表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/136

9 兄弟ってなんだろ?


『拝啓、くそ兄貴へ


 よくも国立軍学校なんて入ってくれやがりましたね。お陰で家業の手伝いは現在はオレ一人でやってます。明らかに商売人気質のくせして、なんで軍の学校なんて入っているのか未だに理解できません。つーか、暇だったら手伝いに来い。どうせ、話が合うやつなんて、周りが脳筋とおぼっちゃまだらけで、いないでしょう?


 とはいえ、親愛なるくそ兄貴のことですから、ぼっちだとしても資料が市場がなんだと言って帰ってこないのは目に見えています。というわけで今度の連休は祭で稼ぎ時なので、商隊が王都によるそうなので、ついでに家族揃って殴り込みに行きます。覚悟しておけ。


 あと、最近そちらの方では連続殺人事件があるそうなので、ヘマして死にやがったら葬式は出しません。お金の無駄です。


              親孝行かつ優しい一個下の弟、ハノ・キルマーより』



「お兄さん思いの弟さんだね」

 そうふわりと相変わらずの美人顔で笑って、読み終わった手紙をエルはオレに返す。返されたオレの方はと言えば、予想していたような反応が返ってこなかったので少し困った。


「どこがだよ。初っ端から呼び方がくそ兄貴だし、友達いないって思われてるし、負担が増えたってキレられてるし、あげく連続殺人犯のことは心配どころか金がもったないだぞ?」


 そう殺人事件だ。もう五件目となるにも関わらず、治安を務めている軍の関係者は未だに犯人を捕まえられてない。最近やっとこさ分かったことは犯人は女であること。そしてその鮮やかな仕事ぶりからして相当な手練れであること。


 流石、軍の学校であってこの手の情報は入りやすくて助かるが、普段から事件や戦闘が分野である軍の関係者が『相当な手練れ、証拠隠滅も相当なもの』と評しているのだから随分ヤバイ奴がいたもんだ。


 そんな奴が自分の兄と同じ地域にいるというのに実の弟はこの反応、はっきり言って酷いと思う。


「まぁ、別に、軍の学校の寮なんて場所狙うようなバカはいないから大丈夫だろうけど。ちったぁフリでもいいから、心配しておくべきだとオレは思うんだけどおかしいですかね?」

 そう言い終わるが、相変わらずパサパサの安いパンを口に詰め込む。


「カイは素直だからね。弟さんは多分反抗期なんだよ。ぼくから見ればこの手紙だけでも弟さんがカイを大好きなのが分かるよ」

「?」


 訳が分からず、首を傾げればエルは声音を変えて話し出す。いつもより少し子供っぽい感じの声だ。


「兄さんが国立軍学校に行って寂しいです。そんなとこに行かなくたって兄さんは商隊にいればよかったのに。暇があったら是非帰ってきて下さい。

 でも兄さんのことですから、友達や資料や市場見学やらで帰ってこないでしょうね。なので今度の連休こちらから会いに行きますので予定空けといてくれると嬉しいです。

 あと、連続殺人事件に気をつけて下さい。兄さんが死ぬなんて絶対嫌ですからね」


 声音を変えてもエルから発せられる声はあいも変わらず耳の保養になる声だ。


 だが、その内容がどうも気に入らない。口の中に入っていたパンをなんとか食べきると、オレはエルに質問する。


「今のなんだ」

「え? ぼくなりにあの手紙を訳したんだけど」

「意訳とかそういうレベルじゃねぇぞ……どうすればあんな曲解出来るんだよ」


 生憎うちのハノは、耳にタコが出来る程聞いてるエルの妹分、弟分みたいにお兄さん大好きっ子じゃねぇんだよ。目が会う度に『くそ兄貴』とか言ってくるクソ可愛くねぇ弟だぞ。


 エルの方はと言えば、どこか不満そうに頰を膨らましている。いつも通り中庭の芝生に座り込んで昼食をとっているのだが、日差しが眩しい。男のくせに肌荒れ一つない白い肌が照らされてる。なんで、オレもこいつと大差なく男にモテんのか、やっぱり納得いかねぇや。


