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中途半端な存在14‐2



「あんたが今大怪我すれば大会出られなくなる。カイを傷つけるあんたに対しての良心なんていらない」


 緑の異端者に奴ら全員のされてしまったのなら仕方ない。予定変更だ。


 こいつもこいつで朝のことと言い、オリス様から聞いた以前のことと言い、カイのことを傷つけた奴には違いない。彼に対して敵意を持ってるのには違いない。


 緑相手には勝てるとは思えないが、怪我させるくらいならなんとかなるかもしれない。

 それにぼくが返り討ちになったって、それはそれでぼくらのペアが大会に出られない理由がぼくとこいつ原因で出来るし、ぼくを返り討ちにしたことで何故か一緒にいるデアーグとこいつの仲に亀裂が入る。


「おっそろしーこと言うなよ。そういうとこ見ると本当あいつそっくりだな。怖ぇな」


 そんなことを言いながらも、あっさりとぼくの攻撃を避け続ける。


 くっそ、やっぱ実力ある奴に対しては一番手に馴染んでいる獲物が良い。普段持ち歩いているナイフとはいえ、あくまでこれは護身用だ。普通に手に持って使うのは勿論、投擲したとして避けられるのが目に見える。


 そう考えている内にナイフを握っている左手首を掴まれ引き寄せられる。


「にゃは、目ぇ、ガンギマってんじゃん。いいなぁ、バケモノらしくて」

「このっ」


 掴む力には勝てないのは分かっていたから、容赦なく足で股間を狙うが、翔んで避けられた。しかもそのまま頭上を飛び越えられて背後に回られる。


「あ、エルラフリート君もバケモノって認めたくない派かぁ? 認めた方が色々気が楽だぜ」

「自分が異常なのくらいは流石に分かってる!」

「あ、そう? でもすっげぇ嫌そうだ。いいじゃんバケモノで、何が悪ぃんだ。逆に無理に普通に拘るから苦しんでんじゃん」

「うるさいっ!」


 振り返ってそう奴に叫ぶ。お前にぼくの何が分かる!


「いいじゃん、バケモノで。バケモノ同士で仲良くやろうぜ。人間様なんて放っておこうぜ。デアーグは頭ぶっ飛んでるけど、そこんとこは間違わねぇよ。つーか、見たところお前もぶっ飛んでるし。だったらバケモノだけで完結してた方が幸せだぜ」


 お前は異常な存在なんだから、普通の奴と関わるべきじゃない、

 異常な奴が普通の奴と関わるのは望ましくない、

 そう言われている。


 ああ、わかっている、ぼくは体も血も能力も、何もかも全て異常だ。

 どんなに憧れたって普通にはなれない。普通と交わったら普通の存在を破砕するそんな存在だ。


「それも分かってる! そうした方が普通の子達に迷惑をかけないのも。けどっ、ぼくは――」

「エルぅ、ごめんねぇ。こいつデリカシーないからぁ」


 背後から腕を絡められ、喉がひゅっと鳴る。


 ぼくより少し高い体温にぞくりとする。その所為で体から力が抜けていってしまう。


 ま、また気づけなかった。

 駄目だ、頭が感情でいっぱいになると普段聞き取れるような音が聞き取れないのは勿論、常人並みにも気配を察知できない。

 駄目だ。ぼく、ダメな子だ。もっと冷静にならなくちゃ。


 冷静でないと、超感情型といっても過言ではないこの人に感情で対応したところで力負けするだけだ。

 向こうが感情爆発した時にぼくがある程度冷静じゃないと、暴走して更に混沌をもたらすことになってしまうから。


 自分を落ち着かせるように、でも向こうにはバレないように深く息を吸って、少しずつ吐く。


「いいこ、いいこ。エルは綺麗だから凡人共とも有象無象とも関わろうって思っちゃうんだよねぇ。うん、エルは悪くない。なぁんも悪くないよぉ。朝もきついこと言っちゃってごめんねぇ。エルはなぁんも悪くないからねぇ」

「デ、デアーグさま……」


 耳元で放たれる猫撫で声の主の名をぼくは恐る恐る呼ぶ。


「ん、なぁに?」

「離れて下さい。ご学友の前でしょう?」


 ちらりと横目で見たデアーグは機嫌良さげににこにことしていたが、ぼくはそうそっけなく言う。


 ぼくとデアーグはこの学校内ではただの平民と貴族でそれ以上でも以下でもない、関わりも大してない。そういう設定になっている。それにも関わらず、こんな親しげに接してくるのはおかしい。

