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27 オレは凡人だから

 

 人のいないところに行きたかった、少なくともオレのことをよく知らない、オレがいてもただの通行人Aとして見る程度の奴しかいないとこに行きたかった。


 大会に出場している今のオレじゃこの学校の連中には汚点として知られているような気がした。道中の人混みで聞こえた「ほら、あいつ」「あの弱い奴」という声がそれを証明していた。


 エルを探していた筈なのに、今の状態であいつに会ってしまったら、あいつにまた心配されてしまいそうで、複雑さと賭けへの恐怖で胸が押し潰されてしまいそうで、誰にも邪魔されない場所で気分の切り替えがしたかった。


 平民観客席の後ろにある、人が少ない競技場外に直接繋がる非常用の階段を降りる。完全に下に降りて、土の地面の上を数歩歩いてから、振り返って見上げる。


 外から見た競技場は大きくて、自分のちっぽけさを改めて感じる。試合で盛り上がっているのだろう、歓声が湧き上がる。その騒がしさもまた自分はあんな場所にそぐわないと思い知らされる。


 怖い、無理だと、ひたすら頭が警告を出しているような気がする。緊張で気持ち悪い。

 ダックスの言うようにオレには戦闘系は向いてねぇし、勝てる気が全然しねぇ。あんなに反発しといてそう思ってしまう。弱気で未熟で意気地無しだ。


 でも、やらなきゃいけない。惰性だけでなく、覚悟を持ってあの場所に立たなきゃいけない。


 オレと友達でいれて幸せだというエルの笑顔をぶち壊したくないから。


 エルに賭けのことも赤の貴族のことも言う気はなかった。

 だって、どうせあいつはなんだかんだで自分を責めるだろうし、自分のことを犠牲にするだろうから。きんきら頭の貴族に絡まれたことをオリス様を聞いた時の反応が証拠だ。



 壁に寄りかかって蹲る。太陽の向きの関係で現在は濃い影を落としているそこの方がどうしてか今は居て楽だった。


 それもその筈だ。平民で大した勇気もねぇ弱者のオレには、こんくらいの場所がお似合いだからだ。

 競技場の中心で注目されるより、誰にも知られず競技場の外で競技場内の盛り上がりを聞いている方が性にも身の丈にも合ってんだ。


 オレは凡人で弱虫な平民だ。


 エルのように、オリス様のように、誰から見ても特別な奴じゃない。

 ダックスのように、テレル様のように、寮長のように優しくて努力家の主人公みてぇな奴でもない。


 そんなこと分かってるから、ずっと馬鹿にされたって弱いって言われたって、なんだかんだ受け入れてたんだ。事実だから別にいいじゃねぇか、プライド低くたって、弱くたって、オレは別にそれで良いって思ってた。


 だけどさ、気づいたんだ。

 弱いオレには、何にもできないオレには、臆病なオレには、友達のこと守ることも、庇うことも出来ねぇんだって。

 守られることしか、庇われることしかされねぇんだって。頼って貰えるような、信用してもらえるようなことはねぇんだって。


 だからノア先輩を助けられずに、むしろ庇われた。

 だから黄や赤の貴族に嫌悪される。

 だからダックスに心配されて庇われるし、ダックスがエルのこと悪く思っていてもどうにも出来ない。

 だからエルはオレをいつも庇って自己犠牲的になる。


 オレがさ、強くて頼りがいのある奴だったらそんなことなんねぇんだ。


 オレじゃ……誰のことも守れない。


 もう少し頑張るべきだと、強くなるべきだとは思うけれど、それさえも自分は凡人だという思いが、オレはその程度だという自分の声に阻害される。出来ないという確信がこびりついて離れやしない。


 さっきダックスに反発したし、賭けに勝たないといけねぇってのに、もしかしたらまた我が身可愛さで逃げ出してしまうんじゃないかって思ってしまう。

 そうじゃなくても、怖くて碌に何も出来ないんじゃないかって思ってしまう。真っ向から向き合って賭けに普通に勝つ自分の姿なんて想像すら出来ねぇ。


 このままじゃダメだと分かってんのに、停滞する言い訳をずっと考えてる。


 情けねぇよ。


 地面に水滴が落ちるのが見えるが、どうしてかぼやけてる。視界を鮮明にしようと目元を右手で拭えば、濡れる。オレ、泣いてんのか。


 泣いたって、なんも変わんねぇよ。


 なんもなんも変わんねぇ。ノア先輩の時だって、泣いてたオレには何も出来なかった。先輩達に庇われてた、守られてた。


 こんな、こんな、オレだから何も変えられねぇ。


 嫌だ。こんな自分自身が嫌だ。逃避と停滞しか出来ない自分が嫌で嫌で、自分の身の安全を結局一番にしちまう自分が情けなくて。


 せめてこれ以上泣かないように、上を向く。


 そうして青い空に白い雲が流れていく様をただ見ていた。


 吸い込まれてしまいそうなほど真っ青な空だったから、その上を滑っていく雲達の存在が妙に鮮明に見えた。



 ***



 ある程度一人で居たら気分が落ち着いた。


 感情というものはある程度、爆発させてしまえば多少は取り繕えるレベルになる。とはいえ取り繕えるだけで、今もどこか心中でどんよりとしたそれが居座っているのは変わらないが。