「曲解じゃないってば、君の弟さんにあったことないから確かに口調とかは分からなくて、そこらへんは適当にしたけど、内容だけは合ってる自信しかないよ」

「どんな自信だ。そして合ってねぇぞ、あいつのオレに対する態度を見たことないから言えるんだそれは。お前、結構頭花畑だからそう言うんだろうけど」

「分かってないなぁ……絶対合ってるって、それにぼくは頭花畑なんかじゃないと思うけどな、ほらぼくって人並みには喧嘩できるし」


 今のタイミングはニコリと笑う場面じゃねぇだろ。なんなの自慢? それとも舐めてんじゃねぇっていう脅し? どちらにせよおかしい。確かにエルは喧嘩強いけど、頭お花畑とそれは別だろ。


「お前が喧嘩強かろうが、血は繋がっていないけど妹ちゃんと弟くんの可愛さを毎日語る程仲良い奴が、兄弟仲が微妙な状態は理解できねぇだろ」


 言い終わった後、ちょっと冷たく言いすぎたかもと少し反省したが、時すでに遅し。エルは俯いて黙り込んでしまった。


「そのだなエル、別にオレは――」

「おかしいな? レトガー様の場合は下僕とかおっしゃっている割にお兄様尊敬してるのに?」

「は?」


 脳がフリーズした。レトガーサマ? レトガー様ってあのレトガー様だよな?


「尊敬してるって……それはねぇだろ。下僕だぞ⁉︎ まず、家族に使う言葉じゃねぇよ」

「あー、確かに家族に使う言葉じゃないけど、訳を聞くと面白いよ」

「訳って、どんな訳だよ?」


 呆れながらそう言えば、視界が暗くなる。


「それはねー、おれが説明したげる」


 はっとして振り向けば、いつの間にか背後にレトガー様(兄)が立っていた。


 下僕と言われてる当人だが全く気にしないどころか、実の弟をご主人様呼びしてる変人。

 相変わらず髪の毛はボサボサだし、制服の着崩し方も平民のオレを上回る。飴でも舐めているのか、口から細い棒が出てる。


「レトガー様……」

「オリスでいいよー、おれら双子で紛らわしいからね。ご主人様の方は多分レトガーの方以外、カイくんに言われるのは拒否するだろうしね」

「そうですか、じゃあオリス様」

「うん、それそれー。あ、でね、おれがテレルをご主人様呼びでテレルがおれを下僕呼びなのはね。テレルがおれに勝ったから」

「はい?」


 のんびりとした口調で話されても、オレの頭はなかなか理解が追いつかない。本人もそれは分かっていたようで続きを話し出す。


「別にねー、ご主人様はおれを虐げてる訳じゃないんだよ。緑系の家は弱肉強食。強いもの、上に立つべきものには従う。上のものは下のものを管理して守る。レトガー家はその色が他より濃いんだよ」

「いやでも、それってやっぱり家族内とかでも上下関係産むんじゃないんですか?」

「上下関係が必ずしも悪いとは言えないよー。悪くなるのは上が下を管理するんじゃなくて、搾取しちゃった場合。下僕とか言ってるけど、あれはご主人様の抵抗だから、そこまで歪んだことにおれらなってないよー」


 おう、流石に緑系統。ほぼ、動物的に生きているのは間違いない。しかし、やっぱりご主人様とか下僕とか言ってて歪んでないってのは無理があると思う。『使えない下僕』なんて言ってたからな弟の方。


「いや、勝ったからってお兄さんのことを下僕呼ばわりするのは、やっぱり変ですよ」


 貴族相手に自分は随分突っ込んで聞いてると思うが、オリス様はなんつーかか貴族らしくなくて非常に話しやすい。


 オリス様は飴を舐めきったのか新しいのを取り出すと、また口に入れる。エルはオレらのことを見ながら、にこにこ笑ってる。なんだか楽しそうにしてるけど意味分かんねぇ。


「うーんとね。おれってね、かなり強くてね。小さい頃からあまり負けたことないんだよねー」

「それは知ってます」


 この前、エルが倒れた時に手伝ったもらったあと、情報を更に集めたらかなり凄い人で驚いた。

 

 国や軍系統が行う公式試合では、一個下の公爵家子息のアルフレッド様が珍しく出てこない限り、優勝。この公式試合ってのは子供だけじゃなくて、むしろ軍でバリバリに鍛え上げられた大人達が主体なのにも関わらずだ。そりゃあ、体調崩したエルの拳なんて余裕なはずだ。


