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リベンジマッチ



 乱戦となった男爵の屋敷内。家具やイスが倒され、テーブルは足場にされている。

 周囲でも罵声が飛び交う中で、一際大きな絶叫が響き渡った。


 大の男数人が盛大に吹き飛び、壁に全身を打ち付けて沈む。

 僧侶職のロザリーは元武闘家としての腕を遺憾なく発揮していた。

「悪党への制裁であればこの拳を打ち降ろせます」


 殺生と暴力を戒めている彼女であったが、今回はそれらに当てはまらないそうだ。


 狩人職のサギタは密室でありながら弓矢を正確無比に脚や肩を射抜き、急所を避けて賊を無力させていく。

 接近戦に持ち込まれて懐にまで近付かれることで窮地に立たされたように見えた。


「【風刃】」


 あろうことか、矢をつがえずに彼女は言葉短く詠唱を紡ぎ出した。

 同時に周囲から一陣の鋭い風で脛を切り裂き、床に転ばせる。魔導師職ではないにもかかわらず、魔法にも心得があるようで敵を寄せ付けなかった。



 しかし、全てにおいて優勢というわけではない。

 背後でニベア伯爵を守りながら、アガトは硬貨を手に一番手強そうな紅鉄のロブストを見定める。

「主人の命令だ。貴殿らを生かして帰すわけにはいかないようだ」


 そうはさせまいと味方の兵が数人がかりで突撃するも、バタバタと倒された。

 B級冒険者という肩書きは伊達ではなく、兵士たちを赤子の手でも捻るように片手間で圧倒する。


 真っ向勝負では歯が立たない。そう悟ったアガトは【ゴルトス】を用いようとする。

 紅鉄のロブストの体力は約3000と少し──小銀貨三枚分。人間の中でもタフな部類だろう。

 するとその前にハーフオーガのファルクスが間に立った。


「下がれ。お前がわざわざ身銭を切るまでもない」

「だけど相手はB級冒険者、強敵だ。この前だって──」

「だからこそオレの獲物だろ。あの時は油断しただけだ」

(要するにリベンジマッチしたいんだな)



 大鎌を携え、彼女が特攻を仕掛けた。

 衛兵から奪った槍でロブストは応戦。柄と柄が衝突し、鍔迫り合いになった。



「よけいなお節介かも知れないが、このままじゃお尋ね者だ。雇われの身でそこまでするか?」

「金を払っただけの義務は果たすのみ」


 

 ファルクスは刃を振り回し、黒き旋風となって猛攻を仕掛けた。

 それを素早い槍さばきで受け、あわよくば反撃をたたき込もうとする。


 目まぐるしい攻防を目の当たりにして息が詰まる。熟練の戦士同士の本気の殺し合いには鬼気迫るものがあった。

 機動力を奪うべく下段に振るわれたファルクスの鎌。身を引きながらリーチのある槍で頭部を貫こうとするロブストの攻撃。それを彼女は身を屈めて突進することで絶好になる相手の間合いを崩して攻める。


