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中途半端な存在14‐1

 側にいるだけじゃ護ることにはならない。


 むしろぼくみたいな奴が中途半端にいることでトラブルを巻き込むだけだ。

 やってくるものを返り討ちにするだけじゃ、護る相手がこちらに縋るのを待つだけじゃ駄目だ。

 先回りして、こちらが先に先制攻撃して悪意や敵意が彼に向く前にちゃんと潰さなきゃ。

 届く前じゃ、向いたことに彼が気づいてしまう可能性があるから駄目だ。

 それにはぼんやりと彼の側にいるだけじゃ駄目だ。


 ぼくから彼に敵意や悪意を向ける奴を探し出して、ぶっ潰さなきゃ。

 そんな気を起こさせない程にしなきゃ駄目だ。

 デアーグだけを注視していても駄目だ。

 目につきやすい奴だけ警戒していても駄目だ。


 ダックスくんから色々聞き出した結果得た特徴の人物が、こそこそと競技場外に出て行くのを見つけ、それを追う。


「なあ、キルマーの奴を呼び出すのはどうしたんだよ」

「それがなんかうろちょろしてて戻ったと思ったらベルガーの奴に話しかけられて、その後貴族が来て無理でした」

「はぁ? びびってんじゃねぇぞ。ともかくキルマーの奴連れて来いよ」


 ああ、耳障りだ。不快だ。


 彼らの存在も知っていたけれど、どうせ大したことが無いと、具体的に行動を起こしたら対応しようと思っていた。


 でも、それじゃあ駄目なんだよね。

 それじゃあ悪意や敵意を醸成させる時間を作ってしまう。こうやってそういった負の感情を共有して徒党を組んでしまう。


「へぇ、面白い話してるね。ぼくにも聞かせてよ」

「「「ジングフォーゲル⁉︎」」」


 数は十人程だろうか、平民からピアスの彩度の低さからして弱小家だろうけど貴族もいる。


 嫌だなぁ、醜いなぁ、人を蹴落とすことになると人って簡単に手を組むんだね。


 そんで、ぼくに聞かれてそんな慌てるだなんて、自分らでも己のやろうとしていることが駄目だと気づいてるんだろうなぁ。

 分かった上で踏みとどまらず、突き進むなんて一番タチが悪いけど。


「カイを呼び出してどうするつもり?」

「「「………………」」」


 後ずさる彼らに、ぼくは微笑む。


「どうしたの、黙り込んじゃってさ。ぼくは君達に質問してるんだけど? 舌があるし、喉も正常なんだから話せるでしょう?」

 だから、ぼくは逆に前に出る。


「あ、もしかして集団で群れてるくらい臆病だから怖くて出来ないのかな。弱虫くん達」


 あえて挑発するような言葉選びにしていた甲斐もあって、一人が飛び出して殴りかかってくる。


 ぼくはそいつの力を逆に利用して地面に叩きつける。

 群れて人を狙うような奴だから、ダックスくんより容易だった。なんだかんだ彼にはバランスを崩す過程が必要だったけれど、今地面に叩きつけた相手は最初から重心が安定してなかったから、それも必要がなかった。


 あと受け身も碌にとれて無いな。だからすぐに体勢を立て直せないし、そんなに咳き込む。

 情けないなぁ。


「弱いなぁ……で、何をしようとしてたの? 教えてよ」


 そいつを片足で踏みつけながら、残りの奴らに問いかける。


「なんでキルマーなんだよ!」

「……」

「なんでお前みたいな奴がペアにキルマーなんかを選んでんだよ」


 ああ案の定嫉妬か、嫉妬でカイに敵意を持ったのか。なんというか予想通りすぎて捻りがないなという感想を抱いてしまう。つまらない、下らない理由だ。ベタすぎて呆れてしまう。


