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鍵13 赤と黄の観察者

 

 デアーグの言葉で人が退いた最後列の観客席から、通路を隔てる腰の高さ程の壁に乗り出す人影が二つあった。


 フードを深々と被ったその二人は誰が見ても怪しいものだったが、誰もそれを凝視することが無い。

 周囲にあまり人が居らず閑散しているのもあるだろうが、それにしても誰も気づかない。


 しばらくその二人は諍う赤のマイスター侯爵子息と平民二人のやり取りを黙って見ていたが、デアーグが立ち去ると取り残された二人の姿を見て片方がくすくす笑う。

 真っ赤な髪に糸目の彼は酷く機嫌が良さそうだった。


「君の玩具とボクの玩具、合わさってめっちゃ面白いことになってるね」

「ゲルモ卿はデアーグ卿がお気に入りだったか」


 明らかに面白がっていると分かる赤の貴族ゲルモの声に、もう一人が温度の無い声で返す。

 白い円に笑った顔がシンプルに描かれた仮面を被っているのは、この学校を退学させられた黄の侯爵子息、ボイドだった。


「うん、そうだよ。あとあの白っぽい平民も結構気に入ってるんだ。久々に見かけたけど、デアーグ卿に食ってかかるようになるだなんて面白いや。君のお気に入りのお陰で繋がったみたいだね」


 ゲルモは白っぽいのとカイと言い合っているダックスのことを指差す。

 そんな趣味仲間の姿を横目で見た後、黄の貴族はカイ・キルマーという平民を茶色の瞳で仮面越しに観察する。


「カイ・キルマーは非常に興味深い観測対象だ。彼に何かするだけで、彼が何かするだけで多くの人が何かしらの反応をする。だからもっと試すつもりだったが、上に退学させられて中断された。ついでに面白みのない奴とはいえ使用人も一人取られた」


 自分が退学させられた事情を悪びれるどころか、むしろそれを止めた存在に不満を持つような言葉選びだった。

 それもそうだ、ボイドの中には反省や罪悪感というものは存在しない。カイ・キルマーという人間もその周囲の人間の感情も事象としか捉えていない。

 彼特有の低いハスキーボイスがその人間味の無さを引き立たせていた。


「ディスティル嬢は厳しいからそこんとこは上手く立ち回んないと。今日も来たのバレたら怒られるんじゃないの?」

「向こうもそうとはいえこちらも隠れるのは得意だ。その上、あの女がこちらがどんな姿をしているか把握しているわけがない。紫の奴と組まない限りバレない」

「君、よく見た目変えるものね。ここに通ってた時は流石に辞めてたらしいけど、今日はニコニコしてるお面被ってるし目立つ格好じゃないの? まあ、見つからないなら良いどね……そういや君はどうして退学させられた事件の際にはバレるようにしたの?」


 仮面を突いた後、引き剥がしながらゲルモはそう問いかける。


 いきなりそんなことをされたにも関わらず、ボイドの仮面の下の顔は虚無だった。

 オレンジがかった茶色の瞳もどこか塗り潰されたかのようにのっぺりとしている。


「ある程度知れ渡らないと観測できる情報が減ってしまう。平民達は興味深かった。怒るもの、憐れむもの、馬鹿にするもの、歓喜するもの、全てが興味深かった。貴族の一部の反応も参考になった。君のお気に入りのデアーグ卿もその一部だったな。色々とやった甲斐があった」


 デアーグの名を出され、ゲルモの耳がピクリと動く。


「デアーグ卿に関しては前に教えてくれたね。彼、相変わらず兄弟思いだったみたいだから、報告で嘘吐いたみたいだけどね」

「そうか、彼も感情豊かで非常に興味深い存在だ」


 そうボイドが口にすると、赤髪の少年は取った仮面を彼の顔に押し付ける。


「でも残念、彼や彼の周囲はボクの専門だから。それに君は既に壊れてるものじゃなくて、丈夫そうな奴をぶっ壊したいんでしょう?」

「壊したい訳ではない。ただどれだけ落差があるのか見てみたいだけだ。どれだけ負の感情で満たされるのか、どれだけ心が死ぬのか、その為の方法や過程、結果を知りたいだけだ。人の感情というものの在り方を学びたい」


