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年貢の納め時


 塩売りのガイウスはニベア・モンステラ伯爵に呼び出しを受けて屋敷を訪れていた。

「わざわざ呼びつけるとはモンステラめ、よもや今になってウチの商売に口出ししようなどとは考えてはおるまいな。おいロブスト、お前はどう思う」

「……自分の思慮では召集の理由を想像しかねます」


 深紅の全身鎧に身を包んだB級冒険者のロブストの返答に「使えんやつめっ」と八つ当たりするように悪態を吐く。

 ガイウスは親指の爪を噛み別の懸念を想起させた。



(それとも、賊を雇ったことがバレたとでも言うのか。いや、そんなことはあるまい。まだ前金を払っているだけで報酬を出してもいないのに裏切る理由がないのだ。報告がまだ届かないのもただの偶然であろう)


 それから彼は敷地に入るなりアルカイックな微笑を浮かべ、人畜無害な紳士を装った。



「モンステラ伯爵、本日はお招きいただきありがとう存じます」

「うむ、よくぞ参った。突然呼びつけてすまないな」

「それで、わたくしめにどういった入り用で?」

「詳しくは中で話そう」

(相も変わらず不健康そうなツラで偉そうに)



 揉み手でへこへこと媚びへつらいながら心の中で毒づく。

 応接間には先客がおり、身なりのととのった若者の姿があった。


「ああガイウスさん。お先に失礼しています」

 そう声を掛けられた男はたちまち真顔になり、息を止める。


 この町で都合の悪い商売をするというので刺客を差し向けたのだが、何事もなかった様子でこちらに挨拶をしてくるのだから無理もない。


(バカな! 何故コイツが此処に! 同じ商人であるあの若造があれだけの人数に狙われて太刀打ちできる筈もない!)



 混乱するガイウスに向けてニベアはおもむろに口を開く。


「それで此度の用件であるが、先日我が輩はこの若者からとある商談を持ちかけられていてな。町の外で岩塩の資源を発見し、それを流通させようという話だ」

「……それなら存じておりますとも、市場で見掛けましたからねぇ。しかし些か公平に欠いてはおりませんかな? 製塩を売る権利を金で買い取ってくださったのは他ならぬ貴方様ではありませんか。それをさしおいて昨日今日訪れた余所者の商売に加担するというのは如何なものかと」


 この際だからという建前で苦言を出すガイウスであったが、ニベアの仏頂面は揺らがない。



「そなたが取り扱う製塩は別の町から仕入れてきたもの。比べてあちらは一から岩塩を流通させることに貢献している。であれば事情も変わってこよう」

「だとしても、ましてや領内の資源をその者に一任するとは少々贔屓が過ぎるのでは」

「グロートの町へより利益をもたらす側を融通するのは当然のこと。塩不足の需要を解決するのなら尚更であろう」

(くっ……こざかしい!)

 付け焼き刃のいちゃもんではやはり通らなかった。言い分をたやすく潰されて歯噛みするのを隠しきれない。



「そう不安になさらずとも結構です。貴方の不興を買ってしまわれるのも至極当然の話、なんせ断りもなく商売事情をかき乱してしまったのですから。出過ぎた次第だとわたし自身大いに反省しています。以後は岩塩を独り占めして売ることをやめ、町の商人の方々にも卸していく所存ですから」


 非があることを認め、アガトは謝罪の意を示した。


「ですが、既にそういう経緯から恨みを買ってしまったようでして、実は先日宿を借りた部屋が賊に入られましてね、手酷く荒らされましたよ」

「ほう、それは災難でしたな。しかし命あっての物種、御自分の身に危害が加えられなかっただけ幸運だ。……んん? まさかそれが儂の仕業だと濡れ衣を着せるつもりかな? いやはや困りましたな、動機があるから犯人だと決めつけられてはたまったものではない」

(物証はなにもない以上、如何にグレーだろうと認めぬ限り裁けはしまい)



 そんな調子でたかをくくっていたガイウスであったが、


「とんでもない! 犯人はもう捕まっていますよ。空き巣に飽き足らず直接わたしを狙ってきたので、ね。おかげでこの通り、盗まれた所持品も返ってきました」

 と、アガトが革袋を見せたことで呼吸を止めることとなった。

 返り討ちにした、という暗黙の宣告を突きつけられる。



「ただおかしなことに、その方は貴方に雇われただけだと訴えているのですよ。それで実情を確かめるべくご足労いただいたという次第です」

「だから知らぬと言っていよう! 儂に罪を擦り付けるための方便ではないのか!? そんな世迷い言で同業者を蹴落とそうなどとは卑劣な若造だ!」


 それでもシラを切り通そうと怒鳴りつけた。あたかもこちらが身に覚えのない疑いをかけられた被害者であると印象づけるためである。



「ご怒りはごもっと。わたしとしても同じ商人である貴方がそのような犯罪を断じて行っていないと信じたい。ですが信じることと疑わないことは別なのです。その人の日頃の行い、言動、アリバイといった否定の根拠になるものを提示していって信用というのは獲得できるものなんですよ」

