中途半端な存在13‐2
ほんと察しの良い奴って厄介だな。
カイとかだったらなんだかんだ丸めこめそうだけど、この紫色の瞳は誤魔化せない。
カイの話によるとこの子は多分赤の地域出身だろうけれど、目の色といい、察しの良さといい、よく見ていることといい、紫のあいつと被る。
「で、何の用かな? ダックス・ベルガーくん」
「何の用って……お前、今の」
「なぁに? ぼくはただ歌っただけだよ」
それでもぼくはただ歌っただけと主張する。
何か違和感を感じていたとしても、その違和感の正体をただの平民の彼が分かる筈がない。
だけれど彼はその正体不明なその違和感を放置するにが気分が悪いのだろう、下を向いて舌打ちをする。
「……まぁいい、それよりっ」
掴みかかられそうになったので逆にその手首を掴む。
貴族関係のことはもう諦めがつくし、バレてもなんとか出来る気がするが、体についてのことは知られたくない。故に下手な接触は避けさせてもらう。
「話をするのに暴力はおすすめしないなぁ?」
にこりと微笑んでそう言えば、向こうは盛大に顔を顰めた後に唸る。
カイはこの子のこと、優しくて穏やかで良い奴って言っていたけれど、これが穏やかとは思えないな。
だけれどぼくをどうにか出来る程、目の前の少年の実力が長けている訳でもない。攻撃を仕掛けられるもいなしていく。
一撃一撃は割とまともに食らったら痛そうだが、技術の方があまり伴ってない。その為、逆にこちらがその力を利用できてしまう。
大したことないな。弓矢の腕は凄いらしいけれど、それ以外はあんまか……。
でもその方が今は都合が良い。ある程度実力がある奴相手に怪我をさせないというのは難しい。
バランスを崩したのを見計らって、足払いをすると、ぼくより背の高い身体を地面に叩きつける。受け身はちゃんと取れるような余裕は残した。
「遠距離系が得意な子が近距離系得意だって分かってる奴に近接戦挑むのは愚かだよ」
そう忠告を口にすれば、紫色の瞳が見張られた後、逸らされる。
「似たようなこと言うんだな」
「似たようなこと?」
「さっき会った赤の貴族、確か血塗られたマイスター家のご子息様と似たようなこと言ってるお前」
マイスター家のご子息様、デアーグのことだ。
デアーグとさっき会ったって? なんでデアーグが……そして同じようなことを言ったって。
やっぱり、どうしたって、ぼくの血はあの赤の家のものってことじゃないか。
『その血からは、そのちからからは、その身体からはお前は一生逃れられない。義務を果たせよ』
「っ」
動揺で隙が出来たのだろう向こうはにやりと笑うと上半身を起こしてから、ぼくの腕を引っ張る。ぎりぎりと籠る力が痛い。
でも、それ以上にきつく睨みつけてくる瞳が、紫のあいつと同じで、ぞわぞわする。
掴まれた右腕が震える。寒くはなかった、むしろ熱かった。
「知り合いか何かか? それならなおさらカイに近づくな。あいつはお前らの玩具にされていいような人間じゃない」
『フェイスさんにお前みたいのが近づくんじゃない』
知ってる。
自分の危うさを指摘されて心臓ががなり始める。
「あいつみたいな善良な平民はっ、お前ら貴族に滅茶苦茶にされて良い人間じゃねぇんだよ! お前のせいでカイが傷つく!」
『全部全部お前の所為だ! お前さえっ、お前さえっ……正しくあれば! 身の程を知れよっ! フェイスさんを不幸にして楽しいか? この災厄が!』
知ってるよ、そんなこと!
血流が速くなったような気がした、ガーっと体温が上がったのが自分でも分かった。
知ってる。
異常なぼくが居る所為でカイやフェイスが余計な面倒に巻き込まれているのも、
本来はぼくみたいのが関わっちゃいけない存在だっていうのも、
カイの優しさや鈍さを良いように甘えているのも知ってる。
だけど、ぼくだって普通になりたかった。
普通の平民の少年になりたかった。
そうでなくとも、せめて最初から決まっていて欲しかったよ。覚悟を決めさせて欲しかったよ。
途中で放り出されたとしても、順応しろっていう紫のあいつの意見は間違ってないよ。
間違ってない、むしろ正論だ。
でも、悲しいんだ、苦しいんだ。ぼくはそんな器用じゃない。
それにあいつは、目の前の灰色髪の少年は、最初からの道で正解だったじゃないか。
生まれ育ちについては順応するなんてことしなくて良い奴らじゃないか。
そんな君達にぼくの何が分かるってのさ!