 それでも良かった。取り繕えさえすれば、エルに心配されずに済むから。あいつの前でいつも通りでいられるから。あいつに無駄な負担をかけずに済むから。


 流され気質で、能天気な凡人。

 それさえも出来なかったら終わりだ。いや、もう終わりかけてるようなもんだけどよ。


 エルを探す為に、今回は競技場施設内部の階段から観客席を登って行くことにした。


「カイさん!」


 明るい声につられ、通路の先を見ればフェイスちゃんが手を振っていた。少し暗いので分かりにくいが、多分その認識で合ってると思う。なのでこちらもなんとなく手をふり返す。


 そして今更ながらフェイスちゃんの隣にもう一つ彼女より小さな人影があるのに気づく。


「という訳で、私あの先輩に話があるので、先に観客席の方戻って頂いて良いですよ。ハイドフェルド様の試合もこれからですし」

「エヴァンズは一緒に見ないの?」


 そういや、フェイスちゃんのペアと優勝候補のアルフレッド様だっけ。

 公爵子息とペアなんて胃がキリキリしそうだけど、さっき見た試合でのフェイスちゃんはむしろ堂々としていたから、なんだかんだオレとは違って釣り合ってはいたんだと思う。


 そりゃそうか、エルが妹分とするくらいだ。特別じゃねぇ方がおかしい。

 ……ほんと、なんでオレみたいな凡人があいつのペアであいつの友達になれたんだんだろう。ほんと見合わねぇ。


「あー、私はあんな後なので戻ると騒がしくしてしまうと思うので、ほとぼりが覚めてからにします」

「そっか、僕は別に注目されるの慣れてるけど、エヴァンズは平民だから慣れてないもんね。分かった先行ってるね」


 会話が終わったのかフェイスちゃんが駆け寄ってくる。それと共に後ろに無造作に結ばれた茶色の髪が揺れるのを見て、そういうところは普通の女の子と同じだと気づく。


「偶然とはいえナイスタイミングです、カイさん」


 でも、そう笑う彼女の緑色の瞳を見ると、あの試合で仲間であるアルフレッド様が動かなくなっても、全く諦めずにむしろ好戦的だった彼女の姿を思い出して、彼女が普通じゃないことをまた実感する。


「カイさん?」

「あ、ごめんな。ちょっとぼーっとしちまった。試合見てたけど、格好良かったし凄かったよ。お疲れさん」


 彼女の瞳が星のように瞬くのを見てハッとして、さっきの試合の感想を口にする。

 口にするが、なんだこのガキみてぇな感想。もっとなんかこうあったろ……でも語彙が無くなるくらいオレにとっては衝撃的な試合だったんだ。


「そうですか……私としては終わり方に萎えましたけどね。相手の貴族の唖然とした様子は見られたけれど、やるなら徹底的に最後までやりたかったです。それでも褒められると嬉しいもんですね」


 でもフェイスちゃんとしてはあの終わり方は観客同様不満だったらしい。オレだったらほっとするけど、いやそもそもオレだったら降参促された時点で諦めていたか。


 ほんと、オレとは何から何まで違う。自虐的な笑みが溢れそうになる。


「とはいえ、最初の方で仕留められなかったので最終的に一対一では負けた確率の方が高いですけど。それでも女を倒せない降参しろとか言ってる貴族様がその主義を撤回せざる得ない瞬間は目にしたかったです」


 不満そうに彼女はそうオレに向かって愚痴を言ってるみたいだが、内容の気が強すぎてオレは唖然としてしまう。


「……フェイスちゃんは怖くなったりしねぇの?」

「私、恐怖より怒りや負けず嫌いが勝つんですよね。負けとか痛みより、こいつ叩き潰したい、舐められたのならそれを後悔させてやるって思考になるんです」

「そりゃ、すげぇな……」


 彼女の眼力の強さと、思考の過激さにオレはたじろいてしまう。

 貴族相手に、自分より強者にオレはそんなこと思えねぇや。舐められて後悔させてやるなんて、そんな反骨精神持ってねぇ。


 ああもう思考回路の在り方がまるっきり違ぇんだ。

 オレみてぇなみみっちい奴とは、はなっから作りが違ぇんだ。


 今までだって、すげぇ子だって、変わった子だとは思ってた。でも、平民であること、貴族ばかりのクラスにいること、エルのことで話すこと、相談受けてたことで、どっかで同族意識を感じてしまってたんだ。


