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1 出会い

よろしくお願いします。

 

 今の時間帯、食事も出来てないので人気が無い食堂前の廊下は、夕方の柔らかな光で照らされていた。目の前にいる人物はオレのことを真っ直ぐ見つめて、ごくりと息を飲んだ後に口を開く。


「カイ・キルマー、俺と付き合え」

「ふっざけんな! 女日照りだからって男に走るんじゃねぇっ! 目ぇ覚ませこの野郎!」


 相手の返事を待つまでもなく、グーで顔面を殴るとさっさとその場から離れる。全力疾走で。廊下を走ってるところを見られたら寮監にどやされるが、危機を回避する為だ。背に腹は変えられない。


 角を曲がってすぐに階段を上がると、寮生がたむろしてる廊下をそのまま駆け抜ける。誰もオレを咎めやしない。「ああ、いつものか」と言う目で見てくる。

 首に下げた鍵で急いで一番隅の自室のドアを開けると、自分が出せる最速のスピードで入って中から鍵を閉める。


 それから机の引き出しから、警戒リストと鉛筆を取り出すと、さっきの奴の名前を書き留める。手が震えてガタガタな文字になったがしゃあねぇ。


 酷いと言われようが、やな奴だと思われても構わない。そりゃ人の気持ちをそんな扱いするのはよくないかもしれない。けれど、こっちにだって言い分はある。


 今月でこんなことは五件目だ。まだ三日しか経ってないのにだ。おおよそ、王都外から来た奴らは寮生活でそういう欲が溜まっているのだろうが、それをこちらにぶつけてくんな。熊のようなむさい男、何人もに告白されてみろ、心荒むぞ。


 それに「付き合ってくれ」じゃなくて「付き合え」って何様だってんだ。オレに拒否権がねぇとでも思ってんの? オラオラ系の奴は苦手だし、危険だ。以前、倉庫に連れ込まれそうになったしな、警戒するに越したことはない。


 振っても振っても、次々と湧いてくる。最近じゃ誰が落とすか議論までされてるらしい。寮内でついたあだ名はオヒメサマ、最初聞いた時はそこにいる奴ら全員、ぶん殴ろうかと思った。

 それに――思い出すのはやめよう。思い出してもパニックに陥るだけだ。


 そりゃオレ、商人の息子だけあって他みたいにマッチョ体型じゃないけど、かといってすっげぇ女みたいな見た目でもねぇ。身長は170超えてないが、まだ14歳なので伸びる可能性は親戚を見ても大いにある。性格もなよっちいどころか、ご覧の通りはっきりしてるし、金銭にはがめつい。そして恋愛対象は女だ。


 なのに、なのになんで男に告白されなきゃいかんのだ⁉︎


 そもそもオレがこの寮に入ったのは国立軍学校に通う為。国立軍学校に入ったのは図書館にある貴重な書物を漁り、貴族の人間関係や趣味なども探って、商売に将来役立てる為だ。国家の軍が運営してる学校に入っておきながら最終的には商人に戻る気でいるのは気が引けるが、別に禁止にしてないのだからいいだろう。商人が栄えればその税収先である国庫も肥える。そうすれば軍事予算もきっと増え、最終的に国防に貢献してる。と言い訳のようだがまあいいだろう。


 最初は嫌だった武術などの訓練も商隊を守るのに役立つだろうと思えば、耐えられる。

 頭は割と良い方なのでCクラスに入ってる。貴族ばかりで嫌味を言われるのもクレーマーへの対応練習だと思えばへっちゃらだ。


 だけど、男からの告白、これだけは耐えられない。


 だからと言ってなんとかする術もないし、相談するにはこの話題ではしづらい。馬鹿にされるか、困惑されるか、最悪ケツ狙われるかのどれかだ。同じような被害に遭っている奴はいないかと探してみても、貴族様だったり、手遅れで退学してたり、既に洗脳済みだったり、むしろそっち系だったりして相談できねぇ。