 でもそんなベタで下らない理由からの敵意でも、カイを傷つけるものであるのは違いなかったのだ。

 一人や二人、頭のおかしい奴が彼を貶していようと別に問題ないと思っていたけれど、カイの耳に入れば彼の精神に傷が出来ていくのだ。


 カイはいつも笑って気にしていないように振舞うけれど、

 本人も大して気にしていないと勘違いしているけど、

 着実にそれは彼の精神を削っていたんだ。長引けば彼が笑えなくなるんだ。


 それに一人一人は大したことなかろうが、集団心理というものは恐ろしい。その中に馬鹿がいればこうやって暴走する。


「ペアを選ぶのは個人の自由だけれど?」

「にしてもキルマーみてぇな弱い奴選ぶなよ! あんな奴この大会に出たら泥塗ってるようなもんだ! あがっ⁉︎」

「誰が泥だって? ねぇ、綺麗だから」


 足元にいた奴を蹴り飛ばしてから、彼に対して不快な評し方をした人物の首を掴んで、木に押し付ける。


「少なくとも君達みたいに澱んでないよ。すっごい優しくて眩しくて綺麗だから。弱くたっていいの、他人を貶すことで悦に浸る愚か者ども、何も考えずに暴力に走るような能無し、僻んで集団で攻撃仕掛けようとする馬鹿どもには理解出来ないだろうけどね」


 そう言いながら、片手では締めにくいなと思い、両手で首を掴んで、気道を塞ぐ。

 抵抗してくるのを見て、まあ苦しいのは分かるけれど、流石に学生の身なんだから死なない程度に留めておくのに決まってんじゃんという感想を抱く。


「ぼくが例えカイ以外を選ぶとしても、君らは絶対に選ばないよ。だって(よど)んでいる上、弱いし、役に立たないもの」


 カイだったら絶対にこんなことを言わないだろうな。

 世の中良く見た方が楽しいって言ってたもの。


 彼は自分を馬鹿にされたって、攻撃に転じない。

 人を害すというのが彼の思考にはきっと組み込まれていない。


 そんなことないぞって彼は言うかもしれない、実際の具体例を出して反論するかもしれない。

 それでも彼の攻撃性はたかが知れる。ぼくからしてみたら可愛らしいものだろう。


 少なくともぼくみたいな凶暴性は、狂気は、留まれない加虐性はない。ぼくみたいに何もかもぶっ壊れてない。ぼくみたいに異常じゃない。


 ああ、それのなんて素晴らしいことか。


 両手を離せば、首を掴まれていた人物が足元に落ち、ひゅーひゅーと呼吸をし出す。ぼくがしゃがみこんでそんな彼の胸ぐらを掴めば、当人は勿論、見ていた他の奴らもビクつく。


「ねぇ本当に得しているのはだぁれ? 損しているのはだぁれ? 多分君らの認識とは実情は逆だよ」


 にこりと微笑んで手を離せば、掴まれていた奴は這ってぼくから離れていく。立たないのは、多分腰が抜けたのだろう。無様だなぁ。


「カイがぼくに選ばれたように思ってるようだけど、違うよ。カイがぼくなんかを選んでくれたんだよ。君らはそれを理解出来ない馬鹿だから妬む相手を間違えるんだ」


 普通の優しい平民の少年が、優しくて綺麗なカイ・キルマーがぼくを友人として認識してくれている。


 その事実がどれだけぼくにとって特別なことか、

 ぼくみたいな奴に関わってしまったカイ・キルマーがなんて哀れなことか、

 こいつらは、大多数の人間は理解出来て無い。


 多分理解出来ているのはぼくが知っている中ではオリス様やダックスくんくらいな気がする。


 特にオリス様はぼくのことをある程度把握した上で、心配でカイのことを気にかけているのだろう。

 弱い者を守るのがオリス・ドロッセル・レトガーだから。シグリ・レトガー・シュトックハウゼンを慕い、彼女の意思をきっと継いでいるから。


「可哀想なのは君らでもぼくでもない、カイだよ。だから悪意も敵意も妬みも全部ぼくに向けなよ」


 ぼくは残りの連中に挑発するように手招きする。

 人数は向こうのほうが圧倒的に優勢にも関わらず、奴らは後ずさる。一部の連中の視線の先には先程首を絞めた奴がいる。びびってるなぁ。


 でもビビってるからって、向こうにぼくと争う意思が無いからって、放置するつもりはなかった。


 だって、返り討ちだけじゃ不十分だ。悪意の芽が出た途端に摘まなければ。

 大切な人達のことを傷つけるもの、邪魔するものを、障害を全部ぶっ壊して綺麗にして、最後に一番の障害である自分もぶっ壊す。それがいいんだ。


 それがまだマシなんだって、フェイスとロキの時に分かってたよね。


 理論的にはどうすべきか分かってるのに、感情にいつも阻害されて実行に移すのが遅いから、今回みたいなことになるんだ。優しい綺麗な人が傷つくんだ。


 どうせぼくは異常なんだし、人を傷つける存在だ。

 だったらせめて傷つける奴は間違えないようにしないと。カイやフェイス達は勿論、彼らを守ろうとするダックスくんみたいな存在は傷つけちゃいけない。彼らの周りにいる彼ら同様優しい子達を傷つけちゃいけない。


