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女神ノーマ・コルヌコピア

「それで、これはなにかしら。タルト? カップケーキ?」

「ダリオルという焼き菓子だよ。型に生地を敷いて卵と牛乳で作ったクリームを流して焼いた簡単なもの。それにハチミツをたっぷりかけるんだ」


 ノーマと名乗る幼い少女はへぇ、と関心している様子を見せる。


「むぉっ……おーいひ~」


 一口頬張るとたちまちあどけない顔に恍惚を浮かべた。サクサクのパイ生地の食感と甘味にご満悦だ。

 ご機嫌とりが成功したのを確認してベンチの隣からアガトは話しかける。


「それじゃあそろそろ自己紹介をしようか。ボクはアガト、アクチェという辺境の村からこの街にやってきたしがない商人の冒険者さ」

「ふーんモグモグ、あたしの自己紹介はもう済んだでしょ」

「いやいや全然知らないことばかりなんだ。もっと色々教えてくれないと困るよ。君の家はどこにあるんだい。家族はいないと言っていたけれど誰かと住んでいるんだろう?」


 遠回しに親御さんへ突っ返すことを念頭に置いた質問だったのだが、


「ん」

 焼き菓子を口に運びながらノーマは空を指さした。


「……ん? もしかして空の上にでもあると言いたいのかい」

「そっ。あたしの住んでいる神殿は雲の海が見渡せる高さにあるわ。機会があれば見せてやってもいいわよ」

「そんな場所から地上へ?」

「そこであたしは同じ三人の神たちと暮らしていたの。でもあそこ、毎日毎日やることがなくて退屈なのよねぇ。それにほら、あたし地母神だから空の上に住んでいるのは性に合わないのよきっと」

「地母神、ねぇ」

「なによその歯切れの悪い相づちと冷めた目線は。あれでしょ『そんなちんちくりんで母なる大地とか合ってないなぁ』みたいなこと考えているんでしょ。見た目で決めるんじゃないわよ心で母性を感じなさいよ」



 彼女の言い分はともかく、確かにこの国では四属性を司るそれぞれの神様が信仰の対象であったり神話として語り継がれていたりする。


 火を司る炎星神イグドラニア、水を司る海王神アンダウス、風を司る天空神ウェンディ、そして土を司る地母神ノーマ。


 その中の神様を名乗ったのもどこかで本を読んで得た知識を使って騙っていると考えてしまえば、なんら不思議な話ではない。

 ただ気がかりなのは大金を手にしたという情報をどこで得たのかという話だ。ギルドがこんな一般人に漏洩するとは思えない。



「君のことは置いておくとして」

「自然に流そうとすんな、不敬よ」

「どうしてボクをその信者とやらに?」

「アンタが使えるからに決まっているじゃない。あの《柱の悪魔》を一撃で仕留めた金貨を使う魔法、気に入ったわ」


 やはり自分が倒していた場面を目撃していたと考えた。《柱の悪魔》を討伐して報奨金を貰ったということまで知っていると考えていいだろう。これは口止めをしておかないと後々面倒だ。


「逆を言えばお金がないと役に立たないんだ。迂闊に使えないし過大評価じゃないかな」

「そんな心配いらないわよ? アンタはお金を引き寄せる才能があるみたいだから。強くて実入りもよくて一石二鳥よ」

「確証でもあるのかい」

「女神のカンね。現に100万ゴールドを1億ゴールドに増やしたじゃない」


 なんとあてにならない根拠だろう、そう言いたい気持ちをアガトは呑み込む。


「それにその力、相性がいいのよ! まるであたしの為にあるようなものね!」

「相性がいい、というのは?」

「今からそれを実践してあげるわ。いまいちあたしが女神だと信じてないだろうし」


 当たり前だよ、とアガトは嘆息する。突拍子もないおどぎの話にちなんだ神様だと名乗り出されて真に受ける人間の方が少ないだろう。


 そうしてダリオルを平らげ、ペロリと唇のハチミツを舐め取りながらノーマは手をさしのべる。

「金貨を一枚出しなさい。大きい方がいいわ」

「部屋に置いてきているんだけどなぁ」

「全部?」

「そう、全部だ。ほら、この中には銀貨くらいしか入っていないだろう?」

「あーあー嘘おっしゃい。そのやぼったいターバンの内側に巻き付けて金貨だけ隠し持ってるんでしょう。匂いがするもの」


 硬貨を入れる皮袋を見せびらかしていたアガトの手が固まる。

 分けて忍ばせている場所は誰にも知られていない筈なのに、的確に言い当てられたことに心臓がドキリと跳ねた。


 この子、もしかして金を感知する力でもあるのだろうか?