 でもさ、今分かったんだ、根本が真逆だ。オレが停滞を望む存在なら、彼女は変化を望む存在だ。


 勘違いしてた。そんな自分の烏滸がましさに拳を握る。


 そんなオレに気づかず、彼女はふわりと笑う。それでいい。


 オレは凡人として、取りに足らない小さな存在として、特別な存在を阻害しないように在ればいい。


 邪魔者にならないように、主人公格のそばに居るような脇役ですらなく背景であれば良い。

 何も考えず、何もせずにいれば良い。さっきの賭けだったらようはオレが降参の一言を口にしないという停滞を選べば良いだけだ。そうすればきっとどうにかなる、特別な誰かが何とかしてくれる。


 オレが自分のことが嫌であろうと、情けなくなろうが、良い。そう言う役回りだ。

 不相応にどうにかしようと、自分の役割以外をこなそうとするから話がこんがらがるんだ。


 オレは何も出来ないんだから。


 そう頭を切り替えた。そう考えれば、オレの心のわだかまりなんてどうでも良いと思った。


「多分、そういうところは母に似たんです」

「フェイスちゃんの母ちゃんに?」


 確かフェイスちゃんの両親は火災事故で亡くなっていて、もういない筈。だからロキくん以外の家族のことはあまり彼女からもエルからも聞いたことが無かった。


「ええ、母はリディーニーク連邦出身なんです。確かカイさんの商隊にいたグラフィラさんもそうですよね」

「おう……そっか、なるほどな」


 道理でこの国の女の子像とかけ離れてる上、気が強い訳だ。女傑国家の連邦ルーツと聞くと、凄くフェイスちゃんの性格がしっくりくる。


「王都出身で母親が連邦人となるとすっげぇ珍しいな」

「確かに母以外で連邦人見たのグラフィラさんが初めてでしたね」


 そもそも王都で外国人ってのをあんま見ないからな。移動の多い商人連中でも、連邦や皇国の奴らは王都に近づかないみてぇだしな。


「へぇ、そうなんか。連邦との国境付近の奴だと連邦人と結構関わりある奴いんぞ」

「そうなんですか……あ、そうだ。カイさん一緒に観客席行きません?」

「いいけど、なんで?」

「私、一人でいるとあの緑の公爵子息様か片割れの紫の公爵子息に捕まるんで。貴族ばっかの空間に居ると疲れるんですよ。さっき上手くいって別れられたんで」


 うん、さっき緑の公爵子息と居たのにオレ見つけて別れられてナイスタイミングって言ってたもんな。


「随分と気に入られたもんで」

「新しい玩具手に入れて楽しんでるだけですよ。その内飽きるに違いありません」


 さっきの公爵子息の様子と、フェイスちゃんという少女の特別な在り方からしては飽きることはきっとないだろう。が、それを言ったところで何もない。オレみたいなちっぽけな存在の言葉はあってもなくても、その二人にさして影響はない。勝手に事態は進んでいく。だったら流そう。


「そっか……あ、そういやオレ、エル探してんだ」

「エル兄さんをですか? そういえば一緒にいないですね?」

「おう、一試合目で武器折れちゃったからエルが取りに行くって行って戻ってこねぇから探しに来たんだ」


 あたりをきょろきょろ見回す彼女に、オレは頷く。すると彼女はまじまじとオレの顔を見てから、ため息を吐く。


「多分、カイさんそれは動かないのが正解ですよ。両方移動するとすれ違う可能性があるんで」

「う、いやでも……」


 エルに何かあったら大変だしって言おうとしたが止める。


 もう既にさっきのマイスター様の件で何かあったも同然だし、たとえ他のことがあってもオレが何かしたら足手纏いになるだけだ。エルみてぇなすげぇ奴が困ることがあっても、オレみてぇな凡人か、それ以下の弱者じゃどうにも出来ねぇ。


 つか、このことでもオレが下手に動いたからエルに迷惑かけたな。


「あとカイさんさっきどこに向かってましたか?」

「え? いや平民が多い方の観客席に繋がる階段だけど」


 行き先を聞かれたので、オレはそう素直に答える。


「カイさん逆方向です」

「………………」


 なんとも居た堪れない空気になった。どうして学校の敷地内で迷うんだか。


 じいちゃん曰く、めっちゃ小さい頃はむしろ道とか覚えるの得意だったのに、ある日を境に迷子癖が出来てたそうだ。


 ただでさえポンコツなのに、迷子癖なんて習得すんじゃねぇ。

 


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