 そういった一連の動作は、商人職であるアガトでは決してついてこられない。力も足りない。代わってしまえば瞬く間にやられてしまうだろう。

 自分ができることはただ見守ること。そしてファルクスが窮地に陥った際の援護できるように待機していた。




 やがて、しのぎをけずる二人の接戦に変化があった。腹部を狙った靴底の蹴りをファルクスは腕で受けながら後退する。

 そこでロブストは武器を捨て、素手のまま身構える。


「降参には見えない態度だな」

「いつまでも借り物の武器に頼るつもりはない」

「……殴り合い(ステゴロ)が望みか。上等だ、ロザリーと組み手の成果を見せてやるよ」

 応じて大鎌を横合いに放ったファルクス。鎧に身を包んだ巨漢に拳で挑んだ。


「くらいやがれ!」

「……っ」

 先制の一発を貰ったロブストがたたらを踏むほどよろめく。

 ひしゃげた兜を脱ぎ捨て、精悍な顔つきが露わになった。戦意は未だにたぎっている。



「ふっ!」

「……ぎッ、野郎」

 復帰した彼が同じように反撃を見舞う。女といえど冒険者であるファルクスに容赦はない。



 殴り殴られ、その応酬を繰り返す。互いに一歩も譲らない。屈強な肉体とオーガの血、どちらに軍配があがるのか定かではなかった。


 幾度となく鈍い肉を打つ音が響き、痛々しい光景を見守っていた。


 そんな決闘の途中、彼の背後にいたガイウスは窓から外に出てこの場から脱出を図ろうとした。旗色が悪くなったと判断したのだろう。

 見逃さなかったアガトは隙を見て銅貨5枚をサイドスローで放つ。


「【500ゴルトス】!」


 光弾と化したそれらが追尾する。外に抜けたガイウスのでっぷりとした胴体にめり込み、「げぇっ」と汚い声と共に芝生の上で気絶する。男を倒す値段は安かった。

 しかしそれ以上に驚愕の景色が広がっていることにアガトは気付く。


「……! なんてことを!?」

 その先にあった庭の花園に火の手と黒煙があがっていた。襲撃に乗じて誰かが火をつけていたらしい。


「我が輩の護衛は構わぬ。使用人たちと消火に回れ」

「ハッ!」


 ニベアの命令に兵は外へ回る。襲撃そのものは鎮圧しつつあった。



「ゴフ……」

「……ハァ……ハァ……」


 やがて決着は訪れる。

 ずしりと重く沈んだロブストと、息を切らし口の端から血を垂らしたファルクスの姿がそこにあった。



 軍配があがったのは鎧を身につけていない身軽な彼女だったようである。いざという時の備えは杞憂に終わった。

「オレの、勝ちだ。降伏しろ」


 大の字で伏したロブストは天井をぼんやりと見上げ、口をおもむろに開く。


「……よもやB級の俺がC級に劣るとは。しかも年端もいかない女に」

「憎まれ口をたたくってことは認めるんだな」

「好きにしろ」

「ファルクス、無事かい」

「これぐらい大したことじゃねぇよ」


 男は敗北を受け入れ兵の拘束に従う。これで全員を無力化した。

 こうして騒動は収束へと向かっていく。



 消火を終えた庭園に荒れた屋敷内から賊を運び出す。

 縄で縛られ列に並ぶ彼らの中にガイウスも混じっていた。


「ええい離せ! これは冤罪だぞ! 儂がどれほどこの町に貢献したと思っておる!? 恥知らず共め!」

 往生際が悪く周囲に悪態を撒き散らす。目が覚めるなりずっとこの調子で喚いている。


「おのれ! よくも儂を謀りおって! 全て貴様のせいだ!」

 そしてアガトを見つけてありったけの怨みをぶつけた。

「ガイウスさん。こんな結果になったのはとても残念です」

「なにをぬけぬけと! 貴様がこの町で岩塩など売りさえしなければよかったのだ! 儂はただ商売していただけだというのに……!」

「違いますよ。貴方は塩とは別に客に買わせてはいけないものを取り扱っていたのです。それがなにかわかりますか?」


 彼の罪は重い。大量の賊を雇って同業者をけしかける手回しの早さからして過去の余罪も多々あるだろう。極めつけに地方貴族の屋敷を討ち入りに焼き討ち。

 だから取り返しがつかないとは承知の上で教訓を送る。



「それは顰蹙(ひんしゅく)を買わせたことです。貴方は少々、他人の弱みにあぐらを掻きすぎた。遅かれ早かれ、いずれ身を滅ぼしていたことでしょう」

「うるさぁい! 覚えておれ! このような目に遭わせてただで──」

「さっさと連行させよ。聞くに耐えぬ」


 ニベア伯爵の指示を受けた兵たちによって連行されていった。


「我が輩の庭が……うぅ」

「ニベア様! お気を確かに!」


 日差しの下に出た彼は、二つの意味で目眩を起こして執事に支えられる。

 確かに酷い有様だ。色鮮やかだった花園は黒く焼け焦げ見る影もない。

 庭師の人も落胆しており、襲撃の傷跡は思っていた以上に深い。



「ちょいちょい」

 ノーマが衣服の端を引っぱり、注意をひく。


「あたしから提案があるのだけれど、アンタが交渉に持って行きなさい」

「? どういうこと?」


 耳を貸せと言うのでアガトは入れ知恵を貰う。

 否、ある意味では神託である。


 その場で途方に暮れていた伯爵にアガトは声をかけた。

「伯爵様、お怪我は」