「つまり貴様はやっていないという証明を今此処でしろと言うのか、そのようなもの誰が出せようか! もはや悪魔の証明ではないか!」

「そこで我が輩から提案がある」


 口論の末にニベアが話を切り出した。


「商人アガトが盗まれたというそれから記憶の読み取り(・・・・・・・)を試みようと思う。上手く行けば犯人の行動の真実を写し出し、貴殿の潔白を晴らせるやもしれん」

 そう言い出したニベアの手に革袋が渡った。まるで事前に打ち合わせしていたようにごく自然に。



「記憶の読み取り、だと……」

「そなたたちは【念写】と呼ばれる闇の魔法の一種をご存知だろうか」

「闇の魔法は確か使い手の限られた種類でしたよね。希少なために術者は重宝されるとか」

「うむ。時折王室や貴族間で探偵もどきの請け負いをしている。闇と分類されるだけあって負の感情に左右され……怒り、憎悪、哀惜といった感情が発露された場面の断片的な一部始終しか読み取れぬケースも多く、過信はできないがな」



 やる価値はあるだろう? そうガイウスに問いかける。

 なんら後ろめたいものはないというスタンスをとっている彼には、頷く以外の選択肢はなかった。


 胸中の奥底で願う。都合の悪いことは出るな、出るな、出ないでくれ……と。



 そうして彼の革袋を持った手元から上に光が投影される。


「感情はその場面の色でおおよその判別がつく。毒々しい紫と赤黒さが入り混じっているということは、この瞬間に写された者が憤って妬みを発露しているようだな……ううむ? これは」


 当人の祈りも虚しく、映し出された景色の中にガイウスの姿があった。



『なんだこの少ない金は! これっぽちとはどういうことだ! ちゃんと部屋中を探したんだろうな!? それとも貴様ァ、儂からちょろまかそうとでも思っておるのか!』

 声を荒らげ、密室で誰かに怒鳴り散らしている。



『いや、本当に金目のものはこれだけでしたぜ。この手の仕事は信用が大事でさぁ。雇い主を騙すような真似は誓ってしませんよ』

『あの若造め、蓄えた金を後生大事に持ち歩いているのか。資金を枯渇させてしまえばこの町での商売なぞ頓挫しようものなのにええい忌々しい! どこかあんな岩塩を仕入れたというのか』

『旦那、この金は報酬の一部としていただいても?』

『フン、そんな端した金なら好きにしろ !……どうしてくれようか、物資の流入を妨害して販路を塞いでしまえばこちらのものだが』

 考えをまとめようと部屋の中をウロウロと行き交い、ひとりごちる姿がありありと映し出されていた。


「何故この盗まれた財布の記憶からそなたの姿が映し出されるのだ。それになにやら不穏な話のようであるな」

「こ、これは……! 待て! 中断だ!」


 狼狽える彼をよそに映像は続く。部屋に別の男が入ってきた。



『ガイウスさん。例の商人が町の連中に岩塩を卸売りを始めると酒場で話してましたよ』

『なんだとぉ!?』

『しかも外から大量に仕入れてくるとか。どうします?』


 ガイウスが憤怒の形相を浮かべて唸り声をあげたかと思えば「もう勘弁ならんっ」と男たちに命じた。



『盗賊たちを集めろ! 金ならいくらでも積む! あの商人アガトが商いを出来ないようにしろ! 手段は問わん! 岩塩の出所も吐かせるのだ!』


 映像は途切れ、痛々しい沈黙が包む。


「こ、こここれはでっちあげだ! 誰だ! こんなねつ造をした輩は!?」

 脂汗を浮かべ、うわずった調子で喚き散らすガイウス。今しがた流れた映像すらも否定する。

「儂はあのようなやり取りは知らぬ! 偽者だ! こんな嘘っぱちを誰が信じるというのだ!?」

 その言い分にニベアは眉を潜めた。


「なんだと? 我が輩の魔術を疑うというのか?」

「そ、そうではありません! しかしこうも都合のいい証拠が出てくるのはあまりに不自然だと申しておるのです! 盗賊もその物証もあの現場も! 儂をハメようと仕立てられた茶番劇ではないかと……!」



 蛇に睨まれたカエルのように萎縮しながらも、未だに認めようとしない。


「残念ですがガイウスさん、当人がいくら否定しようと動機、物証、証言のどれもが揃っている以上貴方を犯人と断定せざるを得ません」

「貴様、これみよがしにィ……!」

「商人アガトが口にした通り、そなたを嫌疑に相応しい対応をする義務が我が輩にはある。拘束させてもらおうか」



 事前に打ち合わせしていたかのように部屋に衛兵たちがやってきてガイウスのもとへ。

 そこで男は忍耐を止めた。雄叫びに似た唸りをあげて、号令をくだした。


「ロブストォ! 傭兵ども! こやつら全員まとめて叩き潰せェ!」


 黒いカーテンに覆われた窓ガラスを蹴破る派手な音が連鎖した。

 万が一に備えていたのか、屋敷に待機していた賊たちが大挙として侵入する。森で捕まえた連中以外にも雇っていたのか。


 衛兵たちを素手で薙ぎ倒し、命令に応じたB級冒険者は武器を奪う。

 十数名のならず者たちを前に、アガトとニベアは壁に追いやられる。



「ガイウスよ。かような真似をしてタダで済むとは思っておるまいな」

「うるさい! どいつもコイツも虚仮にしおって! 若造と地方貴族ごときに儂の商売を邪魔されてなるものか!」

「そうか。ではこちらも打って出るまで」


 備えていたのはあちら側だけではない。ニベア伯爵の合図に応じて控えの衛兵たちが加勢した。



 更に別室の扉が勢いよく開け放たれ、数人の冒険者たちが参戦する。

『鎧無き護り手』のパーティメンバーである僧侶職ロザリー、戦士職ファルクス、狩人職サギタ。



「年貢の納め時だぜ、お前たち」

 ファルクスの言葉を皮切りに屋敷内での大乱闘が火蓋を切って落とされた。

次回更新予定日9/17(木)

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