 誰か平民で洗脳されてなくて、そっち系でもない奴で同じ被害に遭ってる奴いないかな。まあ……いないから困ってるんだよな。


 不幸中の幸いというかなんというか、オレは貴族様達には見向きもされないタイプなんで権力は使われないで済んでいる。お陰で無事だ。何がかは察しろ。平民相手だったら殴ったり、脅したりすれば良いだけだから自分でなんとかできるけど貴族相手にはそれが使えねぇ。ほんとクズを見る目で見てくれて助かる。どんな目で見てくれてもいいから、実害がなければそれでいいから。


 来年、きっと来年になればオレと同じ目に遭う後輩と愚痴れる筈だ。面倒臭いかもしれないがそれくらい許してくれ。こっちも洗脳されないように、貞操守れるように手伝うから。それまで、それまでなんとか耐えよう。だから誰かオレを助けてくれ……。


 しかし、思ったより救いは早くやってきた。


 ***


「Aクラスに平民の編入生だって!」


 学校後に寮の部屋で、下町で売れてるものアンケートを集計をしてたら、廊下からそんな声がした。いつもなら出ていかないが、今回はその内容につられて出る。

 既に寮の廊下には同い年の少年がわらわらと出て来ていて、さっきの言葉を言ったであろう奴らのとこに集まっていた。これだけ人数いれば安全は確保できる。


 平民の中でトップだったオレでもCクラスなのに、平民でしかも編入生でAクラスだなんて、信じようにも信じられないもんな。


「お前、分かりきった嘘つくんじゃねーよ」

「そうだ。この前みたいに騙す気だろう」

「嘘じゃないってば、なあ?」

「おう! 貴族様らがめちゃくちゃ苦い顔してたぜ」


 へー、面白いじゃんと会話の内容を聞いて興味を持つ。

 この学校の入学試験って高等学が学べる環境にいないと圧倒的に不利だから、平民じゃ貴族に太刀打ちできなくて当然なんだよな。オレだって、顧客先から古本貰ったり、借りたりしたんだから、その新入りはよっぽどのボンボンか?


 でもボンボンだったら文官学校に入りそうなのに。平民が上位クラスにいないのには、軍の学校だけあって頭より運動に自信がある奴が多いってのもあるからな。平民で頭のいい奴はほとんど文官学校に行く。わざわざこっちを選ぶなんて物好きだな。まあ、オレも言えたこっちゃねぇんだけど。


 嘘じゃなさそうと分かると、同じ平民の快挙ということもあり、みんな嬉々として話す。まあ、やっぱ嬉しいよな。オレ達貴族に馬鹿にされてばかりで、貴族より頭が良くないのは事実だから反論もできないからな。オレも一番取られたのは少し悔しいけど、嬉しいよ。


「でも、大丈夫か? 貴族様に目の敵にされて大変な目に遭わないといいんだが……」

「カイも今じゃ少しマシになったけど一時期ほんと酷かったもんな」

「まあ、そうだな」


 同性からの求愛の方が酷いんだがなという心の声をしまって答える。ブラックジョークにも出来ねぇ。

 別にみんなが男に走る訳でもねぇし。走ったとしても人間として悪いわけでもないんだよな。ヤバイ奴もたまにいるけど。同じ平民って事で貴族様からのいじめも表では無視してたけど裏では支えてくれたこともあるからな。普通に良い奴もいるんだよ。オレはトラウマがあって受け入れられないけれど。


「先に忠告しとくか?」

  貴族ばかりのクラスにいるオレに確認を取るようにそいつは聞く。


「いやでも、『お前、明日からいじめられるから気をつけろ』っていきなり言われても怖いだろう」

「カイみたいに『3回回ってワンと鳴け』っつー言葉に『お駄賃貰えますか』とか言える図太い奴ならなんとかなるんだけどな」

「悪いかよ。クレーマーには生憎と慣れてんだよ」


 同性に告白されるのは未だに慣れてないけど。


「さすが金の亡者」

「褒めてもらえて光栄だ」

「呆れてんだよ馬鹿野郎」


  へへん、とドヤ顔して見せたら大げさにため息をつかれた。地味に小芝居挟んできやがってこの野郎。それに、オレはそこまで図太くはねぇよ。


  いじめ甲斐がなかったのだろう。数ヶ月で止んだ悪意からのそれより、今もなお続く好意からの告白の方がオレにとって問題だ。でもまあ、優秀な新入り君を見殺し? にするのも忍びないので話し合いには参加する。