 デアーグだってそれは分かっているから、人前ではこんな接触していなかったのに。


「は? 友達なんかじゃないけど、こいつはただの取引相手。友達なんて俺は作らないよ」


 いや、情緒。急にスッと真顔になった。


 そしてぼくはなんとなく学友という言葉選びをしたけれど、違うにしてもそんなきっちり当人がいる前で否定することはないだろう。

 まあ「にゃはっ、ひっでー。みゃ、その通りっ、だけどっ」といつのまにか口に含んでいた飴玉をバリバリと噛み砕きながら笑ってる様子から、別に傷付いては無さそうだけど……むしろ傷つけばいいのに。

 亀裂が入ってくれれば都合がいいのに。


「なら、尚更」

「うん、でも、俺とエルの関係性はざっくりだけど知ってるからぁ。別に変に距離取らなくていいんだぁ」

「なっ」


 予想外の言葉にぼくは首周りに絡みついていたデアーグの腕を振り解いて、彼のことを正面からまじまじと見つめる。


「こいつは緑の中でも異端だし。こっちに不利なことする思想持ってないんだからぁ」

「おうよ、オレ様はエルラフリート君には感謝してんだ」

「感謝って初対面なんですけど……」


 そんな感謝とか急に言われても警戒心しか湧かない。


 というかデアーグのざっくりってどこまで話したんだ? 

 いくらぼくらに不利な真似をしないと仮定するとしても、やっぱり教えられる範囲は限られると思う。

 というか、あのデアーグが信頼とまではいかないだろうが、取引相手だなんて信用しているような表現を使うと思わなかったし、ざっくりでもぼくのことを教えるだなんてどういうつもりだ。


「てか、デアーグ来たら急に大人しくなったな」

「あはぁ、エルがそれだけきっと俺のこと好きなんだぁ」


 ぼくが動揺している間にも話が進んでいく。デアーグの右手がぼくの左手に添えられる。


「すっげー、ご機嫌だな。そんな顔初めて見たぞ」

「俺はエルが大好きだからねぇ……というか、エル。勝てないって分かってる相手に真っ向から喧嘩売るなんてどうしたの?」


 ぼくの持っていたナイフを取り上げながら、デアーグが低い声でそう問いかけてくる。手放す気は無かったのに、いとも簡単に取られてしまった。


「別に」

「もしかして歌った? 俺たちがいないのに、仕事じゃない時に歌うのは良くないって、歌ってる時や後に有象無象といるのが分かってる時に歌っちゃ良くないって兄上も言ってたよねぇ」


 顎を掴まれ、強制的に真っ赤な目と合わせられる。


「歌って……ないよ、ほらだって周りで倒れてる奴ら眠ってるんじゃなくて、気絶してるでしょう」


 無闇矢鱈に歌うなって、フェンリールとデアーグに言われていた。それを破ったとなればデアーグの不興を買うのは目に見えていたから、嘘を吐く。

 大丈夫、ぼくが歌ったって証拠は無いんだから。


「うん、こいつらはテウタテスがやったからね。じゃなくて、もっと前に。嘘つかないでよぉ。じゃなきゃエル、刃物使ってこの金髪襲うとかしないでしょぉ? 情緒不安定だし、冷静な判断出来てないもん。兄上が言うことに間違いなんて無いからさ、エルの為にも軽率に歌うのは良くないんだよ」

「歌ってないよ」


 小さい時に、悪戯しておとーさんに怒られた時の感覚と似ていて、ドギマギさせられる。

 デアーグとぼくのおとーさんは全然似てないのにね。共通点があるとしたら、次男であることくらいだ。

 

 あと、ぼくが小さい時の髪切る前は、おとーさんが正気だった頃はこうやって目を見てくれたなぁ。ちゃんと見てたんだよなぁ。


 思い出したら鼻がツンとした。眼球の表面の水分量が少し多くなる。それが頬に落ちるのが嫌で許せなくて目を閉じれない。


 デアーグは眉間に皺を作りながら、目のはじのそれを指で拭ってきた。


「歌ってないのにそんなんになってんの? それって平静でいて自滅しようとしたってこと、あの平民の姉弟を殺していいってこと?」

「違うっ‼︎」


 急に放たれた受け付けられない言葉にデアーグの手を叩いて、距離を取る。

 ぼくが考える中でも最悪なデアーグの考えに、これなら正直に歌ったって言った方が良かったと後悔する。

 

「違うのぉ? じゃあもっと慎重に行動しなよ。エルが死んだら、あの二人生かす意味も理由も無いからねぇ。天秤なんだから」

「分かってるよ、だからやめてよ」


 フェイスに、ロキに、あの姉弟にもう二度と刃先を向けさせてはいけない。危険に晒しちゃいけない。

 ぼく一人の命があの二人の命に釣り合いになっているのは、おかしい気もするが、あの二人を生かせるのならなんだっていい。

 死ねない。まだ死ねない。まだ死ぬ権利はない。だから今回のは流石に死ぬつもりは無かった。


 デアーグの瞳がぼくの右手の包帯を捉えたような気がして、ぼくは慌ててそれを背中に隠そうとするが、デアーグにぐいっとその手を引っ張られる。


 傷をつけた手の平の方に滲む血を見て、デアーグが眉を顰めたのが見えて、唾を飲む。


「……本当に分かってるのぉ? エルが死ぬって言うから殺さなかった。あの二人を生かすなら生きてくれるって約束したから生かしたんだよ。だけど、エルがその約束破ろうっていうのなら生かす意味が無いし殺すよ。それが本来なら正しいんだから。殺すなって傷つけるなって言うなら、それ相応にエルも自分の身を大事にしてよぉ」