 渋々頭からもう一つの小さな皮袋を取り出し、その中から一枚の小金貨を見せる。


「大金貨は渡そうとしないなんてケチねぇ」

「100万ゴールドなんておいそれと渡せない。それでどうするんだい。念を押しておくけど、これも盗ったりしないでね」

「そんな卑しい真似しないわ。お布施して貰うだけ」

「お布施って……ちょ──」


 アガトは制止するよりも早く、

「はむぅ」

 あろうことかそれを受け取ったノーマが金貨をパクッと頬張った(・・・・)

 サクサクとクッキーやビスケットのように齧って飲み込んでしまう。


「んん~ごちそうさまー」

「うわぁ!? なにやってるんだァー!」

「なにって食べたんだけど?」

「色々言いたいけれどすぐに吐き出しなさいっ!」

「え~? 仕方ないわねぇ」



 不満そうにぎゅっと握った手から元通りの小金貨を出した。また握りしめて開くと金貨は消え、もう一度繰り返すと再び現れる。



「……君は奇術師かなにかなのかい?」

「だから土を司る神だって言ってんでしょ。あたしは金を出し入れできるの、いくらでもね。こうやって貯めれば貯めるほど女神として(はく)がつくってもんよ。だから100億稼いで貰いたいのよね」



 不可思議な現象にしばらく呆然としながらアガトは商人らしく損得視点で頭を働かせる。

 彼女であれば金貨をいくら集めても盗難や紛失の心配がない。そしていざという時自分であればそれを力に変えられる。

 相性がいい、というのはそういうことか。


「箔がつく、というのは信者がお金を持つことになにか意味合いがあるのかい」

「そんなところね。だから金貨をどんどん集めて女神として他の神にも見せつけてやるのよ」

「そんなに多額のゴールドを持つ信者だったらもうお金持ちに言い寄った方がいいんじゃないかな」

「強くて金持ちになる信者がいいの! それに最初から有り余ってる金じゃ意味ないわ。あたしの為に身を粉にして稼いだお金でこそ献金の価値があるの」


 宗教家にも肉を摂取してはいけない戒律のある派閥も存在するが、他者からふるまわれた食肉は許されるという。

 理屈はそれらに通ずるものだろうか。



「なんとなく理解したけれど、なんで100億ゴールド?」

「そりゃあそんな大金稼いだと聞けば皆唸るでしょう。仲間内からだって認めざるを得ない筈よ」

「……随分俗っぽいな」

「信仰心を増やすとかでも評価されるみたいなんだけどそんなまだるっこいのは性に合わないし、顔も知らない連中に崇め讃えられても嬉しくもなんともないわ。あたしはこっちの方がいいもんね~──あ! 返しなさいよ」

「返せもなにもボクのお金だ。そこまでお人好しじゃない」

「む~~!」

 金貨をうっとりと眺めているところを取り上げると、ノーマは頬を膨らませた。


 ともあれ、目的はよく分かった。事情は分からないが彼女は大金を稼ぎ実力を併せ持った信者という存在を欲しているらしい。


 あまりに突拍子もない現実離れした身の上話にはいまいち疑わしさが拭いきれないが、金貨を取り込めるという能力については本物であると認めておこう。


 それに【グシオンの瞳】で彼女の身辺を照らし合わせてみたのだが、体力といった能力を視ることができない。一般人でも表示はされるのだが、あたかもそこにいないとでも言うように数値が浮かんでこなかった。

 それも女神という証左と考えていいのだろうか。


 仮にそうだとしても、彼女の提案に乗るかどうかの話はまた別である。



「というわけであたしの信者になって仕えなさい」

「期待に添えられずすまないね」


 即答で断った。



「え!? なんでよ! まだ信用していないの!?」

「信用とかそれ以前の話さ。なぜならボクは神官じゃなくて商人だ。神様だろうと王様だろうと付き従う理由も必要性もないのさ。強いて言うなら君といるメリットがない。そこまで稼ぐ自信もないしね」



 キッパリと言ってアガトは席を立つ。戸惑い、困窮を浮かべる少女の顔を見るのは少々心が痛む。だが仕方ないのである。

「それに、明日にはこの街から旅に出るつもりなんだ。ゆっくり過ごせてほどほどに商売ができそうなところを探しにね。君が考えるようなことにはとても合わせられる気がしない」

「ま、待ちなさいよ! あたしのお告げをむげにするっていうの!? こんなに光栄なことはないのよ!」

「そういうことは信仰に携わる人を捕まえて言った方が泣いて喜んでくれる確率も高くなるんじゃないかな。取引だったらまた話をうかがうことにするよ、小さな女神様」



 それじゃあね、と彼はノーマに別れを告げる。

 にべもなく断られた彼女は口をへの字に曲げて顔をしかめた。


「いい度胸ね……まぁいいわ。これくらいでこのノーマ様が諦めると思ったら大間違いなんだから。せっかくの人材、手放すわけないでしょ」

次回更新予定日9/5(土)

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