 淡々と語られる内容に、ほとんどの人物は恐れたり、怒ったり、気味悪がったり、負の感情を抱くだろうが、ゲルモは違った。ニヤリと口角を上げる。


「実験動物なんだね。カイ・キルマーという平民は良いサンプルだったの?」

「通常の状態が負の状態ではなく、正の感情で満たされていることが多い人間で、そしてそれが周囲に伝染することが多いから良いサンプルだった。その為、負の感情で満たしてみた。苦手なこと、嫌がることも容易に判明したから、計画して実行すればすぐに効果が出た」


 実験動物という言葉を肯定するかのように、自分の行った行動の遂行理由を述べる。


「途中で関与が不可能になった為、一時的にしか対象には負の感情で満たすことは出来なかったが、それでも興味深い結果にはなった。あれを見る限り現在にも弱まったとはいえその効果が続いているようだ」


 一通りダックスと口論しあった後に、無言になったカイが走り去るのを、ボイドは押しつけられた仮面を少しずらして視線で追う。


「そうカイ・キルマーは何も出来ない。出来ても逃げるしかしない。無力な平民、弱者、そう植えつけた。立ち向かおうとしようとしても、最終的に何もしない、逃げる。それしか出来ないと経験した」

「まるで呪縛だね」


 ぶつぶつとそう呟くボイドにゲルモはそう漏らす。


「有であったものが無に変われば、その反対も可能になることも考えられる。だから、私は彼を負で満たし、最終的に器ごと壊し、無にしたい」

「哀れだねぇ。でもそれはわざわざターゲットを一人に絞る必要はないんじゃない? 大勢で試した方が結果も大きく得られるよ」


 ゲルモの提案に、ボイドは橙色に近い茶の瞳を向ける。


「かの方が誰かに執着することは娯楽になるとおっしゃっていた。執着は複数相手では難しい。有象無象から特別を見出す、それが人を人らしくすると」

「かの方がそんなことをおっしゃっていたの? じゃあかの方の特別はどなたなんだろう? 今は亡き血を分け合った方かな」


 具体的な名前は出さずともお互いかの方が誰か理解し、会話を続ける。

 黄と赤の貴族は割と交流が多い組み合わせだが、その中でもこの二人はよく話す組み合わせだ。


「そういうゲルモ卿に特別はいるのか?」

 仮面を付け直した少年はかくんと首を傾けてから、そう疑問を口にする。


「……玩具ならさっきいったデアーグ卿とその周囲、さっきの白っぽいのだけど」

「そうか……話は変わるがゲルモ卿貴方のフィアンセはもう碌な観測は出来ないのでは?」


 素っ気ないゲルモの反応を気にすることもなく、ボイドは話題を変える。

 ゲルモの耳がフードの下でピクリと動く。


「うん、そうだね。彼女壊れて壊れてもう心が死んでるから」

「ならもう必要ないのでは? 捨てれば流石に最後に反応を得られるだろう」

「……別に婚約者というものは必要だから捨てる必要は無いよ」


 ゲルモはポケットからコインを取り出して、それを手遊びし出す。手遊びといっても、両の手を行き来するコインの速度は緩いものでは無い。


「彼女という個体を捨てたところで代用品は何人かいるだろう?」

「捨てたら拾われて他人のものになる可能性が出てくる。捨てた後に誰のものにもならないだろうと確信が出来るくらいになったら捨てるよ。誰かが価値を感じているものを捨ててしまうのは惜しいからね」


 ゲルモは一度高くコインを上げてから立ち上がると、ボイドのフードを取る。

 暗い金に黒メッシュがところどころ入った髪があらわになる。頭上を見上げたボイドは仮面越しにゲルモの赤い瞳と一瞬目が合うが、すぐに閉じられる。


「ボクが捨てるのは最期まで絞り尽くしてから、搾取し尽くしてからだ」


 そうゲルモは線だけで描けるような胡散臭い笑みを浮かべる。

 コインが硬い音を立てて地面に落ちるが、二人とも拾おうとしない。


「……拾いそうな奴がいるのか」


 しばしの沈黙の後にボイドはそうボソリと言った。


「物好きな奴って世の中にはいるんだよ」

「私達に物好きと言われるのは、その者にとって不名誉だろうな」


 フードを深く被り直して立ち上がるボイドの意見に、ゲルモは両手を叩く。


「あー、確かに。聞いた顔見てみたいな。すっごい嫌そうな顔しそう」


 ケラケラと笑いながら、ゲルモは歩き出す。ちらりと落ちたコインを見た後に、ボイドもその後についていった。




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