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鍵12 黄の姉弟

「姉様、こわがられましたよ。笑ってあげれば良かったのに。ふつうに感しゃしてたでしょう。なのにあんなことまでして」


 フードを被った暗い金髪の子供はそうくすくすと笑う。


「下手に貴族を良い存在だと勘違いするのは危ないでしょう? 一度ボロボロになったが故のものとはいえど、嫌とか怖いとかいう危機的感覚を緩めるのは良くないわ。ある程度恐れる気持ちが無いとまた危ない目に遭うわよ、あの子」

「姉様は別にそこまであぶなくないですよ。まあキルマーが危なっかしいと言うのは分からなくもないですけど。凡人は狂人のまわりにいればまきこまれますから。きぞくならなおさら」


 姉の心配気な声に対しイルシオンは大体同意するが、それだけでは終わらない。


「でもね姉様。かんじんの人たちには、どうたいさくしようといみないよ姉様」

 歌うように残酷な事実を言う自身の弟に、黄の令嬢は目を向ける。


「……イルシオンは」

「ああなっちゃダメでしょう。分かってますよ」

 そう答えながら両手を広げて黄の次期当主はくるりと回る。落ち着いた声と、無邪気な子供のような行動は不釣り合いだ。


「その割にはイルシオン、使用人を揶揄(からか)って遊んでたわね」

「だって、ノアがうじうじしてるのがつまんなかったんです」


 姉の指摘に、ぷくぅと子供はわざとらしく頬を膨らませる。


「出てきて下さいよ、ノアベアト。けっこうすぐにボクのこと見つけて、ずっとあとつけてたでしょう?」

「はい、お一人にして申し訳ありません」


 黒の三揃いの使用人服を着た少年が物陰から現れ、子供に深々と礼をする。


「別にボクが本気でかくれたんだし、はぐれるのは必ぜんですよ。だけど見つけてからなんで顔を出さなかったのです?」

 頭を下げた少年の顔に伸ばした右手を添えて、子供は微笑みながら首を傾げる。その瞳には温度が無い。


「カイ……キルマーは知り合いですので僕の所為で騒がれたら困ると思いました。すぐに保護できなかったのは申し訳ございません」

「ふーん、ほごとかは別にボクはどうでもいいので、頭上げて下さいよ。あとキルマー、そこまでバカじゃないみたいですからさわがないと思うし、会ってもよかったんじゃないですか?」

「別に御身を危険に晒すような真似をしてまで無駄に会う必要はないでしょう? 僕はこの学校をもう去った者です」


 無表情でそう口にする黒髪の少年がかけている伊達メガネを背伸びして子供はとる。


「よく分かんないです。へんそうまでして知り合いに話しかけられるのをさけているとはいえ、別に来ないことも出来たんですから。来たってことは気になっていたんでしょう?」


 子供の言葉に本来は金髪の黒髪の少年は俯く。


「二度と会わなくていいんです。彼にとって僕は私は俺は過去に居ただけの存在でそして彼に過去はいらないんです」


 声は震えていた。下された両手は堅く握られている、


「ふーん人形が感じょうをもって人となって、けれどこわされて人形に戻ったと思ったんですけど………………彼に関することならまだ人らしくなるのですねっ! なおさら会ってほしかったなぁ。ボクおもしろいことが好きですから!」


 幼い子供は、前半は子供らしからぬ平坦な冷徹な声を出していたが、後半は一転、その背の低さを利用して少年の顔を見てからそう笑う。その片鱗を少しは見せていたが、それでも先程までこの場にいた平民の少年が見たら目を疑うような落差だ。


