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魔物の襲撃

 木々をすり抜け、数匹の獣が草原を駆け抜ける。人の頭身ほどの体格のある灰色狼たちが獰猛な唸りをあげて馬車に迫っていた。



「二人とも、下がって」

 アガトは護身用のナイフを抜き身構えた。

「そんな、嘘だろう……森から離れていたのに!」

「はいあたしを守って! 役目でしょ!?」

「いつから決まったんだそれ!」

「というか嬢ちゃん誰だよ!?」


 狼狽える男とすかさず自分を盾に幼女を背に、魔物との対峙をよぎなくされる。



 立ちはだかるのは《ハイド・ウルフ》という狼型の魔物。それも同時に三頭。森林に生息し、縄張りを巡回する獰猛な魔物だ。単体では冒険者の適正がEランク相当だが集団ともなるとDランクの脅威にもなる相手である。

 何度か闘った経験もあり自分でもどうにか倒せそうな魔物ではあるが、傍らにいるノーマや行商の御者を庇いながら複数を相手取るのは少々厳しいところだ。


【ゴルトス】を使うべきか? ノーマはさておき人前でむやみやたらに見せびらかすのは避けたい。狼たちの体力を把握すると一頭1200程度とそう高くはないが、毛皮を素材にしても得にはならない。



 しかしその躊躇いは無用だった。こちらに狼たちが襲ってくるよりも早く、援軍が森林から飛び出す。


「ロザリー!」

「分かってますよ」


 処刑執行人が持つような大鎌を携えた戦士職のファルクスが三頭の灰色狼に躍り掛かり、後続から僧侶職のロザリーが十字をあしらったワンドを掲げて光を灯らせた。


「【剛強】。【敏脚】。……【鋼身】は必要ありませんね」

「十分!」

 ファルクスの全身が一瞬、紅色と緑色に点滅した。身体強化の魔法による支援を受け彼女の挙動が加速。標的の間合いにまで肉薄する。


 急襲を受け立場が逆転した《ハイド・ウルフ》たちが散開しようと跳躍する。

 が、距離を離すよりも早くファルクスの鎌刃が黒き旋風と化し、一振りに二頭の首をスッパリと落とす。


 肉体強化によって軽々と振り回しやすくなったとはいえ、返り血を受けないほどの見事な腕前だった。

 ただでさえ元来鎌は剣や斧と比べると扱いの難しい武器である。従来であれば斬るや突くといった攻撃動作を一の動作で繰り出せるのに対し、内刃という性質上振りかぶった後に引き斬らねばならないからだ。



 とはいえ対人戦ではなく魔物を相手取る意味では欠点をある程度補えるのだろうと、あまり戦闘に向いていないながらもアガトは分析する。

 残りの一頭が惨殺された仲間の有り様に尻尾を撒いて逃げ出した。しかしファルクスが手を降すまでもなく突然悲痛な呻きをあげてのけぞる。

 狼の頭蓋に矢が刺さっており背後から音もなく的確に射られたものだった。


 奥の木の上にいたサギタが弓を持って潜んでおり、彼女の放ったものであろう。ロザリーは小走りでこちらにやってくる。


「戻るのが遅くなってすみません。お怪我はありませんか」

「はい。おかげさまで」


 鎌についた血を払い「こんな低クラスの魔物相手に尻込みするとはほんとに戦力外だな」とファルクスは毒を吐く。


「そのガキはなんだ? まさか馬車の荷物に隠れていたのか」

「……妹です。どうやら勝手についてきてしまったようで」

 咄嗟の誤魔化しにノーマも乗っかって「そうなのよ~、出稼ぎに向かう兄さんがこんなんだから頼りなくてねぇ」と腕を組んだ。



「まぁいい。それより偵察した結果、森には魔物がいなかった。にも関わらずこんな森の外部に出没するのはなにかがおかしい。コイツ等の縄張りはもっと奥地の筈だ」

「確かにそこは解せませんね。群れの数が少ないことも気になります」


 死体となった狼を前にロザリーたちはいぶかしむ。



「考えられるとすれば、森の中の競争に負けて追いやられた可能性でしょうか」

「森に魔物はいなかったと言っただろう? それともなんだ。森を追いやるほどの魔物が他にいるとでも言いたいのか。部外者が口を──」


 なにを言っているんだとばかりにアガトの意見をファルクスが棄却しかけた時である。



 ──キィェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!