「だからねー、おれにとってみーんな、庇護対象なんだよ。一応、軍人の息子だしね。弱いものを守るのは当然でしょ」


 弱いものの中にオレらも入ってるのは、なんとなくその話し方で分かった。少し気に入らないと思ったが、身の安全は大切だし、実際この人が強いのは事実だし、仕方ないと黙っておく。


「でもね。テレルはそれがヤだったみたい。勝てないよーって言ってんのに何度も勝負しろって来てさ。勝ったらボクのことを弱いもの扱いすんなってさ、弱いのにねぇ」


 あー、確かにあのお坊ちゃん、プライド高そうだし負けず嫌いっぽい。そんな奴が大人しく守られている訳がない。

 

「まあでも、断る理由もないし相手してたんだよねー。でも絶対負けない自信あったから『勝ったら下僕になったげる』って言ってた」

「もしかしてそれで……」

「確かにそれがきっかけだね。テレルはね、おれに何十回も負けても諦めなくてさ、そしてね、勝ったんだ。単純な力じゃおれには勝てないから、策略巡らせて会場に落とし穴や爆弾やら仕掛けて、もうすごかったよ」


 当時のことを思い返しているのかオリス様は、口元を緩めている。だが出てくる内容は物騒だ。兄弟間の勝負で爆弾やら落とし穴やら使うなんて、卑怯な気もする。


「終わった後、『ほら、ボクは弱くないでしょう? 兄上みたいに力がなくとも自分の身、そして他の人の身も守れます』って言ってとっても可愛かったんだよー」

「はぁ、そうですか……というかこの時はまだ下僕とか言ってないんですね」

「言い出したのは、おれが次期当主はテレルねって言ってからだもん」

「え?」


 貴族の当主って確か、長男が基本継ぐんじゃなかったっけ? 息子がいなかった場合は娘が直属の家から婿とるとかあるけど、レトガー家はこの通りオリス様が長男としているんだから、彼が継ぐものだと思ってたけど、なんで弟の方が継ぐんだ? あと、それと下僕が繋がるとは思えん。


 混乱するオレに構うことなくオリス様は続ける。


「オレらって弱肉強食でしょ。だから強いものが上に立つから『次の当主テレルね』って言ったら、『今回は勝てましたけど、これからまた戦ったらボクは負けることでしょう。だから、当主は兄上です』って断ったんだよね。で、確かに間違ってるとは言えないんだよ、あの時テレルは捨て身に不意打ち、事前準備って、仕掛けてたからねー。普通の試合だったらおれは今でも圧勝できる自信あるしねー」

「じゃあ、オリス様は現在も次期当主のままなんですね」


 ビックリしたと胸を撫で下ろすが、すぐに衝撃的な発言が彼の口から飛び出す。


「ううん。テレルが次期当主だよー」

「えっ⁉︎ な、なんでですか? オリス様の方が強いんですよね。負けたならまた勝てば良いんですよね?」

「確かにおれの方が強いよ。でも、おれあの勝負から一度もテレルと戦ってない。テレルは勝負申し込んでくるんだけどねー。全部断ってる」


 負ける前までは気前よく受けてたのに、どういう風の吹きまわしだ。もしかして、弟に敗北したのがトラウマになったとか? でも、その割には楽しそうに話すしな。


「なんで断るんですか?」

「だって、当主に相応しいのはテレルだもの。おれがまた勝ったら、おれが当主になるべきだって言われちゃう」

「はぁ」

「おれはね、確かに強いよ。でもね、上には立てない。誰かを管理するような役目はおれには合わない。ただ、強いだけ」


 弱肉強食な緑系統ならそれでいいじゃねぇかとオレは思ったが、あのオリス様が結構真面目に話しているから、耳を傾ける。


「おれみたいな奴が上に立つと、最終的に周りがついてけなくなっちゃうし、おれも周りに合わせられない。だっておれバカだし、力だけ有り余ってるから暴れることしかできないから。おれみたいな奴は指示を受けて、暴れまわる立場が一番合ってるの」