 その子らを傷つける存在、貶める存在、穢す存在、害する存在を排除するのにぼくの攻撃性は使用されるべきだ。


「そういうの全部ぼくに向けなよ。負の感情はカイに似合わないもの」


 暗いものは、怖いものは、恐ろしいものは、汚れたものは、凶暴なものは、カイには似合わない。


 カイには優しくて穏やかで暖かな世界が似合う。

 負のものは必要ない。負のものは負の存在であるぼくにお似合いだ。手を汚すのも汚されるのもぼくだけでいい。


「気にくわないなら、ぼくが全部相手になるよ。ぼくが全ての元凶なんだからさ」


 挑発を続ければ、向こうは仲間同士で顔を合わせ始める。自分達の数の利を再認識し出したか。


 ぼくも流石に十人近くに一気に攻撃仕掛けられたら普通の方法では勝ち目が無い。

 3人くらいまでならなんとかなるかもしれないが、それを超えると流石にね。


 でもね、それでいいんだ。ぼくは今回返り討ちに遭ってもいい。むしろそれが狙いだ。


 ぼくがこれでボコボコにされれば、大会にはぼくらのペアは出られない。カイは大会に出なくて済む。

 それも原因が大会に出られなかった奴が徒党を組んでぼくを怪我させたってなれば、カイは責められないだろうし、ヘイトも全部こいつらに向く。

 校則を見ても、多数側が悪いことになる。貴族が混ざっていようが、流石にこの状況ではぼくが不利になったりしない。


 デアーグだってぼくを物理的に傷つけた奴がいるのにも関わらず他を優先したりしないだろう。デアーグの暴走だって、ぼくは利用しようじゃないか。


 目の前のこいつらは道具だ。生贄だ。

 哀れだが、カイに負の感情を抱いて彼を傷つけようとしたのだからこれからどうなろうと仕方ない、当然の罰だ。


「かかってきなよ、愚か者共!」


 ぼくの言葉が掛け声だったかのように、一斉に奴らはこちらへと襲いかかってくる。その内一人を受け流して、もう一人別の誰かにぶつけるかと考えた時だった。


 きらりと何かが光った。


「にゃはぁ!」


 奇妙な笑い声と共に連続的な打撃音が聞こえたと思ったら、連中が次々と吹っ飛んで地面に倒れ伏していく。


「なっ⁉︎」


 そいつは最後の一人を吹っ飛ばしてから意外にも静かな音で着地した。

 眩しい長い金髪には木の葉が絡まっていた。両耳には色とりどりのピアスがついていた。

 紅蓮の瞳が一瞬こちらに向けられて細められたように感じたが、そいつの視線はすぐに地面に伏した奴らに向けられた。


「お前らの言い分はわからなくもねぇよ。弱者が強者に縋って生きてんのはイラつくよなー、それを庇う強者にも納得がいかねぇよなー。けどよー、弱者が群れてイきがってんのもオレ様はムカつくんだ」


 腹を押さえている奴に向かって追い討ちのようにそいつは、緑の異端者テウタテスは、腹部を容赦なく蹴飛ばす。


 蹴られた奴は「かはっ」と声を出したと思う次には体全体から力が抜けていった。

 しくった、集団の方に全部気をやって周囲の音を聞いてなかったせいで、こいつの存在に気づかなかった。


「あれ? 誰も返事ねぇの? よっわ。やっぱ雑魚は雑魚だな。にゃは、まー、オレ様が相手でまだラッキーだったんじゃねーの」


 一瞬の間に全員を気絶させ、そうあっけらかんと言う緑の異端者をぼくは呆然と見てしまったが、ハッとしてしゃがみ込んであるものをブーツの中から取り出す。


「んで、今朝ぶりー! エルラフリートく――にゃはぁ、何してんの?」

 

 くそ、しくじったか。


 ズボンのポケットに両手を突っ込んでというなんとも余裕のある様子で、ナイフを避けられたのを見て舌打ちをしたくなる。


「本物の刃物持ち出すたぁ予想外だ」

 にやりと猫のように笑っているその顔が、酷く気に障った。


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