の姿に、「ああ」と情けない声が出る。そんな声出す権利すらもない癖に。


 この嘘吐きが、この災厄が、義務すら果たせていない無能が。

 嘆く暇すらぼくにはあってはならない。そんな暇があったらとっとと次の行動をとって現状を打破しろ。


「勘違いしてるけど違うよ。ぼくがカイを搾取してるんだ。ぼくが普通に憧れた結果がこれなんだよ」

「………………」

「残念だけど賭けに負けてぼくの退学が決定したとして、ぼくはそれを裏切りだなんて思わないよ。むしろ、ここまでよく頑張ったね、ありがとうって賞賛したいよ。ぼくの所為でごめんねって謝っても謝り足りないよ。それすらも彼は優しいから受け入れてくれないだろうけれど。こんなことやってもぼくのあんたらへの敵意が増すだけだよ。自分自身のことをより許せなくなるだけだよ」


 ぼくの言葉が緑の異端者の心に届かないのは知っていた。

 でも言葉を発する必要があるのならば、現状の正しい評価を口にすべきだと思った。

 心には届かなくても、早口と小さな声で耳を傾けさせる為の手段だとしても、口にするのならばそれしか無かった。


「だからこれ以上はさせない」


 ぼくがボソボソと喋っているのを気にして、若干緑の異端者がこちらにかけてくる力を弱めた瞬間、息を深く吸った。



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