 つまり、脳筋は国政に向いてないってことだな。確かに間違ってない。納得だ。全ての面で秀でてる奴なんて中々いるもんじゃねぇし、適材適所は大切だ。とは言えど、この人、Bクラス所属なんだよな、馬鹿とはオレには言えない。貴族と平民じゃ環境が違うとしてもだ。


「テレルはおれとは違う。負けても何度でも挑むし、頭を使って勝負する。カイくんだったらさ、暴れまわるだけの馬鹿力の持ち主と、戦略やらをちゃんと考えて行動する粘り強い人、どっちに従う?」

「後者ですかね」

「そうでしょ。だからテレルが当主に向いてるんだよ。おれは無理ー」


 なんか、随分穏やかな継承者達だな。普通貴族とかの継承問題とかもっとドロドロしてそうなのに。ってか、これからどう下僕に繋がるんだ?


「そうですか。それでそこから何故『下僕』と?」

「あーそれはね。テレルは別におれに勝っても当主を目指している訳じゃなかったんだよ。すごかったよ『ボクは兄上に守ってもらわなくても大丈夫ということを示したかったんであって、兄上の下につきたくないわけではないんです! 今回はなんとか勝ちましたけど、戦闘力は兄上の方が絶対上です!』って大激怒」

「は?」

「自分より強い者に従うがおれらの基本だしねー」


 緑系統って、ほんと凄い。何がって、こういうところが。多分、一番家臣に向いてる系統ではあるんだろうけど、徹底しすぎじゃねぇか。赤とか黄はもちろん、それこそ紫だって『当主やんねー、お前に任せた』って言われりゃあ、ラッキーと思って快く受け入れるだろうに。


「でも向いてるのはテレルだからさ。おれは再戦拒否。父上にもテレルが次期当主ってことをおど――説得して認めて貰った」

 おい、不穏な言葉が出てきそうだったぞ。


「そうしたら、嫌がらせなのかな? おれの事、下僕って言い出してさ『兄上が当主にならない限り、下僕扱いします!』とか宣言しちゃってさ。おれとしてはそん位でなってくれるならいいかなーって」


 なんだろう。下僕の訳が結構深刻な理由があるんだろうな、とか思ってたけど全然違ぇ。つまり、あれだ。下僕呼ばわりはオリス様への対抗手段だったんだなと、少し哀れに思えてくる。


「それじゃあ、オリス様がご主人様って呼ぶのはなんでですか?」

「下僕と言ったらご主人様でしょ。あと、テレルの勝ち方が勝ち方だから、未だにおれを持ち上げてくる奴もいるんだよねー。だから、おれはテレルの下につくよってアピールしてんの。テレルの前で言うとブチギレられるよー」


 自分の最後の抵抗でさえ、ことごとく利用されてしまってる……。不憫だ。つーか、オリス様、絶対馬鹿じゃねぇだろ。今の話だと策士だ。


 ちらりとエルを見てみれば「ね、面白いでしょう?」と言ってきた。光の加減で瞳の色が赤に見える。確かに面白いと思うが、それよりお前のクラスメイト不憫すぎんだろ。オレ、こんな策士なお兄ちゃんは嫌だ。


「再戦してあげないんですか?」

「しないよー。天性の天才より、努力の天才の方が好かれやすいし。このままが一番」

「報われないですね」

「まぁ、ご主人様から見ればそうだけど。おれには意味があったよあの勝負。おれ、あれがなければ弱い者なんてただ守るだけの存在としか思ってなかったもん。しつこく何度も挑んでさ、力じゃ敵わないから作戦考えて、弱い奴も弱いなりに頑張れば、なんとかなるんだなーって思った」


 お、おう。結果オーライなのか? 今までテレル様の方には睨まれたりとかしかされてなくて、怖い印象がついてたけど、今の話でガラッと印象が変わったや。あの人、自信ありげに話すから、努力家にはあまり見えてなかった。


「ほら、下僕とかおっしゃっててもこんなんだから、カイの弟さんもきっとカイのこと大好きだよ!」

 ニコリと笑ったエルはキラキラしてるが、お前の友人不憫だし、そんなに楽しげにされちゃあ可哀想にも程がある。それに今の話はどう考えても――。


「こんなんは特殊例に決まってんだろうが‼︎」

 中庭に反響した自分の声はどうも虚しかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