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【ゴルトス】



 ──《柱の悪魔》。それは魔物や動物とも異なる異邦にして異質な存在。

 逸話では数百年も前にソロモンと呼ばれた人間の王様が呼び出したとされ、魔力を扱う術やさまざまな知識を与え、文明の発展に大きく貢献したという。



 だがソロモンの死後彼らは反旗を翻し、王国を滅ぼして各地に散らばった。

 以来《柱の悪魔》は時に災害として現れ時に人の世に紛れて災いをもたらすので人々に恐れられている。


 そんな怪物の一体が突如として現れ、街中を中心を陣取った。

 それは自らをグシオンを名乗り人々に宣告する。

『ドウシタ。返答ガナクバコノママ動クモノ全テヲ破壊スル』


 戯れに振り上げた腕が一帯の家屋を吹き飛ばした。その言動に冗談やハッタリの欠片もない。



「あっ」

 逃げ遅れた一人の女の子が悪魔の近くで転倒していた。このままでは巻き添えになる。

 恐怖に竦み上がりそうな胸中に反して、アガトは傍に駆け寄る。



「ここから離れるんだ! 逃げろ!」

 金髪碧眼の少女はあどけない顔に困惑の色を見せた。現実離れした事態に理解が追いついていないのだろう。

 アガトは有無を言わせず「早く!」と手を引き立ち上がらせ、小さな背中に後押しする。


『ソコノ商人』

 という名指しの呼び掛けが頭上から冷え切った空気と一緒に降りかかり、傀儡にでもされたように身体が勝手に振り返った。


 悪魔が自分を見ている。悪魔が自分に狙いを定めている。

 実戦を経験するアガトでも、グシオンを前に今までにないほどの

緊迫感で押し潰されそうになった。


 互いの距離はほんの10メートル。脇目を振らずに踵を返しても逃げ出す成功率はかぎりなく低い。

 当然、アガトの実力で到底敵う相手ではない。



『我ガ問イニ答エヨ。サモナクバ貴様ノ手足ヲ削ギ落トス』

「……どうして、ボクが商人と」

『我ガ主アガリアレプト様ヨリ賜ッタコノ瞳ハ、アラユルモノヲ見透カシ見通ス。同胞ヲ討ッタ冒険者ヲ貴様ハ知ッテイルナ?』


 コフー、という呼気が風圧のようにこちらにまで届いた。

 見抜かれている。奴の仇であるユースティアの仲間であったことを。



 どうやら自分の素性や力量を見定める【鑑定】のような相手の情報を把握する力を持っているらしい。

 それでは無知無関係を装っても通じない。だが、耳を傾けるだけの思慮がある。

 闘いにならないなら言葉で撃退するしかないと、アガトは頭を回転させた。

「この近辺には、いない。既に発っているから街を攻撃しても徒労だよ」

『デハ、何故貴様ハ此処ニイル。徒党ヲ組ンデイタノデアロウ?』

「それ、は……」

『疾ク答エヨ。嘘偽リモ分カルゾ』


 恐怖とは別に心臓が跳ねた。白状するしかなかった。



「……ボクは、置き去りにされたんだ」

『理由ハ?』

「商人職は実戦で足手まといだからさ」

『ホウ? 道理デ配下ヲ討ッタ同胞ニシテハ非力ナ訳ダ。才覚ノナサモ目ニ見エルゾ。貴様ハ落伍者トイウコトダナ』

「……そういうことに、なるね」


 あちらから忍び笑いが漏れた。心の弱所をほじくり出して楽しんでいる。


『ヒヒ、デハ最後ノ問イダ。貴様ヲ置キ去リニシタ冒険者ドモノ行キ先、情報ヲ洗イザライ吐ケ。サスレバ貴様ダケハ助ケヨウ』

「え……」

『躊躇ウコトハナイダロウ。貴様ヲ見捨テタ連中ダゾ? 商人ラシク取引トイウヤツダ』


 悪魔が持ちかける。元パーティメンバーを売れと。

『安心シロ。生キ残ッタ貴様ヲ憎マヌヨウ我ノ力デ解決シテヤル。悪イ話デハナイハズダ、ウヒヒヒ』

 言うまでもなくそのままグシオンはユースティア達のもとに現れるだろう。如何に彼女であっても上級の《柱の悪魔》に勝算があるのか定かではない。


 アガトは知っている。此処から山を越えたデナリウスの王都にお呼ばれをして拠点にするという話を確かに聞いた。

 素直にそれを伝えれば助かるかもしれない。一縷の望みが見えた。



「……分かったよ」

『ナレバ答エヨ』

「返事は、ノーだ。教えたりし──」



 直後、目の前で爆発でも起きたように衝撃がアガトを襲う。

「がっ?!」

 抗えずに彼は後方へ吹き飛ばされ、石畳に全身を打つ。

 その衝撃の正体は悪魔が何気なく弾いた指による攻撃だった。ただのデコピンで人間一人をあしらえるだけの力を持っていた。


 本気であれば全身が爆散していたところだろう。ワザと加減して生かされた。


『……ハテ、ヨク聞コエナカッタナ。返事ハドウシタ?』

 