「ごめんなさい」


 なんて返せばいいか分からずそう口にする。自分でも弱々しいのが分かって、もっとちゃんとしなくてはデアーグを落ち着かせられないと焦る。


 でも死ななければいいじゃないか、傷くらいついたって、多少怪我したって別にいいじゃないか。


「まあ、エルはそう言っても自分を蔑ろにするだろうねぇ。分かるよぉ。エルはそういう性質だものぉ、そうやって何度も傷ついてきた。だから、俺はエルに大事にする人を増やして欲しくないんだよぉ」

「そんなのぼくの勝手でしょう?」


 そう言うしかない。下手に嘘をついても見透かされるのだから、素直に主張するしかない。デアーグはぼくをじーっと見た後、小さく溜息を吐いた。


「……キルマーからあの話聞いたぁ?」

「なんのことですか、カイに何かしたんですか?」


 デアーグの口からカイの名前が出た瞬間、血の気が一気に引くのが自分でもわかった。


 ……なんの話だ? ぼくは把握していない。


「ふーん、話してないんだぁ。まあ、じゃあスタートラインには立たせてあげるか。テウタテスお願いねぇ」

「おうよ」


 二人のやり取りにぼくの心臓がますます激しく音を立てる。それを確認するように掴まれていない方の手で胸のあたりを押さえる。


 おさまれ、ぼくが動揺している暇は無い。

 情報を聞き出してちゃんと対処しなければならないのだから。そうしなきゃぼくだけの問題じゃ済まない、カイが関わってくるんだ。


「なんの話ですか? カイに何かしたんですか?」

「賭けの話、その平民がエルを裏切るかっていうねぇ」


 裏切るって? 何が? どうやって? 賭けって?

 頭でぐるぐると単語が駆け回るが、そんな時間はきっとロスにしかならない。それなら質問を重ねた方がマシだ。


「なんですかそれ? 裏切るって、賭けって」


 声が震えてしまい、そんな自分が嫌になる。

 ぼくが怯えている場合じゃ無いだろう、そんな感情抱く権利も無いっての。


 どろどろ、どろどろ、粘度の高い塗料で心が塗られているようで胸焼けがする。だけれどぼくがそんな不快感に頭を占領されている暇はないだろう。


 そうこうしている間にデアーグは晴れやかに笑うのだから。

「ねぇ、エル。俺らとの試合でキルマーが降参したら、それエルのこと裏切ったってことだから」


 裏切りが何かは知らないけれど、カイに何かデアーグが大きな負荷をかけているのだけは分かる。

 じゃなきゃ、こんな風に笑わない。こんな自信のある顔しない。


 ぼくがカイに裏切られることが正解だとデアーグが思っているのは確実で、冷静に考えれば実際にはそうなのかもしれない。ぼくみたいな異常なやつは本来なら普通に関わってはいけないのだから。


 けど、それを正すにしてもカイの方に負荷をかける必要はないだろうが。なんで何もしていないカイの方が負荷をかけられなきゃいけないんだ。


「辛いかもしれないけど、早めに裏切られた方が傷は浅くて済むよぉ」

 そうやって包帯の上をなぞるデアーグの手は相変わらず暖かくも冷たくも無かった。


 別にぼくが辛くされるのはもういいよ。

 そう言う運命だと思って受け入れるよ。

 けど、それでカイにまで、フェイスやロキまで、普通の優しい子達まで辛い目に酷い目に遭わすのはおかしいだろう。


 ぼくの大好きな人達を傷つけるくらいなら、その分ぼくを傷つけろよ。


 いっそ殺せよ。

 ぼくみたいな存在、殺処分した方がまだ世にとって良いだろうが。


 フェイスとロキのことがないなら、ぼくはとっくに命を絶ってるんだろうしさ。

 あの二人を生かしてくれるようになったら、すぐにぼくみたいな歪んだ、世に不幸をもたらす奴は死ぬのにさ。

 産まれたことから間違いばっかなんだから。


 でもそんな言葉をぶつけたら、デアーグはキレ散らかすに決まってるし、ますます行動を悪化させることには間違いないから必死に飲み込んで、「詳しく教えて下さい」と舌にのせた。


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