 擦り合わせた金属と怪鳥の叫びが響き渡り、弛緩していた一同の身体が強ばった。



 陽光を受け銀色に輝く翼を持つ魔物が森の上……青空から緑地を越権する。

 猛禽類特有の硬質な黄色のクチバシと上半身に獅子の下半身。明らかにアガトたちを補足していた。



 見上げるだけではその大きさを正確に把握することはできないが、牛や馬を軽々とさらってしまえそうな体格を誇っているのは分かる。


「《グリフォン・メイル》だ!」ファルクスが大声を出す。

 アガトにとって初めて目にする魔物だが伝聞での情報はいくつか知っている。



 危険度はBランク相当。

 飛翔能力によって空中からの急襲を得意とし、火や刃を弾く鎧のような銀の羽を持つことから上位の冒険者──特に遠距離攻撃を担う職──が数人がかりで討伐する相手らしい。


 恐らく狙いは荷台を引く馬車の馬だろう。あの魔物がこの森を縄張りとしていたのだとすれば、この近辺の異変にも符号がいく。



 まずい。こちらの冒険者の階級を考えれば相手は格上だ。しかも魔導士職もいない以上、火を見るよりも明らかに形成は不利。サギタの弓矢では限界がある。


「すぐにこの場を離れよう!」

「その必要はない! まだ強化の魔法は残ってる! 援護しろサギタ!」

「待つんだ! まともに闘うのは──」

「うるさい腰抜け!」



 ファルクスは制止を無視して向かっていく。背後で金髪の少女は「全くあの女、無謀もいいとこね」と呑気なことを言っていた。


 羽ばたきながら空を蹴る荒鷲が接近してくるのに併せて、大鎌を携えた彼女は跳躍した。

 大きく振りかぶり、頭蓋を割らんと渾身の一閃を叩き込んだ。



 しかし《ハイド・ウルフ》の時とは打って変わって刃は通らず、硬質な音を立てて弾かれる。

 だがファルクスは負けじと幾度となく斬撃を繰り出し、重力に引かれるまで蹴爪と打ち合っていた。



 牽制のために放たれたサギタの矢を境に《グリフォン・メイル》は一度上空へ逃げた。



「くっ!」

「歯が立たないのはこれで分かっただろう! 荷を置いて撤退しよう! 命あっての物種だよ」

「黙れ黙れ黙れ! ユースティアの腰巾着が口を出すな! 勝てないと誰が決めた!? アイツか! お前か!」


 着地したファルクスは頭を振って鎌を握りしめる。不退転の覚悟がうかがえる。

 しかし現実としてアガトの目にはファルクスの力が通用した様子は映らない。

 他ならぬ【グシオンの瞳】で敵の体力が8万と5千ほど備わっていること、そして彼女の鎌が与えているダメージが三桁にも達しているかどうかであると見抜いていたからだ。


 

 しかし他のパーティの面々は旗色が悪いのは理解しているようで、戦闘の続行に躊躇いを見せている。

 仲間の様子を露知らずに「こい!」とファルクスは覚悟を決めたのか怒鳴った。


 旋回し、もう一度突撃を仕掛けてくる《グリフォン・メイル》。

 やむを得ないと、アガトは懐から金貨を一枚取り出した。10万相当の価値を手放すことに決める。


「【ゴルトス】!」

 投げ放たれた硬貨は光弾と化して一直線に飛んでいく。

 そうしてそれは遙か高いところにいた奴の翼を穿ち、痛ましい悲鳴をあげる。


 大きく地面を削って不時着した《グリフォン・メイル》はそのままこときれたらしく、全く動かなくなった。

 沈黙が流れる。隠していたのに遂に使ってしまった。ゴールドの損失や【ゴルトス】を知られるリスクと天秤にかけた末の苦渋の選択だった。


「まっ、あたしが目をかけたアンタがやる気になればざっとこんなもんでしょうね」

 呆気なく倒された魔物を目の当たりにして呆然とする周囲をよそに、なにもしていないノーマが自慢げに言いきった。



「皆さん、怪我はないですか?」

 痛々しい空気からアガトが口火を切るなり、ファルクスは非難めいた視線を向けた。



「……今の、お前がやったのか」

次回更新予定日9/7(月)

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