 今一度心をへし折ってグシオンは詰問しようとしている。

 身体中が苦痛に包まれ、這う這うの体で顔をあげる。眼鏡が割れてしまい、思考もぼやける。



『ヨモヤ、身ノ程モ知ラズニ正義ヲ気取ロウトデモ思ッテイマイナ?』

「……そんな、つもりじゃないよ。正義なんて押し通せるだけの人がすればいい。ただ、商人が売ってはいけないものって、なんだと思う?」


 殺されるのは分かっていながら、息をきらしつつアガトは頑なに拒んだ。

 幸い打撲だけで済んだようでまだ身体は動く。どうにか起き上がって話を続ける。


 その際に懐から硬貨の落ちる音を聞いた。


「それは、信頼だよ。誰かを売り渡すような真似をしたら、誰にも信用してもらえない。それを選んだら商人としての終わりなんだ。悪魔には分からないかもしれないけどね」

『……ソレガ貴様ノ答エカ』

「せいぜい他を当たるんだね。いつか必ず、ユースティアがお前を倒す」

 距離を引き離しながらも落胆と失望、そしてほんの僅かな苛立ちが含まれた吐息が聞こえた。


『ナレバモウイイ。残リ僅カナ時マデ商人ヲシテオレ……!』



 グシオンは容赦を捨てた。こちらに向かって躍り掛かる。

 交渉は決裂。時間稼ぎはこれで限界だが、街の冒険者の増援も間に合いそうにない。


(本当になにやっているんだろうなボクは)

 窮地に追いやられたアガトは自らのお人好しさに嫌気が差した。見ず知らずの少女を庇い、こんな目に遭っても仲間を売り渡さずに破滅を選ぶなんて。



 二度と善意で他人の為に動くことはやめよう、己の最後を悟りながらアガトは誓った。

 悪魔はもう、間際にまで接近。


 走馬灯まで脳内に流れる。幼い頃の記憶。ずっと自分を助けてくれたあの赤い髪の女の子が、背を向けながら振り返った。


 ──ダメだよアガト。いくら正しいと思っていても、きちんと行動で示さなきゃ。正義の味方になるなら、ちゃんと強くならないと。


 同郷の子供たちが森で野ウサギの子供を見つけ、食糧にするでもなくただ虐めようとした場面を止めに入った時の過去だった。

 当時から非力で喧嘩もしてこなかったアガトは反感を受け、次なる標的として選ばれた。


 そこに介入してくれたのがユースティアだった。年上の男児顔負けに多対一で負かし、追い払った彼女がそうアガトに告げたのだ。



 ──その代わりにアガトの貫きたかった正義を私が守るよ。それが正義の味方というものでしょ?


 頬に土をつけながらはにかんだ少女の顔が当時からまぶしく見えた。

 そんな彼女の力になりたくて、弱気な自分を変えたくて、一緒に村を出たことを思い出す。



 回想から現実が反転する。当時の幼なじみの影は消えた、今この場で都合よく助けにくることなんてない。



 最後まで伝えられなかった数ヶ月ごしの別れを今此処で言葉に出した。

「さようならユースティア、今までありがとう」



 迫る死の権化を前に未練を捨てたアガトだったが、ただおとなしく殺されるつもりはなかった。


 せめて一矢報いようと、落とした手切れ金の大金貨を拾いあげて握りしめる。

 どうせ大して効きやしない。レベルもそれほど高くない商人の力ではたかが知れているとわかっていながらも、悪足掻きをしてみせた。

 やぶれかぶれに腕を振り上げ、口上とともに投擲。


「──【ゴルトス】ッ!」


 相当の価値があろうと戦闘では役に立つことのない筈のそれが、光の弾丸へと変わる。グシオンめがけて飛び出した。

『ナン──』



 疑問を抱く前に悪魔の身体を通過した。攻撃魔法にしてはあまりにか細い光の筋であった。





 が、その直後、胴体にポッカリと大きな穴が広がる。

【ゴルトス】を受けたグシオンは自身になにが起こったのか理解できず動きを止める。

 やがてその全貌から黒い靄が立ち昇り出した。《柱の悪魔》が絶命する際の予兆である。



『バ……馬鹿、ナ……!? 我ガ……コンナ……!』

 グシオンの形がゆっくりと崩れ始め、目の前のアガトはポカンと対峙した相手の成り行きを投げた体勢のまま見つめていた。



『グォォオオオオオオ──』

 断末魔を残し、悪魔は消え去っていく。静まりかえったその場で彼だけが取り残された。



「……へ?」


 この結果が、商人であるアガト自身がもたらしたものであることを理解できずにいた。


次回更新予定日9/2(水)

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