ぼくだって、傷つけたく無い。
不幸にしたくない。
大切な人達には幸せになって欲しいさ。
大切な人達と平穏に生きていたいさ。
そうなるように願って行動してるさ。
だけど、ぼくがまともじゃ無いから全てずれていく。失敗する。
ことごとく、みんな不幸にして傷つける。
それにぼくだって紫のあいつがいなければもう少しまともにしてられたさ。紫のお前だって選択を誤っていたじゃないか。
被って被って仕方ない。紫のあいつにしたいように、縊り殺したくなる。切り落としたくなる。黙らせたくなる。
掴まれていない左手で、少年の首を掴む。
ぼくのと比べて、太い首筋が羨ましくて仕方ない。そして、片手ではその首を絞められそうにない自分の手が情けない。
それでも爪が若干伸びていたせいか、向こうの白い肌に傷がついて、赤い線が疾る。
黒く濁った、あか。
それが目に入った途端、急に落ち着いた。
ツゥっ肌を滑る液体を見て、流れが穏やかだなぁという感想を抱く。
首の太い血管まで切れると、凄いあかい、あかが出るんだよね。いつも、首落とす時はばーって凄い速さで出るから被らないようにするのが面倒なんだ。生温いその感触が苦手だから。
何度も何度も、何人も何人も、そうやってきたのに、なんでか慣れず苦手なんだ。
頸動脈って、ここら辺だっけ? このまま……掻き切れたりしないかな。
手は、身体はこうやって慣れきってんだ。
数を重ねて全部鈍ればいい。
心が死ねばいい。
そうやって自分も殺し尽くせばいい。
ぼくが嫌いだと思うものは全部壊し尽くせばいい。
どうせ傷つけることしか、壊すことしか、狂わせることしか、出来ないんだから。
脈打つそれを指先で探りながら、そんなことをぼんやりと思った時だった。向こうが掠れた言葉で叫んだ。
「だいたいっ、お前は何者なんだよ!」
はっとした。
すぐさま掴まれた腕をねじることで振りほどいて、少年を蹴って距離を取らせてもらう。
荒っぽいが、このまま手に届く範囲に居たらどうにかしてしまいそうで怖いから。
地面に転がる少年の灰色の髪は、あいつとは似つかない。
……それはそうだ紫のあいつとこいつは無関係だから。
だから何者なんだよ、って言葉を発した。ぼくのことを良く知らないから。知ることのない世界の人間だから。
この子はぼくのことを良く知らない普通の平民の少年だから。
カイと同じで、カイのことを考えて、得体のしれないぼくに突っかかって来た、平民の少年。
――そんな存在にぼくは何をしようとした?
彼の首を掴んでいた手を見れば、血が付着している。鈍い赤が、いつも以上にはっきり目に映る。
「何やってんの……」
ぼくにしては低い声でそんな言葉を口にするが、言った後に苦々しさで口をへの字にする。
何やってんだって、自分でやった癖に、分かってる癖に。でも頭がそれを受け入れるのを拒絶するんだ。
自分の感情が、行動が制御できない。脳が壊れたみたいだ。理性が働いてない。
何もかもぐちゃぐちゃで自分でも少し後の自分がどうするのか分からなくて怖い。
感情が暴走してる。デアーグとおんなじだ。
同じにはなりたく無いと、理性を失って感情だけで動いて誰かを傷つけたりするのは嫌だと思ってたのに……どうしたってぼくは赤の人間なんだ。
ヘススが暴走して普通の子が傷つくことのないように彼を眠らせたのに、結局ぼくが暴走して普通の子を傷つけてるじゃないか。
こんなんで普通の少年になりたかった? 冗談にもならないよ。どうしたって異常じゃないか。
異常なんだから普通になんかなれないんだから。なれる訳がないんだから。
今更、このぼくが普通なんて望むのも烏滸がましい。
異常なら異常で、その道を歩めよ。
普通の平穏で綺麗な道なんて、方法なんて望むな。
フェイスとロキの時で学んだってのに。だからフェンリールも最終的には帰ってくるように再三言ってるのに、なんでこうも同じ間違いを。
……なんでこう何度も『普通』を願ってしまうのだろう。
とりあえず履いているブーツからナイフを取り出すと、血が付着してない右の手の平を軽く傷つけた。
まあ、痛い。
だけど、痛みがあればある程度冷静になれるかなって思ったんだ。
視界の端で驚愕する少年の姿があって、それの方がぼくを冷静にさせたけれど。
あれが普通か……やっぱぼくなんかとは違うなぁ。流石カイの友達なだけある。
彼は傷つけちゃいけないや。ぼくに突っかかったのもぼくの異常性を察知して、カイを守る為だもんね。
良い子だな、やっぱ綺麗なものの周りには綺麗なものが集まるんだな。
ふーっと落ち着かせるように息を吐く。
地面にぽたぽたと血液が落ちていく。まあるい血痕が地面に残っていく。
今は赤に塗れたこのナイフの銀は、ちゃんと向けるべきところに向けないとね。