「……イルシオン」

「はい姉様、なんですか?」

 深い溜息を吐いた姉に心底不思議そうに子供は聞き返す。


「そう言うことを言うのはやめなさい、ノアを壊したクズと同じになるつもり?」

「今のダメなんですね……ごめんなさいノア」

 閉じた扇で咎めるように軽く頭を叩かれたイルシオンは、使用人に謝る。


 薄暗い金髪と灰色の大きな瞳の子供が申し訳なさそうに眉を下げる姿は、大変愛らしいが、中身は得体が知れない。それもその筈、この子供は黄の貴族の次期当主なのだから。


「いいえ気になさらないで下さい。それにイルシオン様がおっしゃる事は間違っていませんから。自分は人形で――」

「貴方は人形じゃないわ。今も昔も」


 そう黒髪の少年が言おうとした途端、ディスティルは彼の目の前に閉じた扇を突きつける。


「いつまで元の主の言いなりになる気? わたくしは人形なんて雇ったつもりはないわ。人を雇ったわ」

「……申し訳ありません」


 そう平坦な声で言う少年の姿に、令嬢は扇を下ろす。


「……いいえ、謝る必要はないわ。ごめんなさい、動揺してたみたい。悪いのは貴方の元の主と、それを野放しにしている存在と、止められないわたくしなのに」


 下された扇がパキと小さな音を立てる。琥珀色と赤色の瞳は伏されている。


「お嬢様は何も悪くないです。むしろあちらに帰らずに済んだのでとても感謝しています」

「姉様、いけないこと言ってしまってごめんなさい。姉様は悪くないです」


 茶色の瞳と灰色の瞳がそう少女に向けられるが、気づく様子は無い。それどころか虚な目をして何か呟いている。


「早くなんとかしないと、力を得ないと、徹底的に潰さないと、やっぱ殺すのが手っ取り早いかしら、でもニアはそれは楽にするだけだって、母様もわたくしまでも人でなしになったら悲しむわ。あああんな奴いなければいいのに。全部あいつがあいつがいるから駄目なんだわ――」


 呪詛なような誰かへの恨みつらみに子供が灰色の瞳を見開く。


「お嬢様」


 いつもは自分の弟には聞こえないようにするような物騒な内容が、子供に聞こえていると気づいて、少年使用人はそう呼びかけるが反応は無い。


 どうしようかと考える使用人の袖を引っ張って、子供は微笑む。


「ボクはなにもきいてない。ノアも同じ。ちゃんといつもどおりきこえていない。姉様はとってもやさしいふつうのりんりかんをもった人」

「……はい」


 子供の言葉が嘘だと言うのは分かっていたが、言葉自体がそれを信じてもらう為ではなく、状況設定の強制の為だと分かっていたので使用人の少年は縦に首を振るしか無い。


 使用人が頷いたのを確認すると、子供は姉に飛びつく。


「姉様ぁ! 何を言っているんですか? きこえないです!」

「ごめんなさい、イルシオン。ただの独り言よ。気にしないで」

「えー、教えてくれないのですか?」


 仲良さげに会話するやんごとなき身分の姉弟の姿に、黒髪の少年は口をつぐまざるえない。明るい金髪と薄暗い金髪の姉弟が話している姿はその容姿の良さもあってか、見た目だけで言うなら綺麗だ。


「あ、あと姉様、あれあの人の指示ですかね? 流石にクロードがしゅみでやるとはおもえないです。じしょうこういとほぼ同じですもん」

「さあ? わたくしは知らされてないわ」

「ボク、重ねて止めちゃったけどきげんそこねちゃいますかね」


 使用人から先程取った黒縁の伊達メガネを頭に乗せながら、そう何処か他人事のように子供は呟く。


「あの人でなしの機嫌なんて放っておきなさい、イルシオン」

「あんまそこねちゃうと、こっちにひ害が飛んで来ちゃいますよ」

「機嫌伺おうが気まぐれすぎて飛んでくることがあるから、最初から無視した方が腹立たなくて良いわ。まあ、イルシオンには元からあまり飛んで来ないけれどね。それにしてもイルシオンがあれをやめさせたのね」


 よくやったと褒めるように、弟の頭を少女は撫でる。


「姉様がやると思ってたけど、姉様あの女の子にむちゅうだったから、ボク止めたんですよ。クロードアルトが死んだり、動かなくなるのはつまんないです。流石にクロードレベルで緑のあれを止めつづけるのはむりがあります」


 子供がお気に入りの玩具を語るような口調で、先程試合後に運ばれていった自分の配下の家の子息を語る。


「……それは申し訳ないわね。そういえばイルシオンはクロードアルトと仲が良かったのだっけ」

「そうだよ。だって、彼めずらしくいい子だから。姉様も母様も使用人のニアも彼は不快に思わないでしょう? ノアも顔合わせたことあるけど、いい子ですよね」

「はい、とても優しい方でした」


 眼鏡を畳んで渡しながらそう子供が言うものだから、持ち主は肯定する。


「ええ、だから最初の方は限界になったら止める気だったわ。つい忘れてしまったのは悪かったわ」


 返された伊達メガネをかけ直す少年の手が一瞬震えた。つい忘れてしまった、という言葉に動揺したのだが、黄の令嬢は気が付かない。反対に子供はそんな挙動を横目で見てから、一瞬目を瞑ってから、また開く。


「姉様、女の子がんばってるの見るの好きだものね。あの子、キルマーの知り合いみたいですよ」

「あら、意外なところに繋がりがあるのね」

「ボク、かくれんぼしたり、色々他にもその前にやってたからあれめっちゃ頭痛かったんですよ」

「それは一部、自業自得よ」


 姉にでこぴんされて、黄の公爵子息はおでこを抑える。


「でも、ボクけっこう良いことしましたよ。ケンカ止めたし、クロードアルトの大変になる前に止めました」

「ええ、良い子ね。イルシオン、だから貴方はあの人でなしとは違うわ」

「はい、姉様」


 そう返事をする子供の笑顔は完璧だった。



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