「オレから言えるのは、向こうの思い通りに悲しんだり、怒ったりしちゃいけないっていうことだけだな」

「あっ、でもその心配はないと思うぜ」


 最初に報告してきた片割れがそう異議を申し立てる。確かこいつ数ヶ月前に……やめよう思い出すのは心が痛い。


「貴族様達ってば、その新入り見た途端見ほれちゃってさ。ほらあいつら奥手だろ。たぶん、声もかけられないぞ」


 え?


「すんげー、綺麗な見た目してんの。中性的っていうのか? 女みてーでさ、ありゃ落ちるのも仕方ない。といってもオレの好きな奴はカ――」


 何かごちゃごちゃ言ってるが聞こえない。聞こえないと思えば聞こえない。


「寮にはくんのか?」

「いや、王都内に住んでるみたいで通ってくるってさ」

「そっか、残念」

 オレとしては少し残念かもしれないが、そいつを思うのならば寮内で疲弊することがないことを祝ってやるべきだろう。それに貴族受けしそうな見た目なら、尚更負担は少ない方が良いに決まってる。


「明日見に行こうかなー」

「あっ、俺もいく」

「おれもおれも」

「じゃあ、ボクも」


  みんな気になるのか一人を皮切りに皆、件の少年を見にいくようだ。オレはどうするって、そんなの決まってる。


「オレも絶対行く」


 同じ目に遭うだろうそいつを、一部のアホ共から守らねば。そしてあわよくば愚痴を聞いてもらえるような関係になりたい。


 ***


 翌日、ぎゃーぎゃー騒ぎながら、転校生のもとへ行ったオレらだが、会った瞬間、その騒ぎは消えた。


 紅茶色の優しげなタレ目にふわふわした赤茶色の髪。左目下の泣き黒子に中性的な美人顔。身長はオレよりほんの少し高いものの細身の体。そしてよく分からんけど、溢れ出るフェロモン? がやばい。国立軍学校の地味な茶色の制服ですら、彼が着ればきまる。ちょっと大きめのサイズ着てるけど、それはそれでオシャレでやったみたいに見える。


 見た瞬間に分かった。こいつ、オレと同じかそれ以上の被害に遭うと。


「初めまして、エルラフリート・ジングフォーゲルです。以後よろしくお願いします」


  うわぁ……声までもえげつねぇ。いや、見た目よりも凄いかも。ずっと聴いていたい声ってこういう声のこと言うんだな。高すぎず低すぎず、男らしいとも女らしいとも言えない声。癒されるっつーか、魅了されるっつーか、とにかくやばい。

  既に寮の奴らは魂が抜けたかのように口をぽけーっと開いて固まってる。


「カイ・キルマーさんですよね」

「オレのこと知ってんのか?」

「はい。平民の星だと城下町でキルマーさんのことを噂されているのを何度か」


  確かにオレが入学した時、騒がれたけど、それより上の奴に言われてもな。下手すりゃ挑発ともとれる内容だが、友好的に笑うその姿をどうも疑えず、これは素なんだろうと結論づける。


「じゃあ、次にはお前が噂されんだな。あと、カイでいいぞ。口調もそんなあらたまんなくていいぞ」

「そう、じゃあカイって呼ぶね。ぼくのことはエルでいいよ」


 やっぱ敬語が無い方がいい。同年代で敬語で話されるとどうも気持ち悪ぃんだよな。距離取られてるようにも感じるし。他の奴らは早速お近づきになったオレに羨ましげな視線やら、新しい仲間が穏やかそうなのを見てほっとしてる。「カイと編入生……楽園だ」と恍惚としている奴はふざけんな。


「おう、よろしくなエル。あと、気つけろよ」

「何に?」

「その内、分かる」


  目をパチクリさせるエルに哀れみを感じながら、オレはそう答えた。


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