「ない。そなた等の健闘で犠牲者も出なかった。感謝する。以後のことは任せて貰うぞ」

「はい。ですがお屋敷が荒れる結果となってしまいました。この度はわたくしごとの騒動に巻き込んでしまい、面目次第もありません」

「否、これは塩不足から始まった我が輩の領地での問題でもある。時間を掛ければ復興もできよう」

「でしたら、そのご協力をさせてはいただけないでしょうか」



 そんな申し出に窪んだ目をニベアは瞬かせる。



「具体的に申せ」

「そうですね……あの美しかった花の庭園を一晩で戻してご覧に入れるとかはいかがでしょう」





 日が暮れだした頃、アガトたちは花屋から庭園に咲いてあったものと同じ花の種を買い集めていた。

 枯れたものに関しては全て刈り取られ、平らになった土壌が残される。そこに一粒一粒植えていく。



「言われたとおり用意したけれどこれでいいのかい?」

「ええ。それよりちゃんと約束は取り付けたんでしょうね」

「そこは問題ない。相応の報酬を払うってさ。後は出来映えによると思うけれど」

「まっかせなさい! 俄然やる気が出てきたわ!」


 腕を回して息巻く女神ノーマを尻目に、ファルクスが怪訝な目を向ける。

「今から種を植えたってそう簡単に直らないだろ。どうするつもりだ?」

 付き合う義理もないのだが、『鎧なき護り手』ら三人は、依頼を受けたのなら最後までと庭を片づける手伝いを申し出たのだ。



「まさか今此処で花を咲かせようって言うんじゃないだろうな?」

「そのまさかよ。アガト、構わないでしょう?」

「そうだねノーマ(・・・)。ボクにも君が本物だって証明してほしいな」


 えっ、と呼び名にいち早く反応したのはロザリーだった。神職である彼女にとってはとても聞き慣れたものだろう。

 この場にいる人たちの前で偽りの名前で隠し通さなくてもいい。そうアガトは判断した。


 小さな女神の金髪がゆらめき、明確な変化を起こした。

 側頭部から山羊にも似た立派なねじれ角が伸びる。角に付随して花や果実があしらわれ、全身がうっすらと黄金色に発光し始めた。

 驚く一同。アガトも初めて見る姿だった。



「あれは豊穣の角(コルヌコピア)!?」と誰かが言った。

「地母神の象徴だ」と合いの手を打った。

「彼女は、もしや……!」と数人が理解を染め上げる。

「さぁ、ノーマ・コルヌコピアの力、とくと見せてやるわよ」


 輝きを纏いながら渡り歩き、そのまま土周りに手をかざした。

 彼女の歩む地面から光は波濤となって広がり、周囲の大地を明るく照らした。

 そのまま腕を宙でなにかをすくい上げる動作をするなり、土から植えたばかりの種が芽吹いていく。


「うそ……こんなに早く」

 誰もが神秘的な光景に息を呑み、目を奪われて感嘆を漏らしている。


 ノーマは天を仰ぐ。それに呼応してか植物たちは急成長を遂げて大きくなっていった。

 それどころか植物に意志でもあるように残されていたアーチの骨組みや支柱に絡んでいく。本来であれば自然には成り立たない造形美も見事に再現する。

 その中に入り混じるノーマは森の精にも見えた。

 そしてひとつ、またひとつと花が咲いて緑を色とりどりに彩っていく。



 そこは先ほどまで焼け野原となった庭園であったのが嘘のようにかつての美しさを取り戻していく。


 奇跡の時間が幕を閉じる。まとわれていた黄金の光は息を潜め頭の山羊角は引っ込んた。

 ある者は感嘆を漏らし、ある者はその場で祈りをして、彼女の認識を改める。

 女神その御方だと、皆が崇めていた。


 なんてことはない様子でアガトの前に戻ったノーマは、両腕を腰にあてて鼻高々に見上げる。


「どう? これであたしの凄さを思い知ったかしら?」

「うん偉い偉い。これなら伯爵も満足するはずだよ」

「この光景が幻影であったとしても十分な見せ物であった」



 庭が眩く光っていたことで駆けつけていたようで、ニベア伯爵は口を挟んだ。



「そなたもただ者ではないと思っていたが、これはさすがに謝礼だけで済ませるわけにはいかない。詳しく聞かせて貰いたいのだが」

「思い切ってはみたものの、できれば此処だけの秘密にしてもらいたいたく存じます」


 頬をかくアガトの言葉に「善処しよう。よい値を出す」と彼は応じる。

 ノーマのもとへはファルクスたちが集まっていた。寡黙で常に人と距離を置いているサギタまで興奮して詰め寄っている。



「やるじゃあねぇかバードッグ、タダの野次馬かと思ってたぜ。今のどうやったんだ」

「女神ってホント? 他にできることは?」

「貴女様はかの四聖神の一柱にしてあらせられたとは。数々のご無礼をお許しください。どうか迷える子羊たる我々をお導きを」

「ちょちょちょ待ちなさいよもう! そんな一度に答えられないわよー!」



 誉められたり崇められたり質問責めに遭ったりで抗議する幼い女神の声音は、満更でもなさそうにご機嫌だった。


 また新たな商売の成功を為したことでこの騒動は幕を降ろす。

次回更新予定日